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人類よ、貴様らは増えすぎた  作者: tempester08
第一のゲーム『黒い人物』
8/32

第8話 雑炊

今日は3話投稿します。


第8話 雑炊

第9話 堂本耀

第10話 強個体


ご注意を

 午前9時。

 夏が本格化する時刻に突入して、ぐんぐん温度が上がっている。

 

 「帽子あって良かったね」


 「……そうだな」


 自宅を出てから1時間程度歩いているが、これが全然進まない。

 歩いているというより、ほとんど立ち往生だ。

 今の所は道を歩いているが、今日は違う方法で行くか。


 「家の塀を乗り越える感じで移動するか。道じゃなくて家から家を渡り歩くって言うのか?」


 「疲れそうじゃない?」


 「そうだがな。道に突っ立てると流石に黒に見つかるかもしれん。それに家が障害物になって黒がこっちを発見しにくい」


 「……しょうがないか」


 近くに一軒家の敷地内に入り、塀の近くまで移動した。


 「……これ何回もやるのか?」


 「自分で言っといて何言ってんのさ」


 塀は2mとまでは行かないが、割とある。

 田舎なのか微妙なこの地域にふさわしい微妙な高さだ。


 「それじゃ、私から行こうかな」


 と言うと少し距離を取って、走ってジャンプするだけで塀を越えた。

 世界陸上出た方が良いよ?


 俺もえっちらおっちら塀を乗り越え、メイの待つ場所まで行く。

 体力の消費と移動距離が見合って無い。

 この案やっぱりダメ。

 俺も『靴』が有ったらやった。


 ようやく塀を乗り越えメイを見ると、顔がにやけている。


 「……なんだその顔は」


 「んぅ?……何がぁ?……ふぅっ」


 笑いが堪えきれないようで、最後には少し口から空気が漏れ出た。

 「自分はできるのに、柊さんできないの?」、って感じだろ。

 別に?力だよ。こんなの。いや?やろうと思えば俺だって飛び越えられるし。

 余裕。

 余裕のよっちゃん。

 でもね、これがやらないんだな。

 やっても意味ないし。うん、意味ない。


 「……やめやめ、普通に行くぞ」


 「……分かったよ。そんな睨まないで……」


 に、睨んでねーし!見てるだけだし!


 

 

 少しすれば黒は移動し、どこかへ行く。

 その隙をついて移動し、すぐさま家の敷地に侵入。

 『耳』で状況を確認して、安全ならまた移動するを繰り返した。

 安全じゃなかった事は今の所ない。失敗したら戦うしかない。

 しかしこの作戦でもメイは邪魔では無く、この状況では俺の方が足を引っ張っている可能性すらある。


 「……凄いな。さっき気づいたばっかりだが、足音がほとんどしてないぞ」


 「うん。自分でもびっくり」


 さっきまで立ち往生していたのは、メイが隠密行動ができるか分からなかったからだ。

 俺一人なら失敗しようが自分で何とかするが、メイの事を考えれば危険な橋を渡る事は出来なかった。


 だが、ふとした時『耳』を使えば俺以外の足音が全く聞こえなかった。

 全くとは言いすぎだが、それでも『耳』を使わないと聞こえないレベルだ。

 黒にこれが聞けるとは思わなかったので、賭けに出た。

 結果は勝利。大勝利。


 「『靴』は当たりみたいだね。柊さん」


 「ああ、かなりいい。蹴り限定だが攻撃もあるし、移動も早い。

 人間の特徴を忘れていたかもな」


 「二足歩行、万歳!」


 塀の傍でしゃがんで生物の進化に思いを馳せる。

 他の力を蔑にする訳では無いが、ここまで色々な事が出来るのは他にあるのか?

 どんな力なのか分からないまま選んだメイの勇気の勝利だ。


 汎用性と言う点で群を抜いている可能性大。迷ったらこれを選ぶのもアリだ。

 良い情報が手に入った。

 それでもメイが陸上部だという事も忘れてはいけないか?

 塀を飛び越えるのだって、普通やろうと思うか?

 

 『靴』が有るからこそやろうと思ったかもしれないが。


 「黒が一体ならある程度危険ではあるが、後ろを通り抜けるのもアリだな」


 さっきから何回かやってるけど。


 「……ちょい待ち。柊さん、暴走してない?」


 メイが待ったをかけた。今更どうしたんだ?


