第29話 変化
『耳』を使い敵の女を待ち構える。こちらとしては時間がかかっても問題は無い。20秒もしないうちにハンドガンの弾が戻ってくる。突っ込むメリットは特に見当たらない。『耳』で待ちながら、弾が支給されるのを待っていればあとは射撃すれば殺せる。
というのを考えていたが、女もこの状態を維持するつもりは無かったようだ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
顎が外れた口腔内から女と思えない声が第一高校に響き渡る。悲壮と決死を含んだ嫌に人間臭い叫び声を聞いてしまい、やややりにくい感じが出てしまう。
女は『靴』のトップスピードをたったの一歩で引き出し、ひざ下が全てブーツで覆われた脚で蹴りを繰り出す。体が柔らかいのか、上段から振り下ろされ予想外の攻撃から守勢回ってしまった。
続々と繰り出される蹴り技には賞賛の念を覚えるほどだ。上段、中段、下段の蹴りを自由自在に繰り出し、さらには上段から下段、下段から上段への攻撃。関節が柔らかく、出だしだけで予想すると痛い目に会う。蹴りの途中で軌道が変わり、一拍対応が遅れてしまう。『耳』が無ければ確実に直撃する攻撃ばかりだ。
やはり俺には『耳』があっている。
完璧だ。『靴』相手でも渡り合う事が出来ている。
敵の中段の横薙ぎの蹴りを体を地面につけるほど下げる事で回避。左脚を軸に右足で、片足で立っている女の軸足を狙い、すくい上げる。
「ア゛!!?」
支えの無くなった女であったが、その後の対応は素晴らしいの一言に尽きる。慌てず左手のみで全体重を支えると、右足で俺の体を穿とうとする蹴りが飛んできた。
まさかの反撃に攻撃するはずだった手立てを全部かなぐり捨て、地面を転がり必死に回避する。しかしやられっぱなしで居る訳にはいかず、転がりながら右手に持っていたナイフでブーツを斬りつけた。
革製のブーツは易々とはきれなかったが、女の肌を浅いが出血させる程度には切る事に成功した。
転がりながら飛び上がるように地面へと着地すると、女はすぐさま追撃をかけてきた。どっちが有利かは分かったものではない。
『耳』を使いどんな蹴り技が飛んでくるのか警戒していたが、ここで失策である事に気付いた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
蹴りでは無く、組み付いてきた。
両腕を取られ、女とは思えないほどの馬鹿力で拘束される。振りほどこうとしても一向に手が離れる気配が無い。
女の脚が振りかぶられ、一撃必殺の鎌が飛んでくる。刹那の時間で最適解を導き出した。
「オラアァ!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
俺の足を粉砕しようと繰り出されるローキックを両足で地面を踏み切って、空中に逃れる。そして足をたわめたまま、女に向かい久しぶりの技を打ち出す。女は俺の腕を離し、一歩遠ざかるがこっちの方が早い。
【柊流古武術『双穿』】!!
