第18話 糞
「それでは『選別』開始!」
左腕に付けた黒い腕時計が開始の合図を出したと同時に、違う事が起こった。
『耳』を使う癖をつけていたおかげで、何かが空気を切り裂いている音が耳に入った。
しかも人間の死角である上空から何か落下している事を示している。
後ろを振り返り空を見上げると、やや暗いので見えにくいが大きさゆえに目で捉える事が出来た。
俺の行動を見てその場に居る全員が釣られて視線を同じ方向に向ける。
全員口をあんぐりとあけて、何も言わない。
空から1体の『巨人』が降ってきている。
自重で潰れろとか思うが、鏡面世界だから大丈夫ですとか言われたらおしまいだ。
遠目からでも分かる巨体が地面に着地した瞬間、腕時計が爆音を上げて鳴り始めた。
「は!?ちょ……何で!??」
全員鳴り止まない腕時計を抑えて、音を小さくしようとしても全くの無駄な努力に終わっている。
こんな大きな音が鳴っていたら、『巨人』がこっちに来てしまう。
「クソ!さっさと逃げるぞ!!」
是非も無く走り始めたら音が止み、不自然に思って立ち止まるとまた鳴り響く。
それを数度繰り返すと流石に全員気付いた。
「動くと鳴らないみたいですね。で、止まると鳴ってしまうと……」
歩きながら新藤が見解を示した。
全員同様の思いを抱え、かなり面倒なルールである事に気付いていく。
「……マズイな」
「ええ、動き続けないといけません。つまり眠れない」
「……あの人が24時間で終わるっていった意味が分かるね」
24時間眠らず、さらに『巨人』から逃げ続ける。
最悪だ。今の日本は夏だぞ。そんな所をずっと歩いていたら熱中症でそれ所じゃなくなってしまう。
とりあえず歩き続け、巨人から逃げるように離れていく。
止まらないと完璧な精度で『耳』は使えないが、それでも何とか巨人の位置を把握できる。
「離れるぞ。巨人の近くに居る事は無い」
巨人の位置を確認しながらどんどん離れていった。
理由は分からないが一体しかいない。チャンスだ。
しかし思惑は脆くも崩れ去った。
「ふげ」
数分歩いた所で、先に進めなくなった。
言っている意味が分からないと思うが、道があるのに透明な壁があるかのようにこれ以上の進行を阻んでいる。
動けなくなったので慌てて走り出し、何とか音が鳴るのを防ぐ事が出来た。
後ろで見ていた新藤が事態の深刻さを提言してきた。
「動ける範囲が限定されているんですか!?これでは……!」
「や、やべぇんじゃねぇのか!?」
全員その辺をくるくる移動しながら話しているので、些か緊張感に欠けている様に見えてしまう。
「……家の中に入りましょう。これから暗くなったらもっと不利になります」
メイの案に全員賛成して、急いでメイの家へと戻った。
その辺のでも良かったが、鍵がかかっている筈なので、鍵を掛けていないメイの家へと向かう。
巨人はまだこちらに気付いておらず、どこかを彷徨っている。
メイの家まで辿り着き、玄関のドアノブを動きながら回す。
しかし引いても全く開かず、変な動きをしながらドアから離れる。
後ろを振り向いて怪訝そうな顔をしているメイに話しかけた。
「メイ、鍵かけた?」
「……かけてないと思うけど」
俺もメイも鍵を掛けていない筈なのに、ドアが全く開かない。現実世界ではほとんど人が居なかったし、ほぼ田舎の地域だったので鍵を掛けていなかったはずだ。
「庭から入りましょう」
新藤はそう言って庭へと回り込み、動きながらガラス窓を開けようとするがこれも開かない。
新藤は慌てて動き始め、爆音は鳴らずに済んだ。
庭を歩き続けるメイに確認の意味を込めて質問した。
「このドア閉めてたっけ?」
「暑いから開けてたと思うけど……」
クーラーも使えない状況で窓を閉め切るはずがない。窓全開で鏡面世界に来たはずだ。それとも鏡面世界だと全部しまってしまう可能性があるのか。
それだと『黒い人物』で開きっぱなしだった俺の部屋の鍵の意味が説明できない。
新藤が何度も開けようと奮闘しているが、開く気配はまったくない。
「……悪い、メイ。ガラス割るぞ」
「ちょ……!」
了承を取らずナイフの柄頭でガラスを全力で叩いた。
「なっ……!?」
これは俺だけの声じゃ無かった筈だ。全力で叩いたにもかかわらず、ヒビ一つすら入っていない。損傷0。
「強化ガラスじゃないよな?」
すぐさまガラスから移動して、腕時計が鳴るのを防ぐ。メイも驚いた顔をしてガラスを見ていた。
「普通のガラスのはず……」
ここで糞みたいなルールが追加された可能性が出てきた。
これは本当にマズイ。
「室内侵入不可……!?」
とりあえず道路に出て歩いて、動ける範囲を調べた。
そして分かった事をまとめてみる。
①止まると腕時計から大きな音が鳴る。
②動ける範囲が限定されている。だいたい縦横400m×400mの正方形が範囲。
③室内に入る事が出来ない。
そして重要なのは俺たち以外に人が居た事だ。
今は新藤が音頭を取って皆を導いている。この異常な事態でも警察という肩書は大きな力を発揮している。
