結城昌文③
辻芳夫と腐れ縁になったきっかけは、少年野球チームの入団テストだった。
小3の時だった。
テストとは名ばかりで、実際は全員合格の体力診断のようなものだったが、あいつは俺よりも足が速く、遠くに投げ、脱落していくヤツが殆どの校庭30周を走りきった。
走りきったのは俺と辻の二人だけで、お互いにやるな!と相手を認めた。
あいつはめきめき頭角を表し、ショートを守り最後は打順も三番で、中学でも一緒に野球をやるものだと思っていたら、辻はバスケットボールを始めると言う。
「辻野球は終わったから。これからはスラムダンク辻」
辻はふざけたことばかり言っていたが、たいてい真実が含まれていた。
「お前も中学で、野球はやめとけよ」
真顔で忠告された。
悪評高かった他の少年チームの自称エースが、俺たちの行く中学の野球部を仕切っているそうだ。
そいつが卒業するまでは入部するなと、強く念押しされた。
「あいつのエースに対する執念で、確実にユーキは潰される。長く野球しよ思てるなら、他でトレーニングした方がいい」
野球部の3年は自称エースの取り巻き集団で、グラウンドの練習風景でも不穏な空気が漂っていた。
俺は見学だけで、入部しなかった。
俺の力で野球部を!と思えないくらいイヤな弛い雰囲気だった。
元いた少年チームの練習に参加したり、個人トレーニングをしたりで一年を過ごし、自称エースたちの卒業後、どうしたものかと思っていたら、2年の先輩の方から声をかけてくれた。
「一緒に、野球しよーぜ」
悪評高かった先輩が卒業して、今までの鬱憤を野球にぶつけ、チームは一致団結した。
俺たちの中学は、地区大会で優勝した。
その試合を見ていた田村監督にスカウトされ、それから先の進路も決まった。
辻のアドバイスは的を得ている。
俺は辻に煽られ、クラス会に参加した。
懐かしい面々が揃っている。
十年ちょっとしか経っていないのに、すっかり感じが変わったヤツもいる。
今回の主役である戸倉と香山さんに挨拶をして、辻が選んだ結婚祝いを渡す。
話し込みながらも、俺は彼女を探していた。
辻が目配せした先には、涼子と佐知子たちがいた。
ヤツが明るく声をかけると、あっと言う間に輪が出来た。
白石涼子は、独特な女の子だった。
人と群れず、静かで、でも大人しいわけでもなく、凛とした自分だけのモノを持っている気がした。
俺がクラスの中心だった。
思い通りにいかない事は何も無い。
でも彼女はちょっと違った。
同じクラブに入りたくて、バスケットボールにしようとわざと大声でアピールした。
大勢がバスケットボールを希望して、じゃんけんで決める事になった。
その中に、涼子はいない。
黒板にかかれたバドミントンの欄に、彼女の名前はあった。
野球の試合に華が欲しいと我が儘を言って、女子を集めた。
単に涼子に応援してもらいたかっただけなのに、キャーキャー言いながら集まったメンバーに彼女は入らない。
バトンやポンポンの練習を頑張って応援する中にはいないのに、図書室で眼鏡ヤローと仲良さげに話している姿を見て、キレた。
今思えば、俺は天狗になっていた。
好きな女を発表する機会があった。
高らかに宣言してやった。
俺が好きな女は、白石涼子や!
辻にも周りにも呆れられたが、俺と涼子は晴れてカップルになった。
彼女に見つめられて、話が出来る。
それだけで薔薇色だった。
涼子と野球があれば、それで良かった。
んー。まぁ一応、辻も入れといてやるか。
涼子が冷たくなったのは、中一の秋頃だったか。
涼子が部活を辞めたのを辻から聞いた。
俺には何の相談も無い。
「涼子ちゃん苛められとるみたいやで。佐知子たちに」
俺はポカンとする。
涼子と佐知子は小学校からの幼馴染みで仲良しのはずだ。
佐知子たちからは、いつもの涼子の話を聞かされていた。
「女ってネチネチしてるやろ。俺は原因はもてもてユーキくんのせいやと思うで」
俺のせい?
涼子の話は聞きたいが、女の長い話がウザくて佐知子たちに空返事してたからか?
彼女やから、八つ当たりされたのか?
俺は本当にアホやった。
涼子の為に、佐知子たちを蔑ろにしたらあかんと思ってしまった。
その頃から彼女と目が合うことも無くなった。
俺を拒絶する冷たいオーラを纏っていた。
心がジリジリした。
そんな彼女を見るのがイヤで、高校を決めた?
正直それも無くは、ない。
そんな思い出の彼女が、大人になって俺の前にいる。
柔らかく明るい色の髪は肩まで緩やかに広がり、理知的な目に魅力的な唇。
長い睫毛で俺を見つめる。
あ~う~。
俺が興奮している間に、辻はベラベラと余計な事を喋り、呆れた彼女は去って行ってしまった。
そうだよ。
いつもそうだ。
天才だ。モテモテだと囃され。
肝心なものは、すり抜けていく。
野球も。涼子も。晴海も。大河もだ。
俺はワインをがぶ飲みしていた。
「やめとけ。この後、涼子ちゃん捕まえるから」
「お前なー。あれだけ値下げキャンペーンした癖によく言うわ」
「バカか。涼子ちゃんお前のこと何も知らんかったみたいやぞ。涼子ちゃんもて遊ぶなら隠したまま誘えばええけど、そんなんやないんやろ?俺はお前を支えられるんは涼子ちゃんやと思うぞ。全部話した上で受け止めてもらうしかない。あぁいう真面目なタイプは拗らせたら一生口聞いてもらえんぞ」
辻の言うことは最もだ。
「もう、お前の熱意にほだされて貰うしか道は無い!」
キッパリと断言して、俺のワイングラスを奪い取る。
涼子の姿を見失った俺たちは、町の居酒屋や飲み屋を探し歩いて、5軒目の焼き鳥屋でようやく見つけることが出来た。
彼女は、笑っていた。
笑いながら俺を見た。