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5.ルナール侯爵登場


 リアムと同じ、紫の髪に紫の瞳をした精悍な男性はルナール侯爵。


 そして、その後ろに控えめに佇んでいる銀髪の女性は、ルナール侯爵夫人だ。優しげな水色の瞳をもつ、か細く、小さな女性だ。今にも消えてしまいそうに弱々しい。長らく病を患っているからだろう。


 慌ててクッキーの皿をテーブルに置き、リアムの膝から飛び下りた。

 そして、カーテシーをする。


 ルナール侯爵夫妻そしてリアム、メイドたちも、孤児でありながらきちんとお辞儀をする私に目を見張った。


「ふむ」


 ルナール侯爵は、マジマジと私を見た。しかし、表情は硬い。前世でもそうだったが、侯爵は私をよく思っていないようだ。

 だからこそ、私は頑張って好かれようとした。


 でも、私が養女になれたのは--。

 

 そう思った瞬間、侯爵夫人が我を失ったように走り寄り、私を抱きしめた。

 私は、グエと息を漏らした。


「ルル! 帰ってきたのね! ルル!」


 ルルとは侯爵夫人の亡くなった娘の名前である。


 私は切なくなった。

 前世でもそうだった。侯爵夫人は、私に亡き娘の面影を重ね、『ルル』と呼んだ。

 狂気じみた目で、私に執着する侯爵夫人のために、侯爵は渋々私を養女に受け入れたのだ。


 もう捨てられたくなかった私は、必死に『ルル』のふりをした。

 しかし、そうして得た愛情は自分へのものとは感じられず、ルルへの愛情を盗んでいる気がした。


 自分自身を愛してほしい、そう思い、少しでも侯爵家の役に立とうとしたのだが、現実は失敗し、かえって侯爵家を不幸にした。


「母上、彼女はルルではありません。狐の耳と尻尾があります」


 リアムが無表情で答える。


 侯爵夫人は、抱きしめる手を弱めマジマジと私を見た。


 ルルと違うとわかったらガッカリされてしまうかも……。


 私はビクビクとして、耳がヘニャリと垂れてしまう。


 侯爵夫人は私を見て、しみじみと涙をこぼす。亡くした娘を思い出しているのだ。


「本当ね。ルルではないのね……。やっぱり、あの子は……、そうよ……あの子は死んでしまったの……。認めなきゃいけないのに……」


 侯爵夫人は私を見て嗚咽した。

 侯爵はそんな夫人の肩を抱く。こんなときも侯爵は無表情だ。


「話は息子から聞きました。精霊ライネケ様の使いだと。我が侯爵家の娘として育てるようにとの思し召しだとか」


 丁寧な言葉使いなのは、私が精霊の使いだと思われているからだろう。

 しかし、表情は冷たく、義務的だった。


 侯爵の言葉に夫人はハッとしたように顔を上げた。


「そうなのですね! きっと、ライネケ様は帰らない娘のために、この子を遣わしてくださったのだわ! だから、髪の色も瞳の色もルルと同じなのね!」


 私はブンブンと頭を振った。


「私はただの孤児です! そんな、侯爵家の娘だなんてっ! 下働きの下女としておいていただけるだけでかまいません」


 また娘として育てられたら、侯爵家を不幸にしちゃう!


