第12話 告白
「か、勝った……」
時間にしても5分も無かったが、感覚的にはそんなものでは無かった。
地面に座り込み『耳』を使う。
……周りには居ないか。
一応は安全になったか。
「よ、良かった。柊さん、大丈夫……?」
後ろからメイと堂本が来て、メイがおどおどと話しかけてきた。
いつもと様子が変わりすぎて、違和感満載だ。
「何だよ。随分大人しいな……」
座ったまま首だけをめぐらせメイと目が合った。
いつもより表情が暗く、目には涙が溜まっている。
「……今までのなんて、空元気だよ。……明るくしてないと潰れそうだし」
「……そうか」
最初は親の死で泣きまくって、決別して明るく振る舞っているかと思ってた。
そんな訳がない。
自分でも分かってそうしてたんだ。
俺は親が死んだと言われても何とも思わない。知らない奴の事なんて知った事じゃない。
でもメイは違う。
目の前だ。
仲の良い両親が目の前で死んでいく姿を見てしまった。
「……無理してたのか」
「……陰鬱な状態でここに居たら死んじゃうよ。形だけでも明るくしようと思ったんだ。……生き残るためにね」
メイの覚悟だけは本物だったんだ。
明るいのがメイだと思っていたが、そんな事は無い。
それはただの一面で、人は多面的にできているんだ。
会って1日で人も事なんて分からない。
両親が死んで暗くなるメイも、不安になるメイも、頑張って明るくしようとするメイも、全部メイだ。
考えているとメイが堂本に向き直り、頭を下げた。
「堂本さんもごめんなさい。勝手にあだ名をつけて、横暴な態度も取りました。許してください」
堂本は慌ててしまい、しどろもどろになっている。
「うえぇ!?いいんすよ。頭あげてください」
両手をメイに向け、ぶんぶん振っている。
「全然気にしてませんから」と言われ、ようやくメイは頭を上げた。
もう一回だけ謝って、ニコッと笑いその場を離れ矢を回収し始めた。
残る堂本に話しかけた。
視線はメイに向いて、少し首をかしげている。
メイに起きた事を掻い摘んで堂本に話した。
「……そうだったんすか。そんな事が」
「今まで通り接してやってくれ。それが一番いい」
「ウッス」
小さく「その豚野郎は許せねぇ」、と耳には届いていた。信用していい奴のはずだ。
視線をメイに向け直した堂本にまた声をかけた。
「それとよく黒を抑えてたな。あれが無かったら死んでた。ありがとう」
びっくりしたような顔をして、顔が下を向いてしまい肩が小さく揺れ始めた。
「お、おい。どうしたんだよ……」
「……い、いや。ありがとうなんていつぶりに言われたのか……」
腕で目を拭いいつも通りの堂本が姿を見せた。
ちょうど矢を回収したメイが戻ってきて、堂本の姿を疑問に思ったみたいだ。
「……?堂本さん、どうかしたの?」
「や、何でもないです。大丈夫っすよ、姐さん」
「……そう。ならいいけど」
さっきから流れ出ていた鼻血も止まり、よっこいせと立ち上がった。
「そろそろ家に戻るか」
さっきまで寝ていた部屋に戻って、緊急会議となる。
障子が壊れて風通しが良くなっていたが、別の障子を持って来て塞がせて貰った。
小さな明かりだけを点けて、妖しい雰囲気だ。
小さなテーブルを前に話を始める。
「黒達が強くなり始めている。新しく湧く奴にその傾向があると思うがどうだ?」
「たぶんそうじゃない?私の家で出た奴も、柊さん苦戦してたし」
「俺もそう思うッス。一番最初に倒したやつは、さっきの奴ほど強くなかったすよ」
全員賛成。
やっぱり強くなっている。
「……もうゲームの終わりが近いのか?」
「それは分からないでしょ。力を持つ人が増えたから、強い黒が出ただけかも。楽観的はダメだよ、柊さん」
「……そうだな。終わったら良いと思って、この考えが出たのかもな」
楽観的になっていたのは否めない。
ちょっと前にこのゲームを厳しめに1週間かかると仮定したはずなのに、あっという間に覆していた。
反省だ。
このゲームが終わっても最低あと一回はゲームがある。
それを考えればこのゲームが終わっても、次が有るんだ。
いつ終わろうが関係ない。
生き残る。
これが一番重要だ。
「そうなると、やっぱり人が欲しい。戦力が無いと厳しい時が来たとき、切り抜けられない」
「じゃ、明日こそ学校行かないとね」
あれからメイと堂本には寝てもらい、監視を交代した。
『耳』があれば堂本よりは監視が上手く行くだろう。
