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目眩とくちづけ  作者: 猫娘
女の気持ち
3/9

くらげ

「あー。結城くんと、辻くんやー」


 夕子はニコニコ顔で、居酒屋に入って来た二人に焼き鳥の串を向ける。


「ココ、ええよな」


 返事も聞かずに、夕子の隣に辻くんが座り、遅れて結城くんが涼子の隣に座る。


「ビールと、枝豆と皮と手羽。ユーキは?」


 辻くんが勝手に注文して、結城くんは「ビール」と小さく答える。


「香山さんと戸倉幸せそうやったなー。ええクラス会やった。やっぱホンマに好き同士ってのは見たらすぐわかるな。そう思わん?涼子ちゃん」


 辻くんが唾が飛びそうな距離まで、身を乗り出してくる。


「……さぁ。わたし、そういうの鈍いから」


 涼子の答えに、辻くんは大爆笑だ。

 手を叩いて一人大ウケしている。


「あー、オモロ。ユーキは頑張らんと報われんのやろなぁ」


 辻くんがニヤニヤする。

 昔からこういう思わせぶりなフリをしてくるのが、涼子はイヤだった。

 

 もうキューピットは必要ない。

 アバンチュールをけしかけているのかこの男は?友達だろうが!

 

 涼子は冷めた目で辻くんを睨む。 

 

「二人すぐドロンしたから、探したんよね」


 辻くんは涼子の睨みにも涼しい顔で、ビールを飲みながらポテトをつまむ。


「えー、何でうちら探すの?」


 酔っぱらいの夕子が小首を傾げながら、前に座る涼子と結城くんを見いやる。

 串で二人を何度も指しながら、納得したようにウンウンと頷く。


「そっかー。そっかそっかー。あ。私ってお邪魔かな?」


「夕子ちゃんもそう思う?話わかる子僕好きよ。夕子ちゃんがこんなキレイなっとるって知らんかったし。二人で抜けよや~」


 辻くんが余計な事を言いながら、夕子に垂れかかる。


「サンセー。飲み直すぞー」

 

 出来上がりつつある夕子も、肩をぶつけ返してノリノリだ。


「飲み直すぞー。あ、会計しといてやるわ」


 意気投合した辻くんと夕子が、レシートを持ってサッサと出ていく。

 いきなりの展開で呆気にとられている間に、涼子は出遅れてしまった。

 

 ま、待って!

 人夫?の結城くんは、求めてないよー。

 置いてかないでー。

 

 涼子が伸ばした手は虚しく宙をきる。


「……」


「……」


 どーせいっちゅうんやねん。

 

 結城くんが急に立ち上がり、涼子の体はビクリと跳ねる。


「……隣に並んでるのも変だから前行くわ」


 結城くんのガッシリとした体躯が、目を反らしても視界に入ってくる。

 

 二人っきりっていつぶりだろう。

 って、初めてだよ。

 はぁ~。


「……」


「……」


 微妙な沈黙に、涼子は堪えかねた。


「今も野球してるの?」


「……草野球なら」


「え?」


「肩こわしてね。野球で入った銀行は辞めた。今は住宅会社の営業」


「そうなんだ……」


 弾まない会話に、涼子はビールをグビグビと飲む。


「涼子は?」


 呼び捨てにされて、心臓が踊る。

 初めて名前を呼ばれたかのように、じわじわと胸がざわめいてくる。


「わ、私は、リラクゼーションの会社で、私も営業してる」


「そうか。千里大学だったよな」


 結城くんが知っている事に涼子は驚く。


「帰って来るとは思わんかったわ」


 結城くんは呟いて、ビールを飲む。


「まぁ、俺の事は興味なさそうやけど、俺のいる地元には帰らんと思った」


「……」


「何で嫌われたんかな?」


 ビールを置いた結城くんの黒い目が、真っ直ぐに涼子を捕らえる。

 ヒリヒリとした視線の熱さに涼子は動揺して、手にした枝豆をポロポロ落としていた。


「な、何言ってんだかー。ハハハ。一児のパパがヤダねー。辻くんにノセられた?」


 笑い飛ばそうとするが、力が入らない。

 

 何やってんだろ。

 

 涼子はガタンと席を立つ。

 

 ダメだ。

 ここにいては、いけない。

 ユラユラと、気持ちがブレる。


「帰るわ。辻くんが払ってくれたんだよね。お礼言っといて」


 テーブルに置いた涼子の手の上に、ぶ厚い大きな手が重なる。

  

「帰るなよ」


 涼子は目を閉じて、結城くんの手を払う。


「帰るな」


 涼子は何も言えなかった。

 ときめいている自分が恐ろしかった。

 逃げるように居酒屋を後にした。


 初めて名前を呼び捨てにされた。

 初めて結城くんの手に触れた。

 手が触れたのは12才の結城くんじゃなくて、一児のパパになった彼だった。

 そんな男にフラフラにさせられている。

 

 ちくしょう。




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