2.
早く避難所に行きたい。
ミナちゃんたちを守りながら、ボクはラジアータと呼ばれていた紅いサイボーグと戦っていた。
中央区の避難所はホオズキが居るため使用できない。
一番近い避難所は……南区の避難所。
「みんな! 橋のゲートを開けたら避難所に逃げて! 操作は避難訓練で習ったからわかるでしょ」
「わかるけど、リシンはどうするの!」
「あのサイボーグをどうにかする」
「動きが止まってるぞケニー!」
耳障りな笑い声を上げながら、ラジアータが剣を振り下ろしてくる。
ボクは盾で攻撃を受け流しつつ、ブレードで斬りかかった。
「楽しいだろケニー!」
ラジアータが剣を腰下に履き、ボクは落ちていた鉄パイプを足先で拾い上げる。
ボクは両利きじゃないけど、鉄パイプは左手で使うしかないか。
「楽しんでるのはアンタだけでしょ!」
カタリストで一時的に強化した鉄パイプと、ラジアータの振るう剣がぶつかった。
激しい剣戟の音が響き渡る。 その回数は、7回。
わずか2秒にも満たない時間で、7回も打ち合ったのだ。
結果、鉄パイプは斬撃こそ防いだが、もう原型を留めていない。
「お?」
ボクは鉄パイプで突きを放ち、ラジアータが繰り出した斬撃のベクトルをずらす。
その一瞬に生じたスキを逃さず、ボクは鉄パイプを手放しながら、剣の刀身――切れ味の鈍い根元を素手で掴んだ。
「もらった」
ほんの少しだけ動揺を見せたラジアータの首元へ、盾のブレードを向ける。
「あと一歩だったなぁ」
ラジアータがくつくつと笑う。
そして、剣の柄尻を叩いて強引に刃を動かしたのだ。
「チッ――!」
ボクは左手を離して盾を構え、ラジアータからの一撃を受けつつ、反動を使って後ろに下がった。
「素手で剣を掴むなんてな」
「危ないとは思ったんだけどね。 あともう少しで指が落とされるとこだった」
ダラダラと血を流す左手を振って、ボクはおどけてみせた。
「ああ、じゃあリコリスに付いた血はケニーの血なんだ」
言いながら、ラジアータは剣をじっと見つめる。
リコリスというのは、あの剣のことだろうか。
「リシン。 指は平気なの……?」
橋のコントロールパネルを操作しているミナちゃんが、ボクを心配して声をかけてきた。
「グラフトで治したから問題ない」
「でも、なんでリシンの体からカタリストが出てくるのよ」
「その話はあとでするよ」
ボクは、リコリスの刀身に付いた血を眺めるラジアータを睨む。
「やっぱり甘いな、ケニーの血は」
ラジアータがおもむろに口を開け、人工の生体組織特有の真っ黒な舌を出し、リコリスに付いたボクの血を舐めた。
「キモ……」
思わず声が出てしまった。
「ケニーもオレの血を舐めてみるか?」
「やだよ気持ち悪い」
「つれないなぁ」
残念そうにしながら、ラジアータが再びリコリスを構えた。
「ボクもあのドラゴンから逃げたいの」
「ドラゴン? もうディギタリスたちがシステムを掌握するために向かったぞ。 オレが居なくても作戦は成立するしな」
ディギタリスがラジアータを置いて行ったのは、作戦行動がとれないからかもしれない。
「ドラゴンをコントロールするつもり?」
「コントロールできるようにして回収。 それが今回の依頼だからな」
戦闘用に改造されたサイボーグと、ディギタリスが残した言葉に、依頼という単語。
たぶん、ラジアータたちは外国から来た傭兵かもしれない。
「簡単じゃないと思うよ」
「べつに。 オレにはどうでもいいことだしな!」
また剣と盾がぶつかり合った。
その直後――
「子供は伏せろ!」
野太い男の声が聞こえて、ボクは言われた通りに伏せようとした。
だけど、ラジアータに左手首を掴まれて動きを止められ、ボクが右手に持っていた盾に何かが衝突する。
