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目眩とくちづけ  作者: 猫娘
男の気持ち
8/9

結城昌文③

 辻芳夫と腐れ縁になったきっかけは、少年野球チームの入団テストだった。 

 小3の時だった。

 テストとは名ばかりで、実際は全員合格の体力診断のようなものだったが、あいつは俺よりも足が速く、遠くに投げ、脱落していくヤツが殆どの校庭30周を走りきった。

 走りきったのは俺と辻の二人だけで、お互いにやるな!と相手を認めた。

 あいつはめきめき頭角を表し、ショートを守り最後は打順も三番で、中学でも一緒に野球をやるものだと思っていたら、辻はバスケットボールを始めると言う。


「辻野球は終わったから。これからはスラムダンク辻」


 辻はふざけたことばかり言っていたが、たいてい真実が含まれていた。


「お前も中学で、野球はやめとけよ」


 真顔で忠告された。

 悪評高かった他の少年チームの自称エースが、俺たちの行く中学の野球部を仕切っているそうだ。

 そいつが卒業するまでは入部するなと、強く念押しされた。


「あいつのエースに対する執念で、確実にユーキは潰される。長く野球しよ思てるなら、他でトレーニングした方がいい」


 野球部の3年は自称エースの取り巻き集団で、グラウンドの練習風景でも不穏な空気が漂っていた。

 俺は見学だけで、入部しなかった。

 俺の力で野球部を!と思えないくらいイヤな弛い雰囲気だった。

 元いた少年チームの練習に参加したり、個人トレーニングをしたりで一年を過ごし、自称エースたちの卒業後、どうしたものかと思っていたら、2年の先輩の方から声をかけてくれた。


「一緒に、野球しよーぜ」

 

 悪評高かった先輩が卒業して、今までの鬱憤を野球にぶつけ、チームは一致団結した。

 俺たちの中学は、地区大会で優勝した。

 その試合を見ていた田村監督にスカウトされ、それから先の進路も決まった。

 辻のアドバイスは的を得ている。

 

 

 俺は辻に煽られ、クラス会に参加した。

 懐かしい面々が揃っている。

 十年ちょっとしか経っていないのに、すっかり感じが変わったヤツもいる。

 今回の主役である戸倉と香山さんに挨拶をして、辻が選んだ結婚祝いを渡す。

 話し込みながらも、俺は彼女を探していた。

 辻が目配せした先には、涼子と佐知子たちがいた。

 ヤツが明るく声をかけると、あっと言う間に輪が出来た。

 


 白石涼子は、独特な女の子だった。

 人と群れず、静かで、でも大人しいわけでもなく、凛とした自分だけのモノを持っている気がした。

 俺がクラスの中心だった。

 思い通りにいかない事は何も無い。

 でも彼女はちょっと違った。

 

 同じクラブに入りたくて、バスケットボールにしようとわざと大声でアピールした。

 大勢がバスケットボールを希望して、じゃんけんで決める事になった。

 その中に、涼子はいない。

 黒板にかかれたバドミントンの欄に、彼女の名前はあった。


 野球の試合に華が欲しいと我が儘を言って、女子を集めた。

 単に涼子に応援してもらいたかっただけなのに、キャーキャー言いながら集まったメンバーに彼女は入らない。

 バトンやポンポンの練習を頑張って応援する中にはいないのに、図書室で眼鏡ヤローと仲良さげに話している姿を見て、キレた。

 今思えば、俺は天狗になっていた。


 好きな女を発表する機会があった。

 高らかに宣言してやった。

 俺が好きな女は、白石涼子や!

 

 辻にも周りにも呆れられたが、俺と涼子は晴れてカップルになった。

 彼女に見つめられて、話が出来る。

 それだけで薔薇色だった。

 涼子と野球があれば、それで良かった。

 んー。まぁ一応、辻も入れといてやるか。


 涼子が冷たくなったのは、中一の秋頃だったか。

 涼子が部活を辞めたのを辻から聞いた。

 俺には何の相談も無い。

 

「涼子ちゃん苛められとるみたいやで。佐知子たちに」 


 俺はポカンとする。

 涼子と佐知子は小学校からの幼馴染みで仲良しのはずだ。

 佐知子たちからは、いつもの涼子の話を聞かされていた。 


「女ってネチネチしてるやろ。俺は原因はもてもてユーキくんのせいやと思うで」


 俺のせい?

 涼子の話は聞きたいが、女の長い話がウザくて佐知子たちに空返事してたからか?

 彼女やから、八つ当たりされたのか?

 俺は本当にアホやった。

 涼子の為に、佐知子たちを蔑ろにしたらあかんと思ってしまった。

 その頃から彼女と目が合うことも無くなった。

 俺を拒絶する冷たいオーラを纏っていた。

 心がジリジリした。

 そんな彼女を見るのがイヤで、高校を決めた?

 正直それも無くは、ない。


 そんな思い出の彼女が、大人になって俺の前にいる。

 柔らかく明るい色の髪は肩まで緩やかに広がり、理知的な目に魅力的な唇。

 長い睫毛で俺を見つめる。

 あ~う~。

 俺が興奮している間に、辻はベラベラと余計な事を喋り、呆れた彼女は去って行ってしまった。


 そうだよ。

 いつもそうだ。

 天才だ。モテモテだと囃され。

 肝心なものは、すり抜けていく。

 野球も。涼子も。晴海も。大河もだ。

 俺はワインをがぶ飲みしていた。


「やめとけ。この後、涼子ちゃん捕まえるから」


「お前なー。あれだけ値下げキャンペーンした癖によく言うわ」


「バカか。涼子ちゃんお前のこと何も知らんかったみたいやぞ。涼子ちゃんもて遊ぶなら隠したまま誘えばええけど、そんなんやないんやろ?俺はお前を支えられるんは涼子ちゃんやと思うぞ。全部話した上で受け止めてもらうしかない。あぁいう真面目なタイプは拗らせたら一生口聞いてもらえんぞ」


 辻の言うことは最もだ。


「もう、お前の熱意にほだされて貰うしか道は無い!」


 キッパリと断言して、俺のワイングラスを奪い取る。

 涼子の姿を見失った俺たちは、町の居酒屋や飲み屋を探し歩いて、5軒目の焼き鳥屋でようやく見つけることが出来た。


 彼女は、笑っていた。

 笑いながら俺を見た。

 



 



 


 

 

 

 

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