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ウイルス非接触バトル  作者: ソーシャルディスタンサー
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御手洗篇

 私はソーシャルディスタンスを心掛ける男。

 現在会社からの帰宅途中。そして絶賛腹痛中である。

 どうやらゼリー飲料を飲み過ぎてしまったらしい。体に良いと言われている物でも、当然食べ過ぎれば毒になる。以前ならすぐに気付いたこの問題だが、最近はソーシャルディスタンスのことばかり考えていたために、警戒を怠っていた。

 まあしかし、起きてしまったことは仕方がない。この反省は次に生かすとして、今は最寄りのトイレを探すことが最優先である。

 幸いにも、緊急事態宣言解除を受け、つい最近まで閉まっていた総合スーパーが開いている。そこのトイレを少々失敬させてもらうことにしよう。

 腹痛を堪えながらもスーパーに駆け込み、一目散にトイレを目指す。

 しかしトイレに入る直前、私にとって悪夢のような光景が飛び込んできた。

 なんとマスクもしないで大声で友人と話している、金髪の三人組が出てきたのだ。

 男たちは勿論私の存在など歯牙にもかけず、何が面白いのかぎゃはぎゃは笑いながら横を通り抜けていく。

 しばらく呆然と立ち尽くしていた私は、改めて自身の置かれている状況を振り返った。

 すぐにトイレに入りたい一心で走ってきてしまったため、既に私の肛門は限界寸前である。正直どんなに粘ってもカップラーメンが出来上がるより早く漏れ出てしまうだろう。それゆえトイレに入ることを躊躇っている場合ではない――ないはずなのだが、私は一流のソーシャルディスタンサーなのである。

 トイレ――それは家庭や学校、会社に居場所がない人にとって、その中にあり唯一安らげるヒーリングポイント。人によっては数時間籠っていられるというほど、心を癒す場所であった。

 しかし昨今は違う。トイレとは、ウイルスの温床の代名詞となっている。

 私がちらりと目にした正しいかどうかさっぱり分からない記事によれば、トイレの水を一度流すだけで最大80万個に及ぶウイルスを含む飛沫が空気中に吹き上がるという。そのため人が使用した後は一分から二分時間を置いた方がいいという意見もあるそうだ。

 そして現在、男たちが大をしたのか小をしたのか知らないが、とにかくウイルスが飛散していることは間違いないであろうトイレが目の前にある。まだ男たちがトイレを出てから一分も経っていない。

 この中に、一流のソーシャルディスタンサーである私が入るなどナンセンス……そう言いたいところだが、やはりこのままでは私自身がソーシャルディスタンスされるべき汚物となってしまう。

 これはもうなりふり構ってなどいられない。

 鞄から除菌スプレーを二つ取り出すと、まず私自身に向けて服がぐっしょりと濡れる程噴射する。そしてアルコールが乾かないうちにと、全方位乱射を行いながらトイレに突入した。


 ウイルスがついてしまったかどうかに関して言えば必ずしも無事とは言えないだろうが、取り敢えず私自身が汚物にならずには済んだ。

 二度とこんな危険な状況に陥るまいと、今後のゼリー飲料の摂取減量を固く決意する。

 と、トイレを出た私と入れ違う形で、見知った女子高生の姿が飛び込んできた。

 空気椅子、立ち歩き鍋という、ソーシャルディスタンサーの奥義を会得している驚異の女子高生。本日は友人と二人でこのスーパーにやって来ているようだった。

 そしてどうやら彼女の友人の方がトイレに御用らしい。お腹を押さえながら、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしている。

「ごめーん。なんか昼にゼリー飲料飲み過ぎたみたい。悪いけどちょっと待ってて―」

 どうやら彼女の友人も私と同じミスをしたらしい。友人の方もかなりのソーシャルディスタンサーのようだ。

「ていうかきーちゃんも私と一緒にたくさん飲んでたよね。何だったら私以上に。なのにどうしてそんなにぴんぴんしてるの?」

「うーん、ここ十年以上お腹痛くなった記憶ないからよくわかんないけど。子供のころ、消費期限切れの食べ物を常食してたからその影響かも」

「うわー、賞味じゃなくて消費とかやばくない? よくその時お腹壊さなかったね――」

 そんな会話を繰り広げつつ、二人はトイレに消えてゆく。

 私は彼女たちの入った女子トイレに目を向けながら、今家に消費期限切れの食べ物はあっただろうかと、思いを馳せた。


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