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3.キツネ耳少女降臨


 目を覚ますと、ライネケ様の神殿に寝転んでいた。


 言葉の通り、侯爵家に引き取られる直前らしい。

 小汚い町娘姿だ。


 ってことは、私は八歳ね。両親に捨てられた頃だわ。


 ルナール領の北にはモンスターが住んでいて、ときおり彼らによる災害が起こる。

 そんな災害のどさくさで両親から捨てられた私は、ライネケ様の神殿にこっそり入り込んでは、お供え物を盗み食いしていたのだ。


 手を見てみる。小さな手だ。

 指先は、葡萄の皮で紫色に汚れている。

 慌てて手をスカートで拭こうとする。

 そうして見慣れない物に気がついた。


「し、し、尻尾が生えてるぅ?」


 フンワリと大きな銀色の尻尾が、私のお尻から生えていた。

 まるで、狐の尻尾のようだ。スカートがめくれ上がっている。


「ぎゃ!」


 慌ててスカートを押さえ込む。


「……え、もしかして……」


 私は恐る恐る頭を撫でてみる。


「耳も、耳も生えてる~!! いや、精霊の声が聞こえる耳をくれるって、こういう意味? え? 物理なの?? 女狐って悪口が現実になっちゃった!?」


 この国では、精霊と契約して魔法を使う。だから、私は単純に魔法的なもので精霊ライネケ様の声が聞こえるようになるのだと思っていた。

 まさか、こんな物理的な形になるとは思ってもみなかったのだ。


 ちなみに、精霊と契約することは難しい。魔法アカデミーに通った者だけが、精霊と契約する方法を学べるのだ。

 それでも、名もない精霊と契約するのがやっとだ。名のある精霊と契約できるのは、聖女や大魔法使いくらいのものなのだ。


「しかも、精霊ライネケ様と契約だなんて、聞いたことがないわ! 動物の精霊の魔法っていったいなんなの?」


 一般的な精霊は、「地」「水」「火」「風」の四種類だ。伝説上の存在として、「光」と「闇」の精霊がいる。

 光の精霊は、王家の始祖と契約したという伝説が残っているが、闇の精霊については「言葉にしてはいけない」禁忌となっている。


 ちなみに、前世のルナール侯爵と義兄リアムは、風の精霊と契約していた。


<大きな声でわめくな、ルネよ>


 神殿の狐の像から、ライネケ様の声が響いた。

 みれば、半透明のライネケ様が浮いている。


「ライネケ様、半透明!」

<我が輩の姿は、お前以外には見えない。そろそろ、ルナール侯爵子息が現れるぞ。気を付けよ>


 ライネケ様に言われ、ハッとする。


「そうだ! ここでお兄様が私を見つけてくれたんだった」


 前世では、神殿でうっかり眠りこけていた私を侯爵家に連れていってくれたのは、ルナール侯爵家のひとり息子リアムである。


 十三歳だったリアムは、病弱な侯爵夫人の代わりに、ライネケ様の神殿に供物を捧げに来ていたのだ。

 私はそのお供えをこっそり食べて暮らしていた。


 侯爵夫人は三年前娘を失い、心身ともに不調をきたし、今でも娘が戻ってくることを祈っていたのだ。

 そんなとき、私が現れた。


 私は、死んだ娘と目と髪の色が同じで、よく似ていたのだ。

 そんな理由で、私は侯爵家の養女として引き取られることになったのだ。


「で、でも! また侯爵家の養女になったら、ルナール領は不幸になるわ! だったら、出会わないほうがいい!」


<ええい! たわけが!! 侯爵家の養女にでもならなければ、いくら精霊の声が聞こえようとも、神殿が守れるものか! 侯爵家の養女となったとて、あのクソ王太子と結婚しなければ問題ない!>


 逃げ出そうとする私をライネケ様が一喝する。


 すると私の体は金縛りとなり、宙に浮かんだ。不思議な力に両手を支えられ、足もピンと伸ばされる。まるで、十字のような格好である。


 えっ? ちょっと!


 不満を言いたくても声が出ない。


 そのとき神殿の扉が開いた。


 従者を連れた紫の髪の少年が、目を見開き呟いた。


「妹と同じ、銀の髪に紫の瞳……」


 リアムお兄様!


 つい先程、自分のせいで殺されてしまったリアムが幼い姿で今は生きている。

 ギクシャクとした関係ではあったが、実は私を助けようとしてくれていた義兄だった。

 嬉しさと、懐かしさ、そして申し訳なさがない交ぜになって胸が震えた。


 もう二度と殺させたりしない! 


 潤む瞳で、決意する。


 すると、後光まで光り出した。


 ちょっと! ライネケ様なにやってるの!?