離れ行く女の胸に両足のドロップキックが叩き込まれた。両足が腐り始めていた肉を削り取り、乳房が抉れ取れた。胸から大出血し女のタンクトップが真っ赤に染めあがる。しかし手応えはそこまででもなく、下がりながら攻撃を受けられたので、ダメージが通らなかった。
現にあれだけの出血をしているが、女は普通に立ち上がりこちらを見ら見つけていた。
「お前、かなり強いな。何で死んだのか疑問だ」
蹴り技のコンビネーションはほぼ完璧と言っていい完成度を誇っている。これに『靴』が合わされば、メイとは完全に違う運用方法でゲームを切り抜ける事も可能だったはずだ。
考えられるのは仲間が居なかったか。感知系の力を持つ人間が居なかった可能性が高い。
その前に『死に行く者』だから強いと言う方が可能性としてもある。こっちのほうが厄介だから止めて欲しいが。
女は両腕で頭を守りながら、恐るべき速さで突撃してくる。あの不安定な体勢でもまったく体の中心がぶれる事無く移動している。上半身はほぼ完璧に守られ、脚には無敵の『靴』を装備。
そして女は蹴りでは無く、拳を交えて攻撃を開始し始める。右に左に、緩急を付け、角度をつけ、こちらを削り取ろうとする。
しかし素手相手に接近戦で負けるつもりはない。自衛隊で教わった通りに一撃必殺では無く、何回でも良いから浅くナイフで切り付ける。
飛んでくる拳に合わせてナイフを撫でるように腕に沿わせて、女の肌を傷つける。飛んでくる拳に集中はせず、必ず飛んでくる脚に集中の度合いを振って、来たるべき時に備える。
待ちだけでは無くこちらからも仕掛ける。
「シッ!」
女の隣を通り過ぎるように移動して、左太腿を斬る。女の背後を取り傷つけた太腿に再度後ろから斬る。集中して切り付けた太腿は出血が夥しく、重要な欠陥を切ったのは明らかだった。そこで気を緩めてしまったのは、油断の他ならない。
「ア゛ア゛!!」
女は振り向きながら左裏拳を俺の頭に打ち据えようとする。回避不可とみて、これを左腕で受け止めようとした。そう、しただけだった。
完璧な力の差の前に裏拳は止まるどころか、女は加速したまま腕を振り切った。
「あがぁ!??」
そのまま押し切られ、自分の腕で頭を打ってしまった。衝撃が自分の腕を通して、頭蓋に襲い掛かる。それでも女の拳が直撃しなかっただけ、まだマシと言える状況だ。
受け止めきれなかった左腕は痺れ、握力が無くなっている。打ち据えられた腕は真っ赤になり、力が入りにくくなった指は、プルプルと震えている。あまりの事態に折れてはいないかと疑ったが、幸いにして繋がったままだった。しかし、ダメージを慮っても、すぐに復帰する事は即座に無理と思うほどに左腕のダメージは大きかった。
攻撃を放ったトウニンの女を見ると、拳や腕が折れていた。腕はぽっきりと曲がってはいけない方向に折れ、腕から白い骨が飛び出し、赤い肉が傷口からお目見えしていた。肉を突き破った傷からは血がとめどなく溢れ出し、足下に血の水たまりが出来上がる。
「……どういう事だ?」
分かる事は俺と女の左は機能しなくなった。女の方が重傷ではあるが、現状互角と言った所か。左腕を振ってみるが、握力が無くなっているだけで、その他なら何とかなりそうだ。
残り少しでハンドガンの弾が補給される。リロードする隙があるとは思えないが、本音を言えばさっさと使って撃ち殺したい。当たるか分からんが。
女が左腕をぶらぶらさせながら、俺の周りをぐるぐる回り始める。本当に速く、こっちまで回っていては目を回すのは確実。『耳』を使って突撃してくる瞬間を待つ。
一定のリズムで聞こえていた筋肉の収縮音が変わり、甲高い音が一気に爆発した。本気を出した時の筋肉の駆動音。今。この瞬間。女は、来る。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
右斜め後ろから突撃してくる女に振り向く余裕は無く、『耳』を全開にして、次の行動を予測する。
奴の右足から先に筋肉が咆哮する。右で踏みしめ、左脚で蹴る。高さは、首、頭。一撃で決めに来ている。
「んおぉ!」
腰から体を下げ、背中も丸めて頭上数cm上を必殺の威力を持ったハイキックが通り過ぎた。内心冷や汗をかきながら、すぐさま体を起こしてバックステップ。
しかし敵もさるもの。
蹴りで泳いだ左脚を起点に地面を蹴り出し、次の攻撃を繰り出す。
たったの一歩で数mの距離を埋め、渾身の右回し蹴りが腹に襲い掛かる。
【柊流古武術『狭顎』】!!
