❶なんだコイツ。
❶なんだコイツ。
「あ"ー、学校かよ。めんどくせーな。」
2004年4月8日、この日、1人の小学1年生が二日酔いのオッサンのようにしゃがれ声を出していた。
今日が小学校入学の日。普通の可愛らしい新1年生なら、この日をものすごく楽しみにしていることだろう。広い未来に夢を膨らませ、ピッカピッカのランドセルを背負い、喜びに満ちた顔で新1年生とその両親が校門をくぐり抜ける…。そんな微笑ましい光景が目に浮かぶが、このしゃがれ小学生とその両親はちょいと、というか、すごく、というか、ものすごく、というか、超超超超違っていた。目の下にはクマがあり、疲れきったダランとした歩き方、口は今魂を出していますというようにカパンと開き、目は虚ろ、葬式にいくかのような真っ黒な服装、手には数珠まで持っている。あ、違った。真珠のネックレスぶち壊して手に持ってるだけだった。ゴメンゴメンモンゴメリ。それはともかく、そこの空気だけものすっごく重たかったのだ。
その親子は校門を抜けるとすぐにクラス名簿が書かれた模造紙が貼ってある壁に足を運んだ。そして1組から順番に見ていって、3分後、11組の名簿で目が止まった。視線の先には、「出席番号11番 錫田根堊鋒夢」とあった。どうやらしゃがれ小学生の名前は錫田根堊鋒夢と言うらしい。バカげた名前だ。
「よぉ!アホウム!Long time no see!」
突然アホウムに声をかけてくる者があった。びっくりして心臓が止まりそうになったアホウムは、ギクギクと後ろを向いた。そこには、幼稚園が一緒だった巣田四維鴑が立っていた。ビシッと蝶ネクタイで決めている。
「元気だの。若者っていいね。若人っていいね。チビッコっていいね。」
アホウムは少し嬉しそうな顔をしたが死人みたいなことに変わりはない。
「うん!だって、今日は待ちに待った入学の日だよ?僕、6歳になって小学校に通う日を楽しみにしてたんだぁ!」
シイドは天国の雲で跳ねているように元気である。
「おめでとう。×100。僕は4月2日生まれだからもう7歳なの。あんたらより年老いてるの。だから、席とか譲ってね。」
アホウムは力なく拍手した。
「あ、そうだったね。誕生日おめでとう!じゃあさ、一緒に教室に行こうよ。アホウムも11組でしょ?」
シイドはニコニコしながらアホウムの手を引っ張った。アホウムは「ウゲッ。」と一瞬ジジイの声を張り上げたが、何事もなかったかのように「そうね。」と笑い、シイドについていった。
「うちの子ったらぁ〜、喜んじゃってぇ〜、ん〜、かわゆいわぁ〜。」
その姿を見ていたシイドの母がほっぺを両手で押さえて言った。
「でもでもぉ〜、おたくの服装、ちょっと行き先間違ってるんじゃありませ〜んのぉ?」
シイドの母は、誰もが不気味がるアホウムの母、鴉簔子の服装について指摘した。鴉簔子は1度自分の服装を見回してから、
「人はいつか死ぬものよ。」
とニヤリと笑った。シイドの母はその笑みにビビったが、すぐに気を取り戻して、
「疲れてるんじゃありませんのぉ?おたくの子、まだ新しいお父様に慣れてないんじゃなくて?」
と心配そうに尋ねた。
「新しいお父様?」と思うかもしれないが、これには深ーい、深ーい、日本海溝くらい深ーい事情があるのだ。
軽々と公表しちゃうと、アサコは離婚したんだなぁ。アホウムが3歳の時だ。アホウムにはほとんど父の記憶がない。アサコはその2年後、錫田根帑威縷という男と再婚した。今から1年前のことである。アサコは昔の父のことはアホウムには隠しているつもりである。アホウムが気づいているのかいないのかは知らねぇが、とにかく、今までこの話になったことは一度もない。
「オホホホホ。大丈夫ですよ。アホウムがネズミだったことなんて誰にもバレてませんから。」
