第16話 無敵
唯一の出口を純白の衣服を着た黒が占拠し、こちらを見ながら佇んでいる。
明らかに余裕があり、切羽詰った行動を見せていない。
今までの黒とはすでに雰囲気が異なっている。
ここに居る人間は俺達を含め計12人。
元々いたのは男6名に女2名。
ただし男たちはどこか頼りなく、研究者のような風体だ。
端に寄せられている遺体を横目で見ると工事現場で働いているような、ガタイの良い男たちが山積みになっていた。
場所柄そういう人たちが多かっただろうが、黒の侵攻で全員が死亡したか。
この場所に来たのはダメだったか。あれだけの人数が死んだのなら、ここには大量に黒が発生するようなギミックが存在していると仮定したい。
強い奴らが居る所には、より多くの黒達を。みたいな?
何でどうでも良い事考えちゃうんだろ?
新藤は俺達と違い撤退せず、その場で黒の対処をしようとしている。
問題は俺達の周りに居る男女8名だ。
喚き始め、俺達を紛糾する声も出始めている。
完全に無視しているが、そんなのお構いなしだ。
こいつらは現状を把握していない。
おそらく『服』を持った黒。
完璧すぎる。全くと言っていいほど弱点が無くなった。
今まではその防御力の低さが攻略のカギであったのに、それが顔面・手・足を除いて払拭されている。
周りの声は次第に新藤へと向かい、どうにかしろというモノになっている。
あいつの性格・ここまで来た目的を考えれば、それを否定する要素は無いが。
新藤が特殊警棒を手に持った時に、黒は動き出した。
目の前の新藤を無視し、元居た8名の男女に襲い掛かる。
「なっ!?」
新藤は覚悟を決め戦闘に臨もうとしていたが、狙いが外され一瞬硬直。
それが戦局を大きく分けてしまった。
先程俺達に殴られた男性が黒に襲い掛かられた。
男性は手にシャベルを持っており、近づいてくる黒に対し横薙ぎにするが、意味が無い。
防御すらせずそのまま黒は男性にのしかかり、地面に組み伏せた。
黒は男性の顔・髪を掴みコンクリの床に叩きつけていく。
ゴンッゴンッと鳴ってはいけない音が、広いホームセンターの空間を満たしていく。
黒の強烈な腕力のせいで、頭が割れ血も流れ出し、全く動かなくなっている。
それでも黒は動きを止めない。
純白だった燕尾服は赤く染めあがり、暴力の凄まじさを物語っている。
最後に大きく頭を床に強打し、男性の体が一回大きく痙攣すると黒はゆったりと立ち上がり周りを見渡した。
この間誰も動く事が出来なかった。
市民を救うと豪語した新藤ですら、その場に縫いとめられ、男性が死んでいく様を見るしかなかった。
ここで恐怖が人間たちに襲い掛かった。
自分もああなるのではないか?死にたくない。当然であった。
残る7名が一刻も早く黒から逃げだろうと、クモの子様に散り散りに散らばって行った。
黒は動く人間に襲い掛かり、手早く殺していく。
ここで新藤が硬直から解放され動き始め、慌てるなと大声を吐き捨てるが、すでに恐慌状態に陥った者たちに言葉など通用しなかった。
新藤は黒の近づこうとするが、黒はそんな気は全くないうように見える。
新藤から遠ざかり、手近な人間に一撃必殺を加えていく。
一撃で死んだとは思いたくないが、確実に気絶はしている。
その要領で新藤からは離れ、人間を続々と意識の底に落としていく。
凄まじい。明らかだ。
「何よあれ……。今までで一番強くない……?」
標的から外れているメイの言葉だ。
チラリと堂本を見ても黒の行動に注目している。
というより、あの人間たちは頭が足りない。
ここからは出る事が出来ないんだ。
外は完璧に囲まれ、出口は自分で塞いでいる。
バリケードを除去する前に、黒の攻撃が入り最低でも気絶している。
「堂本、お前の『刃』が頼りになる。分かっているな?」
「ウッス」
言葉と同時に日本刀を抜刀する。
メイに向き直って指示を出す。
「メイは『靴』で音を消して身を隠せ。これから戦闘になるが隙を見て射撃だ。俺達が劣勢になっても隙を窺って行け」
「……分かった」
