金貨100枚の仕事
魔王と名乗る男と黒い鎧の男が戦う半日ほど前
王都ラグゼリアから馬車で20日ほどの場所にあるど田舎の町フィレーン。
周りを山と川に覆われ、特にこれといった特徴もない普通の田舎町である。
そんな町の近くに明らかに場違いな格好をしている5人ほどの集団が現れた。
銀色の鎧を身に着け、大きな剣や槍、弓など様々な武器を所持している中一人だけ黒い鎧を着ている人物がいた。
金髪の若い男が地図を片手に辺りを見回しつぶやく。ため息交じりで長旅の後か少し疲れているかのようにも見えた。
「情報が正しければこの付近に聖剣があるはずなのだが」
「魔王軍がいつ攻撃を仕掛けるかわからない中、20日もかけてきたのだガセでは困るぞ」
金髪の男にそういったのは、歴戦の戦士といわんばかりに顔に大きな切り傷のある白髪交じりの男だった。
「だいたい聖剣なんて見つけたってちゃんと持って帰れるかもわからないわけなんだけど…」
一番背の小さな青い髪のショートカットの少女がボソッとつぶやく。
その後ろから赤髪の髪の長い女性が黒い鎧の男とゆっくりと歩いてくる。
「まぁ、とりあえず探してみるしかないでしょう?」
少し疲れた感じに赤髪の女性がつぶやく。
4人がだらだらと会話をしている中、黒い鎧の男は何もしゃべらず前へ進む。
そんな姿を見て金髪の男が近づく。
「黒騎士さんは本当に仕事熱心なことで…。ちょっとは話そうぜ、ずっと黙ってたら気味が悪いって」
「良いではないかラリュー、黒騎士殿は人類最強ともいわれているのだ。それに、我々はここにしゃべりに来たわけではあるまい?」
「はいはーいソウデスネ、俺たちは聖剣探しに来てるわけだしおしゃべりはいらなかったっすねー」
ラリューは嫌味っぽく傷の男に嫌味っぽく言う。
手に持った地図をいったん布袋にしまいほかの四人より少し前を歩く。
その目の前にはフィレーンへ案内する看板があったが、一同はその看板を無視し目の前の森に向かって行く。
「貴方も大概ねグレイル。私も黒騎士さんとお話してみたいわー」
グレイルと呼ばれた傷の男はやれやれという感じに手を軽く振ると特に相手にするわけでもなくそのまま歩き出した。
黒騎士は相変わらず一言もしゃべらない。
森に入って一時間ほどたち、これまでの長旅も含め疲れがたまっているのか歩きが重くなっていた。
特にしゃべることもなく黙々と歩いていたなか、気晴らしにと青い髪の少女がつぶやく。
「もし聖剣に認められたら私も英雄かなー」
「ニアには無理だな、お前チビだし、英雄ってオーラがゼロだしな」
その言葉に反応するかのようにラリューが半笑いでニアを見ながら頭を軽くたたく。
「あぁ!?オーラゼロは良いけど、チビってなんだ!成長途中なんだよ…ハゲ!」
「ハゲてねぇし!お前もう少しいい感じに言い返せないのかよ」
チビという言葉に声を荒げて反応するニア。確かにこの5人の中では一番背の小さい彼女だが、彼女の手にはほかの誰よりも大きな大剣が握られている。
頭に置かれたラリューの手を払いのけた後思いっきり睨みつける。
「そうねぇラリューはまだハゲてないわね…まだ…。」
「おいアルミラ!なんでそんな悲しそうな目で見てくんの!お前もハゲるとか思ってんだろ」
ニアとラリューの会話に割って入ってきた赤髪の女性、アルミラ。その目はラリューの髪の毛を悲しそうに見つめていた。
「うむ、三十を過ぎるとぐわっとくるらしいぞ…わしはまだ大丈夫だが」
そこに同じく深刻そうな顔をしながらグレイルも会話に入る。
そんなたわいもない話をする中、やはり黒騎士だけが会話に入ることなくただ歩き続けていた。
「おい黒騎士!お前は俺の見方だろう?頼むよ俺はハゲないって言ってくれよ」
「‥‥‥」
黒騎士がラリューの方を軽く向いた。やはりしゃべることは無かったが、しばらくかっれを見た後再び前を向き歩き始めた。
