花のメモリー
法的手段で恋人の敵を討つために警察組織の人間になったアラディスは、母国では犯罪歴があるためアメリカに渡った。年月が経ち署長にまでのぼりつめ、リーデルライゾンのエリッサ警察署にくる。そんな日々の話の一部。
※この話はフィクションです。設定上の話であるので、実際は犯罪歴のある人間が国を変えても警官になれるわけ無いと思います。
6:49 2012/07/29
アラディス
レヌラーイ/シラー/レナー
ルサンア・ナラサ
ネコ・ナラサ
緑が揺れる森を越え、明るい草原に出た。
彼女達は笑いながら走って行き、手には草花。花弁は陽を透かし、香りを放っては風に乗せ、そして綿毛はふわふわと飛んで行く。
跳ねて白のワンピースドレスの裾を浮かせ金髪が翻り、草地は鮮やかな黄緑に彼女達の影を降ろす。
モンシロチョウやモンキチョウ、蜜蜂やてんとう虫は花や草にとまり飛んでいた。
柔らかな雲を乗せる空はあちらの森の先まで水色に澄み渡っていて、滝の音を微かに響かせ運んでくる風は草原を撫でた。
彼女達ははしゃぎながら、ある一点に気付いて笑顔で顔を見合わせ走って行った。
女性が背を下に横たわっている。
「綺麗な人」
「うん。綺麗」
彼女達は顔を見合わせ嬉しくて膝をついたりしゃがみながら美しい女性を見た。
顔立ちは柔らかであって、金髪は風は届かないが草花の影を光りと共に降ろし柔和な表情にしている。野花に囲われる彼女は動かず、一人が顔を近づけた。
「彼女は何故死んでいるのかしら」
「分からないわ」
「柔らかな肌」
彼女は微笑んで真っ白い腕に触れ、彼女も微笑んだ。
「本当。甘い香りがする」
「綺麗な香り」
微笑み合った。ドレスは桃色とグレーイエローの太いシルク縞で白いペチコートが覗き真っ白な腕や脚が静かに伸び置かれていた。
彼女達は女性の頬や、鼻の上、唇や柔らかな腕に花弁をはりつけ始めた。
「ルンルン」
「ルンルルン」
ピンクと黄色の色合いの花、青の花弁、ピンクの花弁、白の小花……。
「フフ。綺麗」
「うん」
彼女達は花冠を共に作り小さな頭に乗せ、女性の周りを舞い回り始めた。
草原の草花は季節の香りと温かな陽気を乗せ、女性にも、草原にも二人の軽やかな影と光を鮮明に落としている。
野ウサギが現れ跳ね、彼女達を見てまた跳ねて行った。
木にリスが駆け上って行きテンは地面を走って行く。
アラディスは双眼鏡を手に森を歩いていた。今、ネーロは定期的に馬主のヴィッタリオがヨーロッパの草原に連れて行っている。ビアンカの時はソルマンデ草原や森を歩かせていたが、ネーロの事はステディオルタウン間やバッセス・バッサ前後の草原や広野、丘を走らせる事が多い。秘密倶楽部でも同様だ。
草花や木々の葉をつける種類が季節を報せる。陽気も、空気も素晴らしく澄んでは穏やかだ。
森のどこかで誰かが竪琴を奏でているのだろう、その旋律が重厚に響き聴こえていた。アラディスも知った旋律のために口ずさみながら森を歩き、ソルマンデ草原をのぞむ。木々の影の先に明るい光を満遍なく受けた草地が広がり、その向こうには連峰が流れ横たわり、そして遥か霞の先に鋭い純白の頂きを水色の空に溶け込ませるレアポルイード山脈がそびえている。
明るい森を進んでいき、ふと、あちらの草原を見た。
光の中に天使の如く高い声で歌い舞う少女達がいた。
はるか向こうの草原で、優しく陽が彼女達を撫でている。
鳥がはばたき空を悠々と飛んでいて、物音に咄嗟に振り返ると鹿が跳ねて森の向こうへ歩いていった。
木の幹の手を掛け、アラディスはピクニックだろうかと辺りを見回す。親は見当たらない。
彼は進んでいき、草原を歩いていった。
