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以毒制毒 ― 毒は薬ほど効かない ―  作者: スマ甘
リシヌス・コムニス
1/6

1.

 ボクこと東郷(トウゴ) リシンは、学校で工作の授業を受けていた。

 クラスメイトもみんな目の前の作業に集中していて、ボクと同じ班の女の子ミナちゃんは、向かいで「うーん……」と唸っている。


「どうしたの?」

「なんか物足りない気がして……」


 ミナちゃんは、机の上に置かれたドールハウスをボクに見せた。


「おとぎ話をイメージしたドールハウスだっけ?」

「そうなんだけど、なんか足りないのよね」

「住人として妖精とか足してみたら? あとは庭にウサギを置くとか、木に小鳥を止まらせるとか」


 ドールハウスは小さいウサギのやつしか思い浮かばないけど、とりあえずアドバイスしてみる。


「それいいかも!」


 ミナちゃんの顔がぱあっと明るくなり、彼女は傍らに置いてある機械――3Dプリンターの進化系とも言うべき機器『グレイル』を操作した。


「ところで、リシンは何を作ってるんだ?」


 隣で声をかけてきたのは、同じ班の男子リュウイチだ。

 サッカー好きの彼は、ロナウドを象ったフィギュアを造っている途中らしい。


「SFチックな盾」


 まだ組み立て途中のそれを、ボクは掲げてみせた。

 盾はそれほど大きくないんだけど、教室の中で掲げると結構目立つ。


「なんかゴテゴテしてるな」

「本当は変形させようと思ってたからね。 設計の問題で変形ギミックは諦めて、今は飾りを作ってる」


 ボクが説明している間も、カチャカチャと音を立てながら、グレイルはせっせとパーツを作成していた。


「なんで変形させたかったんだ?」

「いやぁほら、ボクって梟の戦騎カントとかエルブレイブとか、イバライガー・ブラックにキタキュウマンみたいなローカルヒーローが大好きでしょ? だから、ヒーローの武器みたいに目立つモノが欲しくなって」

「いや、ローカルヒーローの武器は変形しなかったと思うんだけど」


 ウサギを塗装していたミナちゃんにツッコまれ、リュウイチも「だよな」と同意していた。


「変形ギミックそのもののネタは、未知の敵と戦う選ばれし少女たちを描いたアクションドールのシリーズね。 スイレンが歌うアニメ版オープニング曲好きだし」

「おまえ、結構キワドイ発言してないか……?」

「キワドイところを攻めるのが好きなだけ。 ホントは有名な黒いネズミのキャラクターでも作ろうかなと思ってた」

「やめなさい」

「ハハッ」

「だからやめろって」


 リュウイチとミナちゃんをはじめとした、クラスメイト全員からのノリツッコミ。

 ボクは盾を机の横に立てかけたあと、まだ足りないパーツを製作するためにグレイルを操作した。


 ◇


 冷戦時代。

 海底3000メートルの地層から、新種の粘菌が発見された。

 それは、太古から姿や性質を変えず、ただ時代を重ねてきた"生きる化石"であり、密度が高く非常に頑丈な岩盤の中で生息していたために、捕食と繁殖も(・・・・・・)必要としない(・・・・・・)自己完結型の特性を獲た粘菌だったのだ。


 新種の粘菌の存在を知った国連は、国家が独占する事を禁じて粘菌を回収。

 南極に大規模な研究施設を設置し、各国共同で研究を行わせた。


 そして、短サイクルで増殖する粘菌をナノマシンでコントロールし、単純構造の物体を作成可能とするシステム『ミクソガストリア・グレイルウム』を開発したのである。


 ◇


「そういえば、このシステムの名前って面白いよね」


 そんなことを言ったのは、向かって左前に座っている女の子、カナエちゃんだ。


「ミクソガストリアっていうのは、変形菌目とかっていう粘菌の一種の学名。 グレイルウムっていうのは、聖杯を意味する単語の終わりに、ラテン語で中性を意味する『-um』を付けたもの」


 ボクが説明すると、ミナちゃんやカナエちゃんが「へぇ」と声を上げた。


「詳しいんだね」

「蝶とか鳥の学名を調べて、その間にほんの少し覚えただけだよ。 ラテン語なんて読めないし書けない」

「それでもいいじゃん」


 あまり勉強は得意じゃないと自嘲したつもりだったんだけど、みんなには伝わらなかったみたいだ。

 その間に、グレイルが透明な球体状のパーツを作成する。


「それなに?」

「バッテリーみたいなものだよ。 この盾、発表会では光らせたりするから、こういうのも必要で」


 グレイルが作り出す素材は『触媒(カタリスト)』と呼ばれていた。

 カタリストは、電気信号を送れば筋肉のように動かすこともできるし、バッテリーのようにエネルギーを貯めさせることもできる。

 一流のパフォーマーが扱えば、CG合成のような表現だって可能だ。


「改めて思うけど、本当になんでもできるのね、聖杯(グレイル)って」

「そりゃあ、願いを叶えるアイテムだからでしょ」


 ボクたちが知らない世界では、グレイルを悪用する者達が居て、グレイルを巡る争いだって起きている。

 まるで、実は女性だったアーサー王が登場するゲームの中の戦争のように。


 ボクらの暮らす都市――最先端技術を研究している『陣界市(じんかいし)』や、ボクらが通っている学校『陣界ハイヴ』が、他所(よそ)と比べたら平和で済んでいるだけかもしれない。

 ――なんてことを考えていたら、チャイムが鳴った。


「よし。 あとは発表会の日に最終確認すればいいだけ」


 ようやく完成した盾の仕上がりを、ボクは念入りにチェックする。


「あたしも終わったわ」

「おれもー」

「わたしもだよ」


 ミナちゃん、リュウイチ、カナエちゃんも、自分の作品が完成したようだ。


「このままホームルームをはじめます。 みんなはタブレット端末を出してね」


 担任の先生に言われてタブレット端末を出すと、先生からボクら宛にメールが送られてきた。

 メールには、あさってに行われる発表会――国際ジュニアテクノロジーショーの予定表が添付されている。


「発表会の会場は、中央区のイベントホール。 発表の順番も添付してあるから、ちゃんと目を通しておいてね」


 ボク達はメールを確認したあと、明日の予定を確認して、クラス全員とタスクを共有する。

 タスクの内容は、クラスの誰かが発表する時、誰が準備を手伝ってあげるとか、誰が作品を運んであげるか――といった役割分担だ。

 こうやって決めておけば、発表会当日に混乱することもない。


「リシン。 発表会じゃ、絶対に負けないからね」


 完成したドールハウスを見せつけながら、ミナちゃんが宣戦布告する。


「ボクだって負けないよ。 トンデモギミックを仕込んだっぽいドールハウスが相手でもね」

「やっぱり、気づいてたのね」

「そのドールハウス、見た目に反して使われたカタリストの量が多いからね」


 カナエちゃんが作った本にだって何か仕込みがあるし、リュウイチのフィギュアもたぶん普通のフィギュアじゃないはず。

 ボクたちは、ハイテクを研究する都市で、ハイテクに関する教育の最前線に身を置き、切磋琢磨してきた強敵(とも)

 友達だからといって、発表会で日和(ひよ)るようなことはしない。


「じゃあみんな、気をつけて帰ってね。 さようなら」

「さよーならー」


 そうしてホームルームが終わり、ボクはミナちゃんたちと一緒に下校した。

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