その視線はどこか頭部に集中していたようにも見えた。
「おいやめろ!その無言が一番効くんだが!?」
叫んでいるラリューを相手にすることなく前に進む一同。
少しすると目の前が少し開けた広場のような場所に出た。すると黒騎士の足が止まる。
広場には彼ら以外に誰もいないように感じられる。
すると目の前の茂みががさがさと思を立て始め、ヒュン!と甲高い音が聞こえた。
同時に何かがものすごい勢いで通り過ぎたような感覚、そして少し遅れてガシャンという金属音が聞こえた。
その場にいた皆が動けないでいる中、ニアが金属音の正体に気づく。
「ラ…ラリュー?」
音の正体はラリューが地面に倒れた音だった。正確にはラリューであったもの。
地面に伏せているのは体だけでそこには頭がなかった。
「え…、そん…な…」
恐怖を隠せないでいるニア。何が起きたのかまだ理解できない彼らの耳にふたたびあの音が聞こえてくる。
「ちょっと、これは一体何なのよ!?」
「落ち着け!アルミラ、黒騎士殿の後ろに下がるんだ」
「わ、わかったわ。ニア貴方も下がりましょう…。ニ…ア」
ガシャン!
先ほどと同じく聞き覚えのある金属音が聞こえる。やはり頭だけなくなって倒れているそれは、手にしっかりと大きな剣を握ったままでいた。
「いやぁぁぁぁあ!」
残ったのは三人。武器を抜いてから1分足らずでこの状況である。
「こんなところに人間がいるとはな…。しかも兵士か」
誰もいなかったはずの広場の真ん中に黒い霧が立ち込めると、中から黒いスーツを身にまといあちらこちらに金属の装飾品を付けた男が現れた。
両手に見覚えのある顔を持ち、それを黒騎士たちに見せる。
「兵士と思い少々大人げないことをしてしまったな。しかしこれほどまでに弱いとは話にならんな」
にっこりと不気味に笑うその真っ赤な目は明らかに人間のものではない。
「雑魚は相手にしたくはないが、我にも用があるのでな邪魔されないようここで死んでもらうぞ」
姿勢を低くし、こちらを睨みつける。
地面をけり、男の笑い声が響き渡る。
しかし、あの音は聞こえてこない。あまりの恐怖に目を閉じ閉じていたアルミラ。目を開けると目の前には男の腕を握る黒騎士の姿があった。
男の腕はまっずぐアルミラの喉を狙い、指先があと数センチのところというところまで迫っていた。
「さすがに三回も同じネタは通用しない」
「ほぅ、お前はそこそこやるようだな」
ここまでずっと沈黙を貫いてきた黒騎士が、続けざまに大きな声でほかの二人に命令を出す。
「グレイル、お前は援護を、アルミラはフィレーンに行き助けを呼べ。可能であれば王都まで戻りこの状況を報告しろ」
「了解!」「了解」
大きく返事をするグレイル。アルミラも返事を返す。
アルミラはこの場を離れるべく、警戒はしつつも後ろへと下がる。それを見た男は少々声を荒げた。
「戦いから逃げることは許さぬ、ここで必ず殺す」
そういうとつかまれていた腕の先端から黒い炎が現れ、アルミラ目掛け勢いよく飛んで行った。
「いけアルミラ!」
アルミラの前にグレイルが盾となって立ちふさがる。黒い炎はグレイルにと飛び、彼を包み込んでいく。
炎の塊となったグレイルは大きな声を上げる。苦しみながらもはや人間の声とは思えないくらいの音が森に響き渡る。
燃え始めて10秒も立たないうちに炎は消えた。
「行け、早く…。」
かすれた声のグレイル。その直後に彼の肉体は朽ち果て骨となり鎧や武器だけがそこに残った。
そんな姿に動けなくなるアルミラに黒騎士が「行け」と叫ぶ。
涙を流しながらもアルミラは何とかその場を後にする。
「というわけで、俺とお前しかいなくなったわけだが、とことん付き合ってもらおうか」
