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パチンコ屋襲撃

 阪神尼崎駅まで自転車を飛ばした。駅からまっすぐのびる中央商店街は天井にアーケードがあって、いろんな店が軒をならべている。それと平行している「かんだしんみち」は、ほの暗くて大人のムードだ。居酒屋やスナックがはいるビル、そしてパチンコ屋が軒をつらねている。子どもがあるいているだけでも違和感があるのに、これからパチンコ屋にはいるかと思うとめまいがしそうになってくる。

 赤と黄色のチカチカ光るランプで彩られた看板には、店の屋号である「キャンデー」の文字がくっきり浮かびあがり、外にいてもパチンコ屋特有の喧騒がもれてくる。ガラス窓から見える客の顔は、どれもこれも指名手配中の凶悪犯のように見えた。


「ほな、行くで。おれは右に行く。チェリーはまんなか。大ちゃんは左がわや」

「OK」

 ドアをあけてなかにはいると、パチンコ玉がはじかれる音にまじって、大音量のキャンディーズの唄声が聞こえてきた。

 とうさんをさがしている子どもを演じるためにわざとキョロキョロしながら、パチンコ台がならんでいるすき間をゆっくりと歩いた。次の瞬間、店員に肩をつかまれるのではないかと思うと、胸のドキドキがとまらない。床にころがったパチンコ玉をとろうと腰を落とすと、パチンコ玉をはじいているオッサンと目が合った。

「なんや、ぼく?」

 角刈りで職人風のオッサンがおどろいた表情を浮かべた。

「ぼく、とうちゃんをさがしてるねん」

 するりとウソが口をついた。しかも、マスターできずにいた大阪弁がネイティブみたいな、なめらかさで飛びだした。ぼくはこの瞬間から、ようやく尼崎のくそガキになることができたのだ。

「ほおー、よく来てるひとかな。どんなとうちゃんや」

「四角い顔して、四角いメガネかけてる」

ぼくは目の前のオッサンの特徴をはきはきと答えた。

「四角い顔なあ……」  

 角刈りのオッサンはパチンコ台のレバーをにぎりながらクビをひねった。

「おっちゃん。床に落ちてる玉、もらってもいい?とうちゃんにあげるねん」

「なんや、とうちゃん、負けてばっかりかいな」

「うん。いつも、おかあちゃんに怒られてる」

 オッサンはこのうえなく愉快そうに笑って、金歯がキラリと光った。

「ひろとき、ひろとき。最後の一発でかかるときもあるさかいな」

 オッサンの足もとで四つんばいになって、すばやく玉をひろい集める。ひとつひとつ、ポケットにいれていくと合計五個、けっこう大漁だ。 

 立ちあがるとオッサンがニヤリと笑って、パチンコ玉をぼくのポケットにねじこんだ。

「これは、おっちゃんからや」

 ズボンのポケットがふくらんでずっしり重くなった。きっと二十個くらいはあるにちがいない。金歯のオッサンが天使に見えた。

「おっちゃん、ありがとう」


 お礼をいっていると、となりのレーンから子どもが叫ぶ声が聞こえた。あわてて駆けつけると、口ひげをはやしたリーゼントの店員が、のら猫をすてるみたいにチェリーのシャツをつかんで出口に歩いている。

「やめろー。はなせー」

 出口の前でぼくはチェリーのからだに抱きついた。

「なんじゃ。おまえも仲間か。どないなっとんねん。きょうびのガキは」

 店員の腕がのびて、ぼくは肩をがっちりとつかまれた。からだをよじってふり払おうとしたけれど、指がきつく食いこんでくる。

 ふたりをひきずるように歩いていたリーゼントの店員が、とつぜんガクンとひざを折ってうずくまり、腰をおさえて苦しみだした。自由をとりもどしたぼくらがうしろをふり返ると、ツヨシが自慢のゴムパチンコを発射したあとだった。

 脇にかかえたツヨシの給食ぶくろは、パチンコ玉がぎっしりつまって、はちきれそうにふくらんでいた。

「逃げろー。走れー」

 ツヨシの号令でぼくらは我にかえって走った。そうはさせるかと、他の店員が駆けつける。

「コラー。このくそガキ、まてー」

 それを見てツヨシがパチンコの大箱をひっくり返した。床に銀の花火が広がるように大量のパチンコ玉がころがっっていく。どなり声をあげながら店員が足を滑らせて床にころがった。

 キャンディースの唄声を背中にききながら、ぼくらは阪神尼崎の路地を走りに走った。これがパチンコ屋襲撃事件だった。

「ざまァみろ。パチンコ玉はもろたで」

 パンパンにふくれた給食ぶくろを掲げながらツヨシが叫んだ。満面の笑みを浮かべる横顔をみながらぼくは思った。度胸も勇気も行動力もサイコーの男。それがツヨシだ。

 ちなみに「パチンコキャンデー」は、BGMが異常に少ない店として、近隣のパチンコファンには有名な店だった。


 マイルドセブンをくわえながら、チェリオの瓶をパチンコ玉でねらう。命中する順番が男のプライドに直結するから、算数のテストよりも真剣な表情でゴムをひきしぼった。一番最初に当てたのはぼくだ。しかし、ぼくに向けられるはずの賞賛は、すべてパチンコ玉の威力に奪われてしまった。ビンが一瞬でこっぱみじんに砕け散ったのだ。

「す、すごいなァ、このパチンコ」

 チェリーが生つばをのむ音がきこえた。

「これがあれば、ホンマに銀行強盗ができるかもしれん」

 ツヨシが冗談とも本気ともとれるような口調でいった。この男ならやりかねない。


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