第5話 偽善
すいません。
今日は1話だけです。間に合いませんでした。
本当に危なかった。
上から幾度も殴られ、顔がかなり痛い。大分防いではいたが何発かいいのを貰った。
「……あの声が無かったら」
死んでた。
『助けて!!』。こう言ってた。
「……行かないと」
日本刀だけ回収して、矢を放置し声が聞こえた方へ駆けだした。
これで矢は残り27本。
……卑しい奴め。こんな時も自分の時ばかり。
自分を救ってくれた人物が窮地に立っているんだぞ。
矢なんてどうでもいいだろ。
声の人物は女性だ。
それも若い。あまり成熟しているような感じではなかった。
まだそんな人が生きていたのか。
奇跡に近い。
……良く考えれば、赤ん坊なんて瞬殺だ。
どうするつもりなんだ。小学生だって同義だ。親か?
黒に対して小学生じゃ殺される。
大人の力が無ければ生きれない。その大人が殺されている。
「……馬鹿」
何でそんなこと考えているんだ。
今は違う。
どこだ!?どこに居るんだ!?
立ち止まって集中する。
『耳』!
「―――イヤアァアァ!!」
マズイ!
だがすぐそこの家の中!
人生最高速度と言っても良い早さで家の前まで到達した。
玄関は経験上開かないと判断して、裏庭へと移動した。
ガラスが砕かれて、黒が侵入した跡がある。
風が吹いてカーテンが巻き上がる。部屋の中が丸見えとなり、内部が明らかになった。
居た。
人間が4人。大人が2人倒れて、一人の女の子と男が覆いかぶさっているように見える。
だが黒が見えない。
どこだ!?
『耳』!
……音が無い!?どうなってる。隠れているのか!
クソ。俺に気付いたのか!?
「やめて!!何で!?」
あの男は何をやっている?
なぜケツを出して少女に跨っているんだ?
意味が……。
「助けて!お父さん!お母さぁん!」
あの男……。
万死に値する。
分かれば行動は速かった。
家の中に入り、これまでのすべてを出す。
少女を今にも犯そうとしている男の横に移動して、右足の蹴りを繰り出す。
【柊流古武術『波風』】!!!!!
黒すら一撃で滅する横薙ぎの蹴りを男の脇腹に叩き込んだ。
分厚い脂肪が俺の蹴りを押し返そうと奮闘しているが、俺の技は……!!
「らああぁぁっぁぁああ!!」
「ぶおぇぇぇ!!」
蹴られた豚は空中に浮いて、凄まじい速度で壁に激突して、机を破壊して床に落下した。
突然の俺の登場に少女も呆然としている。
少女を一瞥した後、横たわる二人を見て唖然とした。
「……そんな」
包丁で刺されている。
倒れている場所から血が出て、もうすぐ死んでしまう事が嫌でもわかる。
その時豚が人の言葉を話して俺に怒鳴り散らしてきた。
「お、お前ェェ!!何するんだよ!!」
ちっ。『波風』喰らって生きてんのかよ。
どんだけ脂肪厚いんだ。
「この子を助けたに決まってるだろ。お前何やってんのか分かってんのか?」
「はぁ?お前ルール忘れてんのかよ。馬鹿だな!2つ目思い出してみろ!」
あぁ?2つ目?……何だっけ?
「……」
黙っていると豚は器用に表情を変えて、嘲笑を向けてきた。
「馬鹿が!教えてやるよ。『選別』中はあらゆる法・倫理の適用外となる、だ」
だからなんだ。
「それが?」
「だから、何やっても許されるっていう事だよ!」
やはり、ブタ。知能が足りていない。
「誰が『選別』後を保証してるんだ?言ってみろ」
「あえ?そ、そんなん国連に決まってんだろ!」
突如として焦りだした。醜い豚が……!
「そんな事言ってねぇだろ。適用外なだけだ。今だけ」
「そ、それは……」
「お前何やってんのか分かってんのか?殺人、強姦、住居侵入。お前これが普段の日本ならどうなってんだ?おい。言ってみろよ。」
「……あ」
豚は呆けたような顔をして、呆然としている。
ようやく自分がした事が分かったのか?マジか。
こいつどうなってんだ。幾ら法・倫理が適用外だからと言って人を殺して犯すのか?
……ああ。
「あれか、お前。ダメな方の日本人か」
「な、何を……」
「40年位前、日本で大きな地震があったのは知ってるな?