こんな場所に、これほどまでの強敵がいる。これは間違いなくここに何かあるということだろう。アルミラの助けが来るまで時間が稼げればいいが。
数々の戦いを勝ち抜いてきた黒騎士であったが、今目の前にいる今までの中でもかなりの強敵になるのではないかと考えていた。
「生意気な人間が、我に歯向かうとは…。まぁいい貴様をさっさと殺し用を済ませてしまえばいいだけの話」
その言葉と同時に黒騎士の腹に向かって膝蹴りをする。
鎧で守っているはずなのに、その場に立っていられないほどの衝撃が黒騎士を襲う。
けられたせいでつかんでいた腕を離してしまい、距離を置かれる。
「これはずいぶん楽しめそうじゃないか」
鎧で顔は見えないが、その声は楽しそうに聞こえる。
夕日がきれいに森を照らす中そこに平和な森の音はなく、金属のぶつかる音と爆音が響き渡り、木々が次々になぎ倒されていった…。
―――――
「そこからは知っての通り、あんたの家の近くまでアイツを追い込んでったわけだ」
テーブルをはさんで黒騎士はここまでのいきさつを説明する。
話の中身についていけなかった俺だが、さっき見た光景から黒騎士の話を静かに聞いていた。
「あんた、名前は?」
「イクスです」
黒騎士に尋ねられた男の名前はイクス。
しばらく彼を見つめた後、黒騎士は立ち上がり深々と頭を下げる。
「どうしても王都にこの鎧を届けなければならないのだ、君の力を貸してくれ」
ここまで必死になってる人を助けないわけにはいかないと考えたイクスだが、ここで疑問が生まれた。
なぜ彼は自分で鎧を届けないのかということだった。
先ほどの戦いで疲弊してるのもわかるが、馬車を使うなりなんなりすれば買えるだけなら何とかなりそうに見えたからだった。
それになぜ自分なのか、フィレーンに行き別の人物を探せばいい。あそこには冒険者を目指している学校があったはず。そこで人を探せばいいだけの話なのに。
「ちょっと質問良いですか」
その言葉にうなずく黒騎士。自分の思っている疑問を彼に投げかけるとあっさり答えてくれた。
まず、なぜ自分なのかについて話してくれた。
「私が何と戦い、どういう状況にあるのか、それを知っているのはあんただけなんだ。
さっきも話したが、私以外はアルミラを除き全滅。彼女もあれが魔王だということを知らない。だから偶然とはいえ今の状況を知っているのはあんたしかいないんだ」
確かにそうであった。彼以外魔王であることを知っているのは自分だけだった。といっても彼が魔王と呼んでいたのを一度聞いただけだが。
半日以上も森の中で戦っていたためアルミラとの合流も難しい。
だからお願いしたいということであった。
そして、もう一つ彼が聞きたい一番の質問の答え。
「私はもう駄目なんだ。王都に戻る体力は残っていない。」
「どういうことですか」
「魔王が放つ黒い炎、あれは攻撃の魔法ではなく呪いの魔法なのだと思う。グレイルが骨になってしまったとき、鎧は傷一つついてなかった」
つまりどういうことなのか、魔法に対する知識がないのかいまいち理解できていないようにイクスは話を聞いていた。
「いずれ私も骨になってしまう言うことだ。すでに体にほとんど力が入らん」
「そう…なんですか」
見た感じそんな深刻な状態には見えないわけなのだが、一度命を助けてもらったので無下にできないと思う気持ちがイクスに芽生える。
ただ、王都までは20日かかる上にその間の移動費や食費…正直めんどくさい。
あとで適当に町の方に行って別の人でも紹介しよう。そう考え始めていた。
「金ならだすぞ。金貨100枚、足りなければ王都で好きな額を請求して構わない」
「…まじっすか!?やります!やらせてください!」
金という言葉につられ、今まで考えてたことが全部吹っ飛び仕事を引き受けてしまっていた。
黒騎士はもう一度深々と頭を下げると、助かると小さくつぶやき再び椅子に座った。