1話「小鳥遊海人と記憶屋」
全6話の予定ですよかったら読んでください
01
「はぁ……またお祈りか」
俺は自分の携帯に届いた「お祈り」メールを慣れた手つきでゴミ箱に入れていく。「お祈り」メールというのは人の心がない会社の人事たちが自分たちが作った適正に合わない人間に送るメールのことだ。
この心ない文章を見ただけで大抵の人は精神を病んで就活を辞めたり、自分を否定された気持ちになったりする。俺は就活が解禁された三月から六月に至るまで何百通の「お祈り」をゴミ箱に叩きこんできたが、既に限界だった。
元々、俺は大学を卒業してから数年間中小の出版社で作家をしていた。作家といっても誰もが知っているような賞を取るチャンスがある小説家ではなく、エンターテインメント用に特化したものを描くいわゆるライトノベル作家だった。
デビューした最初は大学を卒業したばかりの若手が描く斬新な物語と出版社が売り出してくれたおかげで、一ヶ月は暮らせるぐらいの収入は手に入った。
俺は自分が描いた物語を読んで買ってくれた人がいるということが本当に嬉しくて、つい本屋に並べられていている自作のライトノベルを両親や友達に送った。友達は皆、自分のことのように嬉しそうにしてくれたり、不快にはならない嬉しい弄りをしてくれたりしてくれた。両親も同じように喜んでくれると思っていたが、そんなことは無かった。
小鳥遊家の大黒柱であるオヤジは若者に流行りだったライトノベルのことを毛嫌いしており、少ないお金をもらって喜んでいる俺を良く思ってはいなかった。
安定した収入を得ることが出来る仕事に就け、もっと自分の将来を考えろと耳を塞ぎたくなるぐらい説教をされた。当時、若かった俺はオヤジが俺に嫉妬しているからブチ切れるんだと思っていたせいで近所中に響き渡るような大喧嘩をしてしまう。
どうして子供の成功を嬉しく思わないのか、不思議で仕方がなかったが数年後俺は現実を思い知らされる。
どこかの偉い研究者さまが人間にとって大切な感情を分離できる技術を開発してしまった。最初は同業者がその技術は非人道的だと研究者を非難したが、時代が昔よりも進んでしまったせいで新しい技術を受け入れてしまう人々が増えてしまった。結果として、俺を除いた多くの人間が自分の感情を分離してしまった。
分離された感情を売り買いできるようになり、世界は進化の歩みを停めてしまった。面白い、悲しい、楽しい、辛い、好きという感情を金に変えることが出来るようになったせいで俺が書いた本は売れることは無くなった。
物語に面白いと思える感情が無くなったら、そのストーリーはただの泡となって消えていくしかない。
俺に怒ってくれたオヤジ、自分のことのように喜んだ友達は今やただの人形になってしまった。みな感情を売り払ったおかげで今やエリートコースまっしぐらだ、そりゃあ人を思いやる気持ちがないから簡単にエリートになれるんだろうな。俺と同じように新しい技術に反対している人間は心を痛めながら日々を過ごしているなんて馬鹿げた話だ。
あの時、オヤジの言う事を聞いていれば何が未来が変わったのだろうか。そんなことを考えながら、俺は今の自宅がある駅を乗り過ごしてしまった。
……次の駅は実家がある場所だ、仕方ないから降りてみるか。
感情が篭っていないアナウンスを聞きながら、俺は久しぶりの地元に降りる。安定した仕事に就けって人だったオヤジは言っていたけど、俺はまだ誰かのために物語を書いていたい気持ちを忘れることは出来ない。
次の電車が来るまで暇だったので俺は改札から出ることにした。世間はサンタクロースを迎える十二月だっていうのに、カップルたちのうるさい惚気は耳に入ることはなかった。
そういえば昔、学生のころに行っていた喫茶店は今も元気にやっているのかな。駅からは近いし、行ってみるか。
「嘘だろ……」
時の流れは残酷だ、俺の行きつけだった喫茶店は既に姿を消していた。俺の目の前には「貴方の要らない記憶を買います。記憶屋」と書かれた胡散臭い看板が元喫茶店の前に置かれているたけだった。
02
興味本位で入ってみると、内装は昔のままだったが見慣れない女性がカウンターに立っていた。
「いらっしゃいませ、小鳥遊海人さま」
「な、何で俺の名前を」
冬の季節にはそぐわない春を感じさせるワンピースを着ていた長髪の女性はまるで俺が来ることがわかっていたのか、小鳥遊海人と俺の名前を口にした。
「先代から小鳥遊さまのことは詳しく聞いていたので」
先代というのはつまり、喫茶店のマスターのことだろうか。そうなると、彼女は孫ということか。なら俺のことを知っていても当然だが、何で俺が来ることがわかっていたんだろう。
「私や祖父は未来を見る力があるので小鳥遊さまが今日来ることは最初からわかっていました」
「俺をからかうのはよせ!」
つい年甲斐もなく怒ってしまう。鷹宮と名乗った彼女は俺が怒っているのが面白いのか微笑んでいた、クソ調子が狂うな……
「信じられないのは当然ですよね。先代から未来が見れることが証明できる手紙を持っているので良かったら読んでみたらどうですか?」
店内の暖房のように鷹宮の雰囲気はふわふわとしていて、さっきから彼女のペースに流れっぱなしだ。俺は渡された手紙を渋々受け取ることにした。
手紙に書かれていた内容は俺が今まで体験した苦い記憶そのもので、マスターは俺に記憶屋に働くべきだと書いていた。それ以外にも俺が今まで体験した就職活動や、その時に抱いた後悔までも鮮明に書かれていた。記憶屋なら君が求めているものを実現できると彼は最後の文末に残している。俺はまだ誰かに物語を届けたい、例え世界から本が消えてしまおうが書き続けたい。マスターが俺の事情を考えて仕事先を決めてくれるならそれに応えたい。あの人には仮があるのだから。
「読んだよ……それで俺にどうして欲しいんだ」
「小鳥遊さまには記憶屋に訪れるお客様の記録を書いてもらいます。私だけでは手が足りないので……」
鷹宮は俺が納得していないのが未来視とやらでわかったのか、記憶屋で働くメリットを掲げてきた。そのメリットはどの企業で働くよりも、素晴らしいもので俺は記憶屋で働くことを了承してしまった。
俺は今後どうなっていくのだろうか。