3.
「俺の名前は、アドニス・オルブライト。 国際連合・陣界市平和維持軍に所属し、緊急即応部隊の指揮を担当している」
南区の避難所に到着したあと、ボクだけ別の部屋に連れて行かれた。
「ボクの名前は東郷リシン。 北区に住んでいて、陣界第1ハイヴに通ってます」
あの時、ボクとラジアータの戦いに割り込んだ男の人は、ボクに笑顔を向けている。
ただ、ドウェイン・ジョンソンに似たゴツイ男の人が笑顔になると、別の意味で怖いと思ってしまう。
「ファミリーネームが東郷なら、お父さんはフリーのエンジニアをしている……」
「トウゴ・ミキトです。 ただ、シンクホールラボに行ったきり、連絡も取れなくて……」
「そうか……」
タフリナによって、インフラの一部が破壊された。
そのせいで、インターネットやテレビも役に立たなくなっている。
「あの……ドラゴンはどうなったんですか?」
静かな場所は苦手だから、会話を続けたいと思って、アドニスに質問してみた。
「今は停止している。 だが、いつまた動き出すかわからない。 中央区から民間人を避難させたあと、無人機による攻撃を開始する予定だ」
「ドラゴンが作った大量のタフリナは?」
「最初に作られた合計200機のタフリナは全て破壊した。 そのうち三分の一はキミが破壊していたがね」
じろりとアドニスに睨まれ、ボクは目をそらす。
「子供が無茶をするんじゃない」
「あれは、みんなを守りたかったからで……」
「その結果、頭のイカれたサイボーグに腕の肉をかじられてるだろ」
ボクは何も言い返せなかった。
「それに、訊きたいことがある」
言葉のあと、柔らかかったアドニスの表情が、長く戦いの中に身を置いてきたベテランの兵士のものに変わる。
「キミの体内にグレイルがある。 そうだね?」
「はい。 ボクの体内にはグレイルがあります」
ボクは正直に言った。
「本当は、お父さんが機能を限定して、サイズも小さくしたグレイルを投与するはずだったんですけど、手違いがあったとかで」
投与されたグレイルが、体内で成長する。
そして、グレイルの成長に合わせて筋肉や神経が作り直され、死にたくなるような激痛に襲われた。
――10歳になるまで、ずっと。
「生身の人間では、グレイルが体内を巡る痛みに耐えられない。 だから、肉体を義体化する。 それなのに、キミは……」
アドニスは最後まで言わなかった。
ボクが味わってきた辛さなんて、他人には理解できないからだろう。
「防犯カメラ映像も見たが、キミは体内からカタリストを出してコントロールすることも可能なようだ。 となると、末端までグレイルが巡っているのかな?」
「見たことがないのでわかりませんが、たぶん……」
もう、カタリストを作っても痛みを感じなかった。
グレイルが肉体に馴染んだからかもしれない。
「それに伴い、身体能力も向上したようだ。 筋肉の損傷を考慮しなければ、俺のことも投げ飛ばせるんじゃないか?」
「……やめておきます」
身長190センチ以上、100キログラム以上はある男の人なんて、投げようと思わないし。
ボクがドウェイン・ジョンソンを投げる光景をイメージしていたところで、女の人が部屋に入ってきた。
「コーヒーを持ってきました。 リシンくんは、オレンジジュースでいいかしら?」
「ありがとうございます」
差し出された紙コップを受け取って、ボクはオレンジジュースをひと口飲む。
「彼女は副官のフィトラッカ・セントクレア。 いまはキミの友達をケアしている」
部屋を出て行くフィトラッカさんを、ボクは横目で追った。
「ボクはいつまでここに居ればいいんですか?」
「ドラゴンのことを訊いたら終わりだ」
カップを手に、コーヒーを味わいながらアドニスは数枚の写真を机の上に広げた。
「友達の話によれば、キミはこのドラゴンをホオズキと呼んだらしいね」
「ああ……」
ミナちゃんたちは口が軽すぎると思う。
いや、口止めしなかったボクも悪いか。
「昔、動くドラゴンのフィギュアを作ってたんです。 体内のグレイルをうまく扱えるようになりたくて」
「それがあの巨大なドラゴン?」
「もっと小さいですよ。 高さで言うなら160センチくらい」
ボクは右手を机の上に置き、ゆっくりと上げてホオズキのミニチュアを作ってみせた。
ボクの技を見たアドニスは、軽く口笛を吹く。
「あれはお気に入りだったんですけど、昔お金に困ったお父さんが勝手に売ってしまって……。 その売却先はアメリカ軍だったとか」
難しい顔をして、アドニスは唸る。
「アメリカ軍のラボか……」
まあ、中央区のラボには色んな国が入っているから、権利とかそういう……ボクにはよくわからないことがあるんだと思う。
「そういえば、ボクを襲ったサイボーグは何者なんですか?」
ホオズキのフィギュアをカタリストとして分解・吸収しながら質問した。
「彼らはフィクス・アウレア。 民間軍事会社だが、隊員のサイボーグは、人殺し以外はなんでもやるヤツらだ」
なんでそんな人たちが陣界市に……。
「規格外のグレイルを持ち、膨大なカタリストを生成できるロボットというだけで価値があるからな。 フィクス・アウレアのヤツらも、ホオズキを手に入れるために陣界市に来たんだろう」
「サイボーグのうちひとりは、ボクのことを生き別れたきょうだいと思い込んでましたけどね」
ボクがつぶやくと、アドニスがサイボーグたちの写真を見せてくれた。
「キミを襲ったヤツを含めた5人のサイボーグは、フィクス・アウレアの中でも特に優れた者達だ。 基本スペックが高く、自分で作った専用の武器も携行している」
専用の武器……たぶん、ラジアータの持っていた剣もそうだ。
「事件が解決するまで、我々がキミたちを保護する。 キミはこのサイボーグたちについて覚えて、万が一のために自衛できるよう備えておくんだ」
アイツにまた襲われるかもしれない。
だから、アドニスは備えろと言ったんだ。
「こちらから保護者に連絡しておくよ。 ところでリシンくんのお母さんは……」
ボクはオレンジジュースが無くなった紙コップを握り潰して、ゴミ箱に全力投球する。
「母親のことは知りません。 ずっと前から消息不明なので……」
冷たい態度をとったボクに驚いたのか、アドニスは飲もうとしたコーヒーをこぼしてしまう。
「ボクはもう行きますね。 連絡先はあとでフィトラッカさんに聞いておきます」
ボクは立ち上がり、部屋のドアを開ける。
「その人の話をされるのが嫌なのかな?」
アドニスの声が後ろから聞こえた。
その人と濁してたのは、ある種の思いやりかもしれない。
「居ないって言うと、いつも他人からかわいそうにとかって言われてたんです。 ボクって短気だから、そういう態度されるとムカついちゃって……。 だから話しをするのもやめたんです」
「わかった。 部下にも配慮するように伝えておく」
「ありがとうございます」
最後にそう言い残して、ボクは部屋を後にした。