いや、答えになってねーよ!ってか、ネズミだったんかいっ!それって今バラしちゃっていーの?いーの?それでいーの??とシイドの母は心の中で騒いだが、
「あ、それはよかったわね。」
と表は冷静さをギリチョンセーフで保った。
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そのころ、アホウムとシイドは無事11組の教室に辿り着き、自分の席に座っていた。
「友達いねぇなぁ〜。」
アホウムは頬杖をつきつぶやいた。そしてチラリと隣の席を見てみた。机には、「銅鑼愛里」とシールが貼られている。どんな人なんだ?と思って空いている席を眺めていると、こちらに近づく女の子が見えた。まさか、と思い顔を上げると、そこにはクラスに1人はいる美人の女の子がいるではないか?!その女の子はアホウムの隣の席を見て、「ここだ!」と高い声で言うとゆっくり座った。
「よろしく!べっぴんさん。」
アホウムは友達作りに努めようと、無理に笑ってみせた。
「べっぴんさん?私の名前はアイリなんだけど。名前間違えないでくれる?」
アイリは目をパチクリさせて言った。クソッ、こいつ日本語わかんねーのかよ!せっかく褒めてやったのに。無駄に体力消費したー、あ"ーサイアクーー。アホウムはそんな言葉を頭に並べたてたが怒りを抑えて、
「ああ、アイリちゃんなのね。僕漢字読めないから…。ゴメンゴメンモンゴメリ。」
と苦笑いして頭を掻いた。怒りを抑えられたのね、キレるのをガマンしたのね、すごい!偉いぞ!アホウム!!
つーことで微妙に1人だけ友達をGETすることに成功した?アホウム!さて、この調子でやってくか、と思っていると、
「おいアホウム!」
シイドが声をかけてきた。
「なんだ??」
アホウムがジロリとそちらを見ると、シイドの後ろに見知らぬ人物が立っていた。
「俺の友を紹介するよ!こちらは永池渡三蛇だっ!!」
シイドは大声でそう言うと、後ろに立っていた人物を指差した。
「よろしく。トミジャです。」
トミジャと名乗る人物はそう言って手を差し出してきた。握手を求めるてだと悟りアホウムはその手を握り、
「錫田根堊鋒夢です。よろしく。」
と一応自分の中の元気の良さで言った。その時、なんとなく、
「あなた、地味杉保育園に通っていましたね?ひょっとして将棋やってたりする?」
と聞いてみた。するとトミジャは目を丸くして、
「そのとおりだよ!どうしてそれを?」
と不思議そうに言った。アホウムは自分のカンがピッタリ的中して恐ろしくなったが、当たり前ですよと言わんばかりに、
「ちょっとね。推理ですよ、推理。」
とカッコつけてみた。
ちょうど話が途切れたところでガラガラッと教室のドアが開いた。見ると、スーツをピシッときた若者が立っている。22、23くらいだろうか。まだ顔にはあどけなさが残っている。左手には健康カードを抱え、右手は鉛筆でペン回しをしている。ひょろっとした体格で背が高いせいか、顔の半分上が見えない。
「みんなぁ!おはよう!!」
その若者は明るく言うと、教室に一歩足を踏み入れた。と同時にゴガッと鈍い音が響いた。
「いでっ。」
若者は途端によろめくと、頭を抱えて悶絶しはじめた。どうやら頭を壁にぶつけたらしい。背が高いんだからそのまま歩いたら頭ぶつけることくらいわかっとけや、と教室の1年生の誰しもが思う。
「いやぁ、ゴメンネ。こんな先生が担任で。」
若者はヒャッヒャッと笑うと一歩踏み出した。とちょうど踏み出した足の下の床にさっき自分で落とした健康カードが……………。
「Wow!」
案の定、若者ティーチャーはツルンと滑り頭を打ちそうになった。
「もー。そんなところにいちゃダメじゃないか?健康カード君?」
「あんたが落としたんだろ。」と健康カードは言いたいだろう。うん、その考え正しいよ。自信持ってね、健康カード殿!