「おいでませ!!」
「あ゛ァ!???」
女の蹴りに合わせて両肘、両膝で足を挟み込んだ。
跳びあがった勢いのある膝と全力で振り下ろした肘の衝撃が、女の脚の中で爆発した。腹に当たってはいないが、蹴りの威力の代償としてかなりの距離を吹き飛ばされたが、巨人の一撃には程遠い。こっちは完璧なカウンターに加え、女の右足をへし折る事に成功している。
肘と膝で挟む『狭顎』は本来、片方の膝と両肘だけで行うが、『靴』相手では万全を期す他無かった。
威力の逃げ場が無く攻撃の衝撃が敵内部で衝突し、骨を折るのがこの『狭顎』の理念。蹴り技限定に対する対処の技であるが、蹴り主体の人間に対しては大きな効果を発揮する。
メイが何回も蹴ってくるから、その内お見舞いしてやろうかと思ってた技だ。基本俺が悪いんだけど。
地面を二転、三転して大の字に横たわった後、ムクリと上半身を起き上がらせる。片足が俺のせいで立つ事もままならなくなっている女を見据えながら、土を払う。
その時、マガジンポーチが重くなり、マガジンが支給された事を理解した。
胸からハンドガンのマガジンを取り出し、震える左手を制御しながら右手に持つハンドガンに装填した。
女は俺の持つ武器を見ると、片足だけで跳びあがりそのまま空中から襲い掛かってきた。
滑稽に思いながらも空中に飛んでしまい、避ける事すら叶わない女に3発の弾丸を撃ち込む。右肩、胸、腹に1発ずつ穴が開き、そのまま貫通して背中から弾が抜け出た。
穴からはダラダラと血が止まらず、特に胸からは赤くない場所など無いほど真っ赤になってしまっている。
大量の失血が原因かは分からないが、女は立ち上がらず目線だけでも俺を殺そうとしている。
その内目を瞑ったが、そんなものには騙されない。
「死体撃ちはやらないとな」
着弾するたびに女の体が跳ね回り、反射運動ですごく気持ち悪い動きだ。何も感じないと言えば嘘になるが、こうでもしないと死んだふりだった場合、被害を受けるのは俺だ。特に、こいつは『靴』を持っている。放置するには危なすぎる敵だ。
残るハンドガンの6発に加え、リロードしてさらに9発を叩き込み、計15発を撃ち込んで女は完全に沈黙した。数秒もしないうちに地面に沈んでいき、さっきまでの激闘が嘘のような静けさが俺に覆いかぶさる。
「良し……」
空になったマガジンを放り捨てて、ハンドガンはホルスターに仕舞い込む。
時間にして30秒も無かったのだが、すごい長い時間が過ぎたような感じがした。
ここでアサルトライフルの弾が支給され、放置していた銃を回収するため、駆け足で地面に転がる愛銃の元まで駆け寄った。
拾い上げて未だ震える左手でマガジンを掴んで、アサルトライフルに嵌め込む。
「クソ。あの馬鹿力女……!」
女の裏拳の威力は常識の埒外であり、攻撃を受けた腕は握力が戻ってこない。
先程よりかはまだマシだが、重心を支える左手がこれでは立射・膝射は無理。辛うじて伏射なら大丈夫な可能性はある。下から銃を支えるのではなく、左手で上から抑え込む形で銃を固定する。
「柊さん、もう弾ないけど!?」
遠くで射撃をしていたメイが焦った表情で切実に訴える。
屋上からの援護で戦線は維持されているが、自分の弾が無くなり、近くに居る男がまだ撃たないのは焦ってもしょうがない。
不安の残る左手を意識しながら、伏射で門の『死に行く者』に向かって射撃を敢行する。
「ぐっ……!」
地面に固定はしているが、如何せん左手は銃を上から押さえつける格好なので、精密な動きで『死に行く者』を狙う事が出来ない。
それでも何とか撃っていると学校を囲っている塀から大きな悲鳴が上がった。二度、三度と何かが塀を叩く音が続くと、塀に放射線状にひびが入ったと思ったら、最後に大きな音を上げて、塀を構成していたであろうコンクリートが吹き飛び、塀に大きな穴が開いた。直径1m程度の穴が門の少し右横から開いてしまった。
そして破壊したと思われる『死に行く者』が姿を見せた。
丸坊主のしっかり鍛えたような体をした青年。金属バット所持。
「次は『棒』かよ……!」
