第2話 襲撃
辺りもすでに暗く、電灯の無い場所は最早闇であった。
夜だというのに蒸し暑く、もう世界が終わりに近づいている事を如実に表していた。
俺が持ち出したスマホからはまだ馬鹿みたいな声が垂れ流されていた。
次の角を曲がれば愛しのコンビニちゃんが見えてくる。
今週の内容はどうかな?面白いといいな。
……あれ?合併号?いや、そんな馬鹿な。それはないわ。大丈夫だ。
でもさ、連休がどうのこうので世間は浮かれているとか何とか。
いやいや、あり得ない。
ジャン○は少年の夢。休みごときでお休みするわけがない。
是が非でも編集部が作っている。
世の漫画家たちに栄光あれ。
などと、一人でぶつぶつ言いながら角を曲がる瞬間、スマホから大声が上がった。
「それでは『選別』開始!!」
勝手に言ってろ。コンビニ、コンビニ―――????
「あれ?」
いつもはここで緑色をしたコンビニが視界に入るのに、住宅街が広がっている。
ん~?ボーッとしすぎて道を間違えたか?
もうボケちゃったなら世界は無情だ。
レ・ミゼラブル。全然笑えない。何言ってんだ?合ってんの?
キョロキョロ辺りを見回すと、後ろにコンビニはあった。
「曲がる方向間違えた……」
右じゃなくて左だったか。納得。
……いやいや。無いから。
いつも右だったから。
……あれ?そうだっけ?右だっけ?……左?
「どうでもいいか。ジャン○、ジャン○」
住宅街を切り抜けると、奇妙な光景が広がっていた。
誰もいない。
車が止まって、道のど真ん中に放置してある。
「ん?どういう事?」
見れば信号が全く動いていない。
点灯はしているが、本来の役割を発揮していない。
「なんだ?故障でもしてんのか?」
意味は分からないが、反対側にあるコンビニに行くため左右を確認した後コンビニの前に行く。
開けっ放しの自動ドアを通り抜けて入店する。
目的のジャン○を発見して、読書と洒落込む事にした。
うん、やっぱりジャン○はいいわ。
日本の良い所はこれだけだな。
パラパラめくって目的の物を読み終えて満足して、店内を見ると誰もいない。
いつもなら人が居てもおかしくない時間だ。
店員すらいない。
「何だぁ?バックれたのか?」
ゴールドか?シルバーか?なんてどうでもいい事を考えてコンビニを後にした。
相変わらず人がいない。
まぁ、でも遠くに走ったりしている人もいた。
ランニングか。お疲れ様です。
「しっかし、音が無いな。車誰も運転してないの?」
そう。音が全くない。
不気味なくらいだ。まだ午後9時も行っていない。
余裕でゴールデンタイムですよ?
これがクリスマスならあの時間に突入している。
……全員死ね。
元来た道を戻って家に帰ろうとした所で、街灯の下で微動だにしない怪しい人物を発見。
まてまて。すぐに決めつけるのは速い。ちょっとスマホの画面見るために立ち止っているだけかも。
これで通報したら怒られるの俺だ。
「……でもさ」
あいつ明らかにおかしい。
あいつが怪しくないなら、古今東西どこを探しても怪しい奴なんて居ない。
黒。
完璧な黒。圧倒的な黒。黒よりも黒。すべてを吸い込む黒。
黒すぎて立体感が失われている。そこまでの黒。
影よりも黒。
『黒い人物』
その言葉が頭をよぎる。
馬鹿な。あれは本当だったのか?
国連と思われる人物の説明を思い出す。
「ゲーム名、『黒い人物』。皆さんはこいつから身を守ってください。
ルール満了条件は人口が半分になるか『黒い人物』が全滅するかです」
人口が半分?つまり50億人があいつに殺される?
そんな馬鹿な。
だけど、あれ。おかしい。何だよあれ。
顔が、黒。手も、脚も、胴体もすべて。黒い。漆黒。それすら足りない。
心臓の動きが早くなる。
なぜ音がしないのか?道を間違えたのか。
鏡面世界。
あいつはそう言った。
ならば、左右逆転する?
おかしいと思った。ジャン○の絵と文字が逆転していて、ちゃんと印刷しろくらい思ってたんだ。
え?マジで?あいつ、殺すの?人を?50億も?
「や、やばい。隠れないと……」
だから人がいなかったんだ。外に出る訳がない。俺の間抜け。何やってんだ。
どうすんだよ。
引き返そうと脚を引いたときに致命的な音がしてしまった。
靴底と砂利が擦れる音。回避不可だ。マジかよ。
『黒い人物』は柊を補足した。
「――――――!」
以下「黒」と呼称する事にしよう。
黒は俺に向かい両手を振りながら人間臭い動きで俺に向かってきた。
距離はすでに10mを切り、戦闘が不可避である事を示していた。
「やるしかねぇ!」
突っ込んでくる黒に対し、防御と回避をしやすい構えをとる。
黒は攻撃準備に入り、ボディーブローを撃つ。
「―――!」
「ぐっ!」
左腕で受け止めるが、かなり力が強い。
ここまでかよ!
