2.
国連が千葉県の海岸沿いにある地域を買い上げ、開拓することで誕生した都市『陣界市』。
ふたつに分けられた北区、東区、西区、中央区、南区の計六つの区が存在する陣界市には、世界各国から最先端技術の研究機関が集い、互いに監視し合いながら日々研究に勤しんでいる。
そして、テーマパークや広大な港湾施設を備える陣界市の南区。
海の玄関口とも言うべきフェリーターミナルに、1隻の豪華客船が停泊していた。
「ここが陣界市か」
フェリーから降り、街を見渡しながら言葉を発したのは、人間ではなく紅い外装を纏った人型のロボット。
彼の後ろには、それぞれ色の違う外装を纏う5人のロボットが続いていた。
彼らは、日常生活のサポートをしてくれる人型ロボット『タフリナ』ではなく、肉体を生身から機械に置換したサイボーグである。
「おい、ラジアータ。 どこに行くつもりだ」
白の外装を纏うサイボーグ、ディギタリス・ケアードは、ふらりと歩き出した紅い外装のサイボーグ、ラジアータ・ガーシュウィンを呼び止める。
「ターミナルの最上階が展望台になってるから、行ってみようかと」
「私たちは観光じゃなく、仕事で陣界市に来たんだぞ」
「いいじゃねえか、予定は明日からなんだし」
ラジアータとディギタリスの間に割って入ったのは、黄色の外装を纏うサイボーグ、ゲルセニウム・シアラーだ。
ため息をついたあと、ディギタリスは「1時間だけだぞ」とラジアータに言い、ラジアータは小走りで展望台に向かってしまった。
「ラジアータには、僕から拠点の場所を伝えておこうか?」
穏やかな声を発したのは、紫の外装を持つサイボーグ、ネリウム・リンクスである。
「いや、私が監視しておく。 アイツに暴走されたら困るからな」
「んじゃ、俺たちは時間まで自由行動でいいな。 入国審査もパスしたし、いつまでもこんなところに居たら窒息しちまう。 お前もそう思うだろ、ユーフォルビア」
「えっ……あっ、はい! 多分……」
ゲルセニウムに話を振られて反応したのは、緑の外装を纏ったサイボーグ、ユーフォルビア・エヴァーツだ。
ゲルセニウムは、行き交う人から視線を向けられて困惑するユーフォルビアを見て笑う。
「では、2時間後に拠点で」
ディギタリスを通じて全員は集合時間と拠点の場所を共有し、ターミナルを後にした。
◇
フェリーターミナルの2階。
陣界市全域を一望できる展望台で、ラジアータは熱心に双眼鏡を覗き込んでいた。
「何を見てるんだ?」
売店で買ってきた餌を近寄ってくるカモメに与えながら、ディギタリスは訊いた。
「"アイツ"を探してる」
「…………そうか」
ラジアータが捜しているのは、幼い頃に生き別れとなった"きょうだい"である。
「見つかるといいな」
ディギタリスは、少し憂いを帯びた声をラジアータにかけた。
"見つかるわけがない"と心の中でつぶやきながら。
「絶対見つけてみせるさ。 だって、そういう約束を交わしたんだからな」
双眼鏡を覗き込んだまま、ラジアータは幻像を探し続ける。
義体化手術中のトラブルで生じた精神の破綻を補うために作られた、偽りの記憶を本物と信じて。
「あれは――」
ふと、ラジアータが動きを止めた。
「どうした?」
「いや、あそこに居る子供たちを見てみろ」
ディギタリスが問いかけ、ラジアータは南区の駅がある方向を指差した。
射撃戦に特化した義体化を施されているディギタリスは、駅の方向を見ながらメインカメラをズームさせ、子供たちを凝視する。
「あの子は――」
駅前には子供たちが集まり、教員と思しき女性から指示を受けていた。
子供たちはそれぞれドールハウスやサッカー選手のフィギュアを持っていたが、その中でひとり、盾を手にしている少年に目を奪われたのだ。
