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後編

※後編は残酷描写があります。ご注意ください。

 フォードの案内で向かった先は、王都郊外の住宅街の一角にある何の変哲もない一軒家だった。その二階の一室へ入った。

 内部は執務室のようで、装飾は華美にならない程度に品が良い。窓にはレースのカーテンがかけられているものの、それでも昼日中の強い日差しは十分差し込んでいるはずである。しかし、部屋の中はなぜか闇がわだかまっているかのように、薄暗いという印象があった。

 そして、執務机の向こうには一人の男が座っていた。


「なるほど、そういうことか」


 男を見て、ドーソンは呟いた。一応、その顔は知っている。戦闘の最中に、敵として見かけただけだったが。

 男は銀髪をオールバックにし、細身ながら引き締まった体格にスーツを着こなしており、それだけを見れば貴族か有力商人風であった。


 しかし、形こそヒト種と似ているが、その肌は青みがかった灰色だった。黒系ヒト種の茶褐色の肌とも違う。色素は関係なく、紅い血の代わりに真っ黒で墨汁のような血液が流れているからこその肌だった。

 加えて、目の瞳孔部分が金色で、それ以外が真っ黒である。こんな色を持つヒト種などいるはずがない。それは明らかに魔族の特徴を示していた。


「貴様なら、概ね予想はついていたのではないかね?」

「まあな」


 実のところ、この男が組織にいるのは知っていたが、その当人が直接この場に出向いてくるとまでは予想していなかった。大方、配下のヒト種の幹部が出てくるだろうと思っていたのだ。

 片隅とはいえ、王都内の一角である。魔族にそうそう簡単に入り込まれているようでは、危機管理もへったくれもなかった。

 無論、想定外の状況であっても、ドーソンがそれを顔に出すことはなかったが。


 男が立ち上がって右手を差し出してきたので、ドーソンも近寄って握り返す。


「よく来てくれた、ドーソン」

「初めまして、ではないな」

「殺し合いの最中では、自己紹介してる暇などなかったしな。改めて、私がホルベリウスだ」

「グローゼウスのナンバー2か」

「そういうことだ。とりあえず、そこに掛けたまえ」


 執務机の対面にそこそこ上等な椅子が用意されたので、ドーソンはそこに遠慮なくどっかりと座った。


 お貴族サマのお上品なお茶会ではないので、茶など出てくるはずもない。ホルベリウスは背後の棚からグラス二つと、琥珀色のボトルを取り出した。透明なグラスなど、およそ庶民が目にすることのない高級品だ。そして、ボトルのラベルは近年貴族達の間で出回るようになった『命の水(ウィスキー)』と呼ばれる高級蒸留酒のものだった。

 それぞれのグラスに半分ほど注ぐと、片方をドーソンに差し出した。


 ドーソンはまずはその蒸留酒の芳醇な香りを楽しみ、無造作にぐいっと呷った。普通なら毒を警戒する場面だろうが、ドーソンは大抵の毒物には敏感だし、耐性もある。それに、この相手がこの場でわざわざそんな程度の小細工をする意味はない。

 超高級な酒だけあって、香りも味も、そして喉から胃までを灼くような刺激と強烈な酩酊感も極上だった。ドーソンがいつも飲んでいる格安のエールとは雲泥の差だ。


 いいモノ飲んでやがるな、というか魔族なのに人間の文化に馴染みすぎてるだろ、などと思いながら、ドーソンは空いたグラスをデスクに置いた。

 ホルベリウスはグラスに再び蒸留酒を注ぐと、話を切り出した。


「早速だが、ビジネスの話をしようか。我々の活動内容については語るまでもないな?」

「官憲が把握してる範囲だけだがな」

「その顔はもっといろいろ知っていそうだがな。まあそれはいい。ウチで働くとなれば、当然勇者パーティとやりあう状況もあり得るのだが、貴様はかつての仲間相手に戦えるのかね?」

「いや、無理だろう」

「即答するかね」


 間髪入れずに答えるドーソンに、ホルベリウスは若干鼻白んだ。


「心情的な話じゃなく、単純に戦闘力の問題だ。不意打ちなんざ通用しねえし、元パーティメンバーだったからって、敵対すれば容赦はしてくれねえよ。冗談抜きに、アレはあんたらの(魔王)か、最低でも四天王クラスが直接相手しないと、どうにもならんだろう」


