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一服どうぞ ~禁煙部長のぷかぷか漂流記~  作者: 谷ごろう
第五話 気になる男を追いかけろ
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踊り場の男

こんどはデザイン会社に出向になった主人公。ビルには喫煙スペースがなく、非常階段の踊り場でタバコを吸っています。隣の本社ビルはガラスの禁煙ルームがあり、そこの常連の男といつも目が合うので、男のことが気になってしまう主人公。禁煙をきっかけにしてふたりに接点が生まれます。

 眠るように静かなオフィスビルに、火災報知機のけたたましい音が鳴り響いた。


「横山さん、じゃないでしょうね」

 設備担当の三浦さんがこちらをにらみつけている。

 横山大輔は思わず胸ポケットのタバコの箱に手をのばした。もちろん心あたりはある。ビルの非常階段でタバコを吸うのは、ルール化こそされていないが、長年このビルの慣習でゆるされている。


「このビルに喫煙スペースは、ないンですからね。総務部長が階段の踊り場で、タバコを吸っているなんて、ホント信じられないわよ」

「総務部長ではない。取締役総務部長だ」

 横山は厳然とした口調で告げた。だが、相手がわるかった。

「ふん。どっちでもかまわないわよ。親会社から押しつけられた人事なんだから」

 このベテランオフィスレディはわが社の最古参で、半年前にきたばかりの横山など、歯牙にもかけない口ぶりである。


 こんどの勤務は、ラビットデザイン社の取締役総務部長。ラビット化学の本社ビルのとなりにある老朽ビルにオフィスをかまえている。

 この会社は上司に敬意を払わないヤツが多すぎる。横山は憤然として無言で席を立った。

「どこに行くンですか?またタバコ?まともに仕事もしないで。ちょっと都合がわるくなると、これだもの」

 非常階段の踊り場にでると、横山はがまんの限界だというように、あわてた仕草でタバコをくわえた。

「あのくそババア」

 つぶやきながら背中をまるめて百円ライターをとり出した。しかし風が強くて百円ライターの火がつかない。頬を切るような寒風が吹きつけ、小豆色のセーターの上に着こんだ背広が風でふくらんだ。


 背広の襟にはピンクのウサギをかたどった社章が光っている。なぜピンクなんだ。あたまがわるそうじゃないか。そんな批判を心に浮かべても口にはだせない。グループ会社の社章の色を決める権力は、となりにそびえる本社ビルの最上階にしかないのだ。

「どうせ、いいかげんに決めたんだろう。つける身にもなれってんだ」

 煙を吐きだしながら、四十階建ての白亜のような白い壁を見上げた。ビルの大きさもさることながら天井の高さがまるでちがう。横山は四階の踊り場に立っているが、同じ目線でくらべると本社ビルでは三階の足もとあたりになる。

 ビルの角から張りだしているガラスの箱のような空間、それが本社の喫煙スペースである。ナントカいうインド人が社長になったときには、いったん喫煙スペースは廃止され、イスのないスタンディングの打ち合わせルームになった。しかし、タバコの匂いが染みついた、ちいさな空間を使う人間はおらず、インド人が会社を去ると、なし崩し的に喫煙ルームが復活していた。


 声までは聞こえないものの、この踊り場から本社の喫煙スペースにいる人物の細かな表情まではっきりと読みとれる。

 喫煙スペースの常連の中に、横山の気になる男がいる。気になるというよりも、なにか気に食わないといったほうがいい。年は二十代後半くらいか。いつも流行の細身のスーツに身を包んで、せわしない様子でタバコを吸っている。もちろん話は聞こえないが、その身ぶりで、なんとなく不遜な話しぶりなのが伝わってくる。

 なにより顔が気に入らない。スーツからにょきっとでてきたような丸顔に、ぎょろっとした目玉がくっついている。まるで魚の顔だ。横山はひそかにサバ夫というあだ名をつけていた。


 横山のタバコがほとんど灰になるころに、サバ夫がガラスの箱にはいってきた。落ちつかない様子で歩きながらタバコの煙を吐いている姿は、なんだか水族館の魚のようである。連れの男がうやうやしくうなずいているところを見ると、どうやら後輩と一緒らしい。

 一瞬横山と目が合った。気に入らない理由のもうひとつが、この空間で見かけると、かならずといっていいほど目が合うことだ。そして見くだすような視線が突き刺さる。

 子会社の老朽ビルの踊り場で、風に吹かれてタバコを吸っている、初老で窓際の男を指さしてあざ笑っている。そんな視線を痛いほど感じるのだ。

 指のあいだにはさんだタバコはいつのまにか火玉がフィルターまで焦がしていた。横山は灰皿がわりの空缶に吸殻を投げいれた。空缶の側面に描かれたトマトのイラストは、色あせて赤いインクがはがれていた。


 彼は席を立つと喫煙ルームに直行した。目配せをすると、後輩があとから小走りで追いついてきた。

「バカじゃねえの。あの課長。クリエイティブがわかってないよな。地方の営業商売と広告部を一緒にするなよ」

 なぁ。と相槌を求めてから、マールボロの赤い箱から一本ぬいて、ジッポーのライターで火をつけた。ライターをとじると小気味よい金属音が響く。

「事業部長がすでにOKなのに、課長のあのいい方はないですよね」

 後輩が追従するように口をはさむ。

「そうだよ。課長からグチグチいわれる筋じゃないよ」

 上司は一月に名古屋支社の営業から本社の広告部に転勤になったばかりである。どうも、彼の仕事の進め方が気に入らないらしい。なにかにつけて彼の仕事に口をだしてくるのだ。

「課長のいってることは、理解不能だよ」

 そういって窓の外に目をやった。


「あっ。また、あいつがいるよ」

「知り合いですか」

「そんなわけないよ。でも気になるんだよね。おれがタバコを吸いにくると、かならずいるんだぜ。あのボロいビルの踊り場で、寒そうにしながら、タバコ吸ってんの。あれじゃ、窓際を通り越して、窓外族だよ」

「そういえば、いつもいるような気がしますね。なんであんなところで吸ってるんですかね」

「さあな。おっと。目が合っちゃったよ。いつも目が合うんだよな。あいつ、ギョロ目で気持ちわるいんだ。ちょうど足もとにいるだろ。なんだか、水族館で、海の底にはりついてる深海魚と目が合うみたいで、イヤな気分になるんだよね」


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