第19話 転移
「増えやがった……!」
自動応答の声で3時間経過が宣告された後、一体の巨人が降ってきた。
15人の大所帯からは離れた位置に落下したが、限られた範囲に2体目の巨人が出現してしまった。
有象無象共はこの事態に取り乱し、声を荒げているだけでただ歩いているだけだ。
しかし現状、喫緊の状況ではない。2体目になろうがすぐそこに危険は迫ってはいない。
400m×400mの範囲なら、2体でもそこまで苦労する事無く逃げる事が出来る。
「でもこれって……」
隣のメイは未来を予測して唇を強く噛んでいる。
先頭に居る新藤も顔が驚愕に満ちた後、苦虫を潰したような顔をしている。
「3時間ごとに一体ずつ追加か……」
現在、午後10時ジャスト。
次の追加は午前1時。次は4時。7時。……、とどんどん増えていく。
24時間後にはこの狭い範囲に9体の巨人が闊歩している事になる。
そこまでじゃなくても、4体目が鬼門になる。
十字路を挟まれたら終わりだ。回避できない。絶対追いかけられ、最後には殺されてしまう。
新藤が俺を呼び掛けて、深刻そうな顔で相談してきた。
「……巨人の動向は分かりますか?」
「一応分かるが……。まだこいつらと一緒に居る気か?」
「それが私の義務です」
「……こいつらに当てにされると困る。後ろで指で行先を示すから確認しろ」
「お願いします」
新藤は前を向いてそのまま突き進んでいく。
何て死に急いだ生き方だ。こいつらを見捨てればお前だけなら生き残る可能性は高い。
『服』の防御力は黒で見た。
巨人にすら対応ができるかもしれない。
列の最後尾に戻って巨人の行動を監視しながら生き残るために歩き続ける。
「野郎、何か言ってましたか?」
メイと一緒に後ろで歩いていた堂本が話してきた。
顔は汗にまみれ、シャツはベタベタだ。それだけ日本の夏は暑い。
「何にも。巨人がどこに居るかってさ」
「アホッすね」
「アホだな」
新藤を貶しているとメイが肘で突いてきた。
顔は怒気を少しはらんでおり、排泄の事を怒っているらしい。
「そんなんより、トイレどうすんのさ?」
堂本がハッとした顔になってしまい、これからどうすれば良いのか考えている。
「大丈夫だ。緊張しまくれ。交感神経を優位にして、肛門括約筋を収縮しておけ」
「……リラックスするなって事?」
「端的に言うならな。でもこの状況だ。緊張すんなっていう方が無理だがな」
「つーか、それでもしたい物はしたくなるでしょ!?」
「まぁね」
ウンコすんなと言う方が無理だ。
覚悟だ。生き残るためにウンコを漏らす覚悟が求められている。
「オムツあればな……」
「絶対はかない!!」
そこから何回か危ない目に会っている。
直接巨人に会う訳では無いのだが、十字路を横断する時に遠くの方の巨人がこちらを発見してしまい、凄い勢いでこっちに走って来る事がしばしばあった。
動いているため『耳』の精度が低く、こっちの方向で歩いている位しか分からない。それ故に、遠くからではあるが巨人に見つかってしまい、追いかけられた経緯がある。
やや頼りなくなってしまった『耳』だが、それでも『耳』が無ければ確実に全滅している。
「マズイな……。ここから数も増えるとなれば、こういう機会が増えるな」
すでに午前1時に差し掛かろうとしている。
空を見れば電気が消えているので、明るい星々が輝いている。
この夜空を見ていたいが、そろそろ追加の巨人が出現する頃合いだ。
左腕を見ると同時に、腕時計から宣告が届いた。
「3時間が経過しました。『巨人』を追加します」
絶望的な音が頭上から響いている。
「走れ!!!!」
俺の言葉と同時にメイ・堂本・新藤が迷い無く走り始めた。
数瞬遅れて残りの11人が動き始めた。