さらさらと草花が彼の黒いロングブーツの脚を撫でていく。
弧を描き舞ってた彼女達は草花を手に、笑顔で男に人を見上げた。
「シラー。レナー?」
女の声が聴こえ、彼は振り返った。
森からの竪琴はいつの間にか聴こえなくなっていた。
ラテン系の美しい女が竪琴を腕に現れ、少女達を見た。
彼女達は喜んで女の方まで駆けて行った。
彼女はアラディスを見ると、北欧系とラテン系の少女の手を引き森へ歩いていった。
親がいるのなら良かった。
アラディスは彼女達がいた草原を見回し、森へ引き返していく。
しばらく散策を楽しんだ。
二時間後、アラディスは滝のある方向へ歩いて行った。森の中を進み、レアポルイードから伸びる鋭角の連峰からは滝ガス本落ちる場所があり、豊かな森を育んではリーデルライゾンの地下水路を豊富にしている。それらは街中に湧き出し、河も形成している。雪解け水の季節は河は途端に水位を増す。今は春と初夏の間の季節。
トアルノーラ側の山と森にも滝が流れ落ちる場所があり、広い森の中に泉や湖がいくつも形成されていた。
小高い丘の上の林はレアポルイードから降りてくる冷風と海から流れる温かい風を受け一定の温度を一年中保っていたが二つの力の重なる神聖な場所という事で普段林入り口の門は閉ざされていた。
清かに水の音が耳に届き始める。
草原はまだ午後の光を緩やかに浴びていた。
涼しい場所まで行く前に、この涼やかな音を聴きながらどこかでシエスタと行こう。
アラディスは草原に転がり腕を枕に白い瞼を閉じた。
立てた片膝に脚を乗せ、白い光が降りては草花がゆらゆらと彼を飾って風に揺れる。
森の中の滝は子守唄になり、アラディスを眠らせる。
だが、一筋の風が何かを伝えた。
「………」
彼は起き上がり眉を潜め、立ち上がった。途端に風が吹き彼の髪や衣服に風を乱暴に含ませ、死体の臭いにその場へ走った。
「………」
見おろすと、風がやんで穏やかになった光の中、女が横たわっていた。
美しい草花と花弁で装飾された。
竪琴の音に振り返った。森の向こうを。
「歌声……」
それは滝の方向、少女達の声も聴こえる。あの女が竪琴に併せ歌っているのだ。
そちらへ行き幹に手を掛けると、女が岩場に白い衣を流し腰掛け奏で、少女達は滝下の河の流れる岩場を飛び越えながら光の中ではしゃぎ女と共に歌って跳ねていた。
その彼女達の姿が涼しい空気の中、光のヴェールを緑の陰と共におろし水際に白く浮いている。
滝や水流はキラキラと光り、それはクリスタルやダイヤモンドの如く少女達が純白花弁を散らす程の美しさだ。
草原を振り返り、歩いて行く。
女の横に膝を付き見回すと、連絡を渡した。
少女は二人で清流の横で微笑み合いながらお歌を歌っていた。女は竪琴をゆったり奏でてあげている。
ラドー・ビルとウォルマはラドーが十字を切っていてウォルマは手を組んで一度天に祈りを呟いた。これも宗教の違いだ。既に鑑識は引いている。
レオンが彼女達の横からラドーの横に来た。
アラディスは先ほどから少女達が「妖精さんにお花を飾ってさしあげたの」と言うので困っていた。
「ママみたいな柔らかい香りがしたのよ」
「お肌も」
竪琴を置いて女レヌラーイが言った。
「彼女達は死の観念はまだ無いのね」
見た目よりしっかりした口調と真っ直ぐの眼差しで言う。アラディスは相槌を打ち、ラドーが走って来た。
「来ました」
あちらをディアネイロが颯爽と白衣をはためかせ進んできている。黒いバッグを片手に下げ。
ここからは見え無い遠くにあるグランドホテルのオーナーである地主リカーは草原にいかなる理由でも車を乗り付けさせないので、移動が面倒だった。
草原の横を通る一本道に警察車両と搬送車が二台並んでいる。