 「目的を間違えてるよ。学校に行くのが目的じゃない」

 

 「は?何言ってんだ?それが目的だろ」


 メイはやれやれこの人は、と小さくため息をつく。

 本当に呆れているみたいだ。何か見落としていたか?


 「最終目的は生き残る事だよ、柊さん。学校はおまけ」


 反論できない。

 確かに、さっきから移動する事だけ考えてわざわざ危険を冒している。

 ……最悪だ。これはダメだろ。

 本末転倒だ。


 「生き残れるならここから動かなくても良いのさ。

 でも目的は無いのは辛い。だから学校に行く。これは良いんだよ」


 「そうだったな。目的と手段をはき違えちゃダメだ」


 「うん」

 

 優しく微笑んで、頷いてくれる。

 俺もここまで来るのに、何故か必死になって移動しようとしていた。

 生き残るより移動する事に執着していた事を否定できない。

 別視点があるとまったく違うものが見えてくる。


 「安全になってから移動すればいいか」


 「そのとーり!」


 そのまま立ち上がって、敷地の家に入らせてもらった。 

 一旦休憩を取って、頭を冷やす事にした。



 時刻は10時半。

 移動をし始めて2時間以上。割と動いていた。

 さっきの無茶な行軍で距離を稼いだ。

 と言っても300m有るか無いかだ。


 学校が俺の家から北に30分の場所にあるなら、だいたい2~3km程度か?

 時速4~6kmで歩くと仮定すればそんなもんだろう。

 長く見積もっても大体1kmの場所に学校はある。

 メイにも確認を取ったが、大体合ってるらしい。

 道案内もやってもらい、大変助かる。


 「柊さん、早いけどご飯にしよっか」


 カセットコンロを見つけたみたいで、こっちに持ってきた。

 土鍋もあったようで、これで雑炊でも作ってくれるとの事だ。

 しかし真夏で冷蔵庫が使えない状況で、どれくらいの食材が持つんだ?


 そんなもんは分からないので、全部メイ任せ。

 あいつのご飯美味いし。

 それでもダメだったら最初からダメなだけ。


 メイはまな板を持ってきて何か切ってる。

 玉ねぎ?よく分かんない。腐ってないなら何でもいいわ。


 取り敢えずぶち込めるもの全部ぶち込んだみたいで、本当に『雑』炊になった。

 美味そうだからいいけど。


 「できたよ。食べよっか」


 「やっぱり美味そうだな。料理教えて貰ってたのか?」


 「結構やってたよ。最初は嫌だったけど、その内楽しくなったよ」


 懐かしそうに、寂しそうに、嬉しそうに。

 

 「そうか。俺にとってはラッキーだ」


 「なにそれ」


 対面に座って机を挟んでいただきますをする。


 「「いただきま――??」」


 2人しかいなかった食卓に3人目が正座して現れた。

 黒は机に両手をかけて、昭和を思い出させた。


 ちゃぶ台返し。


 「雑炊ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 「せっかく作ったのにぃ!!」


 机の上に載っていた土鍋がひっくり返り、中に入っていた米や具材がぶちまけられた。

 米なんて今は超高級品なんだぞ!!

 久しぶりに食べられると思ったのに!

 いや、床に落ちてようが食う。美味いからいける。


 その前に……ぶっ殺す!!


 メイは慌てて下がり、ボウガンを手にしようとしている。

 右腰にあるナイフに手を掛け、引き抜きながら攻撃。

 立ち上がりながらの横薙ぎの振りは黒がバックステップで躱した。


 強い。


 ワンアクションで抜刀と立ち上がりと攻撃をこなしたのに、それを避けるか。

 ご飯の時間を台無しにされた事は頭から追いやって冷静になる。


 黒が離れた事で距離が生まれた。

 後ろ目に見ればメイがボウガンの装填を終えそうだ。

 あれはかなり強い。

 回避力が高くて、防御が低い可能性もあるがたらればの話は意味が無い。


 一撃で殺すに限る。


 「メイ」


 「了解」


 俺の右斜め後ろから、いつもより真面目な態度で返答が帰ってくる。

 これは昨日打ち合わせた作戦だ。


 『耳』!


