第11話「報連相」前編
[音乃 渚]
「食欲の秋! と言うことで、本日は調理実習でーす!」
[古道 大悟]
「あれ? 土屋のお坊ちゃま居ないね」
古道が周囲を見渡すと、土屋の姿が無い。
[花澤 岬]
「サボりだろ」
数分後……。
[古道 大悟]
「オレ一旦洗い物するわ〜」
[花澤 岬]
「おう」
古道が先に洗いに出された調理器具を片付ける。
[古道 大悟]
「あれ、なんでこんな所にバスケットボールが……」
古道は作業台の上に置かれた謎の球体を見つける。
[花澤 岬]
「ハンバーグだが?」
バスケットボールの正体はハンバーグだった。
[古道 大悟]
「火通んないから……」
[花澤 岬]
「……そう言えば、フランベと言う調理法が前テレビでやってたな」
花澤がコンロの前に立ち、フライパンを熱し始める。
[音乃 渚]
「フランベ……赤ワインを使うやつだね! 花澤くん、よく知ってるねー」
[花澤 岬]
「黙れ」
[古道 大悟]
「やめとけって……」
古道が盛り上がる花澤と音乃のことを、軽く止めに入ろうとする。
[花澤 岬]
「ワイン……無いから料理酒でいいか、よっと」
ジョボジョボジョボ……。
[古道 大悟]
「危ない!」
ボワっ……!!
突然の料理酒の投入により、炎が激しく立ち登る。
[花澤 岬]
「だ、大悟、こ、これどうすればいい?」
どうしたら良いか分からずあたふたする花澤。
[古道 大悟]
「ちょ、水! 水掛けろ!」
[花澤 岬]
「そんな……せっかくここまで頑張ったのに」
[古道 大悟]
「ほら早く、シンクに持って来て!」
[花澤 岬]
「しかし食材を無駄にするわけには……」
[古道 大悟]
「いいからフライパンから外せ!!」
その時だった。
[音乃 渚]
「花澤くん、そこを動かないで!」
水が入ったバケツを音乃が抱えている。
[花澤 岬]
「え……こっち来ないで下さい」
[音乃 渚]
「今助けに行くよ! って、おわっ……!?」
つるんっ!
床に落ちていたバナナにより音乃は足を滑らせ、花澤のほうに突っ込む。
そして発火したままハンバーグは窓の外へと飛んで行く……。
ヒューン!
[朝蔵 大空]
「体育だる〜」
[永瀬 里沙]
「楽しみ♪」
今から1組の女子と一緒に体育の授業が行われる。
[朝蔵 大空]
「ん、あれは……」
ふと上を見上げると、火の玉のようなものが落ちて来ているのが見えた。
[永瀬 里沙]
「隕石だー!」
[朝蔵 大空]
「……」
終わった、世界滅亡。
[加藤 右宏]
「んおーーっ!!」
[朝蔵 大空]
「!?」
私が諦め掛けた時、私の前にミギヒロが現れ、隕石を弾き飛ばした。
スーパーヒーロー……?
[音乃 渚]
「いてて……」
[花澤 岬]
「会長、マジ最悪です」
[音乃 渚]
「あーごめんね花澤くん!」
[古道 大悟]
「だ、大丈夫……?」
[花澤 岬]
「は、ハンバーグは……?」
その時、窓から焼けたハンバーグが返却されてくる。
[花澤 岬]
「おっ、よく焼けてる」
[音乃 渚]
「特大ミートボール……じゅるり……」
[花澤 岬]
「ハンバーグですよ」
[古道 大悟]
「えぇ……?」
上手に焼けました。
[加藤 右宏]
「大空〜!!」
[朝蔵 大空]
「ミギヒロ!? あんた平気!?」
[加藤 右宏]
「んァ? あぁ、オレは大丈夫」
[朝蔵 大空]
「ありがとう、助けてくれて……」
今のなんだったんだろ?
[朝蔵 大空]
「今日サッカーだよね」
[永瀬 里沙]
「うん!」
憂鬱な体育、しかもサッカーだなんて。
[永瀬 里沙]
「大空ー! パス!」
[朝蔵 大空]
「え、私!?」
いつものようにただボールを追うだけに徹していようとしてたら、今日は里沙ちゃんが私にパスを回して来た。
[朝蔵 大空]
「わわ! きゃっ!」
[???]