地面に寝転んだまま穴をくぐろうとする青年に向かって射撃する。狙いが逸れがちになっているが、安定した姿勢の元、10発以上の弾が青年の体を蹂躙していく。着弾する度に青年は弾の反動で踊り狂い、壁に縫い付けられ、手に持ったバットに当たり甲高い音が鳴り響く。メイも持っていたハンドガンで青年をこれでもかと滅多撃ちにしていった。
「くそ、侵入方法が増えた……!!」
バットで破壊された塀から『死に行く者』が穴をくぐってきた。直径1mの穴を考えても大量に入って来る事は無いが、注意を向ける対象が2か所になったのは凄まじい痛手だ。校舎裏でなかっただけマシだが、これは学校のセキュリティが仇になった。逃げれない。当時もそれを指摘されていたが、多数の意見の前に少数派は頭を垂れるしかない。所詮、少数の意見を聞く事なんてない。
感覚の戻りつつある左手で最後のマガジンをアサルトライフルに入れる。
すると前方で射撃を終えたメイが早足で戻ってくる。
「腕大丈夫?」
「そっちかよ。今はあっちだ」
今も門から、穴から『死に行く者』が敷地内に入ろうと奮闘している。
屋上の4人の射撃がばらけてしまい、撃破速度が遅くなっている。あまり穴の方に気を配っても意味は無いが、生の情報を得られないあいつらにそれを分かれと言うのは酷だ。
「メイは戻って上の奴らに門に集中しろと言って来い。穴は俺達で対処する」
「次の弾全部撃ったらね」
メイの言葉が終わると同時に、俺の弾も切れてしまい手持ち無沙汰になってしまった。やる事無い。俺が行ってもいいけど、、メイの方が早いのは確実だ。登って降りるのが普通にメンドクサイのもある。
20秒もせずメイがアサルトライフルを撃ち尽くすと、そのまま最高速度で学校に戻っていき、俺の弾も全弾戻ってきた。
ここからはフルオートは自重して、効率よく『死に行く者』を倒していく。やはり30秒待っているのは心臓に悪い。
90発で30人を狩っていくつもりで射撃していると、すぐにメイが戻ってきた。
まだアサルトライフルの弾が無くなっていないのを考えると、相当早い移動だ。
「終わったらメイな」
「人使いが荒いなぁ」
ブツクサ言いながらもメイはちゃんと射撃準備を行い、俺の弾がなくなる瞬間を今か今かと待っている。
「弾節約しろよ」
「りょーかい!」
ここからは安定した状況が続いた。
屋上に居た全員がかなり当てれるようになり、移動速度の遅い連中相手ならしっかりと狙い撃つ事が出来ていた。
下手したら一万発くらいは撃っている可能性すらあり、そこまでやれば嫌でもコツが掴めてくる。
しかし休憩を挟めているからこそ防げてはいるが、トリガーハッピーになって乱射されると困る。特に、小林辺りがラリッてしまわない事を祈るばかりだ。
「柊さん」
「なんだよ!」
かれこれ1時間以上射撃をしていて、さすがに集中が持たなくなってきていた。
ちょっと話しかけられただけで、弾が逸れ、遠くにある家の窓ガラスを粉砕してしまった。
「……トイレ……行きたいんだけど」
「……携帯トイレ使え」
『巨人』の反省を活かし、ホームセンターから携帯トイレを持って着ており、一人一つ以上はリュックに入れてあった。
「……流石にちょっと」
「……『耳』使わないから。な?早くして来い。お前いないと困るから」
「……絶対だぞ。絶対使うなよ。その間は何とかするんだぞ」
「わかった。分かったから睨むな」
「絶対だぞ!!」
メイは俺を指さし、牽制しながらこの場を離れて行く。顔が真っ赤でちょっといじめたくなるが、本気になったら洒落にならないので、『耳』の使用は控えざるを得ない。
残り少ない残弾を気にしながら、射撃していく。
さっきから同じ音ばかり聞いていて、気が狂いそうになっているのは俺だけでは無い筈だ。これはこれでキツイ。洗脳とかする時も同じ音ずっとかけるとかいうし。
ちょうど弾も打ち尽くしてしまい、上の奴らも同時に弾が切れて束の間、静寂が訪れた。
音が聞こえる。さっきから爆発音ばかり聞いていたので、違う音が新鮮に感じられたせいで、この小さな音でも感知する事が出来た。
メイのじゃない。
「下……!?」
『死に行く者』が表情を変えていく。
感想を貰えると、書く気になるなー(チラッ