「アレ?もしかして女の子だった?ゴメンネ。健康カードちゃん。」
どうでもよいわ。つーか、さっさと教室入れや、とアホウムは思った。いや、アホウムに限らずこの教室の全員が思った。そんなみんなの冷たい視線を感じ取ったのか、若者先生は素早く立ち上がると、「オホン。」と咳払いしてようやく中に入った。
「では改めまして、おはようございまーーすっ!!」
若者先生は教卓に両手を押し付けると勢い良く言った。1年生も威勢良く、「おはようございます!」と返した。
「いい挨拶ですね!挨拶は心の元気です。挨拶でいい1日が始まります。みんな、挨拶を心がけましょうね!」
「はーい!!」
こいつ、意外と教師らしいこと言うじゃねーか、とアホウムは少し感心した。若者先生はちょいとドヤ顔をして、
「では僕の名前を紹介しまーす。」
と黒板パンパンにどでかい字を書き始めた。相手が1年生なのにもかかわらず、バリバリ漢字で書いている。1年生はトンチンカンといった顔だ。
「おっ。この漢字見たことあるぞ。」
アホウムは目を大きく開いた。黒板には「動」とある。アホウムは読み方まではわからなかった。
「僕の名前は、じゅう ちからと言います。「うごく」じゃないからね。ウヘヘ。」
大爆笑!といくつもりだったのだろう。本人は。しかし現実では沈黙という地獄が訪れた。チカラ先生とかいう先生は、
「え、えー、さて、んじゃ、ウハハ…。」
と少々取り乱している様子。でもやっとの事で気を取り直して、
「では健康観察をしたいと思います。」
と健康カードを取ろうとした。でもでもでもでもその健康カードが手元にない。
「あれれれれぇ〜?健康カードが無いぞぉ?ここで問題でぇーすっ!僕は健康カードをどこに隠したでしょーかぁー?」
突然のクイズ。1年生だと思って舐めんじゃねーぞ!おメェの意図はわかってんだ!!どーせどこに健康カード置いたかわからなくなったからクイズといって子供達に探させるってのが目的なんだろ?!&おもしろ楽しいクイズを出してくれる優しい先生だという好印象もつけられるし。一石二鳥ってわけだ。
「うわぁ、どこだろどこだろ?」
アホウムはわざと騙されたふりをして席を立った。そしてわざとらしく床を見回し、
「どこだろなぁ。」
とつぶやきながら先生がずっこけた方のドアを開けた。
「あったあった!ここに置いてあったよ、先生!!」
ドアの向こうの廊下には寂しそうに健康カードが一人ぼっちでいた。
「おお!きみ、ナイスだね!!」
チカラ先生は助かった、と安堵の表情でアホウムから健康カードを受け取った。
「もう失くさないでね。」
アホウムは健康カードを渡すと冷たく言った。先生はギクリ、と眉をピクピク痙攣させたが、
「なーに言ってるんだい?隠してたんだよ。」
とぎこちなく笑った。
「では、では。健康観察はじめまーす!」
気を取り直して先生は健康カードを開いた。そして最初の生徒の名前を呼ぼうと息を吸い込んだ。っとその時!