「いっ……」
後退ると、誰かの足を踏み付けてしまった。
私は血相を変えて後ろを振り向く。
[朝蔵 大空]
「ご、ごめ……」
[???]
「チッ」
……!
今、舌打ちされた。
[赤城 成美]
「……」
この人は赤城成美さん、1組の中心的存在の人。
[朝蔵 大空]
「すみません……」
もっと謝ろうと思ったけど、その前に赤城さんはどこかへ行ってしまった。
[朝蔵 大空]
「やっちゃった……」
怒らせたかも、だって舌打ちしてたし、返事してくれなかったし……。
授業が終わった後も、私は赤城さんのことが頭にあった。
なんか、昔を思い出しちゃうなぁ。
[永瀬 里沙]
「なんか元気無くなーい? なんかあった?」
[朝蔵 大空]
「あ、ううん、なんでも無いよ」
[永瀬 里沙]
「そう?」
気まずくなって私はトイレに出掛ける。
トイレの前までやって来た時だった、中から複数人の女子の声が聞こえる。
[女子A]
「さっきの体育の時、成美めっちゃキレてたよね!」
[女子B]
「見た見た! あの《《男好き》》全然動かないしマジ最悪だよねー、成美可哀想〜」
男好き……私、そんな風に呼ばれてるの?
私、運動出来ないから迷惑掛けてるのは分かってたけど、改めて言われるとつらいな。
[女子C]
「あの子里沙しか友達居ないよね」
[女子A]
「里沙もちょっと可哀想だよねー、あんなのと一緒にいても、なんも楽しくなさそー」
[女子B]
「2組の奴から聞いたけど、あいつ男と喋る時だけイキイキするらしいよ」
[女子C]
「きっしょー! 可愛くないくせに」
嫌だ……こんな所もう居たくない。
私はトイレから離れて歩き出す。
[朝蔵 大空]
「……あっ」
[赤城 成美]
「……」
廊下を友達と一緒に歩いている赤城さんの姿が見えた。
どうしよう、『さっきはごめんね』ってもう1回謝ったほうが良いかな?
でも、友達と一緒に居るから話し掛けづらい、また舌打ちされたらどうしよう、しつこいって思われたらどうしよう……。
[朝蔵 大空]
「……」
そんなことを考えている内に、赤城さん達は私の横を通り過ぎて行った。
ああ、赤城さんからは、私のことなんて見えてないんだ。
私が気にしすぎ、気にしすぎなんだ。
その日の夜……。
[朝蔵 大空]
「眠れない……」
私は自室を出て、コップに水を入れてソファに座る。
[朝蔵 大空]
「あ、そうだ、書かないと……」
ケータイを持ち、卯月くんに送る日報を考え始める。
[朝蔵 大空]
「……はぁ」
いつもすらすら書いてた日報も、今日は進まなかった。
起きた事をただ書けば良いのだが、嫌な事を思い出すのが時々つらい。
[朝蔵 大空]
「男好き……か」
別に、そんなつもりは無いんだけどな。
男子の友達のことはもちろん好きだし、里沙ちゃんだって親友だと思ってるし。
それに、芽衣ちゃんとか、アンジェリカさんとだってもっと仲良くなりたいし。
私のことなんも知らないくせに、勝手に言わないでほしい。
……つらいな。
[朝蔵 大空]
「……」
自分の部屋にはミギヒロが居る、私にもひとりになりたい時がある、そんな時私はいつもお父さんの部屋に逃げる。
私はお父さんの部屋に忍び込み、日報は途中のまま動画アプリを開く。
[朝蔵 大空]
「癒されたいな」
実は私、音フェチ動画を漁るのが好き。
私は気になった動画をタップする。
[朝蔵 大空]
「おお……良い、めっちゃ」
このチャンネル、初めて見るな……ふーん、『なぎさん』って言うんだ、チャンネル登録しよっと。
[なぎさん]
『今日はどんな一日でしたか? 今日の疲れは、今夜中に癒しちゃいましょうね』
やば、めっちゃ眠くなる。
まだ日報書いてないのに……。
[朝蔵 大空]
「…………」
大空の部屋にて。
[加藤 右宏]
「かー、ん……ぁ、朝かぁ? アーまだ夜かぁ………あれ」
横で寝ていた大空が居ないことにミギヒロは不思議に思う。
[加藤 右宏]
「あっちの部屋か」
ミギヒロは特に気にせず二度寝する。
……翌日。
[朝蔵 葵]
「おはよー、朝ご飯出来てるわよ」
[朝蔵 大空]
「あ……いいや、今日は、行って来ます」
朝起きると私は食欲が無くて、朝食を抜いて学校へと向かった。
[朝蔵 葵]
「え、食べないのー?」
[加藤 右宏]
「……」
[加藤 右宏]
(あいつ、まさか……)
教室に着いてまず私は里沙ちゃんに会う。
[永瀬 里沙]
「おはよー!」
[朝蔵 大空]
「おはよう」
私は真っ直ぐに自分の席に座る。
[木之本 夏樹]
「おはよーーーっす!!!」
[永瀬 里沙]
「あー! 木之本うるさーい!」
[文島 秋]
「木之本、教室では静かにね」
周りに次々と人が集まって来る。
[巣桜 司]
「おはようございまーす……」
[狂沢 蛯斗]
「おはようございます!」
狂沢くんと司くんの声が聞こえる。
[朝蔵 大空]
「……」
[文島 秋]
「……?」
[木之本 夏樹]
「ど、どうしたんだよ!」
[文島 秋]
「元気無いね、どうしたの?」
あ、私問い掛けられてる?