死にかけても隙を窺えと言う注文に、メイは何か言おうとしたようだが、立ちあがりそのまま商品が陳列されている間を抜けて姿を消した。
商品棚は少し数を減らし、バリケードとなっている。
身を隠す場所は少なくなっているが、射線は確保しやすくなっている。
顔を未だ黒を追いかけて、相手にされていない新藤に向けた。
「新藤!無理だ!戻ってこい!!」
「で、ですが……!」
「まだ死んじゃいない。お前が死ねば誰も助けられなくなるぞ!」
嘘だ。正直言えば、放っておいても死ぬと思う。頭を強打しすぎている。
即刻病院に行って、脳出血でもしてないか検査した方が良い。
でも鏡面世界でそんなことできないし、現実世界に帰還できたとしても医者がどれだけいるか分からない。
それでも新藤は立ち止まり、黒を追いかける事を辞めた。
黒は最後の一人に痛打を浴びせ、ようやく俺達に方向を見る。
新藤の方へ向かい、黒と対峙する。
視線の先5mに黒と、攻撃を受けて昏倒した女性が一人。
女性はピクリともせず倒れたままだ。
「新藤が抑えろ。堂本が基本攻撃だが、通らない可能性もある。できるだけ黒い部分を狙え」
同時に新藤が詰め寄った。
対象の黒もここで逃げる様子は無く戦う様子だ。
新藤が手に持つ警棒を振り下ろし、頭を狙う。
そこは当然と言うか、狙いどころがそこしかないため腕であっさり受け止められた。
「やはりですか……!」
今の攻撃は渾身の力を込めたのだろう。
一発で腕を破壊するつもりが、何ともなく受け止められてしまい、確定事項となった。
新藤は一旦離れ、俺達に報告を行う。
「『服』ですね。疑う余地はありません」
「強すぎだな。弱点が無い」
「『刃』で行けるっすかね?」
文字通り矛盾が出てきた。
どちらの方が上なんだ?と言うより、本当に『服』なのか?『鎧』とかならキレるぞ。
「……対等と考えよう。全部仕留めるつもりの攻撃で行け」
返答を聞く前に走り出し両手のナイフを構えていく。
まずはすくい上げるような感覚で、ナイフを上方向へ突く。
「シッ!」
まぁ何ともしがたい。狙いが顔しかないのは辛い。
首を傾けられるだけで避けられ、懐に潜り込まれる。
黒が右腕を引いたところで、横に転がるように離れていった。
「クソ!!」
堂本の援護もあり、無傷の生還を果たせた。
新藤が壁と平行に走る黒を追いかけ、遂に追いついた。
手には何も持たず、組み付こうとしている。
援護に向かおうとするが、無手で何をしようと言うのか。
「警棒はどうした!?」
「柔道ですよ!」
言うと同時に黒の腕と服を掴んで一本背負い。
しかし明らかに黒が飛び過ぎており、自分から跳んで地面に叩きつけられる事を避けていた。
一本背負いを曲芸じみた行動で破ったのか。
黒は脚から着地しているが、腕は新藤に捕られ、背中は俺と堂本に向けている。
隙ありとばかりに後頭部にナイフを突き込もうとした時に、新藤が大声を上げた。
「マズイ!!」
新藤は黒の腕を捕っていたが、黒も新藤の腕を掴み強引に後ろに向かって放り投げた。
投げ飛ばされた新藤と激突して、地面に倒れてしまった。
「―――!」
重なった俺達に飛び掛かって踏みつぶそうとした時に、堂本が割って入り金属バットのように刀を振り回した。
「ウルァ!!」
技もへったくれもないが、その一撃は黒の体を捉え、黒は商品棚に突っ込むことになった。
商品たちが散乱し、激突の威力が相当の物であった事が分かる。
この時間で俺も新藤も立ち上がり、堂本と並んだ。
ナイフでは不利と判断し、近くにあった木製ハンマーを手に取った。
長さ1m弱。木製とは言ったが握る部分だけがそうであり、肝心のぶっ叩く部分はちゃんと金属である。
直径15cm程度が攻撃範囲の武器となった。
黒が起き上がり『刃』の攻撃は通らなくも無い事が判明した。
「攻撃された部分が切り裂かれているな」
腹を真横に斬られた跡があり、そこから黒の腹が見える。
とは言え細い線のようにしか見えない。
「あなたが斬りまくれば、そのうち攻撃は通りそうですね」
同じく『服』を持つ新藤もそのように考察した。
こうなると『服』を剥ぎ取るというのもアリなのだろうか?