<神聖さの演出をしてやる>


 ライネケ様が答え、シリアスな気持ちが吹っ飛んだ。

 あいかわらず私の声は出ない。表情も固まっている。

 

 後ろに控える付き人も、同じ顔で驚き、持ってきたカゴを落とす。供物の果物を入れてきたカゴだ。


 それはそうだろう。みすぼらしい服装のキツネ耳少女が、宙に浮いているのである。


<ルナール侯爵家嫡子リアム・ルナールだな。少年よ聞け。我が輩は精霊ライネケなり>


 ライネケ様の声が神殿の中に響いた。


 リアムと呼ばれた少年はハッとして、バッと膝をついた。

 リアムは十三歳ではあるが、大人びていて落ち着いている。慌てふためく様子はない。


 付き人は、「ははー」と大袈裟に平伏した。

 

<この娘は、ルネという。我が輩の使いである。銀の狐耳は、我が耳。精霊の声を聞く力を持つ。銀の尻尾は、我が尻尾。行く先を示すものなり。ルナール領を守るため、侯爵家へ使わす。娘として手厚く育てよ>


 なんてこと言ってるの!? やめて! お願い!!


 心の中でどれだけ叫んでも、ライネケ様は私の言葉を無視する。


 リアムは無言でさらに深く頭を下げる。


<証しとして、ここに聖布を授ける>


 リアムは両手を掲げ、その布を受け取った。


「これは、ライネケ様の肉球印……。ありがたく受け取ります」


 リアムは聖布に押された狐の足跡を、マジマジと眺め、頭の上に掲げた。この状況でもリアムの表情筋はあまり動かない。


 私は床へおろされた。金縛りが解け、気がつけば後光も消えている。


 ……とんでもないことになった……。ライネケ様の使いだなんて……。


 サーッと血の気が引いた。

 あたりを見回し、逃げようと考える。

 しかし、神殿の入り口はひとつだけだ。


 窓から逃げる?


 考えて、立ち上がろうとしたところ、足に力が入らずガクッとよろけた。

 金縛りで宙づりになっていたせいで、足が痺れてしまっているのだ。

 

「ルネ様!!」

 

 リアムが駆け寄ってきて、私を抱き留めた。


「! お、おにい……」


 いつものくせでお兄様と呼びそうになり、慌てて言い換える。


「小公子様、汚れます!!」


 私はリアムの胸を押して逃れようとすると、リアムは柔らかく私を抱きしめた。


「ルネ様は汚れておりません」


 落ち着いた声でそう答え、私の頭に生えた狐耳の間にそっと顔を埋めた。前世ではあり得ない行為だ。


 無表情のくせに、さりげなく、私を吸ってるわね? ……そうだ、そういえばルナール家の人々はモフモフ好きだった……。お兄様もそうだったのね。

 

 私は遠い目になって、前世を思い出す。


「匂い、嗅がないでください……」


 小さな声で抵抗する。羞恥で耳まで真っ赤になる。


「これは申し訳ございません。ルネ様」


 リアムは私から手を離した。なぜかリアムの顔もほんのりと赤い。


 あれ? お兄様ってこんな顔をするのね?


 いつも無表情だった兄様が、微妙ではあるが表情を変えたことに驚きつつ、支えを失った私はグズグズとそこへ座り込んだ。


「ルネ様?」


 リアムは私の顔を覗きこんだ。


「あ、足が……痺れているんです……」

「では、私が抱いて家までお連れいたします。ルネ様」


 リアムの即決に恐縮する。


「い、いえ、大丈夫です。放っておいてくれれば自分で歩いていきます。私、重たいですから」


 だから、さっさと神殿から出て行って~!! そのすきに逃げるんだから!


 私は願う。


「そんな訳にはまいりません。気になるようなら従者に運ばせます」


 そう言うと、リアムの後ろに控えていた従者がニッコリと微笑んで、私を抱き上げた。


 ……捕まった……。


 私は虚無顔になる。


 リアムは供物のカゴを拾い上げると、神殿の祭壇に供えた。


 そして、精霊ライネケに感謝を述べる。


「ありがとうございます。精霊ライネケ様。ルネ様は我が侯爵家で大事にお迎えしたいと思います」


 振り返ったリアムはうっすらと笑っていた。


 従者も私も、そのレアな笑顔に驚きギョッとする。

 すると、リアムは笑顔をサッと引っ込めた。

 

「では、侯爵家へ帰りましょう」


 リアムの何気ない言葉に、私はジーンとする。


 王太子妃になってから、ずっと帰りたかったルナールの屋敷へ帰れるのだ。


 なりたくてなったわけではない王太子妃。魑魅魍魎の住まう王宮は安らぎとはほど遠く、ルナールでの日々をいつも思い出していたのだ。


 それに、領地のためだと思ってしてきたことが、かえって領地を苦しめた。だから今度は、間違えない。


 私は決意を新たにする。


 今度は絶対、王太子妃になんかにならない!!

 今度こそ、みんなで幸せになるんだ!




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