空いた右足で蹴ろうとするが、あっという間に下がる。
追いかけて次はこちらから。
地面をけり跳びあがる。
威力のすべてを右足に集中させて、黒の顔面に打ち落とす。
【柊流古武術『大崩』】!
無言の気合で黒は両手で受け止めるが、その腕は弾け飛んで黒い水が撒き散らされ両手が無くなった。
勝機!!
着地して体を沈め、黒の懐に潜り込む。
両手を掌底の形にして準備完了。
脚から踏み込み両手へとエネルギーを移行させる。
破壊の権化をなった両の掌が黒に撃ち込まれた。
【柊流古武術『天雷』】!
黒の腹に風穴があき、向こうに住宅街が見える。
自重で支えきれなくなったか、ダメージが大きかったか、黒は体のすべてを液体に替えて消えた。
「フゥ~~~……」
技が終結し、完璧であったことに一人ご満悦になりながら息を大きく吐く。
分かった事は2つある。
一つはかなり力が強い。何も技術が無い人はあれだけで死ぬ。
2つ目は防御力は低い。蹴り一発で腕が無くなり、掌底で腹が貫通した。
いくら柊流古武術でもそこまではできない。
適切な武器でちゃんと攻撃すれば何とかなる、……か?
周りを見ても黒は見えないが、絶対どこかにいる。
50億人も殺すつもりなのに、数が少ないわけがない。
むしろ多い。絶対多い。
武器がいる。
「……帰ろう!」
マイスウィートホームへゴーホーム!
イェイ!
自分の家に帰る途中、さっきまでは静かだと思っていた住宅街も俄かに騒がしくなっている。
具体的には悲鳴。何かがぶつかる音。助けを求める声。
そこかしこで響いている。
外ではないが、家の中で激闘が繰り広がっているはずだ。
ここで助けに行く?
無理。絶対無理。何の義理もないだろ。
それに次に俺が勝てる保証は?黒が一定の強さの可能性?あいつが最弱だった可能性は?
それを考え始めたらちゃちな正義感なんて吹っ飛んだ。
もう俺は公僕じゃない。ただの一般市民。むしろ助けてもらう側だ。
そうだ!救助活動!警察とか自衛隊がやってるかも。
名案が浮かんだ所で我が家に到着した。
即効で入って、鍵を閉め、明かりをつけた。
「……明かりは点くのか。ってアホ!明かり点けたらばれる!!」
いつもの癖で電気をつけるが、光の速さで消灯した。
スマホは使えるかと確認したが、携帯電話としての機能はダメだった。
「電気製品の使用不可能か……」
でも、小さな明かりとしての機能は使えるみたいだ。
適当なルールだ。
もはや、圏外ではあった。誰にも救助を求める事が出来ない。110番できない。
出来たとしても繋がらないだろう。皆かける。
どうしよう……。
午後9時という事もあり部屋は真っ暗。
外の明かりで部屋の全容くらいは把握できる。
「……学校に行けばいいのか?」
緊急避難所みたいな制度があったような。
地震とか津波とかの時に避難する場所。ここは確か学校だったような、違ったような……。
その前に公的機関はしっかりしているのか?
必死こいて学校行ったら誰も居ませんでしたっていうのはあれだ。困る。
今から行くのはさすがに無理だ。
暗すぎる。黒の姿が見えにくい。さっきは運が良かった。街灯の下に黒が居たからこそ、こっちが意気込みを作る余地があった。
でも暗闇から突然襲われたら……。
無理。勝てない。殺される。引きこもろう。取り敢えず朝までは出れない。
寝る事にしよう。ドアは閉めてあるし、何とかなるだろ。
押入れからボロイ布団を引き出して、床に敷く。
「……暑い。クーラー使えない。窓開けれない」
布団に寝転がって5分も経たない内にギブアップしそうだ。
扉が反転した冷蔵庫から辛うじてまだ冷たい冷枕を出して寝っころがる。
「良いわ~。最高」
ようやく寝る準備が整って、目を瞑った。
まだ9時だったが、寝ないといけないと思えば何とか寝る事が出来た。
自衛隊時代が何かと生きている。
寝始めてからどれくらい経ったのか。空はもう明るくなり始め、窓を閉め切った部屋の中も清涼な空気が溢れているかのような爽やかさだ。
目が覚めたのは両隣の部屋の人たちがハッスルし始めたからだ。
それはもう、激しい。
ギシギシどころじゃない。ガシャンガシャン家具や食器が落ちてるのが聞こえる。
この家は隣の住民の音が筒抜けだ。
でもね、ここの住人は俺と同じく残念な大人たちだったような気がする。
失礼かもしれない、いや絶対失礼になるが女性を連れ込めるのか?という感じだ。
俺にも言える。
「……絶対いる」
夜の情事にしては激しすぎる。
いや、経験無いからどういうもんかは分からないよ。
それでもこれは無い。悲鳴も聞こえる。
「ガアァ!…………や……バ……」
などなど、両隣から今にも息絶えそうな声と執拗に何かを殴る音。
黒だ。
なぜ侵入を許した。ドアも窓も閉めていなかったのか?ここは一階しかないが鍵を掛ければそれなりに時間稼ぎ位出来るだろ。
待て。
そもそも黒は何処から来てる?