 これに関しては誇張でもなんでもなく、まったくの嘘偽りなしである。勇者に戦いの基礎を教えたのはドーソンだが、今ではもう野伏(レンジャー)職の彼がどうやっても勝てる相手ではなくなっていた。魔王軍にもまともにやり合えるのはほとんどいないだろう。


「アレと正面切って戦おうなんてのは、根本的に戦略を間違えてる。考えるべきはどう戦うかではなく、どうやってアレと戦う状況を回避するかだ。これに尽きる」

「それでも対峙してしまったときには?」

「なりふり構わず逃げる」

「ふむ……」

「実際、あんたらもそうしてきただろう?」

「まあその通りではあるがな」


 ホルベリウスは腹の底を探るようにドーソンの目を覗き込んだ。対してドーソンもまっすぐ見返す。

 しばらく無言が続いたが、先に折れたのはホルベリウスだった。


「いいだろう。雇用条件についてだが、幹部として高待遇は約束できるが、その一方で制約も課している」

「あれだろ? 秘密を吐こうとすると発動する呪い。俺としちゃ、一生ここに尽くす気もないんだがな」

「我々もそこまでは求めていない。呪いは発動条件こそ厳しいが、その代わり有効期間が設定されている」


 有効期間は一〇年で、それを過ぎれば自然に消滅する。五年ごとの雇用契約更新時に呪いも更新するが、雇用解消もしくは更新しない場合も残りの期間は沈黙を守る必要がある。

 破ったときのペナルティが些か過激なことを除けば、やってることは守秘義務契約とそう変わらなかった。


「そいつは初めて知った。意外だな。もっとガチガチに締め付けてて、用済みになったら消すのかと思ってたぜ」

「なに、余りにも厳しすぎると人材が集まらなくてな。特にこういう生業だと、幹部クラスの人材を集めるのが極めて困難だ。

 もちろん、末端の手先や協力者くらいであれば、弱みや人質で脅したり、薬で操ったりといった、貴様らの言う『非人道的で卑劣』な手段も使ってはいるがな。あとは金か。ただ、使いどころにもよるが、そういう昔ながらの古典的なやり方というのは概してパフォーマンスがよろしくないのだよ。幹部クラスとなれば尚更だ。

 ひと昔前ならともかく、恐怖と忠誠心だけで組織を維持できるような時代でもなくなった」

「なんか、世知辛いな」

「まったくだ」


 呪いを受けることについては、ドーソンは特に異存はなく、あっさりと了承した。もっともそれは、ホルベリウスらの知らないとある秘策があるからなのだが。

 いくつか条件を摺り合わせるだけで、契約はすんなり成立した。その場でホルベリウスは秘密保持の呪いをドーソンにかける。


「よろしく頼む」

「ああ、わかった」


 こうして、ドーソンはグローゼウスへの潜入を果たした。厄介な呪いと共に。





 ドーソンが組織に潜り込んで五ヶ月。人族と魔族の戦いは一層激化し、()()退を繰り返し、混迷の度を深めていた。そして、グローゼウスによる後方撹乱は一見地味ながらも効果的であり、各地で甚大な被害をもたらしていた。


 ドーソンとしても可能な限り早く組織を壊滅させたいところだが、それには首領イルコンティと副首領ホルベリウスの二人を同時に排除する必要があった。

 しかし、組織運営の実務はほとんどホルベリウスが仕切っていて、イルコンティはなかなか姿を見せない。グローゼウスの暴力と恐怖を象徴する首領がその姿を現すのは、彼らが大掛かりな破壊活動を行うときだけだ。


 悪の秘密結社とはいっても、年がら年中派手な荒事ばかりしているわけではない。むしろ情報収集、分析といった地味で表面に出にくい活動の比重が極めて大きい。ドーソンも実際にその情報収集能力を目の当たりにして、顔が引きつったほどだった。

 そうして得た情報を元に工作計画を立案し、実行する。その工作活動もまた秘密裏に行われるものが多く、たいていは少数の下っ端工作員だけで済んでしまう。

 構成員が総出で当たるような大規模な作戦というのは、かなり稀だった。


 ドーソンは内心の焦りをひた隠しにしながら、組織を壊滅させる決定的な瞬間を待ち続けた。

 そして、ついにそのチャンスがやってきた。


「王都襲撃?」

「そうだ。決行は明後日第七の鐘。主目標はケルヴィン王太子とルカ大司教。彼らを強襲・暗殺する」


 ドーソンを含む幹部らを集めて、ホルベリウスが計画を説明した。

 王太子と大司教は各国の利害を調整して、連合軍を成立させた立役者だ。彼らが殺害されれば、連合軍の活動に支障をきたし、各国の連携に皹が入る可能性が高い。うまくいけば――人類にとっては最悪だが――連合軍が瓦解することさえありえた。


