第8話「わたしのうみ」前編
温かい。
かつて私は、貴方の腕の中で眠っていた。
貴方こそが、貴女だけが、私にとって最大で絶対的な味方だった。
でも今は……。
[中学時代の担任]
「朝蔵大空は今日も休み、っと……」
私の欠席が多くなったのは中学2年生からで、いじめが酷くなったのも、その時ぐらいだった、かな。
[中学生女子A]
「またズル休みかよ〜」
[中学生女子B]
「別に来なくて良いけどねー」
辛く、酷い言葉、そればかりを思い出す。
[中学時代の担任]
「あ、数学の宿題まだの奴急げよー、今日までだからなー」
当時のクラス、担任の先生含め皆んな私を居ない者扱いしてきた。
[中学生男子A]
「ずっと休んでる奴って誰だっけ?」
[中学生男子B]
「さぁ? 1回も喋ったこと無いから分かんねぇ」
私を心配する人はいなくて、むしろ鬱陶しがられていたと思う。
あの頃の空は青くなくて、悲しいくらい澄んだ橙色をしていた。
[朝蔵 真昼]
「ただいまー」
[朝蔵 大空]
「あ……おかえり」
[朝蔵 真昼]
「……今日も休んだの?」
そう言えば、非の打ち所の無い真昼と何も出来ない自分を比べて、悲観的になることもあったっけ。
[朝蔵 大空]
「やっぱ、『学校来るな』って言われたことが……」
[朝蔵 真昼]
「言い返せよ、お姉ちゃんには、学校に行く権利があるでしょ」
[朝蔵 大空]
「うん、それは分かってるんだけど……」
真昼も私と同じように、友達は少なかったみたいだけど、真昼は私と違って心が凄く強い。
弱い私はただ、言われたことや嫌がらせに傷付き続けることしか出来なかった。
夜になれば眠らなきゃいけない、だけど私はひとりじゃ眠れない。
[???]
「……」
[朝蔵 大空]
「ねぇ、今日も一緒に寝てくれる?」
そんな不甲斐ない私を、責めることも無く私のまま受け入れてくれた人。
何も言わず私の傍に居てくれた貴方がいたから、私はあの時生きていられた。
私、また貴方に会いたいかもしれない。
ごめんね、皆んな。
……。
[女子B]
「ねぇあの子、上がって来ないけど……」
[女子A]
「し、知らない。 行こーよ!」
[女子B]
「うん……」
湖の側から急いで離れていく女子達を、ミギヒロが見つける。
[加藤 右宏]
「まさか……!」
ミギヒロは躊躇い無く湖の中に飛び込む。
[加藤 右宏]
(暗い……どこだ?)
フラッシュを焚いてミギヒロは大空のことを探す。
[加藤 右宏]
(いた!)
[朝蔵 大空]
「……」
水の底まで沈んで行く大空を捕まえ、ミギヒロは大急ぎで地上へと戻る。
[朝蔵 大空]
「…………ミギヒロ?」
[加藤 右宏]
「良かっタ! 生きテた!」
あれ、私はどうして……。
[加藤 右宏]
「オマエ、水の中で何か見たのカ?」
[朝蔵 大空]
「えと……」
私はまだ、振り返ることが出来なかった。
あそこで振り返ってしまったらもう、戻れない気がしたから。
[卯月 神]
「朝蔵さん! しっかりして下さい!!」
[加藤 右宏]
「大空!! オイ!!」
卯月くんとミギヒロが、私の名前を叫んで呼ぶ。
今の私には、たくさんの味方だと思える人がいる。
両親や兄弟、大切な友達、慕ってくれる後輩、支えてくれる先輩……。
だからまだ大丈夫。
[二階堂先生]
「朝蔵ぁー!!」
先生の声が聞こえる。
そこから先の記憶は無い。
……。
車のエンジンが掛けられる音が聞こえる。
私は意識が朦朧でありながらも、薄く目を開いた。
私は車の後部座席に寝かされていた、運転席には誰かの背中が見える。
[朝蔵 旭]
「……帰るぞ、担任の先生の判断だ。 念の為、病院にも行く」
え…………お父さん?
気が付けば私は病院の診察室に座らされていた。
[医者]
「何も異常はありませんでした、お大事にして下さい」
診察室を出て病院の廊下をゆっくりと歩く。
車に帰ったら、お父さんと何を話そう?
……何を話せば良いの?
[精神科医]
「あれ? 私、貴女のことを覚えてる気がするわ!」
[朝蔵 大空]
「は、はい?」
白衣を着た女の人に呼び止めらて私は足を止めた。
[精神科医]
「大空ちゃんだよね? 昔よく相談受けてた○○です」
え……?
