くらげ
「あー。結城くんと、辻くんやー」
夕子はニコニコ顔で、居酒屋に入って来た二人に焼き鳥の串を向ける。
「ココ、ええよな」
返事も聞かずに、夕子の隣に辻くんが座り、遅れて結城くんが涼子の隣に座る。
「ビールと、枝豆と皮と手羽。ユーキは?」
辻くんが勝手に注文して、結城くんは「ビール」と小さく答える。
「香山さんと戸倉幸せそうやったなー。ええクラス会やった。やっぱホンマに好き同士ってのは見たらすぐわかるな。そう思わん?涼子ちゃん」
辻くんが唾が飛びそうな距離まで、身を乗り出してくる。
「……さぁ。わたし、そういうの鈍いから」
涼子の答えに、辻くんは大爆笑だ。
手を叩いて一人大ウケしている。
「あー、オモロ。ユーキは頑張らんと報われんのやろなぁ」
辻くんがニヤニヤする。
昔からこういう思わせぶりなフリをしてくるのが、涼子はイヤだった。
もうキューピットは必要ない。
アバンチュールをけしかけているのかこの男は?友達だろうが!
涼子は冷めた目で辻くんを睨む。
「二人すぐドロンしたから、探したんよね」
辻くんは涼子の睨みにも涼しい顔で、ビールを飲みながらポテトをつまむ。
「えー、何でうちら探すの?」
酔っぱらいの夕子が小首を傾げながら、前に座る涼子と結城くんを見いやる。
串で二人を何度も指しながら、納得したようにウンウンと頷く。
「そっかー。そっかそっかー。あ。私ってお邪魔かな?」
「夕子ちゃんもそう思う?話わかる子僕好きよ。夕子ちゃんがこんなキレイなっとるって知らんかったし。二人で抜けよや~」
辻くんが余計な事を言いながら、夕子に垂れかかる。
「サンセー。飲み直すぞー」
出来上がりつつある夕子も、肩をぶつけ返してノリノリだ。
「飲み直すぞー。あ、会計しといてやるわ」
意気投合した辻くんと夕子が、レシートを持ってサッサと出ていく。
いきなりの展開で呆気にとられている間に、涼子は出遅れてしまった。
ま、待って!
人夫?の結城くんは、求めてないよー。
置いてかないでー。
涼子が伸ばした手は虚しく宙をきる。
「……」
「……」
どーせいっちゅうんやねん。
結城くんが急に立ち上がり、涼子の体はビクリと跳ねる。
「……隣に並んでるのも変だから前行くわ」
結城くんのガッシリとした体躯が、目を反らしても視界に入ってくる。
二人っきりっていつぶりだろう。
って、初めてだよ。
はぁ~。
「……」
「……」
微妙な沈黙に、涼子は堪えかねた。
「今も野球してるの?」
「……草野球なら」
「え?」
「肩こわしてね。野球で入った銀行は辞めた。今は住宅会社の営業」
「そうなんだ……」
弾まない会話に、涼子はビールをグビグビと飲む。
「涼子は?」
呼び捨てにされて、心臓が踊る。
初めて名前を呼ばれたかのように、じわじわと胸がざわめいてくる。
「わ、私は、リラクゼーションの会社で、私も営業してる」
「そうか。千里大学だったよな」
結城くんが知っている事に涼子は驚く。
「帰って来るとは思わんかったわ」
結城くんは呟いて、ビールを飲む。
「まぁ、俺の事は興味なさそうやけど、俺のいる地元には帰らんと思った」
「……」
「何で嫌われたんかな?」
ビールを置いた結城くんの黒い目が、真っ直ぐに涼子を捕らえる。
ヒリヒリとした視線の熱さに涼子は動揺して、手にした枝豆をポロポロ落としていた。
「な、何言ってんだかー。ハハハ。一児のパパがヤダねー。辻くんにノセられた?」
笑い飛ばそうとするが、力が入らない。
何やってんだろ。
涼子はガタンと席を立つ。
ダメだ。
ここにいては、いけない。
ユラユラと、気持ちがブレる。
「帰るわ。辻くんが払ってくれたんだよね。お礼言っといて」
テーブルに置いた涼子の手の上に、ぶ厚い大きな手が重なる。
「帰るなよ」
涼子は目を閉じて、結城くんの手を払う。
「帰るな」
涼子は何も言えなかった。
ときめいている自分が恐ろしかった。
逃げるように居酒屋を後にした。
初めて名前を呼び捨てにされた。
初めて結城くんの手に触れた。
手が触れたのは12才の結城くんじゃなくて、一児のパパになった彼だった。
そんな男にフラフラにさせられている。
ちくしょう。