プロローグ
苦しい。
息ができない…。
ガタゴト、ガタンガタンーー大阪市営地下鉄の路線の一つ、御堂筋線は満員であった。乗客は押し合いをしながらぎゅうぎゅう詰めにされている。
席に座り、スマホやら会話やら楽しむ「幸運」な者。優先座席に堂々と座り込む若い乗客を、杖をついた老婆が睨みつけている。
(最悪ーー何このニオイ)
その満員電車に乗っていた難波みなみは、前に立つ洋梨体型中年のオジサンの体臭に思わず鼻を摘んだ。
みなみは仲間の江坂亜衣の方にちらりと目をやる。亜衣も亜衣で苦労をしている様子であった。亜衣自慢の巨乳は、誰かの背中で潰されている。
(亜衣ちゃん、可哀想やなぁ)
亜衣の顔はこう語っていた。「ここから出して下さい。何でもします」
亜衣以外のみなみの仲間である梅田奏は、まるで人形の様に完全に静止しており、金岡瑠以子は運良く席を確保していた。おまけに瑠以子は余裕顔で小説を読んでいるではないか。カバーには「ノルウェイの森」と記されていた。
(村上春樹さんやっけ)
そしてその瑠以子の隣には、如何にもギャルちっくな安孫子梨々香が、不満そうに座っている。
金髪にピアス、そして口にはポッキー二本。
怖がっているのか、梨々香の近くにはあまり人がいない。
みなみは思わず吹き出しそうになる。
「ーーメンズ、レディースファッションの△△へお越しのお客様は次でお降り下さい」
車内アナウンスが流れる。
みなみは降りる準備をした。そして仲間達に合図をすると、なるべくドア付近に移動して行く。
「すいません、ごめんなさい」
この言葉を多数の乗客に繰り返しながら、みなみはドアの真ん前というラッキーな場所を獲得した。
自分のことを迷惑そうに見る乗客の視線を感じたが、みなみはそんなこと気にしない。
(だって、急いでるんやから)
ガチャンーードアが開く。
「みんな、走って付いて来てな!」
みなみは仲間達に一言声を掛けると、エスカレーターを駆け上がり、改札口までダッシュして行った。