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人類よ、貴様らは増えすぎた  作者: tempester08
第三のゲーム『死に行く者』
27/32

第27話 殺人

 2045年。

 痛ましい事件が起きた。

 ある男が小学校に侵入した。学校の塀から誰にも見つからないように侵入し、学校内に単独で入る事に成功。授業中を見計らった犯行であり、誰も男に気付く事が気なかった。

 校内に侵入した男は手始めに保健室の教諭を殺害。その場で寝ていた児童3名も殺害。その後、放送室に入り電源を切って校内放送をできなくする。さらに男の犯行は続く。

 静かに校長室まで移動して、校長を殺害。そこから職員室に移動し、中に居た6名の教諭を全員殺害。


 男は教室を離れ、用務員室に急行。

 速やかに中に居た2名を殺害。


 男はそこからはやりたい放題であった。

 1年の教室に移動し、教諭を殺すと児童13名を殺害。

 さらに教室を移動。2年の教室に移動。9名を殺害。

 教師が居ても関係が無く、大人相手でも無双状態だったそうだ。理由としてあげれるのは男が複数武器を所持していた事にある。一つは包丁、もう一つは打撃武器のブラックジャックだった。子供、大人に関わらずブラックジャックで昏倒させて、包丁で刺し殺すのが基本戦術であったらしく、特攻した教師も居たらしいが、ブラックジャックに阻まれてしまい、そのまま殺害。

 3年、4年、5年、6年、とどんどん階段を駆け上がり、教室に乱入すると教師を殺害。その後子供たちを殺す事を繰り返した。

 脱出した生徒が警察に知らせるまで、この虐殺は続いた。

 結局、教師13名、児童68名が死亡。12名が重軽傷を負うという事件が起こった。

 

 この事件で犯人が死刑にされる事は無かった。責任能力が無く、この男を裁く事が出来ないとかいうふざけた物であった。

 男はとある政治家の息子であったが、司法に働きかけたような痕跡は発見できなかった。しかし民意の意向は裁判にも影響し、なんとか終身刑に持ち込む事が出来た。

 この事件は世間に多いな影響を与えた。


 学校のセキュリティの低さが問題視された。


 全国の多くの学校は塀が低く、体一つ、若しくは器具があれば簡単に侵入できた。

 そこからは急ピッチで全国の学校で工事が始まり、3mの塀と10m以上のネットが併設される事で解決された。

 さらに出入口を一カ所に限定し、人や車の出入りを監視。

 出入口は校舎から見ると絶対に運動場を移動しなければならないようになった。

 仮に何者かが侵入しても、発見しやすいようにするための構造にしてある。

 ありとあらゆる場所に監視カメラと熱源探知が可能なセンサーが設置。当時最高レベルの防犯設備が搭載され、不審な動きを捉えるだけで、学校内部と警察関係者に通報されるという過剰ともいえる措置が取られた。

 

 現状、大切なのは出入口が1カ所しかないという事だ。

 逆に言えばこの学校から出るにはその出入口を突破しないといけない。ようは入るのも出るのも同じ場所からだ。

 そして、鏡面世界でもそれは変わらない。第一高等学校であってもだ。


 午後6時35分。

 『死に行く者』が始まり、その全貌が見え始めた。

 学校の出入り口になっている門に『死に行く者』が殺到している。門から入ろうと住宅街の道路を縫って、ノロノロと移動している。


 「あれが『死に行く者』か……」


 俺達はフェンスの無い屋上からその光景を見つめている。一つしかない代わりに、横に大きい門が開いており大きな口を開けている。幅広の門は大勢の人間を一度に入れる事が可能な程度には広くなっていた。


 「そんな……あれって人だよね……?」


 「銃で殺せってのかよ……!?」


 メイと酒井が目の前に広がる光景に絶句している。2人とも目の前にしている事実に対して恐怖して、数歩後ろに下がった。

 酒井の隣に居る小林は体が震え、手にもっているアサルトライフルがカタカタと五月蠅い。


 「……レナ、あれが本当に『死に行く者』なのか?」


 酒井は小林の肩に手を置いて、優しく問いかけた。所作のあらゆる箇所に小林に対する思いやりが窺える。小林を不安にさせまいと気丈に振る舞う努力だけは認めたい。


 「ち、ちょっと待って……」

 