あの時の美談として日本人は窮地に陥りながらも規律を守った素晴らしい民族とある。
だが、全てがそうじゃない。少数だが、確実に略奪があった。
この和を重んじる日本であって、和を乱す輩は一定数いる」
豚を睨みつけて状況は分かっているが怒鳴らずにはいられない。
「お前のような奴だ!何でそんな行動をする!!
いや、お前の方が酷い!!
殺人に強姦だと!?死ね!!居なくなれ!!」
「そ、そこまで……」
床に膝をついて呆然とした顔で俺を見る。
手は震え、体中が微動している。
「そこまでだと!?お前は何をやったのか分かっているのか!!
この豚が!いや豚様に失礼だ!お前は世界の最底辺だ!
殺人強姦魔め!塵よりも低い。何よりも低い。分かるか!?
最も低いんだ!!お前は!!」
息が荒くなり、ハァーと息をつく。
世界の最底辺が俺に話しかけてきた。卑しい。俺よりも卑しい存在。
「だったら、何でこんなルールがあるっていうんだ!?言ってみろよ!!」
最底辺が逆切れをして俺に襲い掛かってきた。
こいつはもうダメだ。
終わってる。
俺よりダメだ。なぜまだ生きているんだ。
死ね。
【柊流古武術『天雷』】!!
両手の掌底が最底辺の腹に打ち付けられ、衝撃が全身に響き渡った。
内臓破壊を主とした攻撃だ。
どんな頑丈な奴でも内臓は鍛えられない。
ほぼ防御無視の必殺技と言っていい。得意技だ。
「ごおぉぉぉぉ……」
手を腹に当て、口から汚い涎を垂らし、床に大きな音をたてて倒れた。
それでも最底辺は俺を睨みつけてくる。
何だコイツ……!
左脚で最底の頭を踏みつけ、格の差を分からせる事にした。
ほぼ全力の力で踏みつける。
頭と床がギリギリとなって結構痛そうだね。
そう言えば、なんでコイツ俺の装備を見ても戦おうとするんだ?
殺されないとでも思ってんのか?
アホが。
その前に質問に答えてやる。
「さっきの質問だがな、答えてやるよ」
最底辺は痛みをこらえて俺をそれでも睨んでくる。
ウンザリだ。
「国連と思しき奴の言葉を覚えているか?」
そう、あいつはこう言っていた。
「『果てはアフリカですよ。2010年代辺りから爆発的に人口が増えたせいで、今あの地域は人でごった返し、食糧を手に入れるため毎日殺しがあります。―――』」
そして締めくくる。
俺の目と最底辺の目は合いっぱなしだ。
「『人の理性はどこに行った?』」
最底辺の目が見開かれ、完全に理解している顔になった。
「分かったか?2つ目のルールはこれを試していた筈だ。
こんな超法規的空間に落とされても規律ある行動をとる。
それが理性というモノじゃないか?
だがお前はこの誰でも分かるような罠にかかり、挙句こんな状態だ」
ボウガンに右手をかけ、もう少し喋る。
こいつは絶望して死んでほしい。
「お前はたかだか性欲に負け、人を殺し、犯そうとした」
最底辺は俺の手に持っている物に驚愕して、大声を上げ始めた。
「な、何やってるんだ!下ろせよ!」
「人の理性はどこに行った?」
最底辺の頭にボウガンを突きつけ、トリガーを引いた。
頭に矢が刺さった最底辺は数秒体をビクビクさせていたが、それで終わりだった。
最底辺に言った事なんてほとんど屁理屈に近い。
適用外と言ったら適用外だ。
遡及処罰の禁止なんてこんなの関係ない。
学校でちょっと聞きかじった知識じゃこのルールを覆せない。
ここで罪を犯したらどうなるのか?
どうなるんだろうな……。
だけど俺はもう自衛隊時代に何人も殺した。
このモノを壊したところで俺を罰しようと思えばいつでもできる。
処罰されるなら素直に受け入れるし、俺はそれでいいと思う。
だが日本はどうなっているんだろうな?
正常に機能するのか?司法は?
……どうでもいい。こいつは俺の命を恩人を犯そうとしていた。
それ以前に殺人強姦魔。
こいつに同情されるような余地はない。
100%こいつが悪い。
性犯罪は重罪。その前に殺人は重罪。
俺が刑を執行しただけ。
法務大臣がGOサインなんて出さないから、代わりに俺がやった。
それだけ。
終わり。
言い訳完了。
何秒固まっていたのか。
やってしまった。
「お兄さん!後ろ!」
「!?」
「―――!」
少女からの声で完璧に油断していた事に気が付いた。
突如現れた黒の蹴りが脇腹に食い込み、吹き飛ばされた。
壁に激突して、ボウガンを手放してしまう。蹴られた箇所から3mは移動した。
「ぐぁ……!」
あまりの痛みに絶句する。
脇腹はヤバい……。内臓が無事だといいが……。
それより黒の対応を……!
