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目眩とくちづけ  作者: 猫娘
男の気持ち
6/9

結城昌文①

 最初の故障は18の時だった。

 石灰沈着性腱板炎。

 肩はパンパンに腫れ、痛みに体が痺れた。

 休養が必要だと診断され、肩を休ませながらも下半身を鍛え、リバビリを行い、なんとか投げられるようになった時には卒業間近だった。

 高校3年間、甲子園の夢は叶わなかったが、中学までスカウトに来てくれた村田監督からフォームの改善をアドバイスされ、地元の社会人チームから声をかけてもらえた。

 俺より伸び代のあるヤツがごまんといることはわかっている。

 まだ野球が続けられることが嬉しかった。

 

 小一でキャッチボールを始めて、野球ばかりの毎日だった。

 俺は、野球しか知らない。

 キャッチャーのミットに渾身の球を投げてストライクをとる。

 相手ピッチャーの決め球を狙い、外野席にホームランを打つ。

 ずっとそうしてきた。

 馴染みも無かった県の高校の寮に入り、朝から晩まで野球漬け。

 46人の大所帯でも、俺はエースで4番だった。

 

 最後の夏の地区予選は、準決勝にも進めなかった。  

 6-2で負けたその試合で、俺は打たれた。

 鳴らした速球は130キロ台も出せず、かわそうとした変化球を狙い打ちされ、5回でマウンドを降りた。

 俺の責任だ。

 肩の熱を、俺は誤魔化し続けていた。

 最後の試合に登板したかった。

 気づいた監督に連れられ、病院で診断が下される。

 フォームを直し、肩の筋肉を鍛えれば野球は続けられる。

 それだけが、救いだった。

 

 二回目の故障は、美寿々銀行のグラウンドでの練習中。

 ファーストの池谷さんとぶつかり、亜脱臼した。

 これが、致命的になる。

 脱臼が癖になってしまった。  

 試合に出れない日が続き、成績は芳しくなかったが、当時俺は人気者でらとにかくモテた。

 冗談で言ってるワケじゃない。

 多分そのせいで、銀行のパンフレットや地方限定のCMにも使われた。

 試合で貢献出来ずにチームの顔になる俺は完全に客寄せパンダで、パンダとしては優秀だった。

 練習風景や試合を見に来る女たちも鈴なりで、チーム始まって以来だと、先輩たちは笑う。

 

 周りに恵まれていた。

 プロに行かなくても野球を続ける人たち。

 だから怪我で苦しむ俺の事も理解してくれていた。

 チームの人気があがると、廃部だとか経費削減だとかの、不穏な空気も払拭出来る。

 先輩たちに煽られ、ファンサービスに努めた。

 そんな中に、晴海がいた。


 まだ高校生だった彼女は最初の頃は制服姿で、やたらと目立っていた。

 擦れた感じのしない清楚風なところも、チーム内では評判が良かった。

 彼女が高校を卒業したと報告に来た時は、チームみんながお祝いをしようと、行きつけの洋食屋で食事会が開かれた。

 その時からか、付き合い始めたのは。

 

 俺の良さをみんなの前で力説する彼女の白い肌が赤くなるのをみて、いいなと思った。

 俺はモテたけど、遊んでた訳じゃない。

 付き合ったのも数えるばかりだ。

 練習に忙しくて殆ど相手を構うことも出来ず、名ばかりの彼女だった。

 本当に好きで付き合った子の話なら、小中時代まで遡らないといけない。


 晴海は可愛らしく、活躍できずリハビリを続ける俺を励まし癒してくれた。

 子供が出来たと、はにかみながら言われたのは翌々月の事だった。

 まだ彼女とは、一度しか寝てない。

 避妊もしたはず。

 実感がわかずそんなにすぐに子供が出来るものかと戸惑っていた俺に、晴海は泣き出した。

 おろすのは嫌だと、肩を震わせる姿を見て、結婚しようと決意した。

 戸惑ってはいたが、堕ろさせるとか、夢にも思わなかった。

 


 彼女のお腹はどんどん膨らんでいき、俺が登板出来る試合は減っていく。


 晴海は元気な男の子を産んでくれた。

 猿のように赤くくしゃくしゃで、全身で泣く。

 この子の為に、もう一度頑張りたいと思った。

 マウンドでエースとしての三振や、4番バッターとしてのホームランじゃなくていい。

 グラウンドで野球をやっている姿を見せたかった。

 

 名前は、大河と名付けた。 

 大きな男になって欲しい俺の希望。


 思いに反して、練習すればする程、俺の肩は悪化した。

 悲鳴をあげる体に、ただ無理をさせる。

 調子をあげ試合に出ても、その状態をキープすることが出来ない。

 レギュラーどころか、まともに投球する事が難しくなっても、中学ピークというヤジを耳にしても粘った。

 でも限界はくる。

 結婚してパンダとしての魅力も無くなっていた俺が解雇されるのは当然なのに、監督が裏方を薦めてくれた。

 ありがたかった。

 独身時代なら、どんな形でも野球と関わる道を選んだと思う。

 でもその給料で、大河と晴海を養う事は難しい。

 チームのタニマチだった住宅会社から、就職の打診をもらい、俺は野球人生にケリをつけた。

 誰もが再就職を励まし見送ってくれる中で、親友の辻だけが最後まで俺をとめた。

 

「野球に関わらなくなると、お前死ぬぞ」


 そんな脅し文句で俺をビビらせる。

 俺はマグロかっつーの。

 本当はわかっていた。

 でも辞めることが、第二の人生へのけじめになると思っていた。

 もう俺は、豪速球を投げることは出来ない。


 俺はまだ23になったばかりだった。


 

 

 

 

 

 

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