第8話「わたしのうみ」後編
[不尾丸 論]
「……『私の未来の旦那様♥ちゅきちゅきらぶゆー♡』……って誰?」
それは、メールアプリ上での卯月くんのニックネーム!
内緒で設定したのに、本人にも里沙ちゃんにも見せたこと無いのにっ!
[不尾丸 論]
「なーんだあんた、彼氏いたの?」
[朝蔵 大空]
「えと、いや、彼氏と言うか……」
ダメだ、ここでどんな言い訳しようと、誤魔化せる気がしない。
[不尾丸 論]
「今日の報告、とか……そんなんばっかじゃん。 へぇ、かなりの束縛野郎と見た」
しかもメールの内容まで見られてる!
[朝蔵 大空]
「あ、あはは……」
笑ったって誤魔化せるわけ無いよね……。
[不尾丸 論]
「ねぇ自分、恋人いるのに塁と洋助のこと誑かしてたの?」
[朝蔵 大空]
「た、誑かしてたとかそんなつもりじゃ……」
[不尾丸 論]
「……最低だね。 朝蔵先輩、良い人だと思ってたのになぁ」
不尾丸くんはいつまで私のケータイ持ってんの?
もし私の秘密の夢小説まで見られたら、終わる。
[朝蔵 大空]
「か、返して!」
私は不尾丸くんから自分のケータイを無理やり奪い返し、荷物も全部持って部屋の外へ逃げ出す。
私は走りながら後ろの様子を伺う。
[不尾丸 論]
「……」
不尾丸くんも部屋から出て来て、杖をつきながらこちらに歩いて来る。
やば、歩行はめっちゃゆっくりだけど、あれは多分超キレてる。
微笑みもせず、顔が凄く怖いとかでも無いのに、ただ静かにブチギレてる。
[施設の人]
「あれ朝蔵さん? そ、そんなに急いでどうしたんですか!?」
[朝蔵 大空]
「お邪魔しましたー!」
もう大雨の中とかどうでもいい!
とにかくここから脱出しなきゃ、多分だけど殺されてしまう!!
[朝蔵 大空]
「あ! 雨やんでる!」
外に出ると、あんなに降っていた雨はすっかりやんでいた。
それは良いのだが、ひとつ気になることがある。
[朝蔵 大空]
「え、何これ?」
いくつかのバケツと、業務用のホースがそこら辺に散らばっていた。
[朝蔵 大空]
「ちょっと待って」
地面、ここしか濡れてなくない!?
もしかして!
[朝蔵 大空]
「演出されてたー!」
分かんないけど不尾丸くんがやった、もしくはやらせた、そうに違いない!
さっきの大嵐は、自作自演だったんだ!
[卯月 神]
「朝蔵さーん!」
[朝蔵 大空]
「へ?」
上空から何かが飛び降りて来たかと思えば、卯月くんと目が合った。
[加藤 右宏]
「オレも来た!」
[卯月 神]
「良かった、間に合った……」
[朝蔵 大空]
「え、なんでいるの?」
こいつら私のことずっと監視してるみたいで怖いわー。
[卯月 神]
「説明は後! 逃げますよ!」
[朝蔵 大空]
「ひゃあ!」
卯月くんに抱えられ、空高く飛び上がる。
卯月くんに抱っこれてる、嬉しい!
