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第9話 霊の正体は

 若い子たちの人海戦術は強烈で、掃除は順調に進んだ。曇りの日を選んだのが良かったのかもしれない。

 塩飴のご利益も、まぁ、なくはなかったのかなと思う。


 掃除が一通り終わると、とりあえずは一段落ということで先生方から声がかかった。

 さて、塩を用いてのプール掃除は、実際に祓う意味もあったけど、それはプールに寄せ付けないための予防的なものだ。

 この一帯を騒がしていた霊を、直接(はら)ったわけではない。


 ここからが葬祭課としての本番だ。


「これから、話題になっている幽霊に対処します」と宣言すると、子どもたちは――盛り上がるものかと思ったけど、神妙になって静まり返った。

 見たところ、強くおびえる感じはない。この調子なら、当初の予定通りに進めても……

 さりげなく相賀さんへ視線を向けると、彼女は小さくうなずいた。


 同僚の合図を受け、僕はみんなを見渡し、問いかけていく。


「この中で、霊感ある人」


 しかし、手を挙げる子はいない。先生お二人も、そういう能力はないらしい。

 このままでも見えるのは、葬祭課の三人だけだ。そこで――

「幽霊を見てみたい人」と僕は尋ねた。


「えっ? 見えるようになるんですか?」


「一時的にならね。騒がれている霊がどういう存在なのか、実際に見てもらった方が、今後の安全に役立つと思う」


 その後、僕は先生方に尋ねた。お二人は僕の考えに理解を示してくださったけど、生徒たちに無理強いをするようなことはない。

「こういうのが苦手なら、無理はしなくて良いから」とのことだ。

 ただ、僕の話に興味を示す子は多い。尻込みしてた感じの子も、友だちに誘われる感じで、あれよあれよと希望者側に回り……結局、全員が「見る側」に回ることを選んだ。


 ではさっそくと、僕は荷物のアタッシュケースを開いた。

 中から取り出したのは、数十枚の護符だ。全部同じ文様と文字が記されている。そのうちの一枚を、僕は自分の額に貼り付けた。


「キョンシーみたい」


「まぁ……ちょっとダサいと思うけど、少しガマンして」


 その後、護符待ちの行列ができた。最初に貼るのは相賀さん、平坂さん。元から見えるこの二人に貼る意味はまったくないけど、安心感のためだ。

 そういうわけで、葬祭課メンバーに先生二人が続き、後は生徒会メンバー、その後に一般生徒が。

 一枚一枚貼っていく中、護符そのものに興味を持つ子もやっぱり出てくる。平坂さんもそのうちの一人だったけど。

 すると、護符を貼る前、利発そうな子が「ちょっと貸してください」と声をかけてきた。一枚手渡すと、護符に視線を落としてマジマジと見つめだす。


「この護符にも、何か名前とかあるんですか?」


「あるけど、長いよ?」


 と言うと、これが逆に興味を引いたようで、みんな口を閉ざして耳を傾けてくる。


「この護符の名前は、不可視化然可視化符ふかしかしかしかしかふ


「ふ……フカシカシカシカシカシカフ?」


「不可視化然可視化符。『見えない化け物を見えるようにする護符』って感じの名前だね」


 名前をひとかたまりで覚えるとキツいけど、「不可視化・しかし・可視化符」と区切ると、少しはわかりやすくなる。

 それで……周囲の可愛らしいキョンシーたちの何人かは、幽霊を見るという本題そっちのけで、早口言葉を競い始めた。東京特許許可局みたいなノリで。


 そんな賑やかさも、そう長くは続かない。全員に護符が行き渡り、額に紙切れを垂らす一団が出来上がると、場は静まり返った。

――いわゆる、「笑っちゃいけない」系の雰囲気を感じないでもないけど。


 さて、一般人に見えるようになったけど、それはあくまで視覚的な補助にすぎない。どのあたりにいるのかまで、察知するような霊感はないわけだ。

 しかし、僕にはプール周辺にいる霊の気配がわかるし、それは相賀さんももちろんのこと。

 平坂さんも、そういう気配には感づいている様子で、やや緊張が見受けられる。

 そこで僕は、みんなに向かって言った。


「初めに言っておくけど、この辺りを騒がせた霊っていうのは……大したことはなくてね。見えるようにしておいて、こういうのも何だけど、あまり怖がらないでほしい。それでも……って子がいれば、友だち同士で手を(つな)げば、きっと落ち着くと思う」