 作戦の第一段階は通信の遮断。援軍を遅らせるため、王都に通信魔法阻害結界を張る。

 特に、前線にいる勇者に感づかれるのは絶対に避けなければならない。勇者は転移魔法を持っている。アレに感づかれたら、どこにいようとも介入してくるだろう。そうなれば確実に盤面をひっくり返される。勇者の阻止は絶対条件だった。

 それと平行して、最前線に魔王軍の高位幹部と精鋭部隊を投入し、勇者を現地に足止めさせておく手筈になっている。


 第二段階は王都各所での爆破テロ及び騎士団詰め所の襲撃。これはあからさまな陽動であり、そのくらいのことは恐らく王国騎士団も見抜くだろう。しかし場所が王都なだけに、彼らも職務上これを放置はできない。王城に詰めている騎士も、半数は対応のために城外へ駆り出されるはずである。


 第三段階は王宮に設置されている究極防護結界を、内通者を通じて作動させる。この結界は王都全体を覆う形で展開され、物理・魔法とも遮断し、人間の出入りさえも不可能になるという極めて強力なものだ。勇者の転移魔法さえも阻害される。

 これにより、外部からの増援を完全に遮断する。


 そして、作戦の肝となる第四段階では、襲撃部隊の主力が二手に分かれる。イルコンティ率いるチームが王城の第一王子を、ホルベリウスのチームが大聖堂の大司教をそれぞれ襲撃する。侵入経路の策定や協力者の手配なども当然済ませてあった。いったいどこにどれだけ内通者がいるのか、ドーソンは内心呆れ果てていた。


 その後、撤収または撤退のための手順として第五段階以降もあるが、ドーソンにとって重要なのは第四段階だけだった。彼はホルベリウスのチームに入って、大聖堂を目指すことになっていた。

 ドーソンにとっても、ここが正念場である。





 すでに日は落ちているが、王都の各所から上がる火の手がぼんやりと街を照らしていた。半鐘が鳴り響き、通りでは逃げ惑う人々や、対応に回る騎士団員や警備兵らが慌しく行き来していた。


 そうした喧騒に紛れて、王城に程近い大聖堂の敷地の一角に、ドーソンとホルベリウス、そして手下の精鋭三名の姿があった。

 計画はすでに第三段階の究極防護結界発動を済ませており、後は大聖堂内部に侵入してルカ大司教を殺害するのみとなっていた。


 聖堂裏口を守護していた僧兵を手下たちがあっという間に排除し、彼らは裏口から侵入していった。

 聖堂内部はおよそ千人収容できそうなほど広く、等間隔に配置された燭台の灯りで照らされていた。

 その最奥に位置する聖壇の前で、ルカ大司教は神に祈りを捧げていた。傍らには修道女が一人控えているだけで、他に護衛や付き人の姿は見当たらない。

 ホルベリウスの一行が近づくと、大司教はゆっくりと振り向いた。


「どなたですかな? 本日の礼拝は終了しておるのですが」


 ホルベリウスはそれに答えず、握った右手をすっと掲げた。手下三人が前に進み出て、それぞれ黒光りするナイフを構えた。そして、三方から一斉に大司教へと飛び掛った。

 だが、凶刃があと二歩で届くというところで、唐突に、襲撃者の前の何もない空間に六角格子模様の光る『網』が出現した。同時に、彼らの体がまるで巨人の腕に殴られたかのように、後方に弾き飛ばされた。


「なっ!? 〔反射結界〕だとっ!?」


 想定外の魔法を目にして、ホルベリウスは驚愕していた。

 それがただ衝撃を受け止めるだけの〔防御障壁〕魔法だったなら、一般に広く使われており驚くにはあたらない。しかし、攻撃者ごと弾き返す〔反射結界〕は極めて高度な聖魔法であり、現代ではそれをマスターしている者はたった一人しかいないと言われる。

