第30話 土竜
地面が振動し、空気にもその動きが伝わって俺の耳に届かせる。
足に響き、地震なのかとも疑うが明らかに違う。
何かが地面に居るような感覚。
すると屋上から小林が身を乗り出して、大声で叫んだ。
「ひ、柊さん!な、何か居ますよー!!」
本能的に数歩下がり、校舎にいつでも逃げ込める体勢を作っていく。
体を沈め何が出てきても驚かないように努めた。それでも、そんな覚悟は一発で吹き飛ぶ事になった。
地面から人の手とは一線を画したものが突き出た。
それが3カ所。門から10m程度離れた場所から、さらにもう一方の手が出る。さながら死体が起き上がっているかのような光景だ。
突き出た両腕は土をかき分け、人が出入りできるような穴を形成すると、人のような物が出てきた。
やはり特異なのはその手。
突き詰めるならその爪だ。
その『死に行く者』には左右合わせて10本の爪が、太く・厚く・鋭く付いていた。人間の手を越えており、指の太さが尋常ではない。手に付随して腕が丸太のように太くなっていて、硬い地面を粉砕できそうなほどだ。そして黒々としたその爪は、容易に土を抉れるようにできている。
「クソ。また新手かよ……!」
問題は新たに出てきたモグラ野郎では無く、あの穴だ。
これでこの学校に侵入する方法が5つになってしまった。門に破壊された塀、そして3つの穴。今の所『死に行く者』が出てきている様子はないが、絶対あの穴は利用される。どこから来たのかは不明だが、さっきまでは『耳』を使っていたはずなのに、全く反応できなかった。あの爪のおかげで地中だろうがかなりの速度で移動できると考えた方が良い。
手持ちの弾丸は無くなり、アホはトイレと洒落込んでいる。
「……逃げよう!」
さっさと背を向けて走り出すと、屋上から援護射撃が降り注ぎ、モグラを死へと追い込んだ。あの穴に油を注いでやろうかとも思ったが、ちょっと怖いし仰々しい爪を思うと絶対に近づきたくない。
メイが移動し体育館方面へと急いで走り込んだ。流石に一人で逃げたらだめだよ。基本はメイを守るための行動だから、置いてくことだけは無い。
体育館が目に入り、曲がり角を曲がってメイの良そうな所に辺りをつけると、メイの頭だけが見えた。これ幸いとばかりに声をかける。
「おい、逃げ―――」
「おいいいい!!何でこっち来てんの!?」
ぎょっとした顔でメイがこちらに振り返った。
茂みの奥からメイの顔だけがのぞいており、メイは驚愕の表情で光速で後処理を完了させた。ガサゴソとしていると携帯トイレを全力で投擲して、ブツは遥か彼方へと消えて行った。
それが終わるとメイは俺の全身を睨め付ける。
「ふっざけんなよ!死にたいのか!?」
メイは立ち上がり持ってきた水で手を洗って、ズンズンと近づき顔を赤く怒張させている。歩きながらポーチに手を掛けハンドガンをリロードしようとしている。
「ち、違うから!逃げて来―――」
両手をメイに向けて必死に振り回し、誤解である事を死に物狂いで伝えようとすると、
「何だあれ!?」
メイの目線が俺を後ろに逸れ、かなり驚いた表情になっている。
振り返ると2mを超える巨体のモグラが猛然と走り寄ってきている。もうガチムチの体で、街であんなの見たら二度見どころか、三度見、四度見は確実な容姿をしている。
距離約10m。戦いは必至の距離。弾は無し。
「弾はあるな!?」
アサルトライフルを放り捨て、リュックを背負ったままだが身軽になる。振り返りながら叫び、メイに確認を取った。
「あるよ!!」
「俺が行く!ちゃんとやれよ!!」
モグラに向き直ってナイフを抜き、敵を観察する。
「了解!」
俺はナイフ片手に体格差で圧倒的に劣る相手に立ち向かっていく。
