第8話 雑炊
今日は3話投稿します。
第8話 雑炊
第9話 堂本耀
第10話 強個体
ご注意を
午前9時。
夏が本格化する時刻に突入して、ぐんぐん温度が上がっている。
「帽子あって良かったね」
「……そうだな」
自宅を出てから1時間程度歩いているが、これが全然進まない。
歩いているというより、ほとんど立ち往生だ。
今の所は道を歩いているが、今日は違う方法で行くか。
「家の塀を乗り越える感じで移動するか。道じゃなくて家から家を渡り歩くって言うのか?」
「疲れそうじゃない?」
「そうだがな。道に突っ立てると流石に黒に見つかるかもしれん。それに家が障害物になって黒がこっちを発見しにくい」
「……しょうがないか」
近くに一軒家の敷地内に入り、塀の近くまで移動した。
「……これ何回もやるのか?」
「自分で言っといて何言ってんのさ」
塀は2mとまでは行かないが、割とある。
田舎なのか微妙なこの地域にふさわしい微妙な高さだ。
「それじゃ、私から行こうかな」
と言うと少し距離を取って、走ってジャンプするだけで塀を越えた。
世界陸上出た方が良いよ?
俺もえっちらおっちら塀を乗り越え、メイの待つ場所まで行く。
体力の消費と移動距離が見合って無い。
この案やっぱりダメ。
俺も『靴』が有ったらやった。
ようやく塀を乗り越えメイを見ると、顔がにやけている。
「……なんだその顔は」
「んぅ?……何がぁ?……ふぅっ」
笑いが堪えきれないようで、最後には少し口から空気が漏れ出た。
「自分はできるのに、柊さんできないの?」、って感じだろ。
別に?力だよ。こんなの。いや?やろうと思えば俺だって飛び越えられるし。
余裕。
余裕のよっちゃん。
でもね、これがやらないんだな。
やっても意味ないし。うん、意味ない。
「……やめやめ、普通に行くぞ」
「……分かったよ。そんな睨まないで……」
に、睨んでねーし!見てるだけだし!
少しすれば黒は移動し、どこかへ行く。
その隙をついて移動し、すぐさま家の敷地に侵入。
『耳』で状況を確認して、安全ならまた移動するを繰り返した。
安全じゃなかった事は今の所ない。失敗したら戦うしかない。
しかしこの作戦でもメイは邪魔では無く、この状況では俺の方が足を引っ張っている可能性すらある。
「……凄いな。さっき気づいたばっかりだが、足音がほとんどしてないぞ」
「うん。自分でもびっくり」
さっきまで立ち往生していたのは、メイが隠密行動ができるか分からなかったからだ。
俺一人なら失敗しようが自分で何とかするが、メイの事を考えれば危険な橋を渡る事は出来なかった。
だが、ふとした時『耳』を使えば俺以外の足音が全く聞こえなかった。
全くとは言いすぎだが、それでも『耳』を使わないと聞こえないレベルだ。
黒にこれが聞けるとは思わなかったので、賭けに出た。
結果は勝利。大勝利。
「『靴』は当たりみたいだね。柊さん」
「ああ、かなりいい。蹴り限定だが攻撃もあるし、移動も早い。
人間の特徴を忘れていたかもな」
「二足歩行、万歳!」
塀の傍でしゃがんで生物の進化に思いを馳せる。
他の力を蔑にする訳では無いが、ここまで色々な事が出来るのは他にあるのか?
どんな力なのか分からないまま選んだメイの勇気の勝利だ。
汎用性と言う点で群を抜いている可能性大。迷ったらこれを選ぶのもアリだ。
良い情報が手に入った。
それでもメイが陸上部だという事も忘れてはいけないか?
塀を飛び越えるのだって、普通やろうと思うか?
『靴』が有るからこそやろうと思ったかもしれないが。
「黒が一体ならある程度危険ではあるが、後ろを通り抜けるのもアリだな」
さっきから何回かやってるけど。
「……ちょい待ち。柊さん、暴走してない?」
メイが待ったをかけた。今更どうしたんだ?