20m以上移動したときに、大質量が地面に落下した音が後ろから轟く。
音なんてものでは無く衝撃が全身を打って行った。
走りながら振り返ると人間を3人重ねたくらいの身長で、丸裸の巨人が居た。
陰部は無く性別が分からない。
全裸のデカいおっさんが俺達を追いかけ始めた。
「あっぁあっぁあっぁ!!!」
全身を嫌悪感が撫ですさり、体が竦んでしまう。
異常者が出すような声を出しながら、それなりの速さで走り始めた。
走り始めたせいで『耳』が使えず、周りの状況が分からない。
直前まで聞いていた音を頼りに巨人が居なかった方へ移動していく。
後ろは阿鼻叫喚の声で渦巻いていた。
踏まれ、殴られ、叩きつけられ、人が一人死んでしまった。
凄まじい。
体長差3倍もあると、人vs.犬のような物になっている。
デカい方が勝つ。デカい方が強い。この世の原理だ。
人は頭脳に加えて、自然界でもそれなりの体の大きさがあったからこそ、地球の支配者となっていたはずだ。
新藤が急制動をかけて、盾を構えて殿を勤め始めた。
止まってしまったため、腕時計から爆音が鳴ってしまった。
「このアホ!!他のが来るだろうが!」
「新藤さん!頭使ってください!!」
「この糞ポリス!!」
新藤は死んでしまった人を見て震えているが、それで終わり走り始めた。
「すいません!!」
このルール上、殿はほとんど意味を成していない。
何かしらが理由で動きを止めてしまった場合、自分から居場所を知らせる羽目になる。
現に正面から巨人が視界に入ってしまった。
「メイ、左だ!」
これで3体目の巨人を回避できはしたが、おそらく追ってきているだろう。
新藤のせいでだいたいの位置を把握されているはずだ。
新藤が他の奴らを追い抜いて、先頭を走っている俺たちの横に並んだ。
「このボケ!てめぇのせいで全員死にかけてるぞ!少しは頭を使え!!」
状況を悪化させた振動を俺が怒鳴りつけた。
後ろからは2体の巨人が迫り、今にもだれか死にそうだ。
「……すいません。……斯くなる上は」
そう言ってまた立ち止まり、完全に歩を止めた。
持っていた盾を地面につけて、巨人を止める体勢に入っている。
そうすると一体の巨人が新藤に殴りかかり、戦闘が始まってしまった。
しかしもう一体は新藤の横を通り過ぎて、追いかけて来ている。
「2体とも止めろや!!」
巨人との距離は30m弱。
巨体の割に走る速度が速く、女性では追いつかれ踏みつぶされるのではないかと言うレベルだ。
目の前に十字路があり、どの道を行くか3択になっている。
「メイ、右だ!」
とりあえず巨人の視界から離れるため、右に曲がり走っていく。
断続的に斜め後ろの方向から爆音が鳴り、新藤が頑張って戦っている事が分かる。
そんな事を思考の隅っこで思いながら後ろを見ると、誰も居なくなっていた。
残る10人は左に曲がったり、真っ直ぐ行ったりと巨人に狙いをつけさせないように散開している。
流石に『黒い人物』を生き残っただけはあり、思い切った判断をする連中だった。
そしてさらに走り、巨人が十字路に姿を現すと俺達を目指して走り出してしまった。
「なんでぇ~~!!」
メイがそういうのも無理はない。
7割の確率で巨人は来ないはずだったのに、賭けには負けて巨人は俺達目がけて走っている。
堂本を見るとリュックを抱えて、何か取り出そうとして、四角い箱を取り出した。
「アニキ、姐さん、これ!!」
そう言うと俺たちの分の四角い箱を手渡してきた。
中を開けると赤いボールが2つ入っている。堂本は俺達に計4個のカラーボールを渡したが、堂本のリュックには剥き身でこの赤いボールでいっぱいになっているみたいだ。
「何これ!?」
後ろを見てとてつもないデカい巨体が迫って居る事に焦りながら、堂本に問いただした。