 私は、断固拒否の姿勢を示す。


「ただの孤児には、精霊の耳や尻尾は生えていません。それに、ライネケ様のお言葉を無視することはできません」


 侯爵に断言され、言葉を失う。


 たしかにそうだ。


 狐の耳がペションと倒れる。尻尾はクルンと足のあいだに挟まった。

 内ももに感じるモフモフとした感触に、ハッとする。


「でも! だから! 耳も尻尾もあるので、侯爵家の娘って言っても誰も信じないと思います!」


 私は良いことを思いついたと、フンスと鼻息荒く主張してみる。


「たしかに」


 フム、と侯爵は顎に手を添えて考えた。


「では、精霊ライネケ様のお使いとして、私どもをしもべとしてお使いください」


 侯爵が頭を垂れた。


 私は慌てて両手を振った。

 精霊のように祭り上げられてはかなわない。侯爵家をしもべとして扱うなんて無理だ。


「やめてください! 侯爵様! 私が精霊なわけじゃないんですっ! 私はただの孤児です」

「ルネ様、侯爵家のなにがご不満なのでしょう? すべてルネ様の思うがとおりいたします。ですから、なにとぞ……」


 侯爵夫人が瞳を潤ませて私を見る。縋るような目だ。


「……っぅ。不満では……」

「では、どうして、ここを去ろうとするのですか?」


 夫人に問われ、私はこれ以上無下にすることはできなかった。


 前世では本当の娘のように慈しんでくれた人だ。

 しかも、病弱で早くになくなってしまう人の希望を踏みにじることもできない。

 

「ぅぅぅ……」


 私は観念した。


「いきなり侯爵家の娘だなんて、ビックリして……。だから、その……」


 モジモジとうつむく。


「そうですね。突然のことで難しいかもしれません」


 侯爵は納得したように呟く。


 私はホッとして頷く。


「はい」

「では、ゆっくり家族になっていきましょうね」


 夫人に言われ、私は引きつり笑いを返す。


 しかし、精霊と祭り上げられるより家族のほうがましだ。


 それに、ライネケ様も言っていた。娘になっても王太子妃にならなければ良いんだわ。今度は、精霊の知恵を借りて、領地を豊かにすれば、借金のかたに王太子妃にされたりしないはず。

 それに、キツネの耳がついてるんだもの、間違っても人間と結婚なんてできっこないわ!


 私はそう思い直した。


「では、侯爵様。あの、家族なら『様』は止めてください。あと敬語も緊張してしまいます」

「いえ、ルネ様はライネケ様のお使いです。ルネ様こそ私に様を付けないでください」


 侯爵は真顔で答えた。

 しかし、ここで引くわけにはいかない。


「……お父様と呼んではいけませんか?」


 小首をかしげて、尋ねてみる。

 

 すると、侯爵は眉間の皺を深くした。


 前世でもそうだった。侯爵は、夫人のために私を養女にしただけだった。本当は、平民の孤児を養女にするのは不満なのだ。侯爵夫人が亡くなったあとは、私への当たりが厳しかった。

 しかし、今回はライネケ様のお告げの手前、断ることはできないのだろう。


 今度はできるだけ好かれるように努力して、間違っても身売りされないようにしなくちゃ!


 私は、王太子妃時代に身に付けたおねだり笑顔で微笑んでみる。


 すると、侯爵は渋々頷いた。


「わかった」


 隣にいた夫人は涙を湛えながら、私に尋ねる。


「私のことは、お母様と呼んでくれるのですか?」


 私はコクと頷いた。


「お母様」


 私が呼びかけると、侯爵夫人は涙をこぼし私に抱きついてきた。


「ルル……いえ、ルネと呼んで良いのね?」

「はい、お母様」


 答えると、さらにギュッと強く抱きしめられる。

 久々の侯爵夫人の温かさに、懐かしさで胸がいっぱいになりオズオズと背中に手を回した。


 リアムがそんな私の頭を撫でる。

 私は侯爵夫人に抱きしめられたまま、リアムへと顔を向けた。


「お兄様」


 呼びかけて見る。リアムは無表情のまま頷いた。


 やっぱり、孤児だった私が妹になるのは恥ずかしいのかな?


 私はションボリとして、耳を倒した。


「ルネ。よろしくね」


 リアムは大事そうにゆっくりと私の名を呼んだ。

 表情こそ変らないが、愛情たっぷりの声に聞こえた。


 嫌われてないみたい!  


「はい!」


 名前を呼ばれて嬉しくて、私の尻尾は、喜びで揺れる。

 もっこりとしたスカートがハタハタとはためいた。



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