第10章 嫌い①
月日は流れてクロちゃんは5歳になっていた。
人間の年齢にすると36歳くらいである。
もう、おじさんの域に入ってきた。
最近のクロちゃんはちょっとぷっくりと太っていた。
体重を測ると約6キロ近くあったのだ。
ちょっとした中年太りである。
そんなある日の事。
クロちゃんはおトイレを砂場ではしない子だった。
では、どこでおしっこをするかと思いきや、お風呂場でするのである。
優佳がちゃんと砂場のトイレを用意したのだが、クロちゃんはそれに見向きもせずお風呂場でするのだった。
お風呂場だけではなかった。
マルが使っている犬用のペットシーツにもおしっこをするのである。
お風呂場などでおしっこをしても後はシャワーで流してしまえばそれで良かった。
うんちの場合もトイレットペーパーで取りトイレに流せばそれで良かったのである。
どうやら、自分は犬だと思っている様だった。
そんな時だった。
クロちゃんはいつものようにお風呂場にいっておしっこをしようとしていた。
だが、なかなかおしっこが出ないのである。
何度も、何度も、お風呂場に行っては引き返してくる。
出そうで、出ない、そんな様子だった。
優佳は心配になりクロちゃんにこう言った。
「クロちゃん、おしっこ出ないの?」
「(うん、したいんだけど出ないんだ?どうしてだろう)」
その時優佳は思った。
もしかしたら、石があるのではないか。
そう直観したのだ。
また、クロちゃんをキャリーケースに入れて病院に連れて行かなくてはいけないと思った。
逃げ回るクロちゃんを捕まえようとする優佳。
クロちゃんは部屋の中を逃げ回り続ける。
やっとの思いで優佳はクロちゃんを捕まえて洗濯ネットに入れる事が出来た。
だが、今回、優佳は負傷してしまった。
クロちゃんに手の甲を噛まれたのである。
キャリーケースに入れると自分のキズの手当てをした。
マキロンで消毒して絆創膏を貼った。
優佳はつぶやく。
「可愛いクロちゃんに噛まれたのなら本望かもね」
そう言うとキャリーケースを持ち、それを車に乗せて奥津先生の元へ車を走らせた。
マルは大人しくお留守番である。
車は程なくして動物病院の駐車場に到着した。
時刻は夕方になっていた。
受付で名前を記入して受付を済ませた。
キャリーケースを床に置き、椅子に腰かけて順番を待っていた。
暫く待つ事数十分。
「崎山さーん」
名前を呼ばれたので診察室に入ってゆく。
「先生、お久しぶりです」
「崎山さん、久しぶりだね。今日はどうしたの?」
「クロちゃんなんですが、おしっこが出ないみたいなんですけど」
「え?それは大変だな…」
そう言うと診察台にクロちゃんを乗せた。
乗せた途端に、
「フー!ハー!シャー!!」
先生に威嚇するクロちゃん。
相当病院が嫌いなようである。
「ちょっと、お腹触らせてくれないかな?」
そう言うと先生はクロちゃんのお腹を触った。
「尿がだいぶ溜まってるね。出さないとダメだね」
「え?そうなんですか?」
「うん、このままだとダメだよ」
「先生お願いします」
そう言うと先生はクロちゃんに点滴の様なものを打った。
そして、暫く様子を見た。
暫くしてからだった。
いきなりクロちゃんがおしっこをしたのだ。
それも大量におしっこをしたのだった。
その尿を取り顕微鏡で結石があるかどうか見てみるのである。
顕微鏡で見た結果、結石のようなものがあることが分かった。
「先生、どうしたらいいんですか?」
「食事療法で何とか石ができないようにするしかないかな」
「クロちゃんカリカリご飯食べてるでしょ?」
「はい、食べてます」
「それはやめて、ウェットご飯に変えるといいと思うよ」
「そうですか…」
「その前に、処方食出すからそれ食べさせてね」
「わかりました」
そう言うと先生は処方食を出してくれた。
どうやらクロちゃんは初期の膀胱炎らしかった。
男の子の猫ちゃんは膀胱炎になりやすいのである。
クロちゃんも例外ではなかった。
初期症状だったので処方食を出されたのだった。
その後、クロちゃんは暫く病院通いをすることになった。
優佳はその間、クロちゃんに付きっ切りだったのである。
クロちゃんは優佳がずっと一緒にいてくれることが嬉しかった。
優佳の看病の甲斐もあり病院通いをした結果、石は消えて無くなった。
だが、またいつ再発するか分からなかったので、定期的に尿を取り病院で検査を受ける事になった。
その検査を繰り返すうちに、クロちゃんの石はできなくなっていった。
これを境に、クロちゃんのご飯はカリカリからカルカンの缶詰になったのである。