[朝蔵 大空]
「えっと……」
[精神科医]
「あはは、なーんて、覚えてるわけ無いわよねー」
私が小さい頃にお世話になってた先生なのかな?
名前、よく聞き取れなかった……。
[精神科医]
「ねぇねぇ、今もあのお兄ちゃんと一緒なの?」
[朝蔵 大空]
「お、お兄ちゃん?」
[精神科医]
「ほら、夕唯くんだっけ?」
夕唯くん……?
誰……そんな名前の人、知らない!!
[精神科医]
「あ! 大空ちゃん!?」
私は急に胸がざわつき始め、病院の外まで走った。
外まで出て来ると、近くにお母さんの車が停まっているのに気が付く。
[朝蔵 葵]
「あ、大空! こっちこっち〜」
お母さん? お父さんは……?
もう帰っちゃったの?
[朝蔵 大空]
「……?」
[朝蔵 葵]
「無事で良かったわ」
この世界は広くて深い大海だ。
皆んな必死に生きようと溺れないように藻掻く。
心が休まる時なんて無い、休んでる暇なんて無い。
だって、こんなダメな私がじたばたするのを止めてしまったら……。
一瞬にして深海まで沈んでしまい。
もう二度と、這い上がって来れないから。
……。
ピンポーン♪
その日の夜、インターホンの音で目が覚めた。
時計を見ると、短い針が深夜4時を差していた。
ピンポーン♪
ピンポーン♪
ピンポーン♪
ピンポーン♪
一定の間隔でそれは不気味に鳴らされ続けた。
今夜は風が強く、風の音と混ざるようにその音が聞こえてくる。
[朝蔵 大空]
「え……」
どうしてこんな時間に、誰が来るって言うの……?
私は部屋を出て玄関に向かった。
ピンポーン♪
未だに鳴らされるインターホンに引き寄せられるように、私はドアの前に立った。
誰か来てるなら、応対しないと……。
早く出ないと。
[加藤 右宏]
「何してルの?」
出ようとしたところ、背後から声が聞こえた。
[加藤 右宏]
「どコか行くの?」
[朝蔵 大空]
「インターホンが……」
[加藤 右宏]
「インターホン? そんなもの、聞こえナいよ」
風の音が止んだ。
[朝蔵 大空]
「あ……」
無音の玄関で私は立ち尽くす。
[加藤 右宏]
「戻ろう」
[朝蔵 大空]
「うん」
……。
翌日、本当なら秋の合宿最後の日。
私は昨日の夜、湖に落ちたことで強制的に帰宅させられた。
今日の私の扱いは、『欠席』と言うことになる。
皆んなはまだ事業所で、行事を続けている。
[朝蔵 大空]
「お母さん、私ちょっと出掛けて来るね」
[朝蔵 葵]
「うん、良いと思うよ」
私は外に行き、まず図書館に寄ってみた。
テーブルで好きな本を読む。
[朝蔵 大空]
「ふぅ……」
大分ゆっくりしたな、そろそろ出よう。
いくつか本を読み終わって、下校時間ぐらいの時間になっていた。
[朝蔵 大空]
「あ、里沙ちゃんからメール来てた……」
私はメールアプリで里沙ちゃんからのメールを読む。
[永瀬 里沙]
『やほ、休めた? うちらそろそろ解散するよ〜ん』
里沙ちゃんからのメールによると……2、3年生がこっちに帰って来るみたい。
ああ、私も最後まで参加したかったな。
[朝蔵 大空]
「はぁ……」
[不尾丸 論]
「浮かない顔してどうしたの、お姉さん」
[朝蔵 大空]
「ひゃっ……!!」
私は飛び上がって後ろに退ける。
[不尾丸 論]
「あーごめんね? 驚かせるつもりはなかったんだー」
[朝蔵 大空]
「不尾丸くん!? どうして?」
[不尾丸 論]
「どうしてって言うか、ここオレの親が運営してる図書館だしー」
そっかもう下校時間、1年生は学校から帰って来てるよね。
[朝蔵 大空]
「そうだったんだ……なんか不尾丸くんの家って凄いね」
[不尾丸 論]
「親が福祉関係に強いから〜」
へぇ、孤児院の他にも色々経営してそうだな、不尾丸くんの親御さん……。
[朝蔵 大空]
「不尾丸くん、もうお家帰るの?」
[不尾丸 論]
「そだけど?」
[朝蔵 大空]
「また送ってこうか?」
前にも車椅子引いて不尾丸くんを家まで送ったことあったよね。
[不尾丸 論]
「おっ、さすが先輩やっさしー♪ でもー、今日はいいや」
[朝蔵 大空]
「あ、そう?」
[不尾丸 論]
「今日車だし」
道路沿いに黒くて大きな車が泊まっているのが見えた。
[朝蔵 大空]
「あれそう?」
[不尾丸 論]
「そっ」
[朝蔵 大空]
「じゃあそこまで運ぶね!」
私は不尾丸くんを連れて、見送ろうと車の横に立つ。
[不尾丸 論]
「えいっ!」
[朝蔵 大空]
「え?」
ドンッ!