「遅くなった」
「お願いします」
「ああ」
慌てて担架を担ぎやってきた警官達が派手に一人すっ転んでアラディスと二人の刑事はうな垂れ、二人の警官は赤くなり担架を広げた。その上に静かに横たわらせた。
見回してはゴム手袋を当て鋭い上目でちらりと彼等を見た。彼等は背を向けた。
身体を調べていき、ラドーが肩越しに見てから顔を戻した。
「うわお良い女」
ドガッ
アラディスに肘鉄されウォルマに頭を叩かれ、ラドーは草地に倒れた。
「静かに願おうか」
咳払いしてディアネイロが静かな水色の目で睨み、ウォルマは肩を竦めさせてから向き直った。
彼はアラディスと刑事二人に初見の報告し始め、警官は冷蔵バッグからアイスをたくさん出して行き銀のシートをかぶせ運んで行く。後に司法解剖だ。
あちらからリカーが白馬で歩いてきていた。
「ミズ」
「顔見せな」
アラディスは警官に首をしゃくり、一人が開けさせた。
「ルサンア・ナラサか」
彼女は馬から降り一度彼女の頬を撫で、アラディスを見た。
「ナラサはサンタバーバラに自宅構える男で、ルサンアはその妻だ。LAの社交では演奏家夫婦として有名だ」
「リカー様」
森からレヌラーイとシラー、レナーが現れ、彼女達の女主人に優雅に礼をした。
彼女達はレガント専属音楽一族の女達だった。
「あんたんとこの情報で女の怨恨はあったんですか」
ラドーがリカーに聞き、腕を組む彼女は長身からラドーを横目で見おろした。所轄刑事の兄のザイ・ビルはスタイリッシュな長身だが、殺人課刑事の弟ラドーは中肉中背だった。
ラドーは目を伏せさせ鋭い美貌の大女……地主から前を見た。リカーは三十代後半の年齢に見えるから凄い。五十代の息子の方が年相応だ。
「ルサンアは恨まれる性格じゃ無いが、精神病院に通っていた。二重人格って言う奴さ」
風が吹き付け彼女のクリームストレートの長い髪を幽玄に揺らしていき、鋭い目がアラディスを横目で見た。
「検死の結果は報告しな。ナラサとは懇意の仲だ」
「ええ。分かり次第」
警官がチャックを閉め運んでいき、ディアネイロは片付けが済んでバッグを片手に立ち上がった。
リカーは司法解剖医でもあるディアネイロを見て、レオンは少女達と遊んであげていた。刑事二人は今森や草原を見回って証拠を探している鑑識達の方へ走って行った。レオンも呼ばれて彼等に挨拶して走って行く。
「あんたの家族にも言っておいてやりな」
「ええ」
元々ピアニストだったディアネイロはメリーゴーラウンド会社の父が音楽家に詳しく、やはり社交では拘留のある仲なのだろう。彼は静かに頷き、リカーは踵を返し颯爽と白馬に乗り込んで走らせて行った。
「あのー証拠品蹴散らすかもしれないんで馬では」
ラドーの声も既にむなしく、リカーはそんなの気にもとめずに走って行ったのだった。鑑識が径路までは基本的に先に調べを終えていたから良いものを。
「部長。よろしくお願いします」
「ああ」
彼は草原を歩いていき、担架に続いた。
一度肩越しにアラディスを見ては、アラディスは昨夜の白い背の幻影に揺れる記憶が草原を撫でる風と共に吹かれていった。鞭が赤い痕をつけ、今は暗がりに記憶毎。
ディアネイロは顔を戻し颯爽と大股で進んでいった。
「お孫様」
少女がアラディスの裾を引き、彼は彼女を見た。
「はい」
「お花をあげる」
陽が傾き掛けた中、花を掲げる笑顔の少女が可愛らしく言った。
「どうもありがとう」
彼もしゃがんで微笑み、髪を撫でてあげた。
夕陽が赤くなり始め、森の上空を優美な桃色に染め上げる。柔らかく。
街中で見る夕陽は魔が宿る程毒々しい赤を根底に根付かせるのに、ここから望む夕方は優しい。
