第12話「オータムフェス」前編
──本日は、待ちに待った秋祭りの日。
ざわ……ざわ……。
祭の会場に着いてすぐ、私はお母さんに電話を掛けた。
[朝蔵 葵]
『会場、着いた?』
[朝蔵 大空]
「うん!」
[朝蔵 葵]
『そう、良かった。 じゃあ、気を付けてね。 お土産のリンゴ飴も、よろしくね』
[朝蔵 大空]
「うん、リンゴ飴ね! バイバイ」
ピッ。
私はお母さんとの通話を切った。
[朝蔵 千夜]
「ふぅ、何年か振りの地元の祭! アタシはこのフェスで、絶対《《彼氏》》作るよーん!♡ れっつご〜♡」
[朝蔵 大空]
「ふぇっ!!?」
お兄ちゃんはひと足先に、賑わう人混みの中に消えて行った。
お兄ちゃん、今……『彼氏作る』って言ってなかった?
やっぱりあの人は、お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんだな。
[朝蔵 真昼]
「はぁ……バッカじゃないの? あぁ、人多いし最悪だし。 早く帰りたい」
[朝蔵 大空]
「あ、あはは。 ……?」
その時、私は物陰から視線を感じた。
[永瀬 里沙]
「……」
里沙ちゃん!?
街路樹に身を潜める里沙ちゃんを、私は見つけてしまった。
[朝蔵 大空]
「な、何して……」
[永瀬 里沙]
「しーっ……!」
あ、そう言えば今は隣に、真昼が居たんだった。
[朝蔵 真昼]
「……」
仕方無い、ここは気付いてないフリしといてやるか……。
[里沙の先輩]
「永瀬ーー!!」
[永瀬 里沙]
「ひゃっ!!」
[朝蔵 真昼]
「……!!」
あ。
[里沙の先輩]
「何してんだ! 早く行くぞー!!」
[永瀬 里沙]
「あ! ちょ、あの……」
[朝蔵 真昼]
「里沙さーん!!」
あちゃ〜。
真昼は里沙ちゃんを見つけた途端、目の色を変えて、里沙ちゃんの元に寄って行く。
[永瀬 里沙]
「げげっ……」
[朝蔵 真昼]
「こんな所で会えるなんて……やっぱり、ぼくと里沙さんは運命の赤い糸で、結ばれているんだねっ!」
まぁ! 真昼ったらロマンチック♡
[永瀬 里沙]
「お願い! 来ないで!」
里沙ちゃんは、砂埃が起こるほどの超スピードで、走り去って行く。
[朝蔵 真昼]
「あははははっ! 今日こそは絶対に捕まてみせるよ!!」
[永瀬 里沙]
「ギャーー!!!」
真昼も、里沙ちゃんを追い掛けて消えてしまった。
[里沙の先輩]
「ああ! おーい!!」
あーあ、里沙ちゃんの先輩『訳分かんない』って顔してるよ……。
里沙ちゃんってば、恥ずかしいからって逃げないで、もっと普通にしてたら良いのに。
[朝蔵 大空]
「卯月くん遅いなぁ」
トイレに行ったまま、卯月くんが戻って来ない。
[卯月 神]
「すみません、混んでました」
そう思っていると丁度、卯月くんが戻って来た。
走って来た様で、ちょっと息を切らしている。
[朝蔵 大空]
「あ、良かった」
[卯月 神]
「他の皆さんは……?」
卯月くんが、真昼とお兄ちゃんが居なくて不思議がっている。
[朝蔵 大空]
「……あぁ、なんかどっか行っちゃった」
[卯月 神]
「そうですか」
うちの家族、" 自由 " な人が多いからね。
でもこれで、卯月くんとふたりきり♡
[朝蔵 大空]
「ねぇねぇ」
[卯月 神]
「はい?」
[朝蔵 大空]
「なんか、言うこと無いかなぁ?」
私は今日、新しく卸した浴衣を来て着ている。
[卯月 神]
「……綺麗です」
[朝蔵 大空]
「お? えへへ……」
卯月くんに褒められて、私は浮ついた気持ちになる。
卯月くんからの褒め言葉は、たったひと言でも嬉しい!