「目的を間違えてるよ。学校に行くのが目的じゃない」
「は?何言ってんだ?それが目的だろ」
メイはやれやれこの人は、と小さくため息をつく。
本当に呆れているみたいだ。何か見落としていたか?
「最終目的は生き残る事だよ、柊さん。学校はおまけ」
反論できない。
確かに、さっきから移動する事だけ考えてわざわざ危険を冒している。
……最悪だ。これはダメだろ。
本末転倒だ。
「生き残れるならここから動かなくても良いのさ。
でも目的は無いのは辛い。だから学校に行く。これは良いんだよ」
「そうだったな。目的と手段をはき違えちゃダメだ」
「うん」
優しく微笑んで、頷いてくれる。
俺もここまで来るのに、何故か必死になって移動しようとしていた。
生き残るより移動する事に執着していた事を否定できない。
別視点があるとまったく違うものが見えてくる。
「安全になってから移動すればいいか」
「そのとーり!」
そのまま立ち上がって、敷地の家に入らせてもらった。
一旦休憩を取って、頭を冷やす事にした。
時刻は10時半。
移動をし始めて2時間以上。割と動いていた。
さっきの無茶な行軍で距離を稼いだ。
と言っても300m有るか無いかだ。
学校が俺の家から北に30分の場所にあるなら、だいたい2~3km程度か?
時速4~6kmで歩くと仮定すればそんなもんだろう。
長く見積もっても大体1kmの場所に学校はある。
メイにも確認を取ったが、大体合ってるらしい。
道案内もやってもらい、大変助かる。
「柊さん、早いけどご飯にしよっか」
カセットコンロを見つけたみたいで、こっちに持ってきた。
土鍋もあったようで、これで雑炊でも作ってくれるとの事だ。
しかし真夏で冷蔵庫が使えない状況で、どれくらいの食材が持つんだ?
そんなもんは分からないので、全部メイ任せ。
あいつのご飯美味いし。
それでもダメだったら最初からダメなだけ。
メイはまな板を持ってきて何か切ってる。
玉ねぎ?よく分かんない。腐ってないなら何でもいいわ。
取り敢えずぶち込めるもの全部ぶち込んだみたいで、本当に『雑』炊になった。
美味そうだからいいけど。
「できたよ。食べよっか」
「やっぱり美味そうだな。料理教えて貰ってたのか?」
「結構やってたよ。最初は嫌だったけど、その内楽しくなったよ」
懐かしそうに、寂しそうに、嬉しそうに。
「そうか。俺にとってはラッキーだ」
「なにそれ」
対面に座って机を挟んでいただきますをする。
「「いただきま――??」」
2人しかいなかった食卓に3人目が正座して現れた。
黒は机に両手をかけて、昭和を思い出させた。
ちゃぶ台返し。
「雑炊ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「せっかく作ったのにぃ!!」
机の上に載っていた土鍋がひっくり返り、中に入っていた米や具材がぶちまけられた。
米なんて今は超高級品なんだぞ!!
久しぶりに食べられると思ったのに!
いや、床に落ちてようが食う。美味いからいける。
その前に……ぶっ殺す!!
メイは慌てて下がり、ボウガンを手にしようとしている。
右腰にあるナイフに手を掛け、引き抜きながら攻撃。
立ち上がりながらの横薙ぎの振りは黒がバックステップで躱した。
強い。
ワンアクションで抜刀と立ち上がりと攻撃をこなしたのに、それを避けるか。
ご飯の時間を台無しにされた事は頭から追いやって冷静になる。
黒が離れた事で距離が生まれた。
後ろ目に見ればメイがボウガンの装填を終えそうだ。
あれはかなり強い。
回避力が高くて、防御が低い可能性もあるがたらればの話は意味が無い。
一撃で殺すに限る。
「メイ」
「了解」
俺の右斜め後ろから、いつもより真面目な態度で返答が帰ってくる。
これは昨日打ち合わせた作戦だ。
『耳』!