少女は頬を桃色と影に美しく染め上げ、微笑んでから二人の方へ掛けて行った。
白のドレスを染め、草原も滑らかな風が夕陽に染め上げる。女の手の様に撫でて行く風の中。
女は竪琴を弾き、彼女達を引き連れ歩いていった。二人の少女は歌い、リンリンと鈴を鳴らしている背を彼は見ていた。
「………」
街に伝わるという宗教の詳細はアラディスは分からない。夕時の参拝の意味も。
この街の彼等は光を崇拝していた。夕陽を。
いつしか闇に入る森の中、彼女達は見えなくなっていった。きっと、どこかで祈りを捧げている。
滝の音が涼やかに鳴る中、竪琴の旋律が微かなものになって行く。
「薬物に寄る心筋梗塞?」
「ああ。精神科で処方されている薬で、専属医師の話の寄るともう一つの過激な性格の後に目覚めると酷く疲労が続きコンサートもままならない事で処方された薬だ」
「これです」
ディアネイロの部下がそれをさっと出した。
「以前、映画男優がこれとは違う抗鬱剤で瀕死状態になったな」
「ええ。彼の場合は現在症状に余裕がある連絡をもらう」
「被害者活動が起き我々も署名した後に製薬会社がその薬品製造を停止させたからな。出回る事はなくなったがまだ使い方を誤ると問題が出る薬品がある」
コンコン
「失礼します」
殺人課部長ギガが進んで来るとディアネイロ部長からアラディスを見た。
「現在ナラサ氏が掛け合いたいと。ロイヤルホテルに宿泊していたらしく、ご夫人が被害に合われた経緯を話すために来たので覗ったんですが、彼曰くホテル内で症状が出て突然横につけてあった彼の馬に飛び乗り走って行ったらしい。結婚記念日の祝いの席だったのでもう一人を出すまいと通常の状態で服用、一粒でいいところを三粒。食後のブレイク時に楽器を奏でる為にフルートを取り出した所、異常な程彼女が目を充血させフルートで彼を何度も殴打し走って行き、追いかけると馬が無くなっていたと」
コンコン
「署長。お客様です」
男が進んできてアラディスの手を両手で取った。
「お孫」
「はじめましてラヴァンゾです。どうぞおかけください」
「ああ、はい……」
「今回はとても残念な事になりましたね」
「ミスターディアネイロの部下から覗いました。抗鬱剤の過剰摂取による後の激しい運動による心筋梗塞だと」
「ええ」
包帯が巻かれていて痛々しい。頬も痣がありバンソウコウとガーゼが張られている。
「よく同じ事はあったのですか」
「いいえ。僕は極力妻を刺激する事無く彼女も暴力を振るうのは縫い包みにだけでした。これです」
彼はボストンバッグからそれを出した。
柔らかい白肌の縫い包みが黒いタキシードを着て黒い目は睫があり唇と頬がピンクだった。
ディアネイロと部下とギガが途端に肩に俯きぶるぶる震え部下が「くふふ、」とついには笑い声をもらし、アラディスは気付かずにそれを手に取り見回した。
「確かに形が崩れている」
ディアネイロは唇を震わせながら背を戻していて視線で二つの白黒縫い包みを見比べていた。
「はい。それを鎖でグルグルにして引きずったり振り回したりボコボコに殴ったりヘッドバンキングをさせたり唇にチュッとしたり鉄枷で首を吊るし鞭で打ったり中の綿を全て抜き取り窓からつるしてひらひらだという辱めを縫い包みにさらさせたなどりしていました」
「成る程……」
ギガが笑いを堪えすぎて後ろに倒れて行った。ディアネイロがさっと腕で支え戻し、部下は既に笑い転げている。
「何をしている。真面目にしろ。規律の無い奴だ」
「は、はい、くふ、」
部下が白衣を正しながら起き上がり俯き肩を震わせていた。
「どうやら、LAであなたの警部時代に憧れていたという事で本当は僕と結婚したかった訳ではないと言われ」
