3.
〇中央区イベントホール
BRTに乗ってから30分後。 無事目的地に到着した。
発表会までに1時間の空きがあるので、クラスは班ごとに分かれての自由行動が許可されている。
「特設ステージってパネルを見たからもしかしてと思ったけど、やっぱりローカルヒーローが来てる!」
イベントホールに来てすぐのこと。
ボクは会場近くでヒーローショーの告知パネルを見かけた。
そして、自由行動が許可されてからすぐに班を巻き込み、ヒーローショーが行われている特設ステージの近くにやって来たんだ。
「リシンはローカルヒーローに目がないもんね」
巻き込まれたミナちゃんたちは、ボクの後ろでため息をついていた。
ミナちゃんたちを無視して、ボクは上の階のデッキからローカルヒーローたちが集まるステージを見下ろす。
「やっぱりカッコイイなぁ。 それぞれに特徴があるから、見てて飽きないもん。
アバターを作ってヒーローと一緒に戦えるゲームとか出ないかなー。
そうしたら、自分を再現したアバターを作って、ヒーローと肩を並べて戦ったり、守護天使の誓いを交わしあったり、魔力の球体をパスし合って敵にフィニッシュ・ホールド決めたりしたい」
「コイツ……百合に毒されてやがる。 名前が猛毒のクセに」
今日は推しのヒーローたちを間近で見れたから気分がいい。
なので、リュウイチが吐いた暴言は聞かなかったことにしよう。
「修羅王丸まで居た! あー、一緒に記念写真撮りたいのに、なんで時間が発表会と被ってるのー!」
最後に「発表会サボろうかな」と言ったら、カナエちゃんにおもいきり頭を叩かれた。
カナエちゃんは真面目な性格なんだから、不真面目なボクを叱るのは理解できる。
でも、発表会に出す作品であるハードカバーの本の角で叩いてくるのは、いろんな意味でアウトだと思う……。
「痛いですカナエちゃん……」
「サボるなんて言うからだもん! わたしたちはこの日のために頑張ってきたのに」
「ごめん。 すぐ目の前に推しが居たから」
「ツーショットが撮れたって、その人と恋人になったり、結婚できたりするわけじゃないんだよ?」
「カナエちゃん……」
なんて残酷なことを言ってくれるんでしょうか、この子は。
「エルブレイブも、キタキュウマンも、ヤバイ仮面も、修羅王丸も、カントも、オーガマンもみんな、リシンくんとは違う世界・次元で生きてるの。
リシンくんは、そのことを頭に入れて行動したほうがいいんじゃないかな?」
「カナエちゃん、正論でボクのライフをゴリゴリ削るのやめて……まともに発表とかできなくなる。 あと、オーガマンはもう結婚してるし」
「じゃあ、発表会が終わったら続きを――」
「言わんでいい」
真顔でそんなことを言えるんだし、人狼ゲームとかやればカナエちゃんは化けそうな気がする。
ボクがカナエちゃんに対してそんな印象を抱いていた頃、ヒーローショーが終わった。
そして、ヒーローたちが子供たちとステージに集まって記念撮影を開始する。
ボクたちも、発表会の準備を済ませておかないと……
「ヒーローショーも終わったみたいだし、ボクたちも準備しようか」
「さんせーい」
「最後にチェックしておかないとな」
「頑張ってアピールしないと……!」
ボクたちは自分の作品をチェックしつつ、その場を後にする。
下の階からは、子供たちがはしゃぐ声やヒーロー同士の掛け合いが聴こえた。
◇
発表会はスムーズに進み、ボクの順番も近づいてきた。
ミナちゃんのドールハウスは、フィギュアが生きているように動いて、リュウイチの作品はロナウド本人とそっくりな等身大フィギュアに変身。
カナエちゃんの本は、プロジェクションマッピングの応用で、実体のある映像を投影できるギミックが搭載されていた。
でも、ボクの盾には特別なギミックなんてない。
盾の表面に施した華やかな装飾が光るだけ。
やっぱり、変形機能くらいは仕込んだほうがよかったかもしれない。
「72番。 東郷リシンくん」
「はい」
ボクの番になった。
沢山の人の前で発表をするのは初めてだったけど、あまり緊張はしてない。
沢山の人に見られていても、自分のペースで発表できる――そう、確信していた。
「陣界第1ハイヴ 6年C組 東郷リシンです」
深呼吸してから、自分の名前を名乗る。
「ボクが作ったのは……」
ボクが盾を掲げようとした瞬間――
ドーンという大きな音がした直後、会場が大きく揺れた。
でも、大きな揺れはその一瞬だけで、スマホが地震速報を流すこともない。
「今のなに!?」
「ば……爆発か!?」
観客や、ステージ袖に控えている学生たちも、動揺していた。
でも年に1回、陣界市全域で大規模な避難訓練を行っているおかげで、パニックにはならないで済んでいる。
「ただいま、陣界市中央区 シンクホールラボにて爆発事故が発生したとの報告が入りました」
中央区のシンクホールラボ……。
中央区は、四方を人工の川で囲まれた陣界市の中心。
シンクホールラボは、中央区の中心に作られた巨大な研究施設で、世界各国の研究機関があまり大きくない地上施設を共有しつつ、自分たち専用の研究所も設けなくてはならない都合から、地下に向かって増築が続いている。
そのせいで、地下に行くほどカオスになっているというのはもっぱらのウワサだ。
けれど、カタリストで造られた壁は、戦車の120ミリ滑腔砲で撃たれてもキズひとつつかないほど頑丈なうえに、自己修復機能まで有している。
そんな要塞に匹敵するレベルの施設で、爆発事故が起きた。
……なんだか普通じゃない気がする。
「観客の皆様は、避難所まで係員が誘導します。 発表会に参加している生徒は、各教員の指示に従ってください」
アナウンスに従って、観客やボクたちは動き出した。
日頃の訓練のおかげか、特に混乱することもなく、スムーズにイベントホールの外へ出ることはできた。
「え……?」
その直後、ボクたちは自分の目を疑ったのである。
「なによ……あれ」
シンクホールラボのあるエリアをボクたちは見た。
そしたら、シンクホールラボから黒い煙が上がっていた。
まあ、爆発事故が起きたのだから煙が上がっているのはわかる。
けど、その次が問題だった。
「まさか……ドラゴン?」
黒い煙をかき消しながら、巨大なシルエットが姿を現したのだ。
「あれは……」
ビニールのような質感の皮膜を持つ巨大な翼。
骨だけなのに平然と動く脚と腕。
腕や脚とは対照的に、頑強そうな素材でカバーされた胴体。
虚空のみを見つめる青白い四ツ目。
「マジでドラゴンだ……」
どこかのRPGに出てきそうなドラゴンが、シンクホールラボのあった場所に立っていた。
「なんで……」
そして、ボクはあのドラゴンを知ってる。
「なんでホオズキがラボに居るの……?」
ボクは無意識につぶやいていた。
同じタイミングで、ホオズキが一度だけ咆哮を上げる。
それは、哀しみや憂いを帯びた、女性の吐息のような咆哮だった。