 周りには居ない。

 これでやれる。


 黒は俺達二人を見比べ、どうするのか考えているような動きをしている。

 ……都合が良い。

 大きく息を吸い、ほぼ賭けに近いような行動をする。


 「うおおぉぉぉおおお!!」


 突然の大声に黒の顔が完全に俺にくぎ付けになった。

 同時にメイが射撃。

 矢が胸のど真ん中に吸い込まれ、崩れ去った。

 

 綺麗なリビングだったが、結構な面積が黒くなった。

 ちゃぶ台返しされた机はひっくり返り、床がご飯をむさぼっている。


 「……何しに来たんだよ」


 ほとんど嫌がらせしかされていない。

 貴重な米を台無しにして、あっという間に死にやがった。


 メイが矢を回収して浮かない顔でこっちに来た。


 「あーあ、あれどうする?」


 目線は零れてしまったお昼ご飯に注がれている。


 「いや、食うだろ。どう考えても」


 当然のように食べる事を提案する。

 勢いが大切だ。


 「……食べるの?」


 「行けるだろ!自分の作ったもんに自信持てよ!美味いから大丈夫だって!」


 「そ、そう。そこまで言うなら食べようか」


 メイに迫りすぎ、若干顔が赤くなっている。

 強く言い過ぎた。


 この家は綺麗に掃除されているし、それにちょっと落ちたもん食った所で何もない。

 全部土鍋に戻して、次こそは頂きますをして食べ始めた。


 床にこぼれても料理の味など変わる余地は無く、勝手に手が進む。


 「やっぱ美味いな。それに米は久しぶりだ。この家金持ちだな」


 メイが驚いたような顔をしてこっちを見た。


 「え?そんなに高いっけ?」


 メイもパクパク雑炊を放り込んでいく。

 体に似合わず大食いだ。


 「……そんな事も無かったような、有ったような?」


 「……お金が無かったんだね」


 自然に顔が下を向いてしまい、声が小さくなってしまう。


 「……そうだよ」


 米が昔より高いのは事実だが、それでも日本の米自給率は今でも90%以上ある。

 主食だけは無くならないように、政府が頑張っていたのは記憶に新しい。


 俺が自衛隊辞めて金が無くなっただけで、普通に働いてちょっと奮発すれば買える。

 そんなもんだ。

 気まずい空気になってしまい、黙々と美味い昼ご飯を食べた。





 時刻は正午過ぎ。

 2時間ほど休憩して、外に出てみると少し曇り始めていた。


 「……雨降るのか?」


 「……天気予報は?」


 そんなのねーよ。


 「いや、ラッキーだ。雨が降ればこっちの音も消える。気温も下がるし良い事尽くめだ」


 「おお!なるほど。柊さん、頭良いね!」


 そう言えば雨具は持って来ていなかった。

 これを想定していなかった。


 「カッパ貰ってくか」


 「そうだね」


 また家に戻って、家中ひっくり返すとようやく見つけた。

 この間1時間。掛かり過ぎ。


 予想通り雨が降り始めて、しとしと弱いが降っている。

 それでも音は消えるし、気温が下がるのは本当にありがたい。


 『耳』を確認しても支障はない。

 多少ノイズみたいに聞こえるが、それ以上の性能だ。


 午後1時。

 学校まで移動する最初で最後のチャンスの可能性もある。


 「雨が降っている間にできるだけ移動だな」


 「賛成~」


 玄関をゆっくり開けて、『耳』で周囲を確認する。


 「……行くぞ」


 無言の返答で、焦らず急がず着実に目的地に向かう。


 門から顔を出しても誰もいない。

 メイの誘導に従い、左に曲がる。


 ゆっくり歩けば『耳』は万全とはいかないが、ちゃんと使えはする。

 カッパに打ち付ける雨が少しうるさいが、それ以上に雨音がこの音を消してくれる。

 実質、黒は音で俺達を捉えるのは難しい。


 十字路に差し掛かった所で、右から黒の反応あり。

 直進したら見つかるので、後ろを振り返り家の敷地に入り、気配を殺す。


 ぱちゃぱちゃと水たまりを歩く音が、妙に生々しい。

 黒が俺達のいる方向へ曲がって来てしまい、リスクが出てきた。


 ナイフをゆっくり抜いて、メイにも準備させる。


 ボウガンの装填には音が出てしまうが、今なら気づかれにくい。

 『耳』を使いながら、緊張が走る。


 黒が来ることをメイに教え、肩を叩く。

 メイは頷き返して、ボウガンを膝立ちになって構えた。