ハンドガンも撃ち尽くしたのは今更だが、失策だったと反省し、後の先を取るべくある程度進んだ所で止まった。
「がああぁぁっぁあ!!!」
「ひぇっ!」
敵の大きさと声の大きさに圧倒され、情けない話だが怯んでしまい、間一髪という所で爪の振り下ろしを回避できた。地面を転がったに等しい回避行動に、自分でも驚愕していたが、攻撃をまともに受けた地面さんはそれ所では無かった。
「マジかよ……」
勢い余ってモグラの爪は地面に当たっていたのだが、爪が折れるどころか地面に5本の線が刻み込まれていた。ただ引っ掻いたというのではなく、正真正銘その場を抉っている。
あれが当たっていれば、内臓ごと持って行かれるのは確定的な未来。
背筋を悪寒が這いずり回り、目の前の敵をどうにかしろと脳味噌が警告している。
「行くよ!!」
メイがハンドガンを構え、モグラに照準している。
発砲音が連続して、モグラの厚い筋肉に覆われた体に幾つもの9㎜弾丸がぶち込まれていくが、モグラはまったく沈む気配が無い。
9発撃ち込んだ所でようやくモグラはよろめいていたが、それでも地面に倒れ、消えるような動作は見られない。
一番驚いているのは撃った本人であるメイだ。ポカンとした顔でモグラを見ており、口は半開きになっている。
「FN F2000だ!」
「う、うん!」
俺の大声でメイがハッとして、受け答えながらアサルトライフルに切り替えていく。
俺は再度時間を稼ぐためにモグラに近づく。近づくと言うよりは勢いをつけるための一歩。右手に持つナイフを振りかぶって、モグラの正中線に向けて思いっ切り投げた。回転しながら飛んでいくナイフは、吸い込まれるようにモグラの腹に直撃した。
「がぁっぁ!!」
俺は投げたた勢いは殺さずそのままモグラの懐に入り込む。如何に弾丸も耐えると言っても痛みの中ではモグラも硬直時間があった。
両腕を引いて掌底へ変更、筋肉だるまに向かって内臓を破壊する技を撃ち放つ。
【柊流古武術『天雷』】!!
「がぉぉぉっ!??」
モグラの左脇腹に二つの掌が衝突し、骨の無い部分からの衝撃は余す事無く内臓へと直撃する。厚い筋肉で覆われたモグラもこの攻撃の前には膝を屈し、膝に土をつける事になった。
攻撃の終了後には『耳』の使用で、メイが射撃の準備完了を知らせるコッキングハンドルを引く音が耳に飛び込んだ。メイの射線に入らない事だけに注意して、その場を離れた瞬間、弾丸の雨あられがモグラに降り注いだ。
「がぁぁっっぁあががががあぁっぁあががっがががっが」
初速900mで飛翔する5.56x45mmNATO弾は最大の威力でモグラの体を破壊し、弾丸は突きぬけていく。その度にモグラは抵抗しようと、メイに近づこうとするがFN F2000の速射性がそれを許さない。一歩進む前に弾丸が数発叩き込まれ、逆に後退していき、遂には校舎の壁に激突した。移動する事が出来なくなり、唯の的と化したモグラは残りの弾丸を全て受け止める羽目になり、ハチの巣になるのだった。
モグラは筋肉を緊張させる事が出来なくなり、立つ事を放棄した。大きな巨体が地面に引きつけられ、大きな音を立てて顔面から崩れ落ちた。
「イェーイ!」
メイは銃を掲げ大男を倒した事に歓喜している。
殺人と言うよりは、モグラは異形の存在という感覚の方が大きく、駆除に近い。ゴキブリを殺したような安心とか、安堵とか、気持ち悪さの排除というか。人類に徒名すものを殺害したと言う誇りというか。
「はぁ、良かった……」
『天雷』を打ちこむため奴に近づいていたが、すぐに後悔していたのは内緒だ。あのでかい爪を間近で見たら、もう何やってんのか分からなくなっていた。ナイフだけ投げて、メイの援護を待てばよかったと終わってから今は心の底から思う。
ナイフをモグラから回収し、視線をメイに向けるとメイも頷いて、校舎に入るよう促す。