こと戦闘に置いてはあまり使えないが、こういう時は絶大な効果を発揮してくれるいい力だ。
結局はバランスの問題だったな。
一人では生き残れないように設定されている。
最低でも二人以上が組んでようやく生き残る可能性が上がり始める。
時刻は午前3時。あと2時間程度で外も明るくなる。
スマホの明かりを落した時に後ろから声がかかった。
「……柊さん」
「……どうした?」
メイはハイハイしてこっちまで近寄り、横に座った。
手を伸ばして少し障子を開け、空気の入れ替えをする。
見上げれば月も輝き、綺麗な夜だ。
「……ごめんね。結構イラついてたよね」
「……いきなり何の話だ」
「割と生意気な口きいてた事……」
膝を抱え込んで言葉尻が小さくなる。
「……そんなもん気にすんな。堂本も言ってたろ」
「……そうだけどさ」
「お前が頑張ってたのは分かってる。今は寝てろ」
メイが自嘲気味に笑いため息をついた。
「ごめんね。寝れないんだ。ほとんど寝たふりだよ」
「……何でそんな事」
「思い出すんだよ。レイプされそうになる時や二人が死んだ時の事」
メイの顔を見ても冗談を言っているようには見えない。
「目を閉じてると嫌な事ばかりさ。あの男がズボンを下げて見たくない物を見せられ、服をはぎ取られ。お父さんとお母さんもあいつに刺され。……最悪だよ。さっきまでのは徹夜明けのテンションさ。凄い眠い」
「……何で言わなかったんだ?」
「……言えないよ。それに柊さんも堂本さんも居てくれて、少しは眠れるようになったんだ」
「……そうか。良かったな」
「うん、それでね」
メイは初めて顔を上げ、こっちを見た。
「手、握っててくれないかな?まだ眠いんだ」
「……16歳のくせに、しょうがない奴だな」
「ありがと」
メイが手を差し出して、それを優しく握る。
メイはゆっくりと寝転がり、目を閉じた。
顔はあどけなく呼吸も規則正しい。
目を閉じればすぐに寝てしまい、暗い室内は男の五月蠅いいびきと少女の小さな寝息しかなかった。
「……手熱いな」
小さな呟きは鏡面世界に吸い込まれた。
それから3時間経った午前6時程度。
もぞもぞとメイが動き出して、目を覚ました。
メイの目が繋がれたてに向かい、少し慌て始めた。
「おおう!?まだ握ってくれてたの?ビックリしたぁ」
「……お前が握ってろって言ったんだろが」
「うん、ありがと!」
「……あっそ」
ご飯作るね、と言って軽快な動きで作業を始めた。
確かに昨日より動きが良い。
ホントに眠かったのか。気づかんかった。ポテンシャルが計り知れん。
電気は無いからカセットコンロのような物ではないと調理できない。
基本火だ。基本に立ち返っている。電気は便利だと再確認しつつ、依存しきっていたことに今更気づく。
鏡面世界での生活も3日目に突入し、肉類は全滅。
生鮮食品は口にはできない。
ここも電気がないから、保存できない。
野生の生物がそこらにはいないから、取って食うこともできない。
その前に人間以外は黒しかいない。
最悪。
時刻は午前7時。黒沢家の朝食の時間だ。
メイが堂本を優しく起して、机の前に座らせた。
昨日までのテンションの高いメイさんはどこですか?
それでもあまり口調は変わらない
堂本っちが堂本さんくらいの変化だ。変わったのは声の大きさ位。
無理にでも大声を出して、自分を奮起させていたんだろう。
机の前に座り、前日と打って変わり寂しくなった朝食を見る。
「ん~~……。ごめんね。おにぎりしかできないな。あとは家庭菜園のサラダね」
ない胸の正面で手を合わせて、軽く謝った。
「充分だろ。俺なんて毎日もやし」
「俺はコンビニ弁当っすね」
堂本の方を向き忌々しげに見つめる。
圧倒的な威圧に堂本が体をのけ反らせてしまった。
「……良いもん食ってんな」
「はいはい、目くそ鼻くそ。さっさと食べてね」
「女の子が糞とか言うな」
「おお、女の子扱いだ!」
メイはハハッと笑い、おにぎりにかぶりつく。
俺も一日ぶりの米に感動しながら、咀嚼する。
具はないが塩がいい感じだ。うまい。
「塩おにぎりでも美味いもんだな」
「美味いっす。コンビニ弁当なんてもう要らないっす」
隣にいる堂本も同意見のようだ。
ほぼ感涙の涙を流している。
「うん、おいしいって言われるとやっぱり嬉しいね」
メイの手は止まっておらずほとんど食われてしまった。
2個しか食ってないんだけど。食うの速すぎ。
すでに午前10時。
あの屋敷から移動して、2時間程度が経過している。