 すると、女子生徒の中で何人か、言われたとおりに手を繋ぎ始めた。

 それでも、護符を外そうって子がいないあたり、みんな見てくれる気ではいるらしい。

 みんなの意思を確認したところで、僕は自分の護符を取った。


「あれ、取っちゃうんですか?」


「僕はなくても見えるし……このままだと、逆に怖がられるからね」


 それから僕は、プールから離れたところにあるフェンスに顔を向け、手招きした。

 それを視線で追ったのか「あっ」という声が後ろの方でするけど、僕は「大丈夫」と口にした。


「今からこちらに来てもらうけど……君たちに何か悪いことするほどの力なんて、あの子たちにはないから」


 場の空気に張り詰めたものを感じるけど、逃げ出さないだけの信用を向けられているようだ。

 それからも根気よく手招きを続けると、前方で白い気配が動いた。こちらへと徐々に近づいてくる。近づくとともに、場の緊張感も高まり――それでも、静けさは保たれている。

 まるで、何か口にするのが(はばか)られるみたいに。


 やがて、この辺りを騒がしていた張本人たちが、プールサイドに姿を(さら)した。

 ここで目に見える(・・・・・)のは三人だ。背格好は、この場のみんなよりも小柄という程度。全体的におぼろげな感じがあり、ゆったりとした白装束だ。

 そして、のっぺらぼうではないけど、目や鼻という各パーツの輪郭があやふやで、人相がはっきりしない。

 そんな三人組は……生徒たちの側を避け、僕の後ろに回り込んだ。

 僕を盾にするように。


 幽霊に驚かされる側と思っていただけに、この幽霊たちの振る舞いは予想外だったのだろう。見るからに気弱そうな幽霊たちを前に、生徒たちは怖がることはなく、やや当惑している。

 そこで僕は、相賀さんから荷物を一つ受け取った。ここまで使わなかった日傘だ。

 別に熱中症対策で持ってきたわけじゃない。女性で用いるには大きすぎるくらいのそれを広げると、僕の周りにまとわりつく幽霊たちが、先程よりはくっきり見えるようになった。

 それでも、顔のあたりは、はっきり定まったものを持たないけど……その表情には、恐れや憧憬のようなものがある。

 護符を貼ったみんなも、同じものを感じてくれればいいのだけど。願いつつ、僕はあまり場が静まり返りすぎないようにと、口を開いた。


「こういう幽霊というのは、日光が苦手でね。曇りの日でも日差しというものはあるから、こうして日陰ができると、少しはっきり見えるようになるんだ」


 そして、はっきり見えるようになったからと言って、それで大きく力を増したわけではない。

 現に、幽霊の子たちは何するでもなく、僕を盾にして現世の子どもたちの様子をうかがうばかり。

 今を生きる子たちにも様子見感はあるけど、こちらの方が態度に余裕はある。


「あの……見えることは見えますけど、向こうの言葉がわかるわけじゃないんですよね?」


「そうだね。互い、目で見て存在はわかるけど、それだけってところかな。言葉でやり取りできるわけじゃないし、触れ合うのも難しい」


「だったら、その……そもそもなんですけど、どうしてこの辺りで出るんですか? 原因というか、理由というか」


 核心を問う質問がやってきた。僕は背後にいる子たちに目を向け、目を瞑って小さく息を吐いた。

 再び、生徒たちに向き直り、まずこの幽霊の子らの正体を口にしていく。


――大半はこの辺りで亡くなった、幼い子たちや水子の霊だ、と。

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