昨日会った黒だって一回あの場所を通った後接触した。
もしかして、何処からともなく湧いてくる?
それこそゲームのモンスターのように。
「……そんな」
これでは休める場所が無い。
今俺が生きているのはただ運が良かっただけになる。
両隣の人たちは突如として部屋に黒が出現して襲われている?
そうだ。昨日の帰り道屋内でたくさん争っているような音がしていた。
こんな状況になったなら、まず家の戸締りをしたはずだ。
その上での侵入。
窓を破った黒だっているだろうが、家の中で黒が湧いたんだ。
屋内と屋外の区別が無くなった。
遮る物が無い。
次の瞬間俺の目の前に黒が出てきても不思議じゃないという事か?
考えている間にもう静かになってしまっている。
おそらく死。黒は強い。50億人も殺す設定だ。弱かったら全滅して、人口が減らない。
「……マズイ。……どうする」
逃げるべきか?留まるべきか?
数m離れた所に最低2体の黒。どうだ?戦ったら勝てるか?
……行けるか、も?この家には俺のコレクションで溢れてる。
使えそうなのは、ボウガン。矢は30本あったはずだ。
あとは日本刀とサバイバルナイフが何本かある。ガス式の銃みたいなのもあるけど、ちょっと弄ってもウンともスンとも言わなかった。
銃の形をしているだけで使用はできない。
純粋に人間の力だけで生き延びらせようとしている。
剣術も少し齧った。それに自衛隊時代に軍隊格闘でナイフの扱いも一通り修めている。
その時、玄関を思い切り何度も叩かれ、人を不安にさせる行動をされた。
留まる所を知らず、もう扉を壊そうとしているのは明白。
「……か、鍵を!」
ショットガンやボウガンは自分で備え付けたロッカーに入れてある。
鍵付きじゃないとこれらを持つ事が出来ないとかで、少ない給料をやり繰りしながら最初に買ったロッカーだ。
ロッカーに掛けてある鍵を手に取り、武器庫を開放する。
目につくのは三丁の散弾銃に、ボウガン、日本刀、サバイバルナイフ。
こいつらを使って生き残る……!
矢を手に取ってボウガンに装填した時、扉が破壊される音がボロい部屋に響いた。
「来た!」
台所の廊下を通って扉がベランダの窓を破壊した。
ガラスが破砕され、嫌でも怯んでしまう。
家の構造的にここまで来るのに、台所兼廊下を通り抜けないとこの部屋に入れない。
玄関扉とこの部屋の扉が吹き飛んで廊下と玄関の見通しが良くなっている。
つまり、扉という遮蔽物は無くなり、射線が確保されている。
絶好の撃ち時。
ボウガンを抱え扉があった場所まで移動して、玄関を見通す。
廊下に1体。玄関前にもう一体。廊下は狭く回避が難しい筈だ。
構え、照準し、体のど真ん中目がけて矢を撃った。弓道だったら射法八節がどうとかがあるが、ボウガンだし関係ない。
「喰らえ!!」
矢は廊下を直進し、初速で弓を勝るボウガンの矢は黒に突き立った。
「―――!」
声ならぬ声を上げて、黒は液体となって消えた。
黒い水たまりと、もう一体の黒のみ。
「よし!」
しかし残る黒は廊下を駆け抜け俺に迫ってくる。
矢の再装填には時間がかかり、ボウガンは意味を成していない。
ボウガンを壊れないようにそっと置いて、持っていたサバイバルナイフを掲げる。
膝を柔軟にして、いつでも動けるように待機。
「―――!」
黒は手刀を振り下ろす。その速度、依然脅威。
ギリギリで躱し、体勢を低くして黒の横を通り過ぎざま脚にナイフを斬りつけた。
「―――!」
ある程度の抵抗感であっさりと黒は右太腿から切り落とされ膝をついた。
駆け抜けた柊は左足を軸足にして、渾身の蹴りを繰り出す。
【柊流古武術『波風』】!
「セイッ!」
右脚が黒の体を切り裂き、真っ二つにした。
やはり防御は弱い。
倒した箇所で黒は崩れ落ち、黒い水たまりができた。
「はぁ……」
部屋が汚れた事もあるが、日本に居ながらこうも命を落とす寸前まで行くなんて。
水たまりを避けながら撃った矢を回収した。
貴重な矢だ。1本も無駄にできない。
部屋を見渡せばガラスは割れ、扉は吹き飛んで風通りの良い部屋へと変身していた。
床は意味不明な黒い液体で塗れ、一刻も早く出ていきたくなる。
「それに、これ以上騒いだら……」
他の黒が来るかも……。
もうここには居られない。出ていく準備をすることにした。
ボウガン、日本刀、サバイバルナイフを手に取り、野戦でも行くのかと言う風体だ。
食料はもともとない。水道も通っておらず、コンビニにでも行くしかない。
矢しか入っていないリュックを背負って部屋を出て行こうとした時に、スマホが鳴り響いた。