昨日からの雨は上がり、太陽の光がさんさんと降り注いでいる。
黒沢父の野球帽をかぶり、順調に学校へと歩を進めている。
適当な家の敷地内に入って、休憩と現在位置を確認した。
「今どの辺なんだ?」
「もうそろそろ学校だよ」
「ようやくか。長かった」
3日目にして学校が目の前。
3kmの移動を3日。アホ。しょうがないけどさ。何かあれだよ。疲れる。
「このまま行きますかい?」
「……そうだな。黒の数は減ってもいないが、増えてもいない。今のうちに行くか」
全員立ち上がり、ゆっくりと顔を出して周囲を確認する。
『耳』の確認でも近くには居ない。
というより回避しながら進んでいるので、当然と言えば当然だ。
『耳』万歳。使えないとか言ってごめんね。超使える。良い子。
「……柊さん?何やってんの?」
「ん、悪い。行くか」
万歳三唱を唱えていたら体が止まっていたか。
足音を立てないように、行軍していく。
それから3時間。何度かピンチを迎えながらも、全力で隠れて戦闘は回避できている。
そして念願の学校だ。
校門の陰から頭を覗かせ、内部を覗く。
アホが運動場のど真ん中に居る。
「……何やってんだあいつ?」
「……立ってるんじゃないの?」
「あれ警察っすよね?俺大丈夫なんすか?」
堂本に2つ目のルール【『選別』中はあらゆる法・倫理の適用外となる。】を伝え、「大丈夫じゃね?」と、適当に言いくるめ件のアホ警官を見る。
「何でど真ん中に居るんだ。死にたいのか?」
「あれじゃないの?見つけて欲しかったんじゃ?現に見つけてるし」
「……一応、納得はできるが」
学校の中に居られたら見つけられない。
あんだけ目立つ所に居れば、いやでも目に入るか。
「……あ」
黒だ。警官の目の前に現れた。
「ひ、柊さん、どうすんの!?」
「……様子見だ。自信あるからああやって居るんだろ」
「そうっすね。警察がどうなっても知ったこっちゃないっす」
お前のそれは私情が満載だろ。
俺たちのくだらない会話をしていても、視線の先の奴らの戦いはすでに始まっている。
警官が警棒で殴っても、一撃では倒れず隙を突かれ殴られている。
「……あいつ硬すぎないか?」
「頑丈な人だね」
「けっ、大した事ないっすよ」
さっきから殴られまくってるのに、それを感じさせず普通に反撃している。
堂本も頑丈だが、あの警官はちょっとおかしい。
そう思っていると警官が黒に突撃して、タックル。
そのまま押し倒して殴りまくり、黒が消失した。
「……倒したみたいだな」
「おお~、すごいね」
「弱い黒だったんすね。昨日の奴だったらあいつ死んでましたよ」
堂本は警察嫌いすぎ。
ヤクザだからそんなもんだろうけど。
「ここにいてもしょうがない。生き残りだ。話しかけようか。それが目的だ」
「うん」
「……しょうがないっすね」
堂本君、ごめんね。
校門を通り過ぎて、運動場に向かう。
わざと足音を立てながら歩くと、向こうも気付いた。
「ああ!ようやく会えました。もう誰も来ないのかと思いましたよ!」
俺たちの武装を何とも思わず、こちらに走りより手を握られた。
「お、おおう……」
「結構鬱陶しい人だね!」
こら!
「いや、お嬢ちゃん。これは失礼をしたね。何歳だい?」
警官はしゃがみ込んで、目線を合わせた。
あ、これヤバいやつや。
メイが反応するかと思えば、堂本が反応した。
「おおう!?てめぇ、言うに事欠いて何年齢真っ先に聞いてんだ!?マナーってもんがねェのか!?」
ヤクザに言われても。
「……すいません。私16歳です」
「「えっ!??」」
堂本も知らなかったのかよ。
当然知ってるもんだと思ってた。何歳だと思って姐さんと呼んでたんだ、コイツ?
「……そうですよね。そうなりますよね」
途端に暗い顔になって、下を向いてしまう。見た目小学生を落ち込ませた罪はでかい。
過去最大級であろう慌てぶりを二人は見せて、全力で謝り始めた。
「いやいあやい!?そんな事ないっすよ!?」
噛みまくりである。
「あああ、あと、ごご、ごめんなさい。と、とんだ失礼を……!!」
お前もか。
「……いいんです。別に……」
全然良くなさそう。
そろそろフォローに回る。
「大丈夫だ、メイ。世の中にはお前のような奴の方が好きな奴が居る」
「……柊さん。慰めてるつもりなの?」
メイは指先で自分の脚を示し、否が応でも謝るしかなくなった。
大の大人三人が土下座して、その後学校の宿直室に向かった。