[卯月 神]
「日本の女性、こう言う日には『簪』と言う物を、身に着けると聞きました」
[朝蔵 大空]
「え? 突然どうした?」
卯月くんが、何か手に持っている。
[卯月 神]
「実は、昨日買ってみたんです。 貴方が気に入ると良いのですが……」
ガラスの玉が付いた、金軸の髪留め。
私はそれに、一目惚れ。
[朝蔵 大空]
「可愛い! ありがとう!」
[卯月 神]
「後ろ向けますか?」
[朝蔵 大空]
「うん!」
卯月くんが私の後ろ髪に、髪留めを刺してくれる。
[卯月 神]
「朝蔵さん、あの……」
[朝蔵 大空]
「さぁさぁ、行こう行こう!!」
[卯月 神]
「あっ」
私は、卯月くんと手を繋いだ。
[朝蔵 大空]
「どこか、気になるお店ある?」
[卯月 神]
「えっと……『おすきやき』?」
[朝蔵 大空]
「オスキヤキ……?」
卯月くんの視線の先には、『お好み焼き』の屋台。
[朝蔵 大空]
「お好み焼きだね! 私もお腹めっちゃ空いてるし、食べよう!」
[卯月 神]
「はい!」
私達は、色んな出店の列に並ぶ。
[卯月 神]
「あの、昨日の夜……」
[朝蔵 大空]
「かき氷はね、いちごとメロン、ぶどうとレモンに……ブルーハワイがあるけど、何が良い?」
私はいちごに練乳、いっぱい掛けてもらおっと!!
[卯月 神]
「ぶ、ぶるーはわい??」
[朝蔵 大空]
「ブルーハワイにする?」
[卯月 神]
「じゃあ、それで……どんな味なんですか? その、ブルーハワイって……」
[朝蔵 大空]
「それは永遠の謎だよ!」
[卯月 神]
「食べて大丈夫なんですか、それ」
[卯月 神]
(なかなか聞けない、昨日の夜に朝蔵さんが言ってた……『似てる』って、誰のことなんだろう)
ギュルルルルルル……。
[卯月 神]
「!? なんの音ですか?!」
[朝蔵 大空]
「うっ」
[卯月 神]
「朝蔵さん?」
いっぱい食べたら、私もトイレ行きたくなっちゃった!!
[朝蔵 大空]
「ごめん、ここでちょっと待ってて。 私もトイレ行って来る!」
[卯月 神]
「ああ、はい」
私は、リンゴ飴の屋台の前に卯月くんを残して、トイレへと駆け出す。
……。
[卯月 神]
「……」
ひとりになってしまいました。
朝蔵さん、早く戻って来ないでしょうか?
昨日のこと、しっかり聞き出さねば……。
──その時だった。
[刹那 五木]
「おぉっ!!」
[卯月 神]
「!?」
[嫉束 界魔]
「えー! 卯月くんじゃーん!」
は? 刹那くんと、嫉束くん?
[卯月 神]
(まずい……)
面倒臭い奴らに、見つかってしまったかもしれません。
見知った顔の奴らが、僕を見つけてこちらに歩いて来ます!
[笹妬 吉鬼]
「ひとりか?」
[卯月 神]
「いえ……」
今は朝蔵さんと来ているのですよ、貴方達は邪魔なので、さっさと退散しなさい。
[狂沢 蛯斗]
「寂しいですね!」
[巣桜 司]
「狂沢くん……言い方」
笹妬くんと、狂沢くんに、巣桜くん……。
5人で来ているんですか。
[木之本 夏樹]
「腹減ったーー!!」
[文島 秋]
「卯月くんも、お祭り来たんだ?」
木之本くんと、文島くんまで!?
2年の主要メンバーが揃ってしまった。
[仁ノ岡 塁]
「うがぁ!! 何故『こしあん』じゃないのだー!!」
[原地 洋助]
「言ったろ、やっぱ『つぶあん』が主流なの」
[不尾丸 論]
「たい焼き、うま」
1年生メンバーまで!!?
仁ノ岡くんと原地くん、不尾丸くん……。
て言うか、いつまで『こし』だとか、『つぶ』の話してんだこいつら!
[土屋 遊戯]
「うわっ! なんかここ、男臭くな〜い?」
[音乃 渚]
「はぁ、はぁ……美味しそうな食べ物がいっぱい! 全部食い尽くします!!」
[花澤 岬]
「太りますよ、会長」
[古道 大悟]
「来年も一緒に来ようね、岬!」
全員集合やめろ、どんだけ仲良いんだお前ら!!
そもそもこんなに人間がいるのに、知り合いが同時に集まるとか、どんな確率だよ!
『3章』の最終回が、近いからなのか!?
[卯月 神]
「はぁ……はぁ……」
一気にツッコミしすぎて、疲れました。
しかしまずい、これではこの場所の秩序のバランスが……!
ざわ……ざわ……!!
[卯月 神]
(……なんだ!?)
