表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目眩とくちづけ  作者: 猫娘
女の気持ち
1/9

クラス会

 彼には妻子がいた。

 10年ぶりに再会した結城くんは、当時の面影をたっぷり残したまま一児のパパになっていた。


「そうなんだー。若いパパだね」


 涼子はちゃんと笑えている自分に安堵しながらも、すーっと全身が冷えて空っぽになっていくのを感じていた。

 ふらつきそうな空虚な体を、なんとか両足で支えている。

 初めて参加したクラス会でのときめきが、会って数分で微塵と消え失せたのだ。


「ユーキは、ショーもない出来ちゃった婚やもんな」

 

 一緒に話を聞いていた佐知子たちが情けなさそうに顔を見合わせる。

 

 そっか。

 女子はみんなご存じだったわけね。

 思いがけない伏兵に王子様は持っていかれた、と。

 

 それに関しては痛快だが、何も知らなかった涼子が、彼女たち以上のダメージを受けていた。

 この場で一番の間抜けだった。

 昔からお喋りで剽軽だった辻くんが、ペラペラと結城くんの個人情報をリークしてくれる。

 野球好きで彼のファンだった二才下の奥さんと、20才の時に出来ちゃった婚で、四才男児の父親になった男。

 それだけ聞けば涼子には充分だった。

 寧ろもう、勘弁して欲しかった。




「え、夕子?夕子だよね?」


 四年間同じクラスだった夕子らしき姿を見つけて、声をかける。

 軽く会釈をして、結城くんのグループの輪から離れた。


「あ、ちょっと」


 誰かの呼び止める声も、今の涼子には聞こえない。


「りょうちゃーん。変わらんねぇ」


「夕子は、すごく変わったよ。キレイになったね」


 涼子の知る夕子は、ポッチャリして可愛らしく、パンパンのほっぺを赤くしていた。

 それが繭から孵ったかのように、スリムで儚げな女性に大変身を遂げている。


「へへ。高校最後の休みにダイエットして、それからキープしてるんだー」


 夕子は、照れたようにはにかむ。

 片頬の笑窪が可愛らしい。


「香山さんと戸倉くんが、結婚するとは思わんかったよ」

 

 夕子が、声を潜める。


「あの二人、喧嘩ばかりしてなかった?委員長とわんぱくチビと」


「うんまぁ。それがお互い意識し合ってたってことかもね」


 今回のクラス会は、鳶谷小学校六年一組の同級生、香山五月さんと戸倉純くんの結婚が発端だった。

 結婚式に呼べなかったクラスメイトの為にクラス会を開こうと、披露宴で再会した友人たちで話が膨らんだ。

 まだ懐かしむ程の年月は経っていないし、地方都市の田舎町だ。

 参加人数は寂しいかも知れないがまた盛り上がろう……という予想に反して、半数以上が集まった。

 それは真面目なクラス委員だった香山さんの人徳と、やんちゃだった戸倉くんのキャラクターによる魅力もあっただろう。

 県外組も、随分帰省している。

 そういう涼子も地元にいても殆ど市外にいる点では、県外組に近い存在かもしれない。

 他県の大学に進学し、就職で実家に戻って三年目になる。


「りょうちゃんは、今何してるの?」


「G.A.って、アロマとか石鹸とか取り扱っている会社のOLよ。リラクってマッサージ店知らない?そこもうちの会社」


「あ。知ってる。足裏とかマッサージしてるとこやね」


 そうそうと、涼子は頷く。


「夕子は?」


「私はずっとこっち。高校出てガス会社に就職して、そのまんまよ。なーんもないから。本当に退屈」


「彼氏は?」


 守ってあげたい風情になった夕子なら、さぞかしモテるだろう。


「今はいないの。りょうちゃんは?」


「私もよ」と、首を竦める。


「私、このクラスで結婚するなら、結城くんとりょうちゃんだと絶対思ってた」


 真っ直ぐな視線で夕子は、豪速球を投げてきた。

 

「ハハハ……そんな。いつの話よ」


 涼子の声は掠れ、ここでは上手く笑うことは出来なかった。

 

 本当に、いつの話だよ。

 例え記憶の中の結城くんがまだ鮮やかだったとしても、もう彼の人生とクロスすることはない。

 疲れが一気に押し寄せてきた。

 連日残業続きなのを無理して、このクラス会に参加したのだ。

 新しいワンピースを買って、髪も切りアッシュブラウンにカラーリングした自分が、滑稽で哀れに思えてくる。

 

 今日の主役である香山さんと戸倉くんが、壇上で晴れやかにスピーチするのを涼子はボーッと見つめていた。

 何回目かの乾杯の音頭をとる。

 カチカチとグラスの重なる音と共に、歓声があがる。

 会場は涼子を除外して、華やかな幸せモードに包まれていた。

 



 涼子は子供の頃からもの静かで、みんなが校庭を走り回る時間も、教室で本を読んでいた。

 そんな風だったから、校区割りで一緒に中学へ上がった同小女子たちとは微妙な距離感があって、最初は流されて同じバレーボール部に入ったけれど、数ヵ月で退部した。

 それはちょっとした嫌がらせで、伝達を涼子にだけ伝えないとか、二人組の柔軟の時にハブるとか、些細だが、普段はニコニコと話しかけ、登下校も一緒にしていた佐知子が主犯だと知って、バカらしくなった。