「『刃』だから切れたのか、刃物だったら切れるのか。そこの所どうだ?」
ナイフを手渡し実験をしてもらう。
制服を傷つけるのには若干の抵抗を見せたが、状況を見てそう言っている場合では無い事は分かったようだ。
ナイフを添え、一気に引いたが切り裂かれた様子はない。
「確定。『刃』のみだ。堂本、頼んだぞ」
「ウッス!」
堂本と新藤が同時に駆け出し、新藤も警棒を取り出した。
俺もハンマーを抱え、右側面から回り込んでいく。
黒の左手側には壁があり、挟むような感覚だ。攻撃を飽和させていく。
2人が怒涛の攻撃を繰り出していく。
黒は堂本の攻撃を確認した事で、注意せざるを得ない。
しかし新藤に攻撃しても思った以上の効果が出ず、ジリ貧となっている。
それでもこちら側の攻撃も通らず、状況はこう着している。
黒の体さばきが巧すぎるせいで、堂本の剣も新藤の警棒も当っていない。
ここまで攻撃に参加していなかった俺もハンマーを振り上げ右側面から突撃。
重いハンマーは黒の目の前の空気を通過するに終わり、俺に対して黒が攻撃をしようとしている。
『耳』!
右に居る黒の動きが手に取るように分かる。
右拳での打ち下ろし。
振り下ろした勢いをそのままに、床を転がっていく。
まさかの動きに黒は拳を打ち出してしまい、俺の右斜め前に無防備な体が晒される。
どこまで効くか知らんが、腹に攻撃を加える。
「フンッ!!」
ハンマーをそのまま横の精いっぱいの力で振りぬいた。
狙い誤らずハンマーの打撃面が黒に直撃して、そのまま吹っ飛ばされた。
しかし器用にバク転でもして威力を逃がし、そのまま飄々と立っている。
「クソ。どうせ『服』のおかげで効いてないんだろうが」
しゃがんでいた状態から立ち上がって、ハンマーを肩に担ぐ。
黒を見れば最初は細い線に見えた堂本の切り傷も、服の重みで垂れ下がり若干隙間が見えている。
「……あの部分は弱いですね」
新藤も感付いたようだが、それでも良い所幅5cmしかない。
先ほどあそこを殴ったが、大したダメージにはなっていない。完璧に黒い部分を捉えないとダメージが通っていない事になる。
結局のところどれだけ堂本が服を傷つけられるかだ。
新藤から駆け出し黒の注意を引いていく。
警棒を素早く出し入れして反撃をさせないようにはしているが、同じく防御力の高い黒ではあまり意味をなしていない。頭を集中的に攻撃して強引に戦っている。
堂本、俺の順番で新藤のサポートに入っていく。
堂本が新藤の右横から攻撃を仕掛けようとした時、黒がとてつもない反撃に打って出た。
「――――!」
黒は堂本の攻撃力を理解していながら、左腕一本を犠牲に殴り掛かる。
しかし『服』で覆われた腕は切断まで行かず、やや『刃』が埋まっただけで止まってしまい堂本の腹に拳が捻じ込まれた。
直撃した腹では右拳が捻転し、最大の威力を発揮して堂本が吹き飛んだ。
棚に思いっきり頭突っ込んでしまい、堂本はすでに動いていない。
先程から男女8名を一撃で気絶させていたことを思い出し、背筋に恐怖が走る。
場が一瞬硬直してしまう。
黒達にボコスカ殴られながらもケロッとしていた人間が一撃で沈んでしまった。
「ぐ、グゾ……」
しかし堂本は圧倒的なタフネスを見せ、商品をかき分けながら這い出てきた。
頭から血が流れているが、動きは正常そうに見える。
俺と新藤も黒を警戒しながら堂本の元まで下がる。
油断なく黒を凝視して、新藤が口を開いた。
「何をしているのですか。早く立ってください。あなたが居ないと困るでしょう」
「……分かってんよ。……全然痛くねぇよ」