[不尾丸 論]
「…………チッ」
車椅子に乗った不尾丸くんが施設の外まで出て来ているのが見えた。
私、あそこで捕まってたらどうなってたんだろう。
[朝蔵 大空]
「スンスン……ん? なんか卯月くん……」
[卯月 神]
「なんですか?」
[朝蔵 大空]
「煙の匂いしない?」
[加藤 右宏]
「ア! オレもそれ思っタ!!」
[卯月 神]
「あ……」
一方その頃2年生男子組は……。
[刹那 五木]
「おれらズッ友! ハイチーズ!」
[狂沢 蛯斗]
「ダサい! 狭い!」
[嫉束 界魔]
「あれ? 卯月くん居なくない?」
[笹妬 吉鬼]
「言われてみれば……」
パシャ。
卯月を除いた、嫉束・笹妬・狂沢・巣桜・刹那・木之本・文島の計7人で……。
合宿打ち上げの焼肉の後にプリクラを撮っていた。
……。
翌日。
[永瀬 里沙]
「きゃー♡ 巣桜くんめっちゃ盛れてる〜! マジで女の子みたい!!」
[巣桜 司]
「うへ」
昼休みの教室、昨晩皆んなで撮ったと言うプリクラを見せてもらっている。
[文島 秋]
「ぶははは! 木之本きっっも!」
[木之本 夏樹]
「う、うるせぇ! 男子のプリクラなんて全員キモいわ!」
文島くん大爆笑、木之本くん大激怒。
良いなぁ、私も同性グループでプリクラとか撮りたい。
[狂沢 蛯斗]
「貴方なんで昨日途中で帰ったんですか?」
[卯月 神]
「ちょっと事情があって……」
はい……。
[朝蔵 大空]
「ちょっと御手洗行って来ます」
[永瀬 里沙]
「はいよー」
私はトイレに出掛ける。
ざわざわ……ざわざわ……。
[朝蔵 大空]
「あっ」
トイレ激混み……仕方無い、1個下のトイレに行こう。
……。
[朝蔵 大空]
「ふぅ……」
ガッシャン……カラカラカラ……。
え、何今の音?
[不尾丸 論]
『だ、誰かぁ、助けてぇ』
!?
遠くから、誰かが助けを求める声が聞こえてきた。
声のしたほうに急ぐと、階段前で倒れている人が見えた。
[朝蔵 大空]
「あ、あの子……」
車椅子はひっくり返ってるし、不尾丸くんは床で横たわってるし、これは色々緊急事態だー!
昨日あんなことされたけど……。
この状況で見捨てることなんて、出来ないよねー!
[朝蔵 大空]
「不尾丸くん! 大丈夫ー!?」
まず私は横倒しになっていた車椅子を整え、次に不尾丸くんを支えて座らせようとする。
[不尾丸 論]
「捕まえた」
[朝蔵 大空]
「ええ?」
また自作自演!
騙されたー!
[不尾丸 論]
「先輩優しいって言うか、最早お人好しだよねぇ」
この子、意外と腕力ある?
私は引っ張られるがままに床へと倒れる。
腕の力が強いのは分かった、でも相手は足を使えないはず、全然逃げれる!
[不尾丸 論]
「よっと……」
つ、杖を使って固めてきた!?
私の真下に不尾丸くん、お腹と両手首の上に杖が通ってて、ガッチリ挟まれて完全にサンドイッチ状態!!
こ、これが本当のプロレスごっこ!?
どうしよう、見た目に反してガチで腕の力が強い、逃げられない。
[不尾丸 論]
「楽しいねー、先輩〜」
足は自由だから、蹴って反撃すればいけそう……でも相手は足の悪い人、そんな人の足なんて蹴れないよぉ。
私の良心が許さないよぉ……。
誰か、助けて!!
[不尾丸 論]
「未来の旦那様とはどこまで行ったの? こう言うことしてもらったー?」
こいつ調子に乗りやがって。
卯月くんとはまだキスの先も行ってないっつーの!!
あー、こんなことなら……もっと格ゲーについて勉強してれば良かった〜!!
[音乃 渚]
「コラ、喧嘩はいけません!」
!?
[不尾丸 論]
「……はぁ?」
[朝蔵 大空]
「せ、生徒会長!? いつからそこに居たんですかー?!」
[音乃 渚]
「うーん、5分前くらいかな?」
5分……?
割と見てるだけの時間長くない?
[不尾丸 論]
「チッ、いいとこだったのに」
[音乃 渚]
「論、朝蔵くん、一体何があったんですか? どうして、こんなところでふたりで喧嘩してたんですか?」
論って……ああ、不尾丸くんの下の名前か。
音乃会長、いつも人のこと苗字で『〇〇くん』とかだよね?
下の名前で呼び捨てとか珍しい……結構、親しい仲だったりするのかな?
[朝蔵 大空]
「け、喧嘩ではないんですけど……」
[不尾丸 論]
「会長さんに関係ある?」
不尾丸くんは音乃会長にそう冷たく言い放つ。
[不尾丸 論]
「萎えたわー、朝蔵先輩またね」
[朝蔵 大空]
「あ、うん」
不尾丸くんは車椅子に乗ってさっさとどこかに行ってしまった。
[朝蔵 大空]
「音乃会長、助けて頂きありがとうございます!」
[音乃 渚]
「はい。 朝蔵くんは、論とお友達?」
[朝蔵 大空]
「え?」
[音乃 渚]
「随分懐かれてるんだねー、論が他人にあそこまで接近すること、なかなか無いよ?」
あれって懐いてるって言っていいの?
