1.
ボクこと東郷 リシンは、学校で工作の授業を受けていた。
クラスメイトもみんな目の前の作業に集中していて、ボクと同じ班の女の子ミナちゃんは、向かいで「うーん……」と唸っている。
「どうしたの?」
「なんか物足りない気がして……」
ミナちゃんは、机の上に置かれたドールハウスをボクに見せた。
「おとぎ話をイメージしたドールハウスだっけ?」
「そうなんだけど、なんか足りないのよね」
「住人として妖精とか足してみたら? あとは庭にウサギを置くとか、木に小鳥を止まらせるとか」
ドールハウスは小さいウサギのやつしか思い浮かばないけど、とりあえずアドバイスしてみる。
「それいいかも!」
ミナちゃんの顔がぱあっと明るくなり、彼女は傍らに置いてある機械――3Dプリンターの進化系とも言うべき機器『グレイル』を操作した。
「ところで、リシンは何を作ってるんだ?」
隣で声をかけてきたのは、同じ班の男子リュウイチだ。
サッカー好きの彼は、ロナウドを象ったフィギュアを造っている途中らしい。
「SFチックな盾」
まだ組み立て途中のそれを、ボクは掲げてみせた。
盾はそれほど大きくないんだけど、教室の中で掲げると結構目立つ。
「なんかゴテゴテしてるな」
「本当は変形させようと思ってたからね。 設計の問題で変形ギミックは諦めて、今は飾りを作ってる」
ボクが説明している間も、カチャカチャと音を立てながら、グレイルはせっせとパーツを作成していた。
「なんで変形させたかったんだ?」
「いやぁほら、ボクって梟の戦騎カントとかエルブレイブとか、イバライガー・ブラックにキタキュウマンみたいなローカルヒーローが大好きでしょ? だから、ヒーローの武器みたいに目立つモノが欲しくなって」
「いや、ローカルヒーローの武器は変形しなかったと思うんだけど」
ウサギを塗装していたミナちゃんにツッコまれ、リュウイチも「だよな」と同意していた。
「変形ギミックそのもののネタは、未知の敵と戦う選ばれし少女たちを描いたアクションドールのシリーズね。 スイレンが歌うアニメ版オープニング曲好きだし」
「おまえ、結構キワドイ発言してないか……?」
「キワドイところを攻めるのが好きなだけ。 ホントは有名な黒いネズミのキャラクターでも作ろうかなと思ってた」
「やめなさい」
「ハハッ」
「だからやめろって」
リュウイチとミナちゃんをはじめとした、クラスメイト全員からのノリツッコミ。
ボクは盾を机の横に立てかけたあと、まだ足りないパーツを製作するためにグレイルを操作した。
◇
冷戦時代。
海底3000メートルの地層から、新種の粘菌が発見された。
それは、太古から姿や性質を変えず、ただ時代を重ねてきた"生きる化石"であり、密度が高く非常に頑丈な岩盤の中で生息していたために、捕食と繁殖も必要としない自己完結型の特性を獲た粘菌だったのだ。
新種の粘菌の存在を知った国連は、国家が独占する事を禁じて粘菌を回収。
南極に大規模な研究施設を設置し、各国共同で研究を行わせた。
そして、短サイクルで増殖する粘菌をナノマシンでコントロールし、単純構造の物体を作成可能とするシステム『ミクソガストリア・グレイルウム』を開発したのである。
◇
「そういえば、このシステムの名前って面白いよね」
そんなことを言ったのは、向かって左前に座っている女の子、カナエちゃんだ。
「ミクソガストリアっていうのは、変形菌目とかっていう粘菌の一種の学名。 グレイルウムっていうのは、聖杯を意味する単語の終わりに、ラテン語で中性を意味する『-um』を付けたもの」
ボクが説明すると、ミナちゃんやカナエちゃんが「へぇ」と声を上げた。
「詳しいんだね」
「蝶とか鳥の学名を調べて、その間にほんの少し覚えただけだよ。 ラテン語なんて読めないし書けない」
「それでもいいじゃん」
あまり勉強は得意じゃないと自嘲したつもりだったんだけど、みんなには伝わらなかったみたいだ。
その間に、グレイルが透明な球体状のパーツを作成する。
「それなに?」
「バッテリーみたいなものだよ。 この盾、発表会では光らせたりするから、こういうのも必要で」
グレイルが作り出す素材は『触媒』と呼ばれていた。
カタリストは、電気信号を送れば筋肉のように動かすこともできるし、バッテリーのようにエネルギーを貯めさせることもできる。
一流のパフォーマーが扱えば、CG合成のような表現だって可能だ。
「改めて思うけど、本当になんでもできるのね、聖杯って」
「そりゃあ、願いを叶えるアイテムだからでしょ」
ボクたちが知らない世界では、グレイルを悪用する者達が居て、グレイルを巡る争いだって起きている。
まるで、実は女性だったアーサー王が登場するゲームの中の戦争のように。
ボクらの暮らす都市――最先端技術を研究している『陣界市』や、ボクらが通っている学校『陣界ハイヴ』が、他所と比べたら平和で済んでいるだけかもしれない。
――なんてことを考えていたら、チャイムが鳴った。
「よし。 あとは発表会の日に最終確認すればいいだけ」
ようやく完成した盾の仕上がりを、ボクは念入りにチェックする。
「あたしも終わったわ」
「おれもー」
「わたしもだよ」
ミナちゃん、リュウイチ、カナエちゃんも、自分の作品が完成したようだ。
「このままホームルームをはじめます。 みんなはタブレット端末を出してね」
担任の先生に言われてタブレット端末を出すと、先生からボクら宛にメールが送られてきた。
メールには、あさってに行われる発表会――国際ジュニアテクノロジーショーの予定表が添付されている。
「発表会の会場は、中央区のイベントホール。 発表の順番も添付してあるから、ちゃんと目を通しておいてね」
ボク達はメールを確認したあと、明日の予定を確認して、クラス全員とタスクを共有する。
タスクの内容は、クラスの誰かが発表する時、誰が準備を手伝ってあげるとか、誰が作品を運んであげるか――といった役割分担だ。
こうやって決めておけば、発表会当日に混乱することもない。
「リシン。 発表会じゃ、絶対に負けないからね」
完成したドールハウスを見せつけながら、ミナちゃんが宣戦布告する。
「ボクだって負けないよ。 トンデモギミックを仕込んだっぽいドールハウスが相手でもね」
「やっぱり、気づいてたのね」
「そのドールハウス、見た目に反して使われたカタリストの量が多いからね」
カナエちゃんが作った本にだって何か仕込みがあるし、リュウイチのフィギュアもたぶん普通のフィギュアじゃないはず。
ボクたちは、ハイテクを研究する都市で、ハイテクに関する教育の最前線に身を置き、切磋琢磨してきた強敵。
友達だからといって、発表会で日和るようなことはしない。
「じゃあみんな、気をつけて帰ってね。 さようなら」
「さよーならー」
そうしてホームルームが終わり、ボクはミナちゃんたちと一緒に下校した。