俺達を含めると15人程度の所帯になり、まったく隠れる気が無い。しかし巨人の数は一体であり縦横400m×400mの範囲だったら逃げる事はさほど難しくない。
だが、この範囲一見広いように見えるが、ほとんど家の敷地がこれを占めている。道路の面積なんていったいどの程度なのか。広いようで狭い。ボンバー○ンみたいな状況になっている。
新藤を先頭に適当に歩き、皆それについていく。
正直離れたい。こいつらダメだ。誰も力を持っていないらしい。
『黒い人物』を隠れたり、逃げたりするだけで切り抜けた奴らばかりが居る。
言い方は悪いが全く戦力になっていない。お荷物。あの巨人に勝てるわけがない。完璧に狩られる側だ。
目算で5m以上はある人間に普通勝てると思ってるのか?絶対勝てない。2mある人間にすら勝てないのに、5mだぞ。力無しでどうにかなる相手じゃない。
しかもこいつら手ぶらだ。馬鹿。死ね。アホ。ミンチになれ。
なんのための24時間だったんだ。包丁位もってこい。カス。間抜け。たわけ。
遂にはメイが持つボウガンを寄越せなんて言う輩まで居やがった。もうね、死ねと。ネズミみたいな顔したいかにも糞みたいな男だ。もうね、死んで?何で生きてんの?くせぇんだよ。息すんな。死ね、アホ。
堂本が追っ払って事なきを得ているが、『黒い人物』で会ってたら行動不能にしてた。
「アニキ、そろそろ顔何とかしてください……」
「……悪い」
機嫌が悪くなって、表情が凄い事になっているのは自覚していたが、強面の堂本から言われたら流石に自重しようと思う。
そろそろ三時間が経過しようとしている。午後10時前。
この間歩きっぱなしだ。荷物もできる限り軽くしているが、蒸し暑い日本ではかなりこの行動は辛い。
日本に限らず3時間歩くのは普通につらいだろう。
確かに24時間で終わる。その内脱落者が出る。
すると黙々と歩いていたメイがこっちに寄って来て、小声で話してきた。
腰をかがめて耳を寄せると、かなり緊迫した様子と言うか、絶望している。
「……柊さん、ヤバい事に気付いちゃった」
「……まだ何かあんのか?」
もうかなりきついルールだと理解しているつもりだったが、これ以上の事があったのか?
「トイレ、どうすんの……?」
衝撃が体を走る抜けるとはこの事か。
美少女然としたメイからこんな言葉が聞けるとは、なんて思っていない。
「ホントだ……これホントにヤバいぞ……」
眠れないとかそんなレベルじゃない。
排泄する時にはどうしても立ち止まる必要がある。
かなり無理すれば移動しながらでもできなくもないが、現状だいたい3km/hで移動している。少しゆっくり目に歩いている。
これ以下を出すとおそらく腕時計が鳴り響いて、巨人がこっちに急行してくる可能性が高い。
小便はまだ良い。女性でも立ちションできる。紙でも使って排泄の方向性を決めて、垂れ流せばいい。
どこかのテレビ番組で女性が立ちションできるような道具をおもしろグッズとして、紹介していたのを覚えている。糞笑った覚えがある。筒状の紙に小便を当てて、陰茎の役割を果たすとか何とか。メイにもそうして貰おう。怒ると思うけど。
問題は大便だ。これはヤバい。これをこなすにはどうすれば良い?しゃがまず歩いたまま垂れ流すしかないのか?ほぼ人間としての尊厳を打ち捨てる行動だ。それ以前に下半身丸裸にしないと脚が動かしにくい。合法的に女性の下半身が見れる絶好の機会だ。
……メイに殺されるな。
ならばズボンを履いたままでもしゃがみながら3km/hで移動しつつ、クソを垂れ流す。これでどうだ?
……どうだ?、じゃないだろ。
無理だろ。うんこしながらゆっくり歩くスピードで移動する?
もはやモンスターだ。そんな奴見かけたら、新藤君にしょっ引いてもらう所だ。
ヤバい。思いつかない。どうしたら全人類を救う手だてを見つける事が出来るんだ。
……便秘の奴は最強だ。こればっかりはそれに感謝した方が良い。立ちションだけで全てが解決する。
あれ?女性って便秘が多いんじゃなかったっけ?最強じゃね?うんこに関してはだけど。
そしてこんな事を思いついたメイの身に何かが起こっている可能性がある事に気付いた。
横を見てゆっくり、怒らせないように聞いてみた。
「……もしかしてトイレ行きたいの?」
かなり冷たい目を向けられながらも、返答してくれた。
「……何想像してんのさ」
「誰もそんな事言ってないだろ」
「いーや、かなり黙ってたよ。いろいろ妄想したんでしょ?」
黙っていたのは本当だから、言い返す事が出来ない。
ここは本当のことを言って機嫌を直してもらうしかない。
「……対策をだな、立てていたんだよ」
「ほぉ、聞こうじゃないか」
少し悩んだ末、申し訳程度に口を開いて対策を述べた。
「小便は男女問わず立ちション。大便は垂れ流ししかない……!」
「アホか!」
メイの軽い右拳が俺の頬を襲った。
同時に左腕に着けていた腕時計から音声が流れた。
「3時間が経過しました。『巨人』を追加します」
言葉に従って、1体の巨人が空から降ってきた。
合計2体の巨人が俺達を襲う。
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