 小林はスマホを取り出すと、画面を凝視して集中し始めた。

 すると真っ暗だった画面にこの周囲の地図と、赤い光点が表示された。

 夥しい数だ。

 現在位置を中心に半径4~500mは映っていそうな範囲に、びっしりと赤い点が蠢いていた。


 「あ、あれは間違いなく、『死に行く者』みたいだよ。ヒロシ君……」


 『地図』は何らかの方法で、地図を出現させるらしい。光点は敵の位置を示しており、5~10秒で更新される。この時に現れる光点の数に信頼性は無く、『地図』の索敵から逃れる敵もいる。これが精度不明の探知機の所以らしい。

 小林のスマホの画面には数えるのも馬鹿らしくなる程の光点があった。

 時間が経って更新されても数に変化は見られない。


 「マジかよ……。だってあれ人だぜ?射殺すんのかよ……」


 「ど、どうするの……?」


 小林の『地図』で『死に行く者』が人間である事が確定した今、ここまで生き残った酒井ですら躊躇を見せている。隣に居る小林やその他数名も同様であり、何もできない時間が過ぎていった。

 しかし突如として、発砲音が全員の耳をつんざいた。

 音の発信源を見れば、一人の男の銃身から硝煙が立ち上っていた。


 「……チッ、生きてんのか?」


 俺は屋上の縁に脚をかけて、一体の『死に行く者』に向かって数発発砲した。火薬の反作用が俺の肩に重たく押しかかり、鉛玉は全弾命中したはずだった。

 しかし鮮血を吹き出しただけで、『死に行く者』はそのまま歩き続ける。再度発砲しようとすると、『死に行く者』は数歩歩くと力尽きるように倒れて、動かなくなった。


 不審に思って『耳』を使い、全体の把握と『死に行く者』の状態を確認すると驚愕に事態が発覚した。


 「心臓が動いてるな。……だから血が勢いよく吹き出したのか」


 『死に行く者』の心音が耳に飛び込んできており、生きてると言っていいのかは分からないが、血流だけは立派に機能している。

 だがしかし、それが分かった所でやる事は変わらない。

 次なる標的に照準していると、後ろから新藤が両肩を掴んできた。この状態ではさすがに危険なので、射撃をいったん中止して、後ろを振り返ると全員が俺を見ていた。

 全員が固まっており、疑問に思ったが素早く指示を出す。

 

 「どうした?早くみんな撃て」


 「早く撃てじゃないですよ!何やってるんですか!?」


 肩を掴んでいた新藤が顔を近くして、大声で叫んだ。

 表情は必死であり、ふざけている様子はない。


 「『死に行く者』に射撃してるだけだろ。お前らもやれ。早くしないと入って来るだうろが」

 

 運動場に振り返ろうとするとまたしても新藤が妨害してくる。

 仕方なく振り返り、不快さたっぷりの表情で新藤を迎えた。


 「……はぁ、何だよ?」


 「あれ人ですよ!どういう神経してるんですか!?」


 「アホか。『死に行く者』だろ」


 「いえ、どう見ても人ですが!?」


 「顔面潰れてんだろうが」


 遠目では少しわかりにくいが、顔面が真っ赤になっており通常の人間では無い事だけは確かだ。所々歩き方がおかしい奴もおり、手足が折れている可能性もある。


 「……あいつも言ってたろうが。『死に行く者』がいつ終わるか分からないって」


 「……それがどうかしたんですか?」


 『死に行く者』が始まる前に、画面に映っていた人物は一瞬で終わるかもしれないし、数時間かかる可能性もあると言っていた。

 今俺達の状況がその事を示しているのは明白であった。 


 「お前らみたいに撃つ事に躊躇する奴が大勢いたらすぐ終わるし、さっさと撃ち殺せば時間は長引くだろ」


 それを聞いた堂本が意を決したように運動場の方へと向かって、射撃を開始した。やや乱射気味の撃ち方だが慣れる事が肝心だ。

 発砲音を聞きながら、新藤に話していく。


 「血が噴き出しているが、あんなのは偽物だ。死んだ奴は生き返らない。確かにもしかしたら本物()かもしれない。でもそんな事考えてたら撃てないだろ。……あれはな、『黒い人物』が着色されただけなんだよ」