「面と向かってそれはまた」
ギガが言い、彼は続けた。
「憧れの方の縫い包みをいつかは藁を編んだ縄で雁字搦めにして贈れたら幸せなのにと言いました。それで僕は怒り狂い彼女を置いて実家に帰らせてもらったんです」
「あなたがですか」
「だが本当は放って置かれたくなかった彼女は泣いて電話をして来たので記念日も近かったのでこの街まで」
「あなたの馬は見つかりましたか」
「はい。ホテルに帰って来ていたので妻をどこに置いて来たのかと思っていたら警察の方から電話が」
バタンッ
「ディアネイロ部長!!」
彼の部下が走って来てから言った。
「おお、お、女が、目覚めました」
「え?」
彼は眉を潜め、皆が駆けつけた。
胸部下、縫合された場所を露に司法解剖台の上でぼうっとしている。
「あなた……」
彼女は旦那を見るとディアネイロは信じられないという横顔をし、冷静に戻ってから進んで行った。
「まだ横になっていなさい。輸血をしよう」
「輸血? 興奮剤飲んだから問題はありません……」
「さあ。横になって」
部下は彼女の血液型を持ってきた。
「何故手術室に私は?」
「今は眠っていましょう」
ディアネイロが医師を呼んでこさせ、彼がやって来てディアネイロの部下と共に輸血を始めた。
真っ青で身体も強張っている。目の下も血色が悪かったので今にゆっくり戻るだろう。
だが、あの死体の香りはなんだったのだろう。アラディスはそれを記憶していた。甘い香りの中核にあった。
「大丈夫か」
「ええ。あなた。ごめんなさい。まさか心配を?」
「僕は大丈夫だ」
「良かった。今にも泣く顔だから……」
彼女はすやすやと眠りに就いて行った。
「蘇生ですか?」
「薬の効果ともいえる。偶然の奇跡に他ならないが、心筋梗塞も発祥させたので専属医に相談して下さい」
「これで三回目です。彼女が薬を変えたのは。医者を変えるべきでしょうか」
「どういう事ですか?」
映画男優もLA在住の男だった。その時の主治医は名前が書類の専属医と違う。
「以前発症後すぐに処方された物で運転中に問題が置き弱い物に変えてもらったんです。ですが、弱くなったので付け加えられた薬で今度は演奏中に長いプールに突っ込んでいき一時心配停止に。なので違う薬を処方されたら今回のことに。いずれも使い方を誤ったので起きた問題だったのでこれといって問題にはあげませんでしたが、一回目の薬は現在使用禁止になったものです」
「専属医に問い合わせる前にこちらで調べます」
医師とディアネイロが頷き、アラディスは薬物犯罪課のアイアスにも連絡を入れた。
名前を聞くと通常の薬だが、製造会社や中身が違う事で起きる事がある。
「普段は先程の通り静かで気立ての良い性格なんです」
「彼に憧れていたのは人格が変わった時の彼女で?」
「はい」
彼はアラディスを振り向き言った。
「LAの精神病院の医師を一度洗いなおす為に市警にも連絡を渡すべきですか」
「ディアネイロさん、ディアネイロさん。私はこちらですよ」
彼が話しかけたのは白黒縫い包みだった。
「………、こ、これは失礼、」
ディアネイロは赤くなり医師は縫い包みを二度見してから「ググフ、」と口を押さえて肩を震わせた。
シラーはクリスタルの鈴を鳴らしていた。
白いベランダ。欄干が青い影を落とし空は青い星と月が煌いている。森の木々が撫でるように揺れた静かな宵。
違う個室ではハープが奏でられていた。
レナーは今別室でお稽古中なので彼女は一人だった。
基本的には立ち入りは出来ない草原に影が動いた。シラーは金髪を耳に掛け、歩いて行った。