[朝蔵 大空]
「わわわ!」
車の中に押し込まれ、私を乗せたまま発車する。
……。
[朝蔵 大空]
「ごちそうさまでした……」
[施設の人]
「はい、もう良いんですか?」
[朝蔵 大空]
「ダイエットしてるので……」
今私はアサガオこども院で晩ご飯を頂いている。
[不尾丸 論]
「デザートにプリンがあるよ」
[朝蔵 大空]
「もう! お夕飯振る舞いたかっただけなら、あんな誘拐紛いなことしなくて良かったでしょ!!」
怖かったんだから!
[不尾丸 論]
「あははー、なんかウケるかなって」
ウケないし!
[朝蔵 大空]
「なに笑ってるの!!」
私はプリンを口に入れたまま怒る。
[原地 洋助]
「ただいまー…………大空先輩!? なんで!?」
[朝蔵 大空]
「ぎゃっ!」
食堂に誰か騒がしい人達が入って来た。
[仁ノ岡 塁]
「ただいま戻ったぞ」
[施設の人]
「おかえりなさい。 塁くん、洋助くん、バイトと部活動お疲れ様です」
わっ、仁ノ岡くんと原地くんだ!
[不尾丸 論]
「おかえりー」
[朝蔵 大空]
「ありがと! じゃ、じゃあ私帰るね」
[仁ノ岡 塁]
「もう帰っちゃうの!?」
[朝蔵 大空]
「うん!」
私は帰ろうと出口のほうに小走りする。
その時だった。
[不尾丸 論]
「ふふ」
ザー……!!
もの凄い勢いの雨が降ってきた。
嵐だ……。
[朝蔵 大空]
「そんな……! 天気予報じゃ今夜は降らないって……」
[不尾丸 論]
「先輩今日泊まればいいじゃーん」
な……なんでそうなるの。
[原地 洋助]
「先輩がうち泊まるの?!」
[仁ノ岡 塁]
「やったーーー!」
[朝蔵 大空]
「めっちゃ喜んでる……」
確かにこんな雨の中帰るのも嫌だしな……。
[不尾丸 論]
「ね、頼ってよ先輩」
頼るって……そっか、不尾丸くん私が落ち込んでるのに気付いてたんだ。
私を元気づけようとしてくれたの?
い、意外と優しいところあんじゃん年下のくせに。
[朝蔵 大空]
「よろしくお願いします」
……。
その夜お風呂を頂いた後、なんだか落ち着かなくて、施設内を勝手に見学させてもらっていた。
[朝蔵 大空]
「可愛いなぁ」
施設の子供達が描いた絵とか、折り紙作品が壁にたくさん掲載されていた。
[朝蔵 大空]
「何これ」
写真……?
すぐ横に何かメッセージも添えてある。
[朝蔵 大空]
「え、これ……」
この写真、昔の私じゃない?
──『アサガオこども院、楽しくてとっても良い勉強になりました! 将来、福祉関係のお仕事に就くのもアリかも』
そんなメッセージが、私の字で書いてあった。
中学の制服着てるから中学時代の自分なんだろうけど、全然覚えが無い。
[朝蔵 大空]
「信じられない」
やっぱり私、記憶がおかしいのかな。
納得出来ないまま、私の為に特別に用意してもらった部屋へと向かう。
[朝蔵 大空]
「あ、あれ」
ドアが半開き、人の気配もする……。
[不尾丸 論]
「…………」
あれ、不尾丸くんがいる。
[朝蔵 大空]
「不尾丸くん? 私もう寝るよ? ……何してるの?」
何も言わずに背中を向けている不尾丸くんに私は声を掛ける。
[不尾丸 論]
「ねーえ、先輩ってケータイにロックとか掛けないの?」
[朝蔵 大空]
「え……」
よく見ると不尾丸くんの手には、私のケータイが握られていた。
[不尾丸 論]
「この、『私の未来の旦那様♥ちゅきちゅきらぶゆー♡』……って誰?」
それはっ……!!
つづく……。