周りには居ない。
これでやれる。
黒は俺達二人を見比べ、どうするのか考えているような動きをしている。
……都合が良い。
大きく息を吸い、ほぼ賭けに近いような行動をする。
「うおおぉぉぉおおお!!」
突然の大声に黒の顔が完全に俺にくぎ付けになった。
同時にメイが射撃。
矢が胸のど真ん中に吸い込まれ、崩れ去った。
綺麗なリビングだったが、結構な面積が黒くなった。
ちゃぶ台返しされた机はひっくり返り、床がご飯をむさぼっている。
「……何しに来たんだよ」
ほとんど嫌がらせしかされていない。
貴重な米を台無しにして、あっという間に死にやがった。
メイが矢を回収して浮かない顔でこっちに来た。
「あーあ、あれどうする?」
目線は零れてしまったお昼ご飯に注がれている。
「いや、食うだろ。どう考えても」
当然のように食べる事を提案する。
勢いが大切だ。
「……食べるの?」
「行けるだろ!自分の作ったもんに自信持てよ!美味いから大丈夫だって!」
「そ、そう。そこまで言うなら食べようか」
メイに迫りすぎ、若干顔が赤くなっている。
強く言い過ぎた。
この家は綺麗に掃除されているし、それにちょっと落ちたもん食った所で何もない。
全部土鍋に戻して、次こそは頂きますをして食べ始めた。
床にこぼれても料理の味など変わる余地は無く、勝手に手が進む。
「やっぱ美味いな。それに米は久しぶりだ。この家金持ちだな」
メイが驚いたような顔をしてこっちを見た。
「え?そんなに高いっけ?」
メイもパクパク雑炊を放り込んでいく。
体に似合わず大食いだ。
「……そんな事も無かったような、有ったような?」
「……お金が無かったんだね」
自然に顔が下を向いてしまい、声が小さくなってしまう。
「……そうだよ」
米が昔より高いのは事実だが、それでも日本の米自給率は今でも90%以上ある。
主食だけは無くならないように、政府が頑張っていたのは記憶に新しい。
俺が自衛隊辞めて金が無くなっただけで、普通に働いてちょっと奮発すれば買える。
そんなもんだ。
気まずい空気になってしまい、黙々と美味い昼ご飯を食べた。
時刻は正午過ぎ。
2時間ほど休憩して、外に出てみると少し曇り始めていた。
「……雨降るのか?」
「……天気予報は?」
そんなのねーよ。
「いや、ラッキーだ。雨が降ればこっちの音も消える。気温も下がるし良い事尽くめだ」
「おお!なるほど。柊さん、頭良いね!」
そう言えば雨具は持って来ていなかった。
これを想定していなかった。
「カッパ貰ってくか」
「そうだね」
また家に戻って、家中ひっくり返すとようやく見つけた。
この間1時間。掛かり過ぎ。
予想通り雨が降り始めて、しとしと弱いが降っている。
それでも音は消えるし、気温が下がるのは本当にありがたい。
『耳』を確認しても支障はない。
多少ノイズみたいに聞こえるが、それ以上の性能だ。
午後1時。
学校まで移動する最初で最後のチャンスの可能性もある。
「雨が降っている間にできるだけ移動だな」
「賛成~」
玄関をゆっくり開けて、『耳』で周囲を確認する。
「……行くぞ」
無言の返答で、焦らず急がず着実に目的地に向かう。
門から顔を出しても誰もいない。
メイの誘導に従い、左に曲がる。
ゆっくり歩けば『耳』は万全とはいかないが、ちゃんと使えはする。
カッパに打ち付ける雨が少しうるさいが、それ以上に雨音がこの音を消してくれる。
実質、黒は音で俺達を捉えるのは難しい。
十字路に差し掛かった所で、右から黒の反応あり。
直進したら見つかるので、後ろを振り返り家の敷地に入り、気配を殺す。
ぱちゃぱちゃと水たまりを歩く音が、妙に生々しい。
黒が俺達のいる方向へ曲がって来てしまい、リスクが出てきた。
ナイフをゆっくり抜いて、メイにも準備させる。
ボウガンの装填には音が出てしまうが、今なら気づかれにくい。
『耳』を使いながら、緊張が走る。