「くっ……!」
ラジアータが、攻撃を防ぐためにボクを利用したんだ。
「このクソ野郎。 子供を盾にしやがったな」
ボクの右側には大柄な男の人が居て、持っていた斧を盾に叩きつけていた。
その人の腕章には、国連のマークが刻まれている。
「国連のヤツらも来たか」
ボクの左手首を掴んだまま、ラジアータはつぶやく。
そして――
「痛っ!?」
ラジアータがボクの左腕に噛みつき、肉をかじり取ったのだ。
「コイツ!」
男の人が突き飛ばされたボクを受け止めている間に、ラジアータはどこかに走り去ろうとする。
「逃がすか阿呆め!」
怒っていたボクは、右腕に力を込め全力で盾を投擲した。
オーバースローによって投げられた盾のブレードは、走っていたラジアータの背中に命中する。
けど、ラジアータを止めることはできなかった。
「追いますか?」
「いや、まず子供たちを保護しよう。 避難所に着いたら、盾を持った子供を別室に連れて行ってくれ」
「了解」
ボクが噛まれた傷を押さえている横で、男の人と女の人の会話が続く。
「キミ、英語はわかるかな?」
「わかります」
男の人は、ボクの左腕の傷を手当しようとする。
「手当は必要ないです」
でも、ボクは拒否した。
「血も出ているんだぞ」
ボクは答える代わりに、グレイルにカタリストを作らせ、それで腕の傷を修復させてみせた。
「それは――」
ボクの腕を見て、男の人と女の人は目を見開く。
「ボクの体内にはグレイルがある。 それだけです」
傷は治せても、痛みは残ってる。
でも人に心配をかけたくないから、ボクは笑って痛みをごまかした。
◇
陣界市のどこか。
背中に盾が突き刺さったまま走り続けたラジアータは、国連の警戒網をかいくぐり、人気の無い路地裏に逃げ込んだ。
「ケニーにやられたのか?」
そこへ迎えに来たディギタリスに訊かれ、ラジアータは無言でうなずく。
「盾のブレードが貫通。 右の肺を潰されているようだ。 肺はスペアに交換するから、治すのに時間がかかるな」
メディックとして同行していたネリウムが、手早くラジアータを診察する。
「ラジアータ。 何か食べたのか?」
その最中、ラジアータが口に何かを含んでいたことに気づいた。
ラジアータは、答える代わりに口へ指を入れ、赤黒い肉片を取り出す。
「なんだそれは?」
「ケニーの左腕の肉片」
ラジアータの言葉にふたりは驚愕し、顔色を変える。
ケニーと同じ顔をした少年については、ネリウムもディギタリスから聞かされていた。
しかし、ラジアータがそんな凶行に及ぶとは思いもしていなかったのだ。
「なんでそんなものを……」
「ケニーの体が面白かったから、解析用のサンプルとして取ってきた」
説明しながら、ラジアータは唾液に塗れた肉片をネリウムに手渡す。
「たぶん、ケニーの体の中にグレイルがある」
「そうか。 なら、ケニーも義体化していたんだね」
外見を生身の人間にしたまま義体化することは珍しくない。
ネリウムは、ラジアータからケニーと認識された少年も、中身を義体化したサイボーグであると結論づけた。
「違う」
ラジアータは、それを否定する。
「ケニーは、生身のままグレイルを体内に持ってる」
驚いたネリウムは、思わず持っていた治療器具を落としてしまった。
「有り得ない……」
ケニーと似た少年について知り、ネリウムは肩を震わせる。
「生身の人間では、グレイルが全身を巡る痛みに耐えられない。 だから義体化するんだぞ」
ネリウムは、ラジアータが採取した肉片を見つめた。
「すぐにサンプルを解析しよう。 その子がどうやって体内にグレイルを埋め込んだのか知りたいからな」