あの日
ルイーズはどこか暖かい場所に居た。水の流れる心地好い音が聴こえ、微かに鼻梁を擽る花々の香りがルイーズの意識を覚醒させた。
「まだ起き上がってはいけない。」
不意に枕元から聞こえた声に一瞬ビクりと身体を強張らせたが、手早く支えてくれる手にまた横になる。
「もうしばらくは寝ていないといけないよ。喉が渇いたのか。・・・・・・ほら飲んで、果実水だ。」
口元に流される果実水にコクリコクリと喉が鳴った。この人は誰なのか。顔がうまく認識できない。差し出されているこの腕も、ローブのようなものを纏う体躯も見えてはいるのに光が集まって顔だけが認識できない。でも悪い人じゃ無いことだけはわかるし、きっと自分にとってとても大切ば人なんだと心のどこかで理解できた。
「ルー、そんなに見つめてどうしたの?まだボーっとしてるのかな?気分が悪い?」
献身的に介抱してくれているあなたの顔が認識できないとは言えず、どんな顔をして良いのかわからず曖昧に微笑むしかできなかった。声や雰囲気で心配してくれているんだな、今微笑んでくれているんだななどは読み取ることができたのが救いだった。
部屋を見渡しても覚えが無かった。心地良い風が吹き抜ける部屋には大きな金縁の窓があり、その向こうには美しい彫刻でできた大きな噴水が見えた。その横にはせが高く思いきり枝を伸ばした大木が青々と葉を茂らせている。その下には色とりどりの花でできた生け垣があり小さな小鳥たちが楽しそうに集まっていた。屋敷にこんなところは無かったと思うし、タウンハウスでも見たことは無かった。何より人気が無いのが奇妙だった。使用人の誰も居る気配が無かった。ここにこの男性と二人だけなんだと感じた。
「ルー、君の大好きなタルトタタンを作ってみたんだ。食べられそうなら味見してみる?一応小さめに切ったから大丈夫だと思うんだ。」
慣れている手つきで甘やかすように口に運んでくれたそれは、とても甘くてバターの良い香りが口いっぱいに広がった。表情は見えていないのにルイーズを見て笑っているように感じた。
「美味しい?」
「・・・・・・あなたは食べないの?」
ルイーズが出したかった声よりも小さな声だった。でもそれは彼にとってなんてことは無かったらしく、ルイーズの頬を撫でながら愛しそうに頭を振ると彼女の胸元に流れる一房の髪を指で掬うと絡めて遊びだした。
「ルーは優しいね。本当に心がキレイだ。君の隣に居ると心地が良い。」
「×××、私まだ寝てないといけないの?どこも悪くないわ。病気でも無いし怪我だってしていないわ。お外に出たいわ。」
「今はまだダメだよ。・・・・・・心苦しいけど・・・・・もう少ししたらきっと外に出られるようになるから。ごめんね、ルー」
「・・・・・・お兄様たちどうしているかしら。お母様たちも。」
「・・・・・・家に帰りたい?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・早く帰れるようにマスターも調べてくれているから。もう少しだけ我慢して。」
悲しそうに頭を撫でてくれるその手がすごく優しくて罪悪感と何とも言えない気持ちだけが残った。
「・・・ーーーい」
「・・・ーーーーズ」
「ーーーろ、しっかりしろ!」
ハッとして気が付くと兄たちが心配そうに覗き込んでいる光景だった。
「「ルイーズ!!!」」
今だ意識は朦朧としていたが見渡すと見慣れた天外や部屋がそこにはあった。
「大丈夫か?今医師を呼ぶからな、わかったら手を握り返すんだ。」
言われた通りに繋がれた手を弱々しくはあるが握り返した。ミリーは縋るように泣きながら何度もお嬢様、お嬢様!と無事を確認した。みんなの様子から段々と意識がはっきりしてきた。あれは何だったのか。夢にしてはリアル過ぎたし、既視感のようなものがあった。府に落ちずにぼーっとしていると呼ばれた医師が来て診察を受けることとなった。
一緒に来たベンネッタの話では、突然ルイーズが頭を抱えて痛み出したとルドヴィスが慌てて呼び立てたらしく、慌てて駆けつけた時には既に意識が無かったこと。すぐに医師が呼ばれたがどこも異常は無く、原因不明だった為、皆で心配していたこと。ルイーズが意識を失ってから丸1日経っていることだった。
「心配かけてごめんなさい。」
「お嬢様が無事でようございました。ジュリアン様たちも狼狽しておられて・・・・・・。体温もどんどん低くなっていかれましたので余計に。体調が悪い時はあまりご無理をされず、仰ってくださいましね。」
「ありがとうベンネッタ。ミリーも。・・・・・・お兄様たちを呼んでくれる?」