「こ、こっち来ないで!」
半裸の少女に向かって黒が動いている。
俺が標的じゃないのか!?
「ぐ……!」
必死に立ち上がり黒に迫ろうとしてたが、黒は脚を振りかぶって攻撃態勢をすでに整えていた。
やめろ!
「―――!」
「きゃああああ!!」
攻撃を開始した瞬間、時が止まるように感じる。
間に合わな―――!
「メイ!」
倒れていた一人の男性が必死の声を上げて少女の盾となり攻撃を受けた。
遠目からでも致命的な攻撃だ。
「ぐあああっぁぁぁあ!」
「お父さん!!」
父は娘の盾となり、致命的な一撃を包丁が刺さったままの腹に受けてしまった。
そのまま吹き飛ばされ、少女は無防備になってしまった。
それ以上やらせるか!
遂に立ち上がり黒に向かって加速する。
勢いを殺さず跳びあがり脚をたわめた。
【柊流古武術『飛針』】!!
過去最高と言っても過言では無い跳び蹴りが黒に直撃する直前に、黒に受け止められた。
攻撃対象の黒ではない。
突如目の前に出現した黒が俺の蹴りを腕を十字にして受け止めた。
「なっ!??」
2体目!?
なんて運の悪い!
奥の黒を見ればまた脚を振りかぶっている。
「やめろ!」
少女はギュッと目を瞑って、抵抗しようとしていない。
やめてくれ。俺の目的が。生きる意味を。
「メイちゃん!」
またしても倒れていたもう一人の女性が少女の代わりに蹴りを受けた。
「ああぅ!!」
おそらく母であろうが、父の元まで吹き飛ばされこれで完全に少女を守る人がいない。
跳び蹴りから着地して、目の前の黒を射殺す視線で見る。
「邪魔だ!!」
しゃがんでいた状態から跳びあがるように体を加速させる。
【柊流古武術『断風』】!!
腕を刀に見立て、手刀による攻撃でさながら胴を撃つ。
【柊流古武術】の冴えと黒の防御力低さが相まって、黒を正真正銘切り裂いた。
目の前が開いて、少女の前に居る黒は俺の方向を向いた。
それでいい。俺が相手だ。
黒が構え、俺が駆けだす。
脚力を爆発させ、古武術の粋を引き出す。
一瞬で距離を詰め、大きく跳躍し空中で体を少し捻った。
【柊流古武術『大崩』】!!
黒の頭に向かって振り下ろされる右脚は直前で回避された。
最小限の回避でまだ俺の目の前にいる。
「チッ!」
左手から着地、右手で体勢を入れ替えて、腕を曲げて倒立の要領で体を支えた。
腹側は黒を向いている。
即座に両足を曲げて視線は黒から外さない。全身にエネルギーを溜めこみ、解放。
【柊流古武術『逆嵐』】!!
腕を伸ばしながら脚を黒の胸目がけて撃ち込むが、回避。
「何!?」
『大崩』からの『逆嵐』を回避しただと!?
だが少女の前に立つ事が出来たし、黒は俺から遠ざかる。
最悪ではない。
ナイフを引き抜いて、黒に突進。
黒も突撃しながら、腕をたたんで拳を撃ってきた。
「―――!」
拳は顔面めがけて飛んでくるが、首を動かして回避。
小さな動きでナイフを振る。
傷は浅いが、黒い水は流れている。大丈夫だ。効いてる。
少女へと抜かれないように配慮しながら、回避と攻撃を両立させていく。
体術なら自信があるぞ。
【柊流古武術】と軍隊格闘をミックスしたこの動きは、自衛隊でも評判だった。
回避、攻撃を繰り返し浅いが着実に黒が液体まみれになって、動きが鈍っていく。
黒が動くだけで、周りに黒い水が撒き散らされる。
見切れるはずの黒の振り下ろされる右手刀敢えて左肩で受け止めた。
「ぐぅ!」
このダメージ分は稼がせてもらう。
両手で抱えた黒の腕を極め、渾身の力を込めて破壊。
「―――!」
痛いのか甲高い声を上げる。
あいつみたいに仲間を呼ばれたら困る。
腕を破壊され、怯んだ黒の動きは一瞬止まっている。
貰った。
左手を貫手へと変更して貫通性能を高める
局所破壊の攻撃だ。喰らえ。
【柊流古武術『貫閃』】!!