「カラーボールっす!」
カラーボールは犯罪者に投擲して、目印をつけてその後の調査を行いやすくするための防犯グッズだ。
地面に投げつけると、ボールが割れて中身の塗料が対象に付着する。これが取れにくいらしく、防犯グッズとして役に立つらしい。
それを渡してきた。意味不明。
「だから何なの!?使えないだろこれ!!」
「中身ローションに詰め替えてあるッス!!」
「お前は天才だぁ!!」
全員中のボールを手に取る。メイはボウガンを持っているため、1個しか持っていないがその後投げるだろう。
脚を回転させながら作戦を伝えていく。
「次を左に曲がったら自分の足元に投げろよ!」
最高速度で走りながら、数m先の曲がり角を全員で同時に曲がり、横一列でボールを叩きつけた。堂本は一生懸命リュックからカラーボールを次々と地面に叩きつける。
辺りにローションが撒かれて、ヌルヌル地獄になっている。
かなりの範囲がローションまみれとなり、確実に巨人も引っかかる。
そのまま走り抜けて、俺もリュックから武器を取り出した。
メイも同様である。
ビール瓶を全部で3本出して、一本を堂本にも持たせた。
ライターを準備して、注ぎ口から延びる布に着火する。
「火炎瓶っすか!?」
「あいつコケたら投げつけろよ!」
秘密兵器はこの火炎瓶である。
自衛隊時代に現地の人から教えて貰い、ガソリンが有れば割と簡単に作れた。
あとはその辺にある車からガソリンを貰って、ビール瓶に入れて加工。火炎瓶の完成である。
全員が燃え盛るビンを構えていると、曲がり角から巨人が姿を出し、ローション地獄に脚をすくわれ、派手に横転した。
狭い道をすべり巨人にとっては小さな塀に体を強打した。
「あっぁあっぁあっぁ!???」
ローションの量は少なかったが、それでもちゃんとした効果を発揮し、巨人は地面にふせている。
立ち上がろうとするものの手にも足にもローションが付着して、摩擦が無くなり立ち上がる事が出来ていない。
「やれ!」
掛け声をかけると、一斉に三本の火炎瓶が巨人の近くに着弾して、炎を撒き散らした。
中に入っていたガソリンは巨人に降りかかり、そこに火が着火して全身火達磨となっている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
全身が火に包まれ皮膚が焼かれる苦しみに巨人がのた打ち回る。
体を回転させて火を消そうとしているが、如何せん全身にまとわりついた
しかし5mはある巨体が回転していては、こちらにも被害が出てしまう。
だが、そこに怖い物など無いと言わんように、堂本が日本刀を構えて駆け出して行った。
大声を上げながら自分を鼓舞し、暴れまわる巨人を無視してどんどん刀で切り刻んでいく。
体を焼かれ、さらに切り傷が増えていく巨人は少しずつではあるが、力強さが無くなっていく。
堂本だけにやらせる訳にはいかず、俺もナイフを抜いて、巨人に向かって攻撃を始めた。
脚を止めず、動き回りながら浅くない傷をつけていった。
「ダラァ!!」
そして大振りの堂本の刀が巨人の腕を切り飛ばし、断面から噴水の如く血が溢れではじめた。
それでも油断することなく俺と堂本は火傷も気にせず、刃物を付きこんでいく。
肉を抉っていく感触が気持ち悪いが、手を休めるとどんな反撃が待っているのかわからない。
堂本が腕を切断し、体が燃え盛っても巨人は死んでくれない。
圧倒的な生命力に恐怖し、悲鳴にも似た叫びが自然と口から出てしまった。
「早く死ねぇぇぇ!!」
切り、突き、抉る。
肉片と血があたりに散らばっていき、炎は肉を焼き焦げ臭い。
巨人は抵抗を見せるが、移動を余儀なくされるこのルール下ではそんなものは当たらない。