校舎の窓ガラスを割って、そこから学校の1階に侵入した。
第一高校の校舎は一つだけで、1階は1年のフロア。教室の数は10こ。これが3階まである。音楽室などの特殊教室もあるので、単純計算はできないが全部で30以上の教室がある。
真っ暗になっている校内に入り、階段を駆け上って行った。
「柊さん、これからどうすんの?」
「もう下には居られない。上から撃つしかないな」
「『死に行く者』が入って来るけど?あのガチムチのおっさん」
「バリケードもダメだな。あの爪の前じゃ学校の机も破壊される」
このゲームが始まって以降は、机をバリケード代わりにしようと、どこかで時間を取ろうかと考えていた。しかしモグラの出現により、その考えはあっさりと無意味な物へと変わってしまった。
「じゃあ、どうすんの?」
前日用意したものを思い出し作戦を練っていく。リュックの中身はガスボンベ、油、ロープ、ワイヤー、水、食料。今使えるものは限られている。
「油を撒く。メイは反対側の踊り場で油を全部撒いて来い。1階と2階の間だぞ」
「めっちゃ怖いんだけど」
「……まだあのモグラは入ってきてない。『靴』なら間に合う」
「……厄日だ」
そう言い残しメイは2階の廊下を駆け抜けていった。
俺とメイのリュックにはそれぞれ2Lの油が入っている。俺は元々3L持ってきているので、1Lさっき使ったがまだ2Lも残っている。
邪魔になれば捨てる予定だったが、持てるだけ持ってきたのは正解だった。
リュックから油のボトルを取り出して、ドボドボと油をこぼしていく。踊り場の入り口付近や、2階に行くための階段の3段目くらいまでは油を撒く。絶対に踏むような場所に撒いていき、油は少ないながらも確実に罠が出来上がっていく。
そうこうしていると。油が無くなり撤退するしかなくなった。『耳』を使えばメイも屋上へと向かっている。上手くやったようだ。
俺も屋上へと駆け上がっていると、ようやく弾丸が支給され、登りながらリロードしていった。
屋上の扉を開けると元からいた4人はローテンションを交代する所だった。今は新藤と小林が射撃している。
するとメイと喋っていた堂本が俺の方に来た。
「どうしますか?」
堂本にすぐに次の行動の指示を求められ、それだけ切羽詰った状況に追い込まれているのを短い会話から察する。
「堂本はローション持ってきてたろ。そこの踊り場に撒いて来い」
「分かりました」
堂本は俺の横を通り過ぎ、出入口へと姿を消してローションを撒いていった。
堂本も油を持たせようかとも思っていたが、いつも火を点けるとは限らないという事になり、堂本だけはローションを持参させた。
ローテーションは第一班のメンバーだったので、俺もすぐさま射撃に加わった。
屋上から運動場を見下ろすと、状況は悪くなっている一方だった。
門からはもとより、モグラの出現によって穴からも『死に行く者』が出てきていた。穴の数は増えていないが、穴が大きくなり出入りが容易になっている。
現在は新藤はモグラを優先的に排除し、小林が攻撃面積の大きい門付近の『死に行く者』を攻撃していた。俺は二人の狩りもらしを淡々と撃っていく。
「ギリギリですね。これ以上何かあると決壊しますよ」
「ど、どうしますか……?」
アサルトライフルの弾を撃ち尽くした二人が、今後の対応を不安げに問う。視線は運動場に向けたまま声を大きくして俺やメイがやった事を伝えた。
「踊り場に油とローションを撒いた。時間稼ぎはできる。最悪燃やすのも視野に入れるぞ」
「も、燃やすんですか……」
小林は心底驚いたように俺を顔を見た。
平時で建物を燃やすと言う発想など、ついぞ出る訳がない。まだ『選別』の思想にあまり染まっていない小林だと、強硬な手段に聞こえるだろう。銃撃ってる時点で何言ってんだってものだが。