「なあ、アイツだよな……アイツだよな!?」
周囲の視線など気にもとめず、ラジアータは嬌声をあげる。
「まさかこんなところで会えるとは……」
ディギタリスは動揺していた。
あの時、ラジアータに対して刷り込みを行う際に使った写真の少年が、実在する人物であったことに。
「ああ……良かった。 また会えて」
ラジアータがつぶやく。
「良かったな」
ディギタリスは彼の肩を叩いた。
それでも、ラジアータの視線は少年に釘付けとなったまま。
「いままで一緒に居られなかった分、たっぷり愛してやらないと……」
そう言ったあと、ラジアータは舌なめずりをした。
◇
どこかから視線を感じたので、周囲を見回してしまった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
ミナちゃんが訊いてきたけど、とりあえずごまかす。
「じゃあ、C組のみんなは11時の電車に乗って中央区に移動。 中央区ターミナルからBRTに乗って、イベントホールに向かいます」
BRTは、正式名称『バス・ラピッド・トランジット』――バス高速鉄道と呼ばれるもので、陣界市内でバスと言えば、このBRTを指す。
BRTはバスを2台繋いだような連節バスを使い、道路に設けられたBRT専用レーンを走ることで、一度に多人数の人間を高速で輸送することができるのだ。
今日、国際ジュニアテクノロジーショーが行われる関係で、北区・東区・西区から中央区に接続された橋は通行止めにされ、南区から中央区に繋がる橋と鉄道しか利用できないようになっていた。
つまり、北区の陣界第1ハイヴに通うボクたちは、一度西区を経由して南区に向かい、そこからBRTで中央区に向かう。
つまり、大きなイベントが行われる日だけ、各区への移動がとんでもなく面倒になるのだ。
中心部を人工の川で分割した北区、他の区も人工の川で分断されていて、外周は人工の谷と森で囲う。
国連が研究機関の集まる中枢――中央区の"守り"を重視したあまり、陣界市は要塞じみた造りの都市になってしまったのだ。
「なんでこう、イベントの日だけ陣界市は移動が面倒になるんだろうな」
リュウイチが、ロナウドのフィギュアを大事に抱えながらつぶやいた。
「緊急事態が起きて都市封鎖されるよりマシでしょ。 ロックダウンされたことは一度も無いけどさ」
ボクが答えると、リュウイチは「まあな」と同意してくれた。
都市封鎖というのは、陣界市内で緊急事態が発生した場合にとられる措置だ。
ロックダウンが行われると、外周の谷と森を貫く道路と、各区から中央区以外の区に繋がる橋と鉄道が封鎖され、"中央区を経由しなければ"各区への移動が不可能になる。
そうして陣界市全域を陸の孤島とし、緊急事態の原因を市内に封じ込めるのだ。
「でもさ、陣界市での暮らしは快適だから」
ボクが言うと、リュウイチだけではなく、ミナちゃんやカナエちゃんもこくこくとうなずいていた。
国連は、世界平和のために最先端技術を管理しているんだ。
だから、陣界市という都市を造って世界中から技術を蒐集し、何にも干渉されない環境で研究と実践を行わせている。
いつか起こる――パラダイムシフトか、ブレイクスルーを望んでいる。
これから先、新しく誕生する技術はすべて、陣界市に寄り添いながら歴史を刻んでいくだろう。
――でも、もしも、万が一。
陣界市そのものが原因で事件が起こったら、世界はどうなってしまうのだろうか?
◇
「おーい、リシン。 バスが来たよ」
ミナちゃんに呼ばれて、ボクは意識を覚醒させる。
いつの間にか、ベンチに座ってぼーっとしていたらしい。
「ごめん、寝そうになってた」
ボクはみんなに謝りつつ、目の前に停車した連節バスに乗り込んだ。