両手に持つナイフが腕に、足に、胴体に、頭に刺さって血が噴出する。
生物はなかなか死なない。急所にぶち込もうが、なぜか生きている。
こんなでかいやつを殺すにはあと何回ナイフを刺せばいい。
堂本の刀は血を吸い、体には夥しい量の返り血を浴びている。
それでも死なない。死んでくれない。純粋に大きすぎるんだ。象を殺そうと思ったら並大抵の苦労ではないはずだ。そうだ。俺達は象を相手にしているに等しい。
そこに後ろからメイが走り出して、大きく跳躍した。
『靴』のおかげで何mも上に飛び上がる事ができている。
空中でしゃがんだ状態を維持して、そのまま巨人の胸のど真ん中に着地する瞬間に脚を伸ばし、文字通り巨人を蹴り抉った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」
メイの『靴』が入った渾身の蹴りを止めに、動きが完全に鈍り始めた。蹴りが入った瞬間鈍い音が胸から響き、致命的な一撃が入った事が明確になっている。
それでも死んでいない。胸骨を、肋骨が折れていてもおかしくない一撃を食らっても生きている。
メイも必殺を込めて放った一撃を耐えられたことに恐怖し、顔が歪んでいる。
巨人の上から離れ、さらに一撃を加える準備を開始した。
3人の絶叫に等しい叫び声が住宅街に木霊する。
「「「うおおおあおおあおあああ!!!!」」」
『黒い人物』とは隔絶した殺し合い。
一歩間違えれば全員死ぬような戦いをしている。
全員どこかが焼けているが、委細構わず己の渾身の殺しの技を披露していく。
いや、技とも呼べない。
本能と言わざるを得ないだろう。
体格で圧倒的に劣る相手に群がり、自身の武器を全力で振り下ろすだけ。
3人はその場で立ち止まり、腕時計が鳴り響いているのにも気づかずリンチを繰り返す。
生き残るため。
殺す。
刺し、抉り、潰し、切り殺していく。
ナイフが、刀が、靴が巨人の体に叩き込まれ一方的な攻撃をしている。
やってもやっても死んでくれない。
死なない。
ナイフを持って巨人の頭まで移動していく。
巨人の抵抗は弱まり、体は焼けるに任せているが、腕はメイや堂本を遠ざけようと必死に動かしている。
ならば俺はフリーだ。
両手のナイフを逆手に持ち替え、真上へと掲げる。
そして狙うは巨人の眼。
「死ねェぇぇぇええ!!!!」
ナイフは一気に振り下ろされ、空気を切り裂き、巨人の目に達する。
目は蹂躙され、視神経を犯し、眼孔に侵入した。
こぶし大はあろうかという目に腕を埋め込み、脳を破壊せんばかりにナイフで抉っていく。
全力の筋力で振り下ろされたナイフは、壊れてはいけない器官を破壊し、生物としての機能を放棄させた。
完全に動かなくなった巨人の体はその場で燃えたまま。
3人の荒い呼吸と鳴り止まない腕時計がうるさい。
全員が自分の置かれる状況を思い出して動き始めると、視線の先からもう一体巨人が現れた。
「マズイ!逃げ―――!?」
そうすると腕時計からいつものように音声が流れた。
「『巨人』が一体討伐されました。『巨人』を補充します」
「何だと!??」
3人とも走りながらだが、顔は絶望に満ちている。
今死力を振り絞って倒した巨人があっという間に補充されるというのだ。これが絶望と言わずなんというのか。
後方50mの位置には追いかけてくる一体の巨人。
上空を見れば降ってくる巨人が一体。
「……死ぬ」
そう思ったのもつかの間、自動応答の話はまだ終わっていなかった。
「また、柊照光様、黒沢明様、堂本耀様の3名が転移条件を満たしました。転移します」
その瞬間3人の姿は住宅街から消え、巨人は右往左往するだけだった。
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