 「……何を言って」


 後ろに居たメイや酒井、震えている小林にも聞こえるように大声で話す。

 後ろでは堂本がアサルトライフルの弾を打ち尽くしてしまい、ハンドガンをぶっ放している。


 「俺が保証する。あれは『黒い人物』だ。ただ見た目が人なだけだ。ちょっと黒い水じゃなくて、赤い水が出るだけだ。変な事じゃない。『黒い人物』があるんだ。さしずめ『赤い人物』だな」


 「……そんな事を言われてもですね」


 「何良い子ぶってやがる。『黒い人物』は殺したのに、『死に行く者』はダメなのか?理由は?」


 後ろの堂本はハンドガンの弾も無くなり、弾の支給を待つだけとなり、静かな空間が戻ってきた。


 「……見た目が」

 

 「『黒い人物』も見た目人だろうが。違いなんて黒いか肌色かだけだろ。見た目で差別すんな」


 「いや、差別とかじゃなくて……」


 新藤との目線を外し、メイをガン見する。

 視線を交えられたメイは体が跳ねて、緊張状態を強いられていた。


 「メイもだ。今更だ。何発ボウガン撃ってきたんだ。せっかく射撃が上手いのに、親が懸けてくれた命を無駄にする気か?その気がないならその銃だけ置いて、どっか行け。邪魔だ」


 メイは俺の態度が急変した事に驚き、目を大きく見開く。そして怒られた幼子のような表情をして、目線を逸らした。


 「……そこまで言わなくても」


 「何だ?その程度の覚悟だったのか?良く今まで生きていたな」


 「ぐ……」


 メイは悔しそうに顔の表情が変わり、拳は鬱血するほど握りしめている。怒りか悔しさか、体が震えていた。

 メイはおもむろに被っていた帽子のつばを触って、一瞬だけ硬直すると顔を上げた。

 目は先程までの怯えたようなものではなく、俺を射殺さんばかりの鋭い物だった。


 「後悔すんなよ、柊さん。私の方がぶっ殺してやる。せいぜい恥をかくんだな」


 「そうしろ」


 メイは俺の横を通り過ぎ、コッキングハンドルを引いて銃弾を装填。ここから間断なく発砲音が学校内に響く。コンクリート床に空薬莢が落ちる音が心地よいくらいだ。


 残る新藤、酒井、小林の顔を見て、問い詰める。

 

 「お前らはどうするんだ?あのちんちくりんすら射撃してるぞ」


 「聞こえてるよ!!」


 メイの大声が耳に届き、メイは新たにマガジンを装填していく。同時に堂本のマガジンポーチにアサルトライフルの弾薬が補充された。これを見るとハンドガンの方が後に切れたので、時間差で補充されるのだろう。


 気を取り直して3人に首をめぐらせる。

 ただ呆けているだけでなく、全員何やら葛藤している。

 奥に仲良く並ぶ酒井に目を向けて、努めて冷静に問いかけた。


 「酒井、お前がやらなきゃ、小林は死ぬぞ?」


 酒井の体がビクッと大きく跳ねると、隣に居る小林に目を向けた。小林はと言うと同じく酒井の方を見つめており、目を合わせるような形になっている。

 酒井は唇をかみしめ、小林は不安そうな目で酒井を見る。

 酒井と小林は手に持っているアサルトライフルが体の震えと連動し、小刻みに動いている。

 殺人を犯す勇気か。いや、勇気なのだろうか。生き残るための覚悟を問う試練だと思う。人を殺すだけの意味を見いだせるのか。その前にあれは人なのか。どう折り合いをつけるのか。これに懸っている。