刀を支えにして堂本の体が持ち上がっていく。
戦闘前のような動きはどこかへ行ってしまい、ノロノロとした動作になっている。
「行けるか?」
「もちろんっすよ。頑丈さだったら誰にも負けねぇ……!!」
その言葉を契機に堂本の体が一本芯の入ったかのように見えた。
刀を構え戦闘の意志を見せた。それでもダメージは如何ともしがたいだろう。堂本はほぼリタイアと考えるべきだ。
「……どうする?一撃だったら『刃』すら通らない。」
「頭を行くしかないでしょう。柊君はその辺に落ちてる鉈に変更してください。隙間を狙って叩き斬るのもアリでしょう」
ハンマーを放棄して、堂本が突っ込んだ余波で飛び散った1本鉈を手に取った。
「狙いは頭・手・足、それに堂本が傷つけた腹と腕だ。それでいいな?」
鉈を拾い上げながら、前を見ている新藤に目線を向ける。
「それでお願いします。あなたは『刃』で斬ってくださいよ」
「……指図すんな」
新藤はハッと吐き捨てて、鉈を手に取りながら駆け出して行った。
俺も新藤の陰から突撃していく。
「ハァ!!」
新藤は鉈を頭目がけて横に振っていく。
躱されても追いかけ距離を詰め、攻撃の手を休めない。
新藤の左横から躍り出て、鉈を切り上げる。
「ラァ!」
黒は傷の無い右腕で鉈を受け止め味が止まる。
俺は右足を踏みしめ、効果無しと分かっていても隙を作り出していく。
【柊流古武術『波風』】!!
打ち出される左脚は防御の様子すら見せない黒の脇腹を捉える。
床から少し吹き飛びはしたが、全くダメージを与えている様子が無い。
「―――!」
攻撃を受けながらも黒は駆け出し、新藤に向かっていく。
あっという間に最高速度まで加速すれば新藤に向かい右跳び蹴りを撃つ。
「グッ!?」
腕を交差して受け止めるが、黒の攻撃は華麗と言って差し支えなかった。
黒は着地してそのまま左脚で新藤の無防備の脇腹を蹴り抉った。
最大の威力を発揮するべく脚が『服』にめり込み、体がくの字に折れ曲がった所で新藤が吹き飛んだ。
吹き飛ぶ先にはコンクリの壁。
鈍い音を立てて体全体、新藤は頭もぶつけ床に座り込んでしまった。
『服』の弱点である頭を強打して、確実に脳震盪は起こしている。
止めを刺さずその先に居る堂本に突進していく。
俺も飛び出し後ろから攻撃を掛けようとするが、このままでは間に合わない。
「堂本!!」
足下が覚束ない堂本に叱咤の言葉を飛ばす。
やせ我慢で戦場に立ってしまい、黒の標的になっている。
堂本はゆっくり刀を振り上げ、攻撃範囲に黒が入るのを待っている。
黒が最後の一歩を踏み出した瞬間、凄まじい剣が閃いた。
「―――!」
無言で振り下ろされた堂本の剣は袈裟切りに黒を襲った。
しかしそれでも黒の勢いを止めきれず、堂本は顔面に拳を貰い完全に沈黙した。
膝から崩れ落ち、その場で堂本は倒れてしまった。
「クソ!!」
堂本に止めを刺そうと脚を振り上げる黒の背後から襲い掛かる。
【柊流古武術『飛針』】!!
片足で立っていた黒の背中を跳び蹴りが直撃して、辛うじて止めを刺されることを阻止した。
床を転がっていく黒を追いかけ、立ち上がりざまに鉈を振り下ろす。
しかし黒は背中を向けながら後ろを蹴りだし、俺の腕を打ち据えた。
「ぐぁ!?」
不利な体勢から繰り出された蹴りだったが、黒の力を考慮すればそれだけでもとんでもない威力だった。痛みゆえの反射から鉈を手落としてしまう。
やられっぱなしでは二人に申し訳が立たない。
蹴りだされた脚を掴んで力の限り引き上げる。
【柊流古武術『打叩』】!!
