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 僕らは二つしかないブランコに並んで腰掛けて、話をする。天音が前後するに合わせて、僕も緩慢にブランコを揺らした。


「俺、西川進学塾に通ってるんだ。あそこってな講習会が午後からだから、午前中は暇なんだよ」

「あー、知ってるよ。私の友達も行ってるから」


 思わずブランコの鎖をぎゅっと握って、熱さにビックリする。

 理解を示してくれた天音に、むしろ僕はヒヤリとしたのだ。何故って、もちろん大嘘だからだ。あそこは超頭の良い進学塾として有名で、入塾テストで一定の基準に満たないと下位クラスにぶち込まれて、おざなりな指導しか受けられない。

 その分、通ってるのは優等生くん優等生ちゃんばっかりで、つまりは『お受験』経験者ばっかりの場所だった。だから、バレないと思ったのに……

 なんとなく、正直なことを言うのが恥ずかしかったからって、嘘をつくもんじゃない。けど、今さら後にも引けない。


「だから俺、午前中は暇なんだ。そっちはどうなの?」

「えぇ、わたしぃ?」


 というわけで、緊急回避。天音の話に切り替えた。

 どうやら天音も中学三年生で、僕が彼女を知らないのは、彼女が隣の中学校の子だかららしい。私服だからわからなかったけど、確かにこの辺りは学区の境だ。


「わたしほら、この前までずーっと部活ばっかだったから、急に放り出されちゃったみたいでさ」


 天音がブランコの揺れを強くしながら言う。


「何したら良いのか、わかんないんだよね。今から塾に入るのもアレだし、出来たら、復帰したいし」


 遂には勢いよく、足を振り始める。包帯でデブった足は大丈夫なのかと思うけど、強く打ち付けたり、力を入れない限りは平気らしい。


「だからこーして! 一旦何もしないことにしたの!」

「へー、じゃあ、俺と同じだ」

「えっ? 違うでしょ、塾行ってるんだから」

「うん? あぁ、ちょっと違くて」


 いけないいけない。天音がどうとか関係なく自爆するとこだった。

 ボロが出る前に、ブランコを漕ぐ。すっかり古ぼけたブランコの支柱は、中学生二人がブランコを漕ぎ始めるとガタガタ言い出した。


「俺、塾には行ってても、志望校決まってないから。やる気が起きないんだよ」


 頭の中には、あのハチみたいな色の一冊が浮かぶ。


「勉強嫌いだからさ。なんでみんな、どこどこの高校行きたい! って言えるのか、わかんないんだ」


 言い切ってから、隣を見る。

 最高点でふわりと浮かぶ僕の隣に、遅れて天音が並んだ。必然、僕が先に落ちていって、天音の背中を見る形になる。太陽が逆光になって、眩しかった。


「それはみんな、勉強しに行くんじゃないからじゃない?」

「えっ?」


 天音はもはや上半身まで弓みたいに反らして、全身でブランコを漕いでいた。すっかり黒ずんだスベスベの鎖がぎぃぎぃと軋んでいて、僕らは無駄に大声で話す。


「高校なのに、勉強しに行かないの?!」

「コーチが、部活の顧問の先生が言ってたんだけどね! 高校なんて人生を決めないから、自分の趣味で選びなさいって! どういう部活をしたいとか、どういう授業を受けてみたいとか、何になりたいとか!」


 なんだ、結局勉強じゃないか。

 僕はだいぶがっかりして、でもそれを口に出すほど無神経じゃなかった。初対面でズケズケ言うほど、僕は太いやつじゃない。

 そんなわけで口を閉じたけど、天音も言うことを言いきったからか黙ってしまった。何か喋った方がいいか、表情を伺おうにも、ビュンビュン通り過ぎる彼女の顔なんてよくわからないし、じっと彼女の顔を見てるわけにもいかない。

 どうしたものか、ひたすらブランコを漕いでいると。


 ずざっ、ざざぁっ。


 天音が片足だけついて、急ブレーキをかけていた。すっかり止まってしまった彼女は、僕に向かって言う。


「……みてよ」

「なんて?!」


 さっきと打って変わって小さな声は、よく聞き取れない。


「ブランコから飛び降りてみなよ! 気持ちいいから!」


 口に手を添えて叫ばれて、ようやく聞き取れた。

 聞き取れたにしても、脈絡がない。脈絡がないにしても、確かにそれは気持ちがいいのだった。

 ……それに、多分かっこいい。

 僕は天音がやっていたみたいに、全身で勢いをつけて。百八十度を超えて動くもんだから、最高点で鎖がたわむスリリングを味わいながら。

 タイミングを測る。

 変に飛び出れば、柵にぶつかってしまうから。

 いっち、に。いっち、に。

 舌舐めずり一つしてーー


 僕は青空に向かって飛び出した。


 肝が冷えるほどの浮遊感。引き延ばされて感じる一瞬、僕は遥かに自由だった。何も、僕を阻むものはなく。ただ重力に従って落ちていく。

 脇目に、おぉーと言わんばかりの天音を見とめて、口の端が自然と吊り上がる。


 どざぁっ。


 そのまま僕は、よろけることなく着地した。体の芯に残るビリビリとした感覚はあったけど、何事もなかったかのように振る舞う。

 その余韻とも言える感覚が過ぎ去ってから、すっくと立ち上がり、振り返った。


「どうだった!」

「うん、かっこよかった!」

「ぃよっし!」


 小さくガッツポーズすると、天音がわぁ〜と拍手してくれる。テレビで見たサッカー選手の凱旋パレードの心地でブランコに戻り、優雅にゆったりとした仕草で腰掛ける。


「ね、気持ちよかったでしょ」

「まぁ、知ってたけどね」

「でも、そんなに得意げにするほどじゃないかな」

「うぐぅっ」


 ニヤニヤと言われて、そういやその通りだった。ちょっと凹んで見せたら笑われた。でもまぁ、別にいっか。

 表面上はぶすっとして彼女が笑い終わるのを待つ。やがて彼女は目尻を拭いながら、ポツンと言った。


「やっぱり、わたしと優くんは同じじゃないね」

「……どういうこと?」

「そうだなぁ、こういうこと」


 顎に手を当てて考える仕草をした天音が、足の包帯を指差す。

 あぁ、僕は怪我がないから飛べるけど、天音は無理って話か。よくわかんないけど。羨ましかったのかもしれない。


「まぁその、天音の足が治ったら、一緒に飛ぼうぜ」

「あはは、楽しみにしてる」

「その時は、どっちが遠くまで飛べるか競争な」

「いいけど。負けないよ?」


 なにをぅ、と。僕はブランコを思いっきり漕ぎ始める。天音もまた、片足で器用にブランコを後ろに引いて、漕ぎ始めた。

 それから僕らは、好きなテレビの話をしたり、漫画の話をしたり、はたまた部活の愚痴を言い合ったりした。

 彼女はどうもテニス部らしくて、タコの出来た手をひらひらと振って見せた。僕はバスケ部だから、彼女の愚痴の半分はよくわからなかったけど。なんならテレビの趣味も漫画の趣味も全く合わなかったけど。


 僕と同じにサボっている彼女と話しているのは、とても楽しかった。

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