第15章 エピローグ
それは8月の暑い日だった。
僕は冷たい床の上でヘルスメーターを枕にして横になっていた。
外ではうるさい程のセミが鳴いている。
優佳ちゃんは夕飯を作っていた。
僕は前足に力を入れて立ち上がろうとした。
だけど力が入らなくて前足から床に崩れ落ちた。
それを見ていた優佳ちゃんは慌てて僕の身体を支えてくれたんだ。
僕は優佳ちゃんに支えられながらヨロヨロと起き上がり部屋の中を少し歩いた。
少し、お腹が空いたので優佳ちゃんにご飯の催促をした。
優佳ちゃんはカルカンパウチを袋から出して僕のお皿に入れてくれた。
僕の大好きな舌平目のご飯だった。
僕はそれを夢中で食べた。
お腹がいっぱいになって少し眠くなってきた。
そんな時だった。
僕は食べたばかりのご飯を全部吐いてしまったんだ。
それを見た優佳ちゃんは慌てて僕に近寄って来た。
「クロちゃん大丈夫?」
そう言ってくれた。
僕は優佳ちゃんにこう言ったんだ。
「(大丈夫だよ)」
そう鳴くと優佳ちゃんは尚も心配そうな顔をした。
僕はヨロヨロと歩きながら部屋の中をウロウロとしていた。
暗い場所を探していたんだ。
何だかとても疲れていた。
暗い所で休みたかった。
僕はマルが使っていたハウスを見つけてそこに入って横になった。
優佳ちゃんが傍に来て心配そうに僕を見た。
その時優佳ちゃんに何か話そうとしたのだけれど声が出なかった。
何故、声が出なくなったのか分からなかった。
僕は段々と身体が苦しくなるのを感じていた。
何だか、胸がとても苦しくなって息が思うようにできなくなった。
息遣いが荒くなってゆく。
そんな僕を優佳ちゃんは頭を撫でてくれていた。
優佳ちゃんはご飯を食べるのも忘れて僕の傍にいてくれた。
ずーっと、僕の頭を撫でてくれていたんだ。
僕は嬉しかった。
僕は優佳ちゃんの事が大好きだ。
ずーっと、ずーっと昔から大好きだった。
僕の息は益々、荒くなっていった。
呼吸をするのが大変だったんだ。
優佳ちゃんが僕に話しかけてくる。
「クロちゃん、頑張ったね。いい子だったね」
僕はそれを聞くと嬉しくなった。
でも、声が出ないから返事が出来なかった。
僕は段々と優佳ちゃんの顔が見えにくくなってきたんだ。
優佳ちゃんの顔が見えない。
僕は不安になった。
優佳ちゃんはずっと僕の頭を撫でてくれていた。
僕はハウスの中でおしっことうんちをしてしまった。
でも、優佳ちゃんは怒りもせずハウスの中を綺麗に掃除してくれた。
僕の息は小刻みになっていった。
優佳ちゃんが不安そうに僕を見ている。
優佳ちゃんが言うんだ。
「クロちゃん、もう頑張らなくていいんだよ」
それを聞くと僕は頑張るのをやめた。
僕の呼吸は徐々に回数が減っていった。
暫くすると身体が痙攣し始めた。
意識は朦朧としていた。
優佳ちゃんはずっと僕の頭を撫でてくれていた。
身体が痙攣し終わった時だった。
僕の身体は宙に浮いていたんだ。
でも、僕の身体はハウスに中にあった。
優佳ちゃんが僕にこう言っていた。
「クロちゃん、頑張ったね…」
優佳ちゃんは僕の動かなくなった身体を抱きしめて泣いていた。
僕はその優佳ちゃんを部屋の天井から見ていたんだ。
優佳ちゃんは泣いていた。
時計を見ると11時12分だった。
僕は優佳ちゃんにこう言ったんだ。
「(もう泣かないで。僕はいつも優佳ちゃんの傍にいるよ)」
でも、優佳ちゃんには聞こえないみたいだった。
優佳ちゃんはずっと泣いてた。
暫く僕は優佳ちゃんの部屋の天井の所で漂ってた。
そしたら、明るい光が見えてきたんだ。
その光の中にマルの姿を見つけた。
マルは何も言わずにニコニコと笑っていた。
僕はその光を見るととても懐かしくて幸せな気持ちになった。
マルが言うんだ。
「(虹の橋に行こうよ…)」
でも、僕は優佳ちゃんが心配だった。
マルにこう言った。
「(優佳ちゃんが心配だから行けないよ…)」
「(大丈夫よ。虹の橋で優佳ちゃんを守ってあげられるから)」
そうマルは言った。
僕はそれを聞いて安心したんだ。
僕は優佳ちゃんにこう言った。
「(優佳ちゃん、僕は優佳ちゃんの事をずっと守ってるからね。だから泣かないで)」
優佳ちゃんには聞こえないみたいだった。
僕はマルに手を引かれて光の所に上っていた。
振り向くと優佳ちゃんは僕の身体をバスタオルで包んで箱に入れていた。
僕は明るい光の中に入っていった。
すると、虹の橋が見えてきたんだ。
僕はその虹の橋を渡った。
橋を渡ると沢山の動物たちがいたんだ。
僕は虹の橋から優佳ちゃんの姿を見た。
そして、こう言った。
「(優佳ちゃん、僕はここでずっと優佳ちゃんを守ってゆくよ)」
優佳ちゃんはもう泣いてはいなかった。
こうして僕は今でも優佳ちゃんを守っている。
(終わり)