プロローグ・とある夜会での噂話
きらびやかなシャンデリア。色とりどりのドレスは翻り、老若男女の声がさざめく。今夜はノーリッシュ侯爵の子息の誕生日を祝うための夜会だ。
来場者へ挨拶をする主催の侯爵一家から離れた壁際で二人の夫人が挨拶を交わしていた。
「侯爵様にご挨拶はされまして?」
「ええ、先ほど」
「あのお噂は本当でしたのねぇ……」
「わたしも驚きましたわ」
「あら、ごきげんよう」
密やかに話をしていた二人にもう一人が加わる。
「貴女もいらしてたのね」
「お二人とも例の方々のお話をされていたのでしょう?」
「そうなの。噂は本当だったのねぇ」
「それが、うちの侍女が侯爵様の側に仕えている者と親しいとかで聞いたのだけれど……」
「まぁまぁ、なんですの?」
「伯爵側は姉と婚約するなら持参金を半分に、妹と婚約するなら持参金を三倍にするとおっしゃったのですって」
「まぁ!」
「それは……侯爵様も断れなかったでしょうねぇ。ひどい話だわ」
「でも一番気の毒なのはアイリス様よね」
「最初はアイリス様がカレン様を害そうとして修道院に入れられたという話だったけれど……」
「こうなってはそれも怪しい話ですわねぇ」
「むしろずっと虐げられていたのはアイリス様ではないかしら」
「わたくしもそう思うわ」
「そもそも伯爵位はアイリス様のお父様のもので、元の伯爵夫妻が亡くなり幼いアイリス様だけが残されたのでしょう」
「それで宙に浮いた伯爵位を元の伯爵の弟で子爵位を継いでらした今の伯爵が継いだのだったわね」
「本来ならばアイリス様に婿を取り爵位を譲るのが正道でしょうに」
「自分の娘可愛さにアイリス様を他所にやり、娘の方に伯爵位を継がせようとして」
「結局は娘可愛さに、ダニエル様から愛されていたアイリス様を引き離して、自分の娘を婚約者にさせるなんて」
「私、以前にダニエル様とアイリス様が二人並んで歩かれているのを見たことがあるのだけど本当にお似合いで、政略結婚でもあんな風に愛し合えるものかと憧れておりましたのよ」
「アイリス様もあまり社交はされなかったけれど、美しい方でしたわね」
「わたくしはご挨拶させていただいたことがあるのだけど、本当にお優しくて気配りのできる方だったからカレン様を虐げるだなんて信じられませんでしたわ」
「本当にアイリス様がお気の毒ですわねぇ」
「リグリー伯爵もよくこの夜会に顔を出せましたわね」
「自分の可愛い娘がご婚約されるのですもの」
「可愛い娘、ねぇ」
夫人たちはくすくすと笑う。似たような会話はあちらこちらで交わされていた。いま社交界で一番の話題だった。