「燃やすのは1階と2階の間だ。恐らく『死に行く者』を突破しなければならないが、ガスで爆破しながら進めば良い」
「分かりました」
「え?……わ、分かっちゃうんですか?」
そこで全員の弾が切れ、メイと酒井の射撃順にが回った。
堂本はちょうど屋上を横切って、もう一方の踊り場にローションを撒きに行っている。
その時僅かにだが学校全体が振動して、何かがこの学校に攻撃を受けている事を全員が体全体で感じた。『耳』を使えば真下に何かが居る。
小林の『地図』にも反応があり、確実にモグラかそれ以外の何かが校内に侵入していた。
「堂本、待て!」
今にももう一カ所の出入り口に入ろうとしていたどうもをを大声で呼びとめた。
「何すか?」
「弾はあるな?新藤と一緒に、一階と二階の踊り場に火を点けて来い」
「私もですか?」
新藤は自分が行く事に疑問を感じ、ちょっと嫌そうにしている。しかし新藤でないとダメな理由はある。
「あの穴の奴が居る。攻撃力が半端じゃない。『服』で堂本を援護してくれ」
「……仕方ありませんね。行きますよ」
「指図すんな」
堂本はアサルトライフルの弾を装填し、腰に差していた短剣の感触を確かめると、出入口の扉をくぐって行った。新藤も新調してきた盾を持って、堂本の後をついていく。盾が効果を発揮するのは些か疑問があるが、無いよりかはマシである。
手持ちの中で最強の組み合わせを送り込み、残りの人間で運動場の『死に行く者』を掃射していった。
メイと酒井の射撃が終わろうとする頃、下から激烈な発砲音が響いてきた。
何かを執拗に撃つ様は先程のメイと変わらない。堂本と新藤がモグラ達と接敵している。
下の状況を把握したいが、俺も小林と射撃を行わないとさらに状況が悪化してしまう。
穴から出てくるモグラに対して、一撃必殺を狙い頭に穴をあけていく。分厚い筋肉の前では重要な器官を破壊するほどの威力をNATO弾が発揮してくれない。
NATO弾が悪いのではなく、あの筋肉の権化となっているモグラが凄すぎる。爪は弾丸を弾いているし、大胸筋は隆起しすぎてえらい事になっている。
すると階下から何かが燃えている音が聞こえ始めた。パチパチと油が燃えて、跳ね回っている。
「やったか……!」
「こ、これ、燃えてますよね……?」
小林が恐る恐るおれに火事が起きている事を伝えてくる。顔には不安と驚愕と、不安と不安と不安が混ざった者を表現していた。
「そうだな」
「だ、大丈夫なんですか?」
「防火材を使っているから燃え広がるのは無いだろ」
2050年現在、学校の老朽化が佳境を迎え改修工事も活発化していた。耐震工事に加え、防火材を使った改修も盛んに行われ、子供たちの安全を保障していった。
なので今燃える事が出来るのは油と『死に行く者』だけだ。学校の全焼はあまり無いと思っていいだろう。
少しすると堂本と新藤がちょこっと体を焦がしながら戻って来た。新藤の盾は切り裂かれており、すでに役目を果たし、殉職していた。モグラの攻撃力を思い知る光景だ。
任務を果たした二人に労いの声をかける。
「良くやった。かなり時間が稼げるだろう」
「あの筋肉ゴリラヤバくないっすか!?」
「一瞬、死を覚悟しましたよ!?」
2人は俺に詰め寄り、モグラとの戦闘についていちゃもんをつけてくる。曰く、話が違う、あれだったらあなたが行けばよかった、等々。俺も金輪際関わりたくないのでスルーして、その場から逃げた。
下からの脅威が薄れた事により、全員が安堵して思い思いの時間を取っていた。それでも射撃の順番が回ってこれば、移動して射撃をしている。
そしてそいつらはその間隙をぬって、全員の前に現れた。
「……誰だ?」
感想ひゃっほーい!