 無理して続ける程、バレーボールが好きなわけでもない。

 その嫌がらせの根本原因を、涼子は知っていた。


 

 結城昌文くんは、小学校の時から既に人気者だった。

 背が高く、ホリの深い顔立ちでスポーツ万能。

 少年野球チームではエースピッチャーで4番。

 彼にはわかりやすく目立つ記号が揃っている。

 

 ある時クラスの誰かが好きな子を言い合うという、くだらないゲームをはじめた。

 アニメのヒロインの名前を答えたり、アイドルの名前があがったりする中、結城くんの番になった。

 女の子はみんな固唾をのんで結城くんを見つめる。


「白石涼子」


 結城くんは、何てことないようにサラリと答える。

 クラス中が静まり返った。

 

「おまえー!マジ答えするの?」


 辻くんの焦ったような声で、やっとクラスはざわめきはじめる。


「キャーすごいー」 


「告白だよ。告白」


「りょうちゃんはどうなのよ!」


 問いつめる女子の目は誰も笑っていない。


「別に、嫌いじゃない……」


 小六の女の子の答えだ。

 気の利いたことも、はぐらかすことも出来なかった。

 女子の目はつり上がり、男子は調子にのって騒ぎまくる。

 クラスにカップルが誕生した。


 だからと言って実際に小学生カップルが、何をするわけでもない。

 結城くんは野球に明け暮れ、涼子は放課後図書室に寄る。

 たまに試合を観に来て欲しいと誘われる。

 学校でちょっとした時に話をする。

 近くにいなくても、目で追えば彼と自然と目が合う。

 そのくらいのことだった。

 そのくらいで、心が弾んだ。


 あの告白事件から涼子の中で結城くんは、野球の上手な男の子から特別な男の子に変わっていた。

 

 幸運だったのか結城くんと涼子は同じ中学で同じクラスになる。

 中学で彼は、野球部には入らなかった。

 それが何故なのかはわからない。

 ある時尋ねてみた。 

「気分じゃない」と、素っ気なく返答され、違和感が残った。

 結城くんと野球は、気分じゃないで片付けるような関わりには思えなかったけれど、涼子には何も言えなかった。

 

 

 入学して半年は過ぎた、夏休み明けくらいだっただろうか。

 結城くんと佐知子たちが集まってお喋りをしていた。

 彼らの席と涼子の席は近い距離で、所々言葉が洩れ聞こえてくる。

 何となく、涼子は自分の悪口を言われている気がした。


「だからー、部活も勝手にやめて、無責任なんよー」


「そうそう。ちょっと気取ってるやろあの子」


 クスクスと意地悪な笑い声がする。

 黙って聞いていた結城くんが口を開いた。


「……オレもそろそろやめようかな」


 キャーと、歓声があがる。


「そうだよ!やめなよ!」


「だから、言ってたじゃん」


 勢い弾む女子の声を聞きながら、涼子は机の下でギュッと親指を握りしめる。

 聞こえてないふり、わからないふりしか出来なかった。

 得意げな表情の佐知子と、目が合ったような気がする。

 その時、涼子の恋は砕けていた。

 

 佐知子たちとはそれからも、適当な話はする不思議な関係。

 正直ウザくはあったが、近所の幼馴染み。

 良いところも悪いところも知っている。

 ウマが合わない嫌なやつで片付けられる関係だった。

 きっとお互いに。

 

 対して結城くんのことは、許せなかった。

 どういう意図で彼があの言葉を口にしたのか定かではないが、嫌がらせを受けている相手と仲よくした挙げ句、もうやめる宣言をしたのだ。

 自意識過剰な中学女子の気持ちが壊れ、冷めていくには、充分過ぎる出来事。

 それから、彼と口を聞いた記憶はない。

 なるだけ視界に入らないように努めた。

 彼の存在を、消去したかった。

 

 修学旅行の涼子の写真が盗まれたとか、結城くんが後輩の女の子と付き合いはじめたとか、辻くんがいちいち報告にきて、意味深に笑う。


「誰が盗んだんやろな」


「あの子、誰かに似てると思わん?」


 辻くんの思わせぶりな発言を、フンと、鼻であしらう。

 連んでいる辻くんも無視する事に決める。

 結城くんがつけた傷は、彼らを消去することでしかチャラに出来なかった。

 

 結城くんは、二年になると野球部に入り地区大会で優勝した。

 学校中が盛り上がり、結城くんは中学でもヒーローになった。

 相変わらずエースで4番の彼には、やっぱり自分の存在なんてちっぽけだったと涼子に再自覚させる。

 結城くんは県外の高校に進学先を選んだ。

 卒業まで二人は接点も無く、それぞれの道へと完全に分離した。



 

 不思議な事に、涼子に鮮やかな傷をつけた苦い思い出も、時間が経つと、甘酸っぱい気持ちだけが残り、美化されていく。

 高校で映画部の先輩と付き合い、大学で大失恋も経験した。

 それに比べれば結城くんとは、恋とも呼べない拙い思い出。

 結城くんの事はずっと、意識しながら意識から外していた。

 だから、逆に夢が広がった。

 訪れた再会の機会を心待ちにしていた。

 まさか結婚しているなんて、子供がいるなんて、想像だにしなかった。

 

 私たちはまだ25だ。

 25。そう、もう25か。


 その夜は二次会に行く同級生たちの流れから外れ、夕子と飲みに出掛けた。

 飲まないと眠れそうにはなかった。


 

 


 




 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