レガント専属使用人屋敷が並ぶ六番地背景にあるこの草原は山に囲まれ、左側を木の生える草の丘がうずたかく、右は五番地の敷地の森と山、泉がある。
丘は人は来るが誰もがその向こうの草原には来ない。崖の下に河が流れているし、誰もが六番地は近寄り難い事を若っている。
使用人達の馬は走らせることはあるが、シルエットは違う種類だ。きっとヴィッタリオの馬では無い。ライ・ローガル様のご息女ティニーナでも無かった。
彼は微かな音で顔を上げ、草原の中から建物を見た。
所々暖色の明りが灯り、暗がりの窓が多い。その中、明りの無い開けられたフレンチ窓のテラスに光を見つける。
青い月光を浴びた透明な中に、少女がたたずみ手にクリスタルの鈴を持っているのだ。小さな手に持つその楽器が青を染み付かせ、そして白いレースのドレスにも光と影を美しく下ろしている。
柔らかな彼女の頬は笑顔は無くこちらを真っ直ぐの目で覗っている。青い瞳は吸い通り、背後を飾る満月に思えた。
演奏を受け持つバライゾン一族の子供だろう。
再び青い花を拾い集めた後に歩いて行く。飛び乗った。
この草原は青い花弁が比較的多く集まる。森と山に囲まれたスペースで、この青い花が咲くレガント敷地内の海を臨む崖も近い。風の方向によっては吹き上げられた花弁はこの場所に降り注がれると森の木々に巻き上げられこの草原に留まり、そして風の向きによってはすぐ崖に流れ滑ってそのまま河から同化するべく海へ流れて行ったり、南風が吹けば一気に街に青い花吹雪の如く甘い香りと共に降り注いだ。
これは通常の肉にハーブ変わりに仕様すると人肉の香りと味になる。それを知る者は極限られていた。
丸い瓶の中に青い花を入れると蓋をし、ラクダを歩かせていく。MMは黒いヴェールを頭顔に巻いていた。
これは父王から頼まれるもので、そこまで怪しい事に使うのではない。調合次第で媚薬にもなれば麻酔にも、幻覚薬にもなった。乾燥させ火に炙ると自殺誘発剤になる。
ラクダを歩かせていく彼は腰に取り付けた青い花弁の入る丸い瓶が付きに滑らかに光り、その下に短剣が光っていた。
少女はラクダを見たことが無く、ずっと首を傾げ見詰め続けていた。
一瞬彼は銀色の瞳に思えたが、月の見せた仕業だろうか?
シラーは草原へ出て見渡した。
さやさやと夜風が草を撫でて彼女の頬も撫でて行く。優しい女性の手や息吹みたいだ。
彼女は青年を追った。
MMは森の中、木枝の上で休んでいると気配を感じた。動物達よりも警戒心が軽やかな少女だ。
シラーがラクダを見つけると、驚いてその動物を見た。
ラクダは草を食んでいて、顔を上げ巨大な目で少女を見る。
「とても可愛いわね。あなたのご主人はあなたを置いてどこへ行かれたの?」
覚えたばかりの言い回しをラクダ相手に使っている少女を見て、MMはまた腕を枕に目を閉じた。
「お兄さん」
彼は片目を開けた。葉陰から天の川の星が見える。
「眠るのならお部屋をお貸しするわ」
「いい」
「花弁を綺麗な女性の体につけるの?」
両目を開け星を見た。
「女性の体はとても柔らかくて、優しい香りがして、とても美しい死体なの」
昨日ソルマンデ草原で遺体が挙った事は知っている。リカー・ミカエル・レガントが大事にはしなかったがグランドホテルの客の一部がサンタバーバラの夫婦だと言っていた。
MMの脳裏に唯一愛する女の美しい死体が死の花弁をつけ青に彩られる美を夢想し、完璧だった。宇宙銀河は回転し、そして彼女の周りに星が渦巻いては肌に光がすべり跳ね返っている。
彼は眠りに落ち、少女はしばらくすると梟に浚われる前に屋敷へ走りかえって行った。
ルサンアは落ち着いた夜を過ごしていた。静寂では無く、旦那のネコが楽器を整理しているので物音が響いた。