「グッドモーニングエブリワーン?」
というものすごくデカい女の人の声がドア周辺から聞こえてきた。見ると、メガネをかけた外人っぽい女性が鋭い目つきでチカラ先生を見つめていた。
「アハッ!どうしました?愛しの真智子スェンスェイ♡」
チカラ先生はその女性を見た途端キラーンと目を光らせ駆け寄った。どうやらチカラ先生はこの女性にベタ惚れのようだ。
「チカラ先生?あなたはどうしてこちらにいらっしゃるのでしょう?」
女性の方は表情一つ変えず機械的に言った。その言葉にチカラ先生は一瞬?マークを頭に浮かべたが、すぐに取り消した。
「そ、そういえばココは……1の11!」
「そうですよ。1の11は私の受け持つクラスです。あなたは6の3ではありません?」
「そうだ!あ"〜、だから間違えたんだ。1の11と6の3っていかにも似てますねー。」
似てねーよ。全くこれっぽっちもあってませんよ!一体どことどこを間違えたのかが気になる。
「せっかく仲良くなったのになぁ。アホウム君…。」
チカラ先生は残念そうに口を尖らせ、アホウムを見た。アホウムは愛想笑いを浮かべ、
「僕残念です。」
とお世辞を言っといた。心の中ではまともな先生が担任でホッとしている。その代わり6の3では大騒ぎだろう。
「瓦順子です。よろしく。」
新しい先生は教室に入るとそう挨拶した。その途端教室中がざわめいた。その中でアイリがみんなを代表するように手を上げた。
「なんです?」
カワラ先生はアイリをギロリと見た。アイリはバシッと立つとみんなが抱いている疑問をぶちつけた。
「なーんで先生は『真智子』という名前があったり『順子』という名前があったりするんですかぁ?」
うんうんとみんなが頷く。カワラ先生はくすりと笑って、
「私の本当の名前は『順子』よ。『真智子』って呼んでるのはあのドアホ先生だけ。噂によるとあの先生の幼稚園のころの元カノの名前だそうよ。いつまでたっても忘れられないのね。可哀想に。」
と不気味に言った。
「は、はぁ…。そうなんす、かぁ…。」
アイリはものすごく暗い気分で席についた。その顔は抜け殻のようだった。
そのあとはさすがまともな先生!フツーに終わった。入学式も全国どこでもやってるような平凡なものだった。だからココは省略ネ。
******************
その日の帰り道。アホウムは元からの友達シイドと、今日初めましてな感じのトミジャと共に歩いていた。あ、ついでに言うと3人の親も後ろからついてきていたのだけれども、アホウムにとっては邪魔だからどっか行けという存在だった。
それまでは3人の親がビーチャラバーチャリ安いスーパーの話をしていて、子ども3人はといえば母親とは正反対で黙って順番に小さな石ころを蹴り合っていたが、ふと母親3人の中央にいたシイドの母が、
「そうだわ!せぇーーっかく新品の友達が届いたんだから使ってあげたら!?」
と勢い良く言った。他の母親は顔を見合わせてしばらく首を傾げていたがうんと頷き、
「ナイスアイディーーーア♪」
と声を揃えて言った。アホウムは、
「日本語がちょいとどころかクソほど間違ってたところは指摘しないのね。」
とか思って呟いた。が、そんなアホウムの言葉は全然耳に入ってないらしい母親は勝手に子どもの遊ぶ約束を決めていた。
「じゃああ〜、今日の午後2時頃どう?あそこらへんの公園で。」
「あそこらへんの公園っていっても20箇所はあるわよ。どうするの?」
「ん〜、めんどくさったリンゴみたいにシワシワのババアくらい疲れたから、今から遊んじゃおうぜ!」
シイドの母がまた変な日本語をグバグバ話した。他の2人の母親はまたうーんとしばらく首を傾げていたが、うんと頷き、
「ナイスアイディーーーア♪」
と声を揃えた。それを見ていたアホウムは慌てて、
「もう少し経ってからにしようよ。まだ、昼ごはんも食べてないことだし。疲れて屁しちゃいそうだよ。」
とお疲れ度をアピールする。しかーし、アホウムの母、アサコはアホウムの頭をゴリゴリやって、
「昼メシなんてなあ、そこらへんのダンゴムシでも食ってろってんだ。ハッ!」
と1年間磨いてない歯の詰まった口の息をアホウムにぶつけた。
「うへっ。ダンゴムシよりキツい…。」
アホウムは精神的に参ってしまった。
さ、これからアホウムには、%$81☆×なことや、*€^々4¥なことや、##at×6°°°_@なことが起こっていく気がするんだけど、そんなことはまっったく想像もしないアホウム7歳なのであった。
__________________________つづく