辺りのざわめきが、一層強くなった。
[女子A]
「きゃー! 見てあそこ! イケメンが大量に集合してるわ!!」
[女子B]
「まあ本当! 揃いも揃って皆、美形よ〜!!」
[女子C]
「きゃあ〜、彼氏になってもらいましょ〜!!」
……ドドドドドドっ!!
興奮した女子達が、群れになってこちらに押し寄せて来る。
こうなるから男共には、仲悪くいてもらわないと困るんだ!
[卯月 神]
「うわあぁぁ……!」
人の波に、まるで川の流れの様に流されていく僕。
[卯月 神]
「助けて下さーい」
朝蔵さん!!
……。
[朝蔵 大空]
「卯月くん?」
リンゴ飴の屋台の所に戻ってみても、卯月くんの姿は見当たらなかった。
メールで連絡してみても、既読が付かないし、電話も繋がらない……。
[朝蔵 大空]
「どうしよう……」
てかここ、さっきまでもっと人が居たはずなのに、少なくなったような……?
卯月くんが傍に居なくなった瞬間、私は不安になった。
里沙ちゃんもいない、真昼もいない、お兄ちゃんもいない、私はどうしたら良いんだろう。
[朝蔵 大空]
「……」
周りからどんどん人が消えていく。
空気がしんと、静まり返る。
私は、ひとり。
[朝蔵 大空]
「あ……」
──黒い唐傘が、夕方終わりの空を隠す。
[謎の男]
「迎えに来たよ。 行こう、大空」
[朝蔵 大空]
「…………うん!」
真っ暗な道、私は彼の左側を歩く。
やっぱり私には、この人しかいない。
──私だけの、夕唯お兄ちゃん。
[加藤 右宏]
「……」
その上空には、ミギヒロの姿。
[加藤 右宏]
「コレで、良かったんダよな」
──もうすぐ、花火が始まる。
ぱんっ! ぱんっ!
暗い空に、色とりどりの花が咲く……。
[朝蔵 大空]
「お兄ちゃんと来られて、良かった!」
[朝蔵 夕唯]
「そうだね」
来た場所は私と、夕唯お兄ちゃん以外誰も居ない場所、私達は共にその場で腰を下ろす。
[朝蔵 夕唯]
「寒くないかい?」
[朝蔵 大空]
「ちょっとだけ……」
夕唯お兄ちゃんが、着ていた羽織りを私の肩に乗せてくれる。
[朝蔵 大空]
「ねぇ、お兄ちゃん。 今までどこにいたの?」
[朝蔵 夕唯]
「ずっといたよ、でも……邪魔がいたから」
[朝蔵 大空]
「邪魔?」
[朝蔵 夕唯]
「うん」
[朝蔵 大空]
「……その邪魔が無かったら、もっとずっと、私の傍にいてくれる!?」
夕唯お兄ちゃんには、私の近くにずっといてもらいたい。
[卯月 神]
「朝蔵さん!!」
大空達を追い掛けて来ていた、卯月。
[加藤 右宏]
「ストップ」
[卯月 神]
「ミギヒロくん……」
[加藤 右宏]
「行くなヨ、今良いところなんだかラ」
大空達の様子を見守る、卯月とミギヒロ。
[朝蔵 夕唯]
「じゃあその簪、外そうか」
[朝蔵 大空]
「え?」
夕唯お兄ちゃんの光の無い瞳が、私を見つめてくる。
[朝蔵 夕唯]
「外して、捨てて、今すぐ」
[朝蔵 大空]
「……」
私は頭の後ろに、腕を回す。
[卯月 神]
(そんな……朝蔵さん……)
[朝蔵 大空]
「うん」
私は簪を髪から引き抜き、地面へと落とした。
[卯月 神]
「嘘だ……」
[加藤 右宏]
「言ったダろ、アイツはお前じゃなくて、アレを選……」
[卯月 神]
「いやあぁぁ!! 朝蔵さん、なんで! なんでなんですか!! そいつだけは絶対に、ダメなのに」
[加藤 右宏]
「おい、落ち着け……」
悲鳴をあげる卯月を、ミギヒロが制止しようとする。
[卯月 神]
「あんな所に連れてかれるぐらいなら、僕が……やります」
[加藤 右宏]
「……!」
卯月は瞬間移動で、大空の背後へ……。
[朝蔵 大空]
「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんのことが……世界で1番大好き!!」
ゴトッ……。
ゴロッ……。
[卯月 神]
「死んで下さい」
痛みも無く、視界が宙を舞い、鈍い音と共に、【頭】が草の上に転がった。
つづく……。