 「何もやらなければ、肉塊になるだけだ。『黒い人物』と『巨人』を突破したなら分かるはずだ。だよな?」


 酒井は俺を真摯な目で見つめ、小林を慈しむような眼で見る。

 外に居る『死に行く者』を見つめ、それを殺すメイや堂本を見ると、視線をアサルトライフルに向けた。


 「そう……ですね……」


 小林は驚いたような眼で酒井を見つめている。身長差で見上げる姿は庇護欲を掻き立てる物がある。


 「小林はどうする?酒井は覚悟が出来たそうだ」


 酒井は銃を構えて屋上の縁へと走り始め、銃を撃ち始めた。フルオートでぶっ放すのではなく、2,3発まとめて撃っている。乱射するのだけは避けているようで安心だ。


 「あ……う……」


 「様子を見ていると酒井に守ってもらっていたようだな」


 「……はい」


 「だが『地図』があるなら、『黒い人物』を殺したんだろ?」


 小林は首を縦に振って肯定の意を示した。

 髪の毛がふわりと揺れて、日常の一風景のように見えてしまう。


 「感触はどうだった?」


 「……き、気持ちが、わ、悪かったです」

 

 小林はその時の事を思い出したようで、顔が青ざめている。さらにアサルトライフルを強く抱きしめ安心しようとしていた。 


 「良かったな。それ()なら感触が無い。今なら殺し放題だ」


 「……あ、あれは、……ヒ、ヒロシ君がやれって言うからやっただけで。や、やりたくてやったわけじゃ……」


 小林は下を向いて俺と目線を合わせないようにしている。前髪と相まってどういう目をしているのかは分からない。


 「じゃあ、お前は酒井がやれって言うならやるのか?」


 「……や、やります」


 後ろを振り向くと酒井はちょうどリロードする段階で、マガジンポーチからマガジンを取り出そうと慌てていた。

 俺は後ろから近付いて酒井の肩に手を置き、強引に振り向かせる。


 「な、なんすか?」


 酒井の呼吸は荒く、激しい運動をした後のような呼吸だった。

 このままでは当たる物も当らないと思い、落ち着かせていく。


 「落ち着け。慌てんな。FPSやってたんだろ。リロード位時間がかかっても誰も文句言わん。後からちゃんと当てればいい」

 

 「そ、そうっすね」


 酒井は目を閉じ、大きく深呼吸をする。数秒時間を使ったが、取り乱すような事は無くなっていた。


 「後な、小林はお前が撃てって言うなら、撃つそうだ。そう言ってやれ」


 「……本当にそう言ったんですか?」


 「本人に確認しろ。やらなかったら死ぬだけだ。お前がそれで良いなら、どうでも良いがな」


 酒井は急いで小林の元に駆け寄り、何事か話し始めた。酒井も身振り手振りを交え、小林も頷き返している。

 新藤の方に振り返って、ため息一つを着いて対応した。


 「おい、アホ警官」


 「誰がアホですか」


 「いやお前はアホ、カス、ミジンコ。それ以下。くそ、クソ、糞の中の糞。最後のチャンスだぞ。分かってんのか失敗野郎」


 「うぐ……!」


 新藤は言い返す事が出来ず、一歩後ろにたじろぐ。


 「……本当に分かってんのか?」


 「分かってますよ。でも人を撃つなんて……」


 「あそこでバカスカ撃ってるアホを見てみろ。嬉々として撃ちまくってんだろうが。お前、今あんなチビに守られてるぞ。分かってる?」


 メイは屋上のギリギリまで出て、ほとんどフルオートで銃弾をマガジンから解放していた。発砲音が耳に痛い。


 「おい!誰がチビだ!!これから伸びるわ!」


 「……諦めろ」

 

 というのは声には出さず、心の内のとどめておく。

 新藤は射撃するメイの後姿を見て、今更愕然としていた。口は半開きになって、辺りをキョロキョロと見渡すと一旦目を閉じる。

 その動作を数秒続けると、こっちの世界に戻ってきた。


 「わ、私は……!。市民を守るのであって、守られる立場ではなく……!!。……この状況は、私の矜持に反するはずだ……!」


 「ならさっさと撃て」


 首根っこを掴んで、射撃できるポイントまで新藤を連れていく。

 俺も銃を手に取り、アサルトライフルを構えた。


 「やれるな?」


 「やりますよ。あれは人じゃありません。それ以外の何かです」


 「その通り」


 酒井も小林を連れてきて、屋上の縁に全員が立った。

 メイや堂本のリロードも完了し、命を奪いに来る最後の敵を睨みつけた。


 「しっかり狙えよ……!。……撃てぇ!!」


 6丁のFN F2000(アサルトライフル)が火を噴き始める。

 『死に行く者』が始まりを告げた。

 

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