 俺もゆっくり立ち上がり、ナイフを構える。


 前触れもなく黒が凄まじいスピードで門を飛び越してきた。

 門に支点に片腕で支えて、カッコいい登場だ。


 気づかれてたか。

 でもダメだぜ。こっちには射撃経験者がいる。その行動は大きな隙だ。開けて入るべきだったな。


 黒の着地を狙いメイが射撃して、矢は腹のど真ん中に刺さった。

 今の所、頭か心臓に直撃すれば一撃死する。

 あとはダメージが大きい場合だ。矢1本でダメージが飽和した試は無い。

 まだ死なない。


 「―――!」


 怯んだ隙を見逃さず、右足から踏み出してナイフを突き出した。

 体が固まっている黒の顔面にナイフが突き刺さり、黒い水を撒き散らしていなくなった。

 水たまりになるはずの黒の液体も、雨に流されていく。


 矢を回収して、メイの元に向かう。

 野球帽のつばで顔が見にくいが、うまく行って嬉しそうだ。

 矢を渡し、示し合わせたかのように腕を突き合わせた。


 「「よし!」」




 一戦交え、その場でちょっと休憩している。

 まぁ、30m位しか移動してないけど。


 「運が悪かったね。やっぱり黒が居る事が分かったら、さっさと矢を入れるべきかな?」


 「そうだな。気づかれたのは矢が装填したときの音だろうな。流石にこの距離からは聞かれたか」


 道と俺たちの間は5mも無い。

 この距離では気づかれても仕方がない。


 「次から気を付けよう」


 「オッケ」


 同時に立ち上がり、まだ見ぬ第一高校を見据える。

 雨脚は強くなる。




 もはやザーザー降りだ。台風と言う訳では無いが、傘だったら足なんてもう濡れきっていたはずだ。

 視界がかなり悪い。

 それに『耳』も大分阻害されている。

 予想以上すぎて、もう俺達は有利じゃない。

 完璧に劣勢に立たされている。黒優位の展開。

 視界不良、聴力は雨音に阻害。それに長い間雨に打たれて体温が低下している。

 カッパを着ているとはいえ、それなりに冷たさは感じる。

 以上を理由に。


 「ヤバい。さっさとどこかに避難しないと……!」

 

 後ろを振り返り、メイにどこかの家に入ると言おうとした時、メイの行動が変になった。

 眉間にしわを寄せ、何か集中している。


 「おい、何してる。さっさと―――」


 「柊さん、何か聞こえない?」


 何を馬鹿なと言おうとしたが、あまりにも真剣なので無視する事もできない。


 完全に移動を辞め、『耳』に集中した。


 「――――――!!」


 「……確かに何か聞こえる」

 

 良く聞こえたな。

 だが雨音が邪魔して、何を言っているのか分からない。


 「どうだった?」


 「聞こえるが、雨のせいで正確には分からない」


 こうしている間にも何者かが大声を上げている。

 怒鳴りながら何を言ってるんだ?

 そこでふと気づいた。


 「……人なのか?」


 無意識にさっきから「言う」という単語を思い浮かべている。

 それだけ言語の様なモノを感じる。

 

 俺の小さな呟きがメイの耳に入った。

 心底驚いたような顔をして、救出を提案する。

 

 「え!?助けに行かなきゃ!」


 そう言って全速力で走り始めた。

 速すぎる!!


 「待て!そっちじゃない!」


 メイは急制動をかけてまたこっちに戻ってくる。

 そして俺の手を引いて案内を求めてきた。


 「早く行かないと!」


 「……だが」


 そいつは確実に窮地に立っている。

 ここまで生き延びて、大声を上げるという愚行を犯している。

 それだけ切羽詰った状況という事だ。


 そこに割り込む?今この瞬間にも死んだかもしれない。


 しかし俺の考え何てとても卑しいものだったのだ。

 何一つ成長しない。

 メイが声を荒げて叫んだ。

 

 「私だけ助かるなんて不公平だ!!」


 「ぐ……!」


 気迫に押されてしまう。

 済まない。黒沢夫妻。危地に赴く事になる。許してくれ。必ず守ってみせる。


 「こっちだ行くぞ」


 「……!うん!」


 住宅街を駆け抜け、声のした方へと走る。

 視界の無さは俺達の未来を表しているように感じた。

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