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8.ありのままでいて


 お母様を部屋に送り届けてから、リアムは私を部屋まで送ってくれた。

 いつもは部屋の入り口で別れるのだが、今日は様子が違った。

 なかなか部屋の前から去る様子がない。

 かといって、なにを言うでもない。


「お兄様、お時間があるなら私の部屋でお話でも……」

「ああ、ルネがそう言うのなら」


 リアムは被せぎみにそう答え、私の部屋に入ってきた。


 平民の孤児には分不相応な豪華な部屋だ。

 実は、前世より格段に豪華になっている。前世では、お母様だけが私にプレゼントをくれたのだが、今はリアムからももらうからだ。


 リアムはソファーに腰掛けると、無言で両手を広げて見せた。

 膝に乗れ、と言っているのだ。


 私は、トトトとリアムのもとへ走り寄る。

 

 リアムは満足げに私を抱きあげ、私を膝に乗せた。

 そして、私の自慢の尻尾を絶妙なタッチで撫でる。


「ふぁぁぁ……ん」


 気持ちいい……。


 うっとりとして、思わず変な声が出てしまう。

 両手で唇を塞ぎ、堪えようとする。


「くぅ……」


 そうしても、ぜんぜん声が堪えきれない。


「我慢しなくて良いよ、ルネ。ここには私たちしかいないから」

「ひゃぁん、きもちぃぃ……」


 するとリアムは、小さく笑う。


「あうぅ。もう、お兄様、笑わないで?」

「ごめんね。可愛くて」

「っふぁ!?」


 初めて可愛いと言われて、私は目を白黒させた。

 

 リアムは頬を赤らめて、ギュッと私を抱きしめると、キツネ耳の間に自分の顎を乗せる。


 私はリアムの胸に、顔がくっついてしまっている。


 あ、お兄様……。いつもより、ちょっとワイルドな薫り……。さっきヨガをしたからかな。

 ってことは、もしかして、私、臭い!?


「っ、お兄様っ! 私、汗かいて、汚い」

「少しだけ、こうしていて。顔を見たら言えなくなってしまうから」


 リアムの声に私は黙った。

 リアムの心臓の音が、バクバクと響いている。


 私の心臓の音もお兄様に聞こえちゃうっ!


 恥ずかしくて涙目になりながらも、私は堪える。

 口下手なお兄様が、私なにか伝えようとしているのだ。


「ルネ、ありがとう」


 小さな声を、キツネ耳が拾う。

 私は静かに言葉を待った。


「ルネが来てくれて、母上はだいぶ元気になった。……前までは、私を見るたびに悲しそうな顔をしていたんだ」


 リアムの声が暗く沈む。


「きっと、私を見て、ルルを思い出して辛かったのだと思う。あからさまにため息をつかれることもあった。『ルルがいない』と妹ばかり探して、私のことは聞きもしない。死にたいと、ルルのそばに逝きたいと、そればかりで」


 淋しげな声だった。


 きっと、お兄様は苦しかったはず。死んでしまった妹ばかり恋しがって、生きている自分を見てくれないなんて、悲しい。


 私はリアムの背中をさする。


「なんで、私が生きているのか、ルルのかわりの私が死んだほうが良かったと、そう思ってしまったんだ。……母上は私を責めるつもりはなかったと思う。でも、私は責められている気持ちだった。だから、母上のかわりにライネケ様の神殿に通い、誠心誠意お祈りをした。ルルに帰ってきてほしいというのは母上の祈りでもあったけれど、私の祈りでもあったんだ。……このままでは私も壊れてしまいそうだったからだ。もう、限界だった」


 リアムは私をギュッと抱きしめた。


「そんなときに、ルネが現れた。ごめんね。君がルルのかわりをしてくれれば、私はルルの亡霊から解放されると思ってしまったんだ」


 鼻声だった。


 そんなふうに謝らなくて良いのに……。誰のかわりでも、ごはんが食べられるならそれで良かったんだもの。


 私は思う。


「でも、今日、『過去ばかり思うのでなく、この子たちの未来を見てみたい』と母上が言ってくれた。母上が未来を考えてくれて。しかも、ルネがルルと違うとわかっていて、そう言ってくれたんだ。これも、ルネのおかげだよ」


 リアムの声が震えていて、私は彼の背中をギュッと抱きしめた。


「ううん。お兄様のおかげだよ。お兄様が私を見つけてくれたから、お母様と出会えたの。それにね、お母様はお兄様が一緒にヨガをしてくれたから嬉しかったんだと思うの。それで、ルル様がいない世界で、生きていく勇気が出たんだと思う」


 私が答えると、リアムはキツネ耳に自分の顔を押し当てた。

 キツネ耳がしっとりと濡れる。温かい涙だ。


 お兄様が泣いている……。


 私の鼻もグスンと鳴った。


「私、ごはんが食べられるだけで良かったの。でも、こんなに大切にしてくれてありがとう」


 そう言えば、リアムは無言で首を振った。

 そうして、大きく息を吸う。


 あ、お兄様、また私を吸ってる! 今日は獣臭いかもしれないから、吸われたくないのに!


 私はイヤイヤと首を振った。

 すると、リアムの唇が、私のキツネ耳に当たった。


「ごめんなさいっ、お兄様っ。毛が口に入っちゃう!」


 私は慌てて、耳を押さえ、顔を上げる。

 リアムは真っ赤な顔をして、手の甲で唇を押さえていた。


「いや、ルネは嫌じゃなかった?」

「? うん? 私は嫌じゃないけど?」


 私がキョトンと小首をかしげると、リアムはプッと吹きだした。

 

「ルネが嫌じゃなければいいんだ」


 リアムはご機嫌な顔でクスクスと笑う。さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。


 なんだか、急に表情が豊かになった……。でも、こっちのお兄様のほうが素敵。


「そういうほうが良いです、お兄様」

「そういうほう?」

「笑顔です、笑顔。いつも表情が硬いから」


 私はそう答えると、リアムのホッペをつついた。


 リアムはカーッと顔を赤らめて、照れたように笑う。


「ルナール家の後継者が表情を出すことは良くないんだ。どこにどんな敵がいるかわからない。自分の考えを悟らせてはいけないから」


 お兄様が言い、私は納得した。


「だから、お父様も無表情なんですね。でも、家族のあいだだけは、本心でも良いと思います」


 私の答えにリアムは少し淋しげに微笑む。


「私は母上が病気がちで、本音が話せなかったから、普通の家族がよくわからないんだ」

「お兄様……」


 淋しげに笑うお兄様が切なくて言葉を失う。

 私にもその気持ちはよくわかるからだ。

 弟ばかり可愛がる両親に嫌われまいと、親の機嫌をうかがって生きてきた。


「でも、ルネには全部話せた。だからきっと、ルネの前では素直に笑えるんだと思う」


 そう言われて、私の胸はキュンと高鳴った。


「私の前だから?」


 嬉しくて尻尾がブンブンと揺れてしまう。


「そう、ルネは特別だから。だからルネも私の前ではありのままでいて」

「うん!」


 私はリアムにギュッと抱きついた。


 親に捨てられた私は、誰かの特別になりたかった。

 前世でお母様は私のことを大切にしてくれたけれど、あくまで娘の代用品として可愛がっていただけだ。

 王太子もそうだ。私を所有することが目的だった。

 

 でも、お兄様は違う。ありのままで良いって言ってくれるんだ。


「お兄様、大好き!」


 私が言うと、リアムは幸せそうに笑った。




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