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エッセイ・その他(フィクションとは言えないもの)

ネット上で文章を書きながらも紙の本が手放せない理由

作者: 瑞月風花

 文字の並んでいる紙の本。本棚を飾る人生の標。

 

 私にとっての「本」とはやはり紙の本を指し示す。若い頃には共感できなかった主人公に「あ」と共感できるようになった時の自分の揺らめきが宝物のように輝く瞬間。読み込めず、途中で挫折した本を読了した時の「お」という瞬間、何よりも「お気に入り」が「大切な」に変わる瞬間がとても好きなのだ。


 あぁ。私も成長したのだな、というような。好奇心が充たされたような。大人になった満足感。


 おそらく、それは本棚を飾る紙の本にしか見出せない感覚。


 背景の一部が世界に変わる。それは突然、変化する。まるで魔法をかけられたかのように。


 いつも目にしているはずなのに、目に留まらず、ある日「ふっ」と思い出して手に取ってみる。あ、この本は……。


 ほんの少し日常から外れていて、全くの非日常ではないもの。もしかしたら、ほんの少し変わっていれば、私も同じようになれるのかもしれない、なんて思いを馳せた物語。もしかしたら、本当にどこかに不思議の国の世界へと続く扉があるのかもしれないと思わせる物語。はたまた面白くて読み進めていたけれど、最後に納得いかなかった主人公の物語。途中で「難しい」と投げ出してしまった物語。


 だけど、一度は気になって手に取ったもの。


お気に入りの表装、語りかけてくる題名。ぱらぱらと捲られる紙の音。本屋さんで初めて手にしたときのように裏表紙のあらすじを読み直して、一ページ目に視線を滑らせる。「あぁ」こんな始まりだった。


 その頃の自分は確かこの主人公が全く分からなかった。なんでそんなことするの? あぁ、また同じことで失敗する。なんで学習しないの? 後悔ばっかり。


 嫌悪感すら覚えた。


 どうしてだったのだろう?


 そんなことを思い出しながらもう一ページ捲る。


 どうして、分からなかったのだろう?


 いつしか就寝前の枕元、通勤中の電車の中、ランチの待ち時間。テーブルの端にそれがある。鞄の中に余分な重みがある。必要なものではないのに、共にする。のめり込んでいく。


 ちょっと恋人みたい。


 そう言えば、一目惚れにも似ている。数ある書店の本棚からたった一冊を抜き取った瞬間。帯に書かれた文字を眺めた瞬間。ページを捲った瞬間。もう恋に落ちている。何だか面白そうとしっかりと持ち直す。大袈裟に言えば、「お嬢さんをください」とレジに申し込みに行くような意気込みすらある。


 そして、自分の時間を割き、主人公の人生と共に過ごす。


 そんな本。


 不思議な縁で結ばれる、そんな本。手にとって、その手触りや日焼け具合を、時間の匂いを想う。


 あの時の私を恥じたり懐かしんだりするページ。


 読み終えて、表紙を閉じるとき。名残惜しくてしかたのない世界。いくら表紙を眺めても、いくら解説まで読んだとしても、もう進まない物語。もう世界は閉じられたのだ。だけど、私の中に入ってきて、いつでも手の届く場所にあり、いつでも開くことのできるもの。

 

 またおいで、と背中で語り、息を潜める。


 ネット上で文章を書きながらも紙の本が手放せない理由はきっとここにある。


 だから、またいつか。共に生きる日まで。私が追い着けるまでただそこで待っていて欲しい。


また待っている本が増えたのも事実である。

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― 新着の感想 ―
瑞月風花 様 初めまして、素敵なペンネームですね。 お名前通りとても詩的なエッセイで読んでてほんわかしました。 どんなに世の中がデジタルに移行したとしても、アナログにはモノクロ写真のような懐かしさ…
[一言] 読み終わったあとにじーんとくるエッセイでした。 全ての本好きに読んで欲しい。 本って、ウェブ小説にはない魅力がありますよね。 スマホにはない、想い出としての価値があると思いました。
[良い点] 私も紙の本の方が好きなので、こちらのエッセイには共感する事頻りです。 確かにスペースを取らない電子書籍は便利ですが、本棚に背表紙がズラッと並んでいる所有感と満足感、そして紙に触れる時の柔ら…
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