歪みに歪みきった執着心の間違いではなくて?
[朝蔵 大空]
「会長こそ、不尾丸くんのこと論って言ってましたよね?」
[音乃 渚]
「そうだね、論とワタシは同じ中学校で、部活も一緒だったんだよ」
え、不尾丸くんが部活?
何にも興味無さそうなあの子が部活?
[朝蔵 大空]
「え、吹奏楽ですか?」
[音乃 渚]
「そうだよ、ピアノをしていたんだ」
不尾丸くんが、ピアノ?
[朝蔵 大空]
「そうだったんだ……」
[音乃 渚]
「朝蔵くんは、論のこと好き?」
[朝蔵 大空]
「えっ?」
音乃会長ったらいきなり何を……。
[朝蔵 大空]
「す、好きじゃないです! さっきだって、あんな乱暴されて!」
[音乃 渚]
「あはは、ごめんごめん、そうだよね」
[朝蔵 大空]
「へ、変なこと言わないで下さーい!」
あんな失礼な子、好きになるはずない!!
[音乃 渚]
「あのね、論は意地悪そうに見えるかもだけど。 本当は優しくて、とっても面倒見良くて、とっても頑張り屋さんなんだぁ」
[朝蔵 大空]
「ま、まあそれは、そうかもしれないですけど」
[音乃 渚]
「だから仲良くしてあげてね。 朝蔵くん、論は貴女のこと、大好きなんだと思うよ。 好きな子のこといじめちゃう、そんな不器用な子だからさ」
[朝蔵 大空]
「不尾丸くんが私のことを……」
そう、なのかな?
考えてみれば私、不尾丸くん達に卯月くんのこと話してなかった。
昨日の夜も、話すチャンスだったと思えば、あそこで曖昧にして逃げちゃったのが良くなかった?
だとしたら私、不誠実だったかも……。
この件、卯月くんに相談しようかな?
[朝蔵 大空]
「確かに、私にも悪い所あったかも」
[音乃 渚]
「朝蔵くん?」
[朝蔵 大空]
「アドバイスありがとうございます、じゃあ私はこれで……」
……。
[卯月 神]
「絶対ダメですよ」
下校時間、卯月くんと私は卯月くんのバイト先まで歩いて来ていた。
[朝蔵 大空]
「なんで?」
[卯月 神]
「僕が彼らに殺されてしまうからです」
[朝蔵 大空]
「なんで!?」
[加藤 右宏]
「説明するトな、お前の周りに集まる男子達は危険な奴ばかりダ」
うわ、出た。
[卯月 神]
「僕達が恋人同士なことが明るみになれば、僕か貴女のどちらかが刺されます」
[朝蔵 大空]
「私刺されちゃうの? 誰に?」
なんか怖いんだけど……。
[加藤 右宏]
「恐らくアの不尾丸論とか言う男は……」
[卯月 神]
「傾向から察するに、朝蔵さんが刺されることになるでしょうね」
なんの傾向……?
[朝蔵 大空]
「さ、さすがに無いよ! そんな病愛小説みたいなこと……」
[卯月 神]
「扱い方は充分に気を付けて下さいね」
[加藤 右宏]
「あと夜道にモ気を付けルんだぞ」
ふたりともさっきからなんの話をしているの?
[朝蔵 大空]
「ねぇ一緒に言い訳考えてー!」
[卯月 神]
「一体何をやらかしたんですか?」
[朝蔵 大空]
「えと、この前アサガオこども院にお邪魔させてもらって……その時に不尾丸くんが私のケータイ勝手に見ててさ!」
[卯月 神]
「うお……さすがですねー」
[加藤 右宏]
「カップルでもないのにケータイチェック〜?! あいつ相当重い男なんだゾ〜!」
私は卯月くんにケータイの画面を見せる。
[朝蔵 大空]
「この、『私の未来の旦那様♥ちゅきちゅきらぶゆー♡』と言うメールの中身を見られてしまいました……」
[加藤 右宏]
「ン?」
[卯月 神]
「……はい?」
この後めちゃくちゃドン引きされた。
おわり……。