脚を脇に抱えて思いっ切り壁に放り投げた。
壁に激突はしたがダメージなど皆無と言う風に立ち上がり、反撃を仕掛けてくる。
もう俺一人。援護なし。やるしかない。
『耳』!!!
水の音がけが俺の感覚を支配していく。
繰り出される攻撃を回避しながら、一発逆転を狙っていく。
一歩下がり、身をかがめ、打ち出される前に攻撃を潰す。
そして顔面に攻撃が迫った時に、カウンターを打ち出す。
【柊流古武術『貫閃』】!!
顔面を貫く右手が黒へと迫っていく。
俺の横を黒の右拳が通り過ぎ、俺の『貫閃』が直撃する瞬間。
「―――!」
黒の左腕は俺の腕を掴み、攻撃を中断させた。
惜しむらくは中指だけが当たっている。爪が食い込み、ツーと一筋の水が流れ出ている。
黒が全力の握力で俺の腕を握りしめ、自分の体から力が抜け、ひざから崩れる。
「あぁぁぁ!!」
完全に膝立ちになってしまい、黒が俺を見降ろし膝蹴りが俺の顔面を襲った。
「ごふぁ……!」
またしても鼻から血が噴き出し、そのまま背中から床に倒れた。
黒は跳びあがり、膝を曲げニードロップ。
腹を直撃し、内臓がどうにかなったような衝撃が全身を突き抜けた。
「がはっぁ!!!」
膝が腹にめり込み、肺から強制的に全ての空気が排出される。
そのまま黒は両足で俺の体を固定し、拳を振り下ろしていく。
「―――!」
「ごぁ……!」
腰のナイフを掴んで一気に頭を狙い振りぬいたが、『服』に阻まれる。
逆にナイフを奪われてしまい、黒はしげしげとその武器を眺めている。
今までは黒が武器を使っているのは見ていない。
しかし黒はそのままナイフを逆手に持ち替えて、ゆっくりと振り上げていく。
抵抗しようとした時に、置き土産でもう一発強烈な拳を貰い、視界がゆがみ始めた。
「がぁ……!」
自分に対する重力がいたる方向から掛かっているかのような感覚に陥ってしまう。
脳震盪か。力が入らない。
抵抗もできず、頭はぐらぐらして、何かする気力もない。
黒がゆっくり動いているのか、そう見えているのかすらわからない。
「―――!」
今までの動きが嘘のように、一気に加速された世界でナイフが心臓一直線に振り下ろされた。
空気を切り裂き、命を奪う刃が俺に襲い掛かる。
しかし襲い掛かる命の脅威は二つ。
「……愛してるぜ」
ナイフは俺の胸の目の前で止まり、黒の頭から一本の黒い棒が生えている。
左から跳んできたそれを俺と黒は同時に同じ方向を見る。
ほとんど泣きっ面になりながらボウガンを構えている少女が居た。
ボウガンは射出され、すでに役目を終えている。
「……バカ」
その言葉を皮切りに俺に跨る黒が振動し始め、破裂して黒い水を撒き散らした。
純白の燕尾服も崩壊し、完全に消えて無くなった。
何とか起き上がりメイの元に向かおうとした時、突如として目の前の景色が変化した。
「な……!?」
周りを見ればいつの間にか住宅街に放り出されている。
『耳』を使って状況を把握しようとするが、何もわからない。
「どうなって―――!?」
その時ポケットに入れておいたスマホが振動して、勝手に音声が流れ始めた。
「お疲れ様でした」
自動応答の声だ。いつもの無機質な音声が垂れ流されている。
「現時刻をもって『黒い人物』がルールを満了しました。次回は24時間後に『選別』を開始いたします」
それだけ言うと完全に沈黙してしまった。
中途半端に起き上げていた体を地面に倒して、ほとんど暗くなっている空を見上げた。
「……生き残ったか」
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