プロローグ
真夜中、うっそうとした森を抜けると少し開けた広場に二人の人影があった。
「そろそろ終わりにしようぜ、バケモノさんよ」
二人の人影のうち、全身を黒い鎧に覆われた男が叫んだ。
声は若く、月夜に照らされる黒い鎧に片刃の片手剣を握り走り出す。
「ここまで追い詰められたのは初めてだが、人間ごときがこの私に歯向かうとは愚かな…。」
鎧の男の正面に立つもう一人の人物は少し笑いながらゆっくりと歩きだした。
白髪の少し年を取った男は、左手を前に出す。
「追い詰めたご褒美だ。人間、これからお前を殺す名を覚えておくがよい」
すると左手の前に様々な文字が浮き上がる。それはやがて黒い不気味な炎になり男の左手を包み込んだ。
「我が名は、魔王アルスティナ・エイルバーン。この私直々に手を下すのだありがたく思うがよい」
「魔王だと!?」
魔王。そう名乗った男の手を包む不気味な炎が鎧の男をめがけてまるで意思を持つかのように蛇のようにうねうねと、
しかしものすごい速さで飛んで行った。そして次の瞬間、強烈な閃光と同時に爆発音が深夜の山に響き渡る。
「うるせぇぇぇぇぇええ!」
激しい爆発音とともに空中に舞った砂煙の中、鎧の男とは違う男の声が響き渡る。
「今何時だと思ってんだ!農民の朝は早いの!…って何だこりゃ」
空中に待った砂煙が晴れると、さっきの爆発で吹き飛んだと思われる木や岩が散らばり地面がえぐれていた。
「何者だ貴様?」
魔王はその男に問う。
「あん?俺はすぐそこに住んでるんだが、まさかさっきの爆発音はあんたの仕業か」
「いかにも、我が魔術でたった今一人の人間を殺したところだ」
少し機嫌が悪くなったのか、眉間にしわを寄せ続けざまに男の方に歩きながら魔王は言う。
「しかし、せっかくの勝利の余韻も貴様のせいで台無しだな、我は今機嫌が悪い…本来ならば貴様のようなごみなど無視するところだが貴様もあの鎧と同じく殺してやろう」
「え、いや、え?」
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
ジャラジャラと魔王の身に着けている装飾品から金属音が聞こえる。
その音が少しづつ大きくなるにつれ命の危険を感じた男はこの場から逃げようとした。しかし、魔王の姿を前に体を動かせないでいた。
その時だった
「まだ、死んでねぇ!」
大きなくぼみから突如大声がしたかと思うと、そこから鎧の男がはい出てきた。
かなりのダメージを受けているようだったが、地面を強く蹴り魔王めがけて突っ込んだ。
「んなっ!」
男の方を向いていた魔王の背中に片刃の剣が刺さる。
痛みに顔をゆがめる魔王。背中からは人間のそれとは違う緑色の血が地面に飛び散る。
「まったく、俺をちゃんと殺したか確認ぐらいしないとな?魔王さん」
鎧の男は余裕層に魔王を挑発するが、正直彼にはこれ以上戦う力など残っていなかった。
足は震え、今にも倒れそうな状態ではあったが、目の前の魔王もまた同じくかなりの傷を受けてしまっていた。
「屈辱…たかが人間一人にここまでの深手を…我としたことが…グハッ」
口から血を吐きながらもなんとか立ち上がる。
思っていた以上に深く剣が刺さっていたらしく、背中の出血は一向に止まらない。
本当であれば、もはや虫の息となっている鎧の男、そして良くわからないただの人間。
普段であればこんな雑魚すぐにでも消すことができる。だが、今はどうだろうか、このままでは最悪相打ちという形になってしまうかもしれない。
それは絶対にあってはならない。魔王が、人間のような下等な生き物に負けるということがあってはいけない。
そう、魔王は絶対、絶対的な勝利こそふさわしいのだ。
…ならばここはどうするべきか、答えは一つ。
「その黒い鎧…。覚えたぞ人間、あの黒い炎を受けて平気とは貴様もなかなかの…バケモノだな。次会う時こそ貴様の最後だ楽しみにしていろ…」
そう言い残すと魔王を黒い霧が覆う。もう少しで魔王に殺されそうだった男は、目の前の光景をただ見ていることしかできなかった。
しばらくすると霧がはれた。そこに魔王の姿はなく地面に膝をついた鎧の男がいた。
「…なんとかなったみたいだが、あんた怪我はないか?」
鎧の男が問いかける。
「あ、えっと。大丈夫です」
俺の心配よりも、あんたの方がよっぽど重症に見えるんだが。
「すまないが、あんたの家は近くか?」
「すぐそこですけど…」
「ちょっと話がある、かまわないか」
「はい」
一人では歩きにくそうだったので肩を貸そうとしたが、思ったより鎧が重く支えられなかったので結局一人で歩いてもらうことにした。
非力だなぁー俺。とか考えてるうちに家が見えてきた。
家についてふと後ろを振り向くと、庭の方に大きな岩がめり込んでいた。
さっきの爆発で家が吹き飛んでいたらと思うと、ぞっとしてしまう。
木造の小さな家。中には一人用のベットと丸い木のテーブル、そして簡易的な台所があるごく普通の部屋。
外は少し明るくなり、もうすぐ朝を迎えようとしていた。
そんなところに黒い鎧を着た男と自分がテーブルをはさんで向かい合わせに座っていた。ちょっと不思議な光景である。
てっきり怪我の手当てをするつもりなのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
たしか、話があるとか言ってたな。なんだろうか。…部屋の中なんだし鎧脱げばいいのに。
そんなことを考えていると、鎧の男が突然頭を下げてこう言った。
「どうやら私はここまでのようだ…。あんたに俺の鎧を運んでもらいたい!」
「はい?」
それは農民だった俺が初めて経験する冒険の物語のはじまりだった。