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一服どうぞ ~禁煙部長のぷかぷか漂流記~  作者: 谷ごろう
第二話 アラビアの宝石を手にいれろ
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不思議な出逢い

第2話は接待が舞台です。不思議な幻想を見た主人公は、アラビア風の美女のとりこになってしまいます。時同じくしてビジネスチャンスが飛び込んで、アラビアの王族を接待することになった主人公。アラビア風高級クラブで接待を企画します。

 横山大輔は翌年の人事異動で、子会社のラビットハウス社に出向した。開発部長というのがその肩書きである。


 開発部長というと聞こえはいいが、実態は、出世の道をとざされたベテラン営業マンのとりまとめ。社内で口のわるい連中は「じじ捨て山」と呼んでいる部門である。実際に横山の部下八名はすべて年上。そのうち五名は定年まぎわの大ベテランだった。


「かならずここからぬけ出してやる。おれはこんなところにいる人間じゃない」

 その決意を心に刻むために横山は、ふたたび禁煙することにした。


 禁煙を始めたその日、ベテラン社員のグチを縄のれんで聞かされた横山は、最終電車で帰ってきた。通勤バスはとっくに終わり、やむなく駅からタクシーにのった。

「運転手さん、ちょっと、そこのコンビニに寄ってください」

 特に用事もなかったが、このまま家に帰るのがむなしく思えた。なにせ部下は全員タバコ好き。横山だけがガマンを強いられて、酒を飲んでもストレスがたまるばかりだった。

 タクシーをおりると「タバコ」の赤い看板が目に飛びこんできた。強烈なライトが目に沁みるように痛い。

「いかん。いかん。おれはぜったいに吸わん。ここでタバコを吸ってしまったら、二度と本社復帰の道がとざされる。ような気がする」


 禁煙に対するささやかなレジスタンスとして、コンビニのなかでは比較的高額なスイーツの棚から、生エクレアなるものを手にとった。横山は野心家であり、好色家でもあるが、甘党でもある。

「ぱんだ堂のバナナとコーヒーのぐるぐる生エクレア」

 聞いたこともない会社の製品だったが、どこか昭和の匂いがするデザインが男心をくすぐる。


 コンビニの駐車場で缶入りのカフェオレを飲み、タバコがわりにエクレアにかぶりついた。

 ううう。なんだ、これは……。

 こんなエクレア、食べたことがない。たまらんよ。

 生クリームがとろとろで、濃厚な甘さが舌にからみついて離れない。

 ひさしぶりだぜ。この感覚。なんだ、これ。

 そうだ。キスだよ。濃厚なディープキスのようだぜ。

 口に運ぶ手がとまらない。とり憑かれたように「ぱんだ堂のバナナとコーヒーのぐるぐる生エクレア」を一気に食べつくすと、横山は急に酔いがまわったような感覚に襲われて、足もとがふらついた。


 酒量には自信がある。どれだけ飲んでも酒で乱れたことはない。きょうの酒も泥酔するほどの量ではなかった。しかしふたたびタクシーの後部座席にすわると、波の上に浮かんでいるような不思議な快感に包まれた。

 

 周囲がゆがむように見えて目をこすると、助手席のスペースが窓の突きぬけて広がり、フロントガラスの奥から細長いステージがせり出してきた。

 ファッションショーのような舞台に、長い黒髪、黒い瞳、彫りのふかい、エキゾチックな顔だちのアラビア風美女があらわれた。黒に金色の縁どりがあるセクシーな衣装。かわいいおへそとすばらしくほそい腰があらわになっている。独特のリズムをきざむ曲に合わせて、彼女の腰が悩ましくうごきだす。

 横山はその美しさに言葉もでないまま、あ然とするばかりであった。アラビア美女は踊りながらすぐ目の前まで歩みより、挑発するように激しく腰をふりながら、指をねっとりとうごかして手招きをくり返す。

 横山は思わず手をのばした。この美女の妖艶なダンスと一体となって、夢の世界に飛びこもう。


「また、へんなものを食べてきたな」

 横山の夢想は、妻の声ではじけ飛んだ。どこでタクシーをおりたのか、いつマンションのドアをあけたのか、まったく記憶がない。

「どうした。大きなクリみたいな顔をしているぞ」

「どんな顔だよ」

「びっくり」

 妻が一人で笑っている。

「ビッグとクリで、びっくりになっておる」

「説明しなくてもわかる」

「クリ坊は、なにを食べてきたのか」

「ジジイどもと、焼鳥に日本酒だよ」

「口のまわりにクリームをつけて、焼鳥か?」

 あわてて口もとを拭うと、コーヒークリームがべったりと手の甲についてきた。


「キャバ嬢とアフターか?」

「ちょっとコンビニで買い食い。ほんとだよ。開発部に飛ばされてから、まともに接待費も使えない」

 タクシーでの夢想を思いかえして後ろめたくなった横山は、あわててポケットに残っていたレシートを見せた。

「なんだこれ。部活帰りの高校生か」

 なんとか話題を変えたいと思っていた横山は高校生という言葉に食いついた。

「そういえば、洋輔はどうしてる。美術部はいいけど、お絵描きばかりじゃないだろうな。進学校じゃなくても、高校でがんばれば有名大学にいけるんだから、しっかり勉強させてくれよ」

 横山の上昇志向が鼻についたのか、妻はへいへいと、いい捨てて寝室へと消えていった。


 リビングにひとり残された横山は、缶ビールを飲みながら、さっきの幻想に思いを巡らせた。あの美女はいったいなんだったのか。一時の夢か。それにしては映像がはっきりとしている。タクシーの内装も現実のままだった。

 きっと彼女はどこかで自分をまっている。そう思いながらビールをのどに流しこんだ。


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