 そして、その使い手は今ここにいるはずがなかった。


「ま、まさか……」


 ホルベリウスは大司教を見やった。あからさまな襲撃にも関わらず、大司教はまったく動じず、にこやかな表情を浮かべて立っていた。殺されかかったという緊張は微塵も感じられない。

 その傍らにいる修道女に視線を移すと、彼女はおもむろに修道服の頭巾を剥ぎ取った。頭巾に隠れていた素顔が露になった。


「せ、聖女シリスっ!?」


 それは間違いなく当代の聖女だった。〔反射結界〕を含む最上級聖魔法の使い手であり、勇者とともに前線に釘付けているはずの。

 彼女は驚愕するホルベリウスを無視してドーソンに顔を向けると、無表情のまま右手の拳を握って親指をぐっと突き出す仕草をした。それに対し、ドーソンも頷き返した。


 その直後、聖堂翼廊の扉が蹴破られ、一人の男が飛び出してきた。騎士の格好をしたその男は剣を振りかぶって、まっすぐドーソンに向かってきた。


「うぉおおっッ! ドーーソーンッ! 死ぃいねぇええーっ!」


 男が振り下ろした剣を、ドーソンは余裕でかわした。


「くっ」

「エルウィン! この猪騎士! てめえっ、斬る相手を間違えてんじゃねえっ!」


 王国騎士エルウィン。彼もまた、勇者パーティの一員として前線にいるはずだった。


「うるさいっ! 俺だけ仲間はずれで何も教えられてなかったなんて、ひどすぎるだろうっ! 一発斬らせろっ!」

「殺す勢いの斬撃に一発もクソもあるかっ! てめえはそういう奴だから教えられなかったんだっつのっ!」

「やかましいっ! 真相をよりによってベスの口から言われた時の俺の気持ちがキサマなんかにわかってたまるかぁああああっ!」


 乱入してきた騎士とドーソンの意味不明なやりとりに、ホルベリウスとその手下たちはしばしの間呆気にとられていた。だが、手下たちはすぐに各々の役割を思い出すと、乱入者を排除すべく動き出した。

 だが、騎士は邪魔が入ったことでさらに激怒した。


「邪魔をぉおっ、する、なぁっ!」


 台所の黒い不快害虫を叩き潰すノリでエルウィンが剣を振り下ろすたびに、手下の上半身と下半身が泣き別れ、あるいは脳天から股間に至るまでを縦に真っ二つに切り分けられ、そして首がすっぽーんと跳ねとんでゴロリと転がった。

 あっという間に、聖堂の床に三人分の人体の残骸が痙攣しながらごろりと転がった。噴出する夥しい血がそこら中に撒き散らされて、聖堂の床を汚した。


 手下たちは荒事を専門とする精鋭だったとはいえ、所詮は物陰に潜み不意を突いて獲物を襲う暗殺者でしかない。対して、エルウィンはトチ狂ってはいても、王国騎士筆頭として勇者パーティの一翼を担っているのである。正面戦闘では暗殺者が王国騎士相手にかなうはずもなかった。


「せ、聖女シリスに、騎士エルウィンだと!? なぜ、勇者パーティがここにいるッ!?」

「あー、そいつはアレだな。俺が事前に全部バラしておいたからだ」


 焦るホルベリウスの問いにさらっと答えたのは、ドーソンだった。


「なっ、なんだと!?」

「ついでに言えば、勇者は魔女と一緒に王城でイルコンティを迎え撃ってるはずだ」

「っ!?」


 計画では、魔王軍四天王の一角、ジャーミルが戦場に出てくることで、勇者アレックスを最前線に釘付けにしているはずだった。

 しかしドーソンからのリークを受けた勇者は、先手を打ってジャーミルが戦線に辿り着く前にその経路上で待ち伏せし、あっさりと殺害していた。そして、計画の第一段階、通信魔法阻害結界が発動する前からすでに王都に転移していたのである。

 計画は初手から破綻していたのだ。

 本来なら、呪いで防がれるはずの事態だった。


「ドーソン! 貴様ッ、なぜ呪いが効いていない!? まさか、解除してしまったとでも言うのか!?」

「いいや、あんたの呪いは今も絶賛発動中だぜ。痛すぎて、今にも気が狂いそうなくらいだ」

「それでなぜ平然としていられる!?」

「平然だと!? ふざけんな! 死んだほうがマシだってくらいの激痛がずっと続いてんだぞ!? テメエにも分けてやりてえわ! てか、いっぺんテメエで作ったもんをテメエで味わってみやがれっ!