黒が来ることをメイに教え、肩を叩く。
メイは頷き返して、ボウガンを膝立ちになって構えた。
俺もゆっくり立ち上がり、ナイフを構える。
前触れもなく黒が凄まじいスピードで門を飛び越してきた。
門に支点に片腕で支えて、カッコいい登場だ。
気づかれてたか。
でもダメだぜ。こっちには射撃経験者がいる。その行動は大きな隙だ。開けて入るべきだったな。
黒の着地を狙いメイが射撃して、矢は腹のど真ん中に刺さった。
今の所、頭か心臓に直撃すれば一撃死する。
あとはダメージが大きい場合だ。矢1本でダメージが飽和した試は無い。
まだ死なない。
「―――!」
怯んだ隙を見逃さず、右足から踏み出してナイフを突き出した。
体が固まっている黒の顔面にナイフが突き刺さり、黒い水を撒き散らしていなくなった。
水たまりになるはずの黒の液体も、雨に流されていく。
矢を回収して、メイの元に向かう。
野球帽のつばで顔が見にくいが、うまく行って嬉しそうだ。
矢を渡し、示し合わせたかのように腕を突き合わせた。
「「よし!」」
一戦交え、その場でちょっと休憩している。
まぁ、30m位しか移動してないけど。
「運が悪かったね。やっぱり黒が居る事が分かったら、さっさと矢を入れるべきかな?」
「そうだな。気づかれたのは矢が装填したときの音だろうな。流石にこの距離からは聞かれたか」
道と俺たちの間は5mも無い。
この距離では気づかれても仕方がない。
「次から気を付けよう」
「オッケ」
同時に立ち上がり、まだ見ぬ第一高校を見据える。
雨脚は強くなる。
もはやザーザー降りだ。台風と言う訳では無いが、傘だったら足なんてもう濡れきっていたはずだ。
視界がかなり悪い。
それに『耳』も大分阻害されている。
予想以上すぎて、もう俺達は有利じゃない。
完璧に劣勢に立たされている。黒優位の展開。
視界不良、聴力は雨音に阻害。それに長い間雨に打たれて体温が低下している。
カッパを着ているとはいえ、それなりに冷たさは感じる。
以上を理由に。
「ヤバい。さっさとどこかに避難しないと……!」
後ろを振り返り、メイにどこかの家に入ると言おうとした時、メイの行動が変になった。
眉間にしわを寄せ、何か集中している。
「おい、何してる。さっさと―――」
「柊さん、何か聞こえない?」
何を馬鹿なと言おうとしたが、あまりにも真剣なので無視する事もできない。
完全に移動を辞め、『耳』に集中した。
「――――――!!」
「……確かに何か聞こえる」
良く聞こえたな。
だが雨音が邪魔して、何を言っているのか分からない。
「どうだった?」
「聞こえるが、雨のせいで正確には分からない」
こうしている間にも何者かが大声を上げている。
怒鳴りながら何を言ってるんだ?
そこでふと気づいた。
「……人なのか?」
無意識にさっきから「言う」という単語を思い浮かべている。
それだけ言語の様なモノを感じる。
俺の小さな呟きがメイの耳に入った。
心底驚いたような顔をして、救出を提案する。
「え!?助けに行かなきゃ!」
そう言って全速力で走り始めた。
速すぎる!!
「待て!そっちじゃない!」
メイは急制動をかけてまたこっちに戻ってくる。
そして俺の手を引いて案内を求めてきた。
「早く行かないと!」
「……だが」
そいつは確実に窮地に立っている。
ここまで生き延びて、大声を上げるという愚行を犯している。
それだけ切羽詰った状況という事だ。
そこに割り込む?今この瞬間にも死んだかもしれない。
しかし俺の考え何てとても卑しいものだったのだ。
何一つ成長しない。
メイが声を荒げて叫んだ。
「私だけ助かるなんて不公平だ!!」
「ぐ……!」
気迫に押されてしまう。
済まない。黒沢夫妻。危地に赴く事になる。許してくれ。必ず守ってみせる。
「こっちだ行くぞ」
「……!うん!」
住宅街を駆け抜け、声のした方へと走る。
視界の無さは俺達の未来を表しているように感じた。