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悪友三人

一気に時をさかのぼり、主人公が初めてタバコを手にした小学生の思い出をつづります。悪童三人組のタバコをめぐる冒険が始まります

「なんやあれ。道路から煙がでてるぞ」

 三人一緒の帰り道でツヨシが声をあげた。小学四年生とは思えない、がっちりとしたからだでランドセルがちいさく見える。

「あんまり暑いから、道路が燃えたんや」

 小柄なチェリーがまぶしそうに空を見上げた。

 梅雨があけたばかりの空にはギラギラと太陽が輝いている。

「道路が燃えるわけないやろ。いってみようぜ」

 ツヨシが走りだした。その背中を追いかけたのは十歳になったばかりの横山大輔である。四月に千葉から尼崎に引っ越して三か月、いつも三人は一緒だった。そしてかけがいのない友だちになっていた。


 煙のもとは吸いかけのまま捨てられたタバコだった。

 ぼくとチェリーが追いつくと、ツヨシはタバコをつまみあげて、ニヤリと笑っている。

「これはショートホープやな」 

 犯行現場で重要な証拠を見つけだした中年刑事のような渋い表情でつぶやいた。このときツヨシは、日本一オッサン顔の小学四年生だった。

「もったいない。まだ、けっこう残ってるな」 

 苦労人の中年刑事は渋い表情のままつぶやいた。

「なあ、大ちゃん。タバコ吸うたことあるか?」

 ない。ないに決まっている。

 ぼくらは小学四年生なのだ。そんなこと考えたこともない。しかし、中年刑事はすべてを知っていて自白を迫ってくる。

 横山大輔よ。タバコくらい吸うだろ。おれはいつも吸っているぞ。そんな表情に見えた。

 たしかに、悪ガキのふたりならタバコを吸った経験くらいはあるかもしれない。転校してきたぼくは、ふたりに追いつきたくて、ふたりに負けなくなくて、ついウソをついた。

「ときどき、とうさんのタバコ吸うよ。でも、ときどきだよ」


「マジでぇ?。すごいな大ちゃん。おれ、タバコなんか吸ったことないわ」

 ツヨシの顔は苦味ばしった中年刑事から、小学四年生にもどっていた。

「おれもない。ない。大ちゃん、さすが東京育ちやな。大都会やもんな」

 ウソ。経験なかったの?しまった。先走って空回りして、ひとりだけ背のびをしてしまった。

「おいしいか?大ちゃん、タバコっておいしいか?」

 ふたりがつめよってくる。

「まあまあ、おいしい」

 また見栄をはってしまった。もうもどれない。

「どんな感じで吸うねん。大ちゃん、やってみて」

 火のついたタバコをわたされると、ふたりの視線が火の玉よりも熱くぼくの指に注がれた。とうさんはどんなふうにタバコを吸っていただろう。いくら考えても、どんな映像も浮かばない。ふたりの食い入るような視線に押されて、おそるおそる口へと運ぶ。

 もう、どうにでもなれと、息を飲みこむと、針の束でできたような苦みが口中に広がった。

 どろどろの青い塊(のように思えたのだ)がのどを通りすぎた瞬間、筋肉と内臓がギュッとしぼられるように縮んだ。何度も咳きこみ、嗚咽がまじり、涙がにじんだ。

「大ちゃん、だいじょうぶか。けむりを肺までいれたらガンになるで。だいじょうぶかな。もうガンになったかな?」

 ツヨシがぼくの背中をなでた。オッサンみたいな顔をして、ほんとうはやさしいのだ。

「だいじょうぶ。一日三十本までやったら、ガンにならんって、ママがいうてた」

 チェリーも不思議な知識を披露してなぐさめてくれる。

 ぼくはうつむいたままうなずいた。咳が続いてよだれが垂れた。

「よし。おれも吸ってみるわ」

 ツヨシがぼくの指から熱くなったショートホープをかすめとった。眉間にしわを寄せて慎重に吸いこみ、頬をふくらませ、それから口笛でも吹くように唇をとがらせて一筋の煙を吐きだした。

「よし。成功や」

 ツヨシがピースサインを差しだしてにっこり笑った。

「おれも、おれも」

 こんどはチェリーがタバコを奪いとる。

「焦ったらアカンで。口にふくむだけ。のどにいれたらアカン。ガンになるぞ」

 未踏の地をゆく開拓者があとに続く者にアドバイスを送った。

 緊張したチェリーは硬い表情のままうなずいて、頬に煙をためて、そっと空に向かって吐きだした。

白い煙は真夏の入道雲に溶けていき、どこかのオッサンが吸っていたショートホープは、灰になって風に飛ばされていった。




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