5話「好きってなに? 後編」
01
フミヤの両親は小学校からの幼なじみだった。人に優しく笑顔が可愛らしい母親と、弱いもの虐めが許せない正義の味方の父親がくっつくのは当然のことだ。
最初二人は自分と同じ性格なのが嫌だったのか、あまり会話はせずに同級生とばかり話をしていた。目を逸らさないようにしていても、まだ彼らは子供だったため、相手にバレないようにチラチラと横目で見ているのがとても可愛らしかった。父親はスポーツ万能でみんなの憧れのヒーロー、彼が活躍すれば同級生や女の子たちは歓声をあげる。手が届きそうで届かないものに人は恋をしてしまうものだ。自分も隣に並びたい、あの子に喜んでほしいと叶うか分からないことを彼女は願ってしまう。
バレンタインデーの日、小学校高学年になったフミヤの母親は夕方彼が下校するまで待ち構え、少ないお小遣いで買ったプレゼントを渡す。大好きな人にプレゼントを渡す行為は赤の他人視点で見ていても、彼女が顔を赤くしているのがよくわかった。少年だった父親も、彼女の人を包み込む優しさにいつの間にか惚れ込んでいたことから二人は結ばれる運命だった。
「あんなに笑ってる姿初めて見た……」
報われない恋かと思っていた彼女は彼が快くプレゼントを受け取ったことを嬉しがり、家に帰ったあと思わずベッドででんぐり返りをするほど喜んでいたのをフミヤは驚いていた。年頃の女の子は好きな人の笑顔を見れるだけで嬉しいんだと、交際経験が少ない俺はフミヤに話す。
小学校を卒業する日に彼らは恋人同士になり、中学、高校と関係を維持してきた。時には些細なことで喧嘩をし、別れてしまうこともあった。寂しさを埋めるために次の恋人と付き合うことをしても、結局フミヤの両親は寄りを戻していく。父親の周りには媚びを売る女の子で溢れかえってはいたが、自分の意志を貫きはっきりと好きだと示す母親の姿を彼は自然と追い求めていた。
人目がつかないところではだらしない、ずぼらだとについて話す笑いながら話す少女は誰が見ても幸せそうに見えていた。お互いの嫌いなとこや、好きなところを知り尽くした彼らは別々の進路に行きながらも連絡を取り合った。
人を好きになるということは人によって理由は様々だ。顔が好きだから、性格が好きだから、振る舞いが好きだからでも良い。共に未来を歩みたいと思うのなら、その人ともっと関係性を積んでいくことが大事なんだ。フミヤは自分の父親と母親が好きを積み重ねていく過程を黙って見つめていた。
人間という生き物は例えどんなに好きであっても、時間が経てば経つほどその感情は自然と泡のように消えていく。あれだけ愛し合ったフミヤの両親はフミヤが産まれると、お互いの仕事などが原因ですれ違いが生じてしまっていた。幸せそうに愛おしく好きな人を見つめていた少女は母親となり、正義の味方だった少年は仕事に時間を取られる忙しい父親になった。家族の会話はあるが、以前のように幸せそうには見えない。俺は大人だからある程度は理解出来ているが、フミヤにはどう見えているのだろうか。
鮮明に写っていた記憶の空間は小さなことで起きた喧嘩で幕を閉じた。目を覚ますと、いつもの見慣れた風景に戻ってきていた。
俺は隣にいたフミヤに声をかけることが出来なかった。あの空間が閉じる前に見た最後の光景が、父親が母親の大事にしていた思い出の物を壊したところだった。その大切な物が……幼いころに受け取った物だと知ったとき俺は居た堪れない気持ちになった。好きになるということの結末を鷹宮はどうしてフミヤに見せたかったのか。
「フミヤくん。これから君は好きな女の子に対してなにをしてあげたいかな?」
鷹宮は優しくフミヤに話しかけ、彼なりの答えを待っていた。
フミヤは俯きながらも、拳に力を入れて真っ直ぐな目を俺と鷹宮に向けた。
「……好きって感情が大事なものだというのは凄くわかったよ。僕はお父さんたちと同じ過ちをするかもしれない、でもこの気持ちだけは手放したくないよ」
両親が「好き」という記憶を手放し、いつか自分も同じことをするかもしれないとわかっていながらもフミヤは一歩大人への道を歩むことを決めた。大事に大事に胸を強く握りしめていたのが印象的だった。
鷹宮はフミヤに敢えて彼らの「好き」の終わりを見せ、本人に「好き」という気持ちが何なのか考える余地を与えたのか。何故、彼女はそこまでして人に優しいのか。
02
フミヤは俺が真実を話さなくてもわかっているようだった。むやみやたらに記憶屋のことを話さないという約束をし、俺はフミヤを自宅へと送っていた。記憶屋に戻ると、鷹宮は先程の後片付けをしようとしていたため俺は手伝うことにした。
「記憶屋に来た記憶を奪わなくて良かったのか?」
「せっかく好きという気持ちを手放さないことを決めたのに記憶屋に来た記憶を消すのは少し気が引けますよ……」
少し意地悪な質問をしてしまったと後悔する。鷹宮は階段へ登ろうとすると、手すりに手をかけようとした。何が起きたのか彼女は階段から足を滑らせた。
「鷹宮!!」
間一髪のとこで、鷹宮をキャッチした。力を使ったことで体が疲れているんだなと思ったが、彼女の体がほんのりと熱くなっていたことで俺は事の重要さに気づいてしまった。