 冥奴(メイド)の土産(※)に教えてやる! 俺が持ってる特殊能力(スペシャルアビリティ)には〔不撓不屈〕ってのがあってなあ、それの()()で、どんだけ気が狂いそうなくらいに痛くても、倒れられねえんだよっ!」

「なっ……」


 逆ギレ気味に叫んだドーソンの顔をよく見れば脂汗でまみれている。蝋燭の灯りでは顔色がわかりにくいが、明るい光の下であったらひどい土気色をしているのがわかるだろう。手下たちの中にはドーソンの具合が悪そうなのを察した者もいたが、呪いが発動していたとは思わず、単なる体調不良であろうと気に留めていなかったのだ。


 神によって〔不撓不屈〕を与えられた者は、どんな苦境にあっても絶対に撓まず、折れず、屈しない。たとえ四肢をもがれようとも、生きてる限りは立ち止まることが許されず、顎で這ってでも使命を全うすることを()()される。意識を失ったり、発狂することもできない。

 能力(アビリティ)に分類されてはいるが、あまりにも過酷すぎて、実態としてはほとんど呪いと呼んで差し支えないレベルだった。だからこそ、ホルベリウスのかけた秘密保持の呪いに対抗できているのだが。


「ま、まさかそんな能力があったとは……」

「呪いも真っ青だぜ。さて、さっさと終わらせねえと、いつまでも拷問が続くのは勘弁だ。この辺でケリをつけようや。あー、エルウィン、お前は手を出すなよ? こいつは俺が片をつけないといけねえ」

「この野郎、いいところだけ持っていく気か」

「いいから、逃げ道塞いどけ」


 渋々といった感じで王国騎士は二人から距離をとった。

 ドーソンが剣鉈を向けると、ホルベリウスも覚悟を決めてナイフを構えた。


「く、くくくっ……、どうやら我々はここまでのようだな。だが、ただではやられんぞ!」


 その直後、ホルベリウスはドーソンの()()からナイフを突き出していた。知覚できないほどの一瞬で相手の背後に回りこんで一撃を加えるという、ホルベリウスが得意とする必殺の技だ。

 しかし、ドーソンはそれを横にずれてさっくりかわし、振り向きざまに剣鉈を振り下ろした。それだけでホルベリウスの右肘から先とナイフが床に転がった。さらにもう一振りで左肩から下が断ち切られた。

 両腕を失くしたホルベリウスだが、斬り口から噴水のごとく迸る自らのドス黒い血液を浴びせて目晦ましにすると、右足の小型のナイフが仕込まれた靴で蹴り上げた。

 それさえもギリギリでかわしたドーソンは、容赦なく足を斬り落とした。


「くはっ」


 もはや立つこともできず、ホルベリウスは床に倒れ伏して苦悶した。


「お仲間もそのうち送ってやるからな、地獄で歓迎してやれ! おらよっ!」


 ドーソンがとどめの一撃を振り下ろした。それで終わりだった。

 施術者の脳が真っ二つに破壊されたことで、ドーソンに掛けられていた呪いも消失し、〔不撓不屈〕の作用もそこで途切れた。

 ドーソンはようやくふぅっと息をついて、その場に腰を下ろした。宿酔いの痛みを数万倍に高めたような苦痛は収まったが、麻酔がかかったように感覚が鈍くなっていて、思うように体を動かせない。