動きの乱れた黒の胸のど真ん中に左手が入ったと思えば、そのまま体の中に侵入して、背中側へと突き抜けた。
貫通力を高めた攻撃だったが、ここまで上手く行くとは……。
貫かれた黒は体を前後に揺らし、気持ち悪い動きをした後俺の腕から崩れ去って行った。
俺の下にたまる水を見下ろして、一言つぶやく。
「……勝った」
どんどん強い奴が出てくる。
本当に『大崩』と『逆嵐』のコンビネーションが避けられるとは思わなかった。
いや、そんな事はどうでもいいんだ。
後ろを見れば少女は両親を助けようと刺された腹に布を当てて治療しようとしている。
しかし、それではだめだ。
少女の肩に手を掛け引いて場所を譲らせる。
「邪魔だ。どいてるんだ」
「ま、待って。私が……」
リュックから応急処置ができるキットを引き出して、床に広げる。
自衛隊の時の知識が生きる時だ。無駄に教えてくれた仲間に最大の感謝を。
「き、君……」
「……あなた」
父と母は俺を見て何か言おうとしているが、大丈夫だ。心配しなくても。これでも前線でいろいろしてたんだ。応急処置位なら。
「大丈夫だ。助けてや―――」
「娘を……」
「メイちゃんだけでも……」
今からでも治療しようとしていた手が止まる。
硬直して全く動かない。
「た、頼む……。娘、だけ……でも。……助けて、欲しい」
「お、お願いします。……わ、私、達は……どうでも……いいんです」
息も絶え絶えになりながら、懸命に訴えてくる。
……そんな、馬鹿な。
自分の命を投げ打ってまで、娘のため?
でもこの人達の行動は、一貫して娘を守る事だけを意識していた。
息が荒い。呼吸が勝手に浅くなる。
自分の卑しさと、この人達の高潔さを比べてしまいどうにもならない。
生きる意味とか、目的とか。そんなのを求めて来た。
声を聞いて、助けて、守って。俺の意味にしようと。
他人を利用して、自分の生きる意味にしようと……。
「はぁ……はぁ……」
眩しい。それに比べ。俺は。何だ?
クソだ。たった今人を殺して、それでどうするつもりだったんだ。
あんな奴の相手なんかせず、何で治療しようとしなかった?
どうせ、ムカついたからとか。そんなんだ。
死ね。
死んでしまえ。
何が生きる理由だ。
死んだ方がいい。
偽善者が。死ね。
意識が違う方向へ飛んでいると、二人の手が俺の腕を掴んだ。
「ご、後生です……」
「一生のお願いよ……」
重い。
なんて重い願いだ。
本当に命を懸けた最後の願いだ。
こんな約束は今までない。
一生のお願いなんて、もっと軽い物だったはずだ。
どうするんだ。この状況を招いたのは間接的とはいえ俺のせいもある。
即座の治療が求められる状況で、あんなやつの相手をしてしまった。
あれさえ無ければ、助かったかもしれない。
正直言えば、今から何をやっても無理だ。
出血量が尋常じゃない。
輸血もできない。無理だ。
確実な死が待っている。
決断を……。
「……分かった。俺の命を懸ける。あいつを守ろう」
土気色をした両人だったが、顔がほころんだ。
その表情からでもこの二人が優しかった事が分かる。
しきりにありがとうを言い続ける。
止めてくれ。そんな大層な人間じゃないんだ……。
「な、名前を……」
父がそう求めてくる。母の顔を見ても聞きたそうな顔をしている。
「柊だ。柊照光」
「ああ、柊さん。……娘を」
「メイちゃんを、……照光さん」
「ああ、分かった」
力強く頷いてみせ、二人を安心させる。
俺の後ろに居たメイという少女はもう大声を上げて泣き止む様子が無い。
……『耳』。
……大丈夫だ。近くには居ない。
湧いてくる奴に注意するだけで良い。
その場から離れ娘と最後の会話をさせた。
一歩退きその様子を見守る。
「メイ……柊さんの……いう事を……」
「頑張って……生きて……」
「うん……うん……」
両親の手を取って何度も何度も頷く。
必死に二人を安心させようとしているのが分かる。
「ち、ちゃんと、……いう事、聞くし……。
頑張って……い、生きるから……!
あ、安心して……」
「そうか……」
「なら……大丈夫ね……」
そう言うと二人は目を閉じて、息を引き取った。
少女の嗚咽だけが、部屋を満たす。
風が入り、カーテンが揺れた。
夏は、暑い。
評価して貰えると少し助かったりします。