[朝蔵 大空]
「あ……ううん」
[狂沢 蛯斗]
「顔が暗いですね?」
[巣桜 司]
「……大空さん?」
私はその場から逃げたくなり、席から立ち上がった。
あ……こんなんじゃ、皆んなから変な奴だと思われる、嫌われる。
せっかく皆んな、心配してくれたのに。
[卯月 神]
「朝蔵さん」
廊下に出て階段を下りていると、後ろから卯月くんが追い掛けて来た。
[朝蔵 大空]
「あ……」
[卯月 神]
「あの、昨日の分がまだなのですが……」
昨日の分……?
[朝蔵 大空]
「えっと……」
[卯月 神]
「一日の報告です」
[朝蔵 大空]
「あ、日報か……ごめん、後で出すね」
昨晩そのままお父さんのベッドで寝てしまい、日報を出すのを忘れていた。
[卯月 神]
「な、なるべく早くお願いします」
[朝蔵 大空]
「……に、日報ってなんで書かなきゃいけないのかな?」
私はこの機会にずっと気になっていたことを聞いてみた。
[卯月 神]
「それは……」
[文島 秋]
「束縛でしょ?」
[卯月 神]
「え?」
曲がり角から文島くんが姿を現した。
[朝蔵 大空]
「文島くん……」
[文島 秋]
「違う?」
文島くんが卯月くんと目を合わせる。
[卯月 神]
「……僕と朝蔵さんの問題なので」
出来れば私もちゃんと聞きたい、卯月くんがどうして毎日の日報を欲しがっているのかを。
[文島 秋]
「彼女の元気が無いのは、君が抑え付けてるからじゃないの?」
[卯月 神]
「そう言うわけでは……僕は」
[朝蔵 大空]
「違うよ」
[文島 秋]
「朝蔵ちゃん我慢しなくて良いよ」
本当に違う、私のせいだから、私が人に嫌われるような人間だから、私がダメだから。
あんな悪口言われるのも、全部私が悪いから。
[朝蔵 大空]
「……」
色々苦しくなって、卯月くんと文島くんの前なのに涙を流してしまった。
[卯月 神]
「昨日、嫌なことありましたか? 言って下さい」
[朝蔵 大空]
「うん」
[卯月 神]
「話して下さい。 話したら、忘れられますから」
話すことで、嫌な事が忘れられる?
そう、なの……?
[卯月 神]
「話してほしいです」
[朝蔵 大空]
「うん……」
私は話した、いつもは卯月くんに言わないようなこと、悪口を言われたこと、酷い言葉を。
泣きじゃくりながら、呼吸を乱しながら。
そしたら、少しだけ心が軽くなった気がした。
つらい事って、誰かに話すとちょっとだけ楽になれるのかもしれない。
[卯月 神]
「朝蔵さんは、こうやってひとりで抱え込むタイプです。 ですから、こちらから義務的に話させる必要がある」
[文島 秋]
「ふむ、そう言う意味での日報なんだね。 納得した」
[卯月 神]
「はい。 ですから朝蔵さん」
[朝蔵 大空]
「……」
[卯月 神]
「ちゃんと日報、出して下さいね」
つづく……。