「ドーソン、久しぶり。そして、お疲れ様」


 平坦な口調でそう言いながら聖女がやってきて、〔回復〕魔法を施した。見た目ではわかりづらいが、呪いによって神経系に受けたダメージが修復されていった。


「おう、シリス。ありがとう。久方ぶりだな。そっちの首尾は?」

「さっきアレックスからパーティ通話があった。無事イルコンティも始末したそう。向こうを片したら、すぐこちらに来る」

「そりゃよかった。何かイレギュラーが起きて、計画が崩れたりしたら面倒なことになるとこだったが」


 話していると、ルカ大司教もやってきた。さすがに相手が相手だけに、ドーソンも畏まって姿勢を正そうとした。


「ドーソン殿。ああ、座ったままで結構です。此度の非常に困難な役割、大変見事でありました。呪いのほうは解呪できましたかな?」

「シリスのおかげもあって、そちらはもう大丈夫です。それより、対策は取っていたとはいえ、大司教様を危険に晒すことになってしまい、申し訳ありません」

「気になさらず。この身で大魚を釣り上げられるならば、いくらでも餌のついた釣り針になりましょうぞ。

 お、警護の者らが来ましたので、これにて失礼します。未だ王都の混乱は収拾しておりませんので。そなたに神のご加護があらんことを」

「あ、はい」


 大司教は駆けつけてきた護衛、司祭、騎士らとの話し合いに行った。そこにはエルウィンも混じっている。報告や連絡で情報の摺り合わせをするのだろう。

 まだ王都にはグローゼウスの手下や協力者らが散らばっていて、事態が完全に終息したわけではなかった。慌しく護衛や騎士たちが出入りしている。

 その様子をボケーっと見ていると、エルウィンが怒鳴った。


「ドーソン! 遊んでないで、キサマも残党狩りを手伝え!」

「いや、俺は公的には連中の一員ってことになってるからな。ほいほい出歩いてたらマズいだろう」

「くっ、後で必ずぶった斬る! 覚えてろ!」


 そう言い捨てて、彼は聖堂を出て行った。ドーソンとしては、「知るか」としか言いようがないのだが。





 夜半になり、外の騒ぎも落ち着いてきた頃、アレックスとベスがやってきた。


「ドーソン! 無事だったか!」

「おう。そちらも無事なようでなによりだ」

「だから言ったじゃない、アレックス。ドーソンなら大丈夫だから、気にしすぎるなって」

「いや、だってなあ……」

「どういうことだ?」

「あなたが出て行ってから、アレックスったらもうずっと『ドーソンは無事だろうか』って、そればっかり気にしてたのよ」

「あー」

「しょうがないだろ!? 敵地にたった一人で潜入するんだから、何が起こるかわからないじゃないかっ! 裏切りがバレたりしたら、殺されてもおかしくないのに!」


 勇者の過剰な心配ぶりに、ドーソンは苦笑した。それとともに、この真面目な男の友情にほっこりする。


「それはそうと、ドーソンは今後どうするんだ? オレとしてはパーティに復帰してもらいたいんだが」

「一応、あなたの指名手配は取り下げられたけれど、連絡の行き違いでトラブルもありえるわ。それだったら私たちといたほうが、揉めることがあっても勇者権限で押し通せるわよ」

「いや、済まんが、ほとぼりが冷めるまで、どこかに隠れてるつもりだ。この機会にスローライフってやつをやってみるのもいいかもしれない。

 年齢的にもそろそろお前たちと一緒に最前線で戦うのは厳しくなってきた気もしててな。この数ヶ月、俺なしでも問題なく戦えていただろ? 俺としては、足手まといにはなりたくないしな」


 勇者たちに引き止められるが、ドーソンとしては正直なところ、肉体的な衰えを感じていた。さらに、彼らの戦いも佳境に入り、今後の戦闘はこれまで以上に激しいものとなるのは確実だった。野伏の戦い方でそこについていくのは難しいというのもある。ホルベリウス程度であればまだ充分戦えるが、最前線ではそうもいかない。


「足手まといなんて!? 障害があっても、オレが全部蹴散らすぞ!」

「いやいや、そういう問題じゃねえって。まあ、後方支援とかで、できるだけ手を回すからよ」


 説得が続いたが、ドーソンの意思は固かった。結局、どうしても戦力が足りなくて手詰まり状態になったらヘルプで入る、というところで落ち着いた。


「さて、そろそろ俺は行くわ」

「落ち着いたら、居場所を連絡しなさいね」

「わかってる」

「魔王を倒したら、また昔みたいに気ままな旅をしよう」

「ああ、そうだな」


 しばしの別れの言葉を交わした後、ドーソンの姿は王都の闇の中へ溶け込んでいった。


【了】


 お読みいただき、ありがとうございます。

 よくある「無能と言われて追放されて、後でざまぁ」というテンプレの真逆を考えてみた結果、追放という要素だけ残してこういうお話になりました。

 いかがだったでしょうか。



※『冥奴の土産』とは、この世界における伝承で、死の間際に冥界の使者がもたらすという品物のこと。死ぬ前であれば価値があったが、死後には何の役にもたたないことから、手遅れ、あるいは性質の悪い嫌がらせの意味として使われる。


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