第10話 強個体
今日は3話投稿します。
第8話 雑炊
第9話 堂本耀
第10話 強個体
ご注意を
「姐さん、どうっすか?」
「最高だよ、そのままね~」
「ウッス!」
メイの嬌声が部屋の外にも響いている。
気持ち良さそうだ。
堂本の息も荒く一生懸命に息を吹きかける。
「フッ~!フッ~!」
「いいぞ~、気持ちいい~」
堂本もしゃがみ込んで必死だ。
メイを気持ち良くしようと奮闘している。
堂本がこっちを見て、ニカッと笑った。
「兄貴もどうっすか?気持ちいっすよ?」
それを言うと作業に戻っていく。
「……後からな」
そうっすね、と言って再度息を荒げる。
ああ~、とメイも気持のよい声を出す。
時刻は午後4時。
外は雨が降り続け、止む様子は全くない。
朝はあんなに晴れていたのに、一転の大雨。
それもかなり強いので、俺の『耳』が本領を発揮できない。
やはり『靴』最強説は正しいかもしれん。
「むっ?勢いが無くなってきてるぞ!」
「ウッス!すいません!」
より一層力を入れて息を吹きかける。
本当に頑張るな。
あの後はメチャクチャ広い屋敷の中に入らせてもらい、体を拭いた。
外はバカスカ雨が降っており、体も冷え切っていた。
どこか居間のような部屋でメイが愚痴をこぼした。
「柊さん、お風呂」
「ない」
水道ダメ、ガスダメ、電気製品ダメでは風呂なんて沸かせない。
「え~~~。もう二日は入ってないよ。乙女としては大問題さ」
「どこに乙女が居るんだ?」
部屋を見渡すが条件に該当する人物が見当たらない。
「……今日は柊さんご飯無しだね」
声が落ちて眼力たっぷりに睨んできた。
「ごめんなさい。清廉華麗なメイ様」
即刻土下座を敢行して許しを請う。
メイの体を拭いていたタオルが頭にかかり、軽く屈辱的な行動をされてしまった。
……悪いのは俺か。
「姐さん、風呂に入りたいんすか?」
「うむ!私は風呂を所望する!」
一緒の部屋にいる堂本が反応を示した。
この部屋に行く途中で俺の事を兄貴、メイの事を姐さんと呼ばせて欲しいとせがんで来たので了承しておいた。
別段害も無いのでそのままだ。
メイは面白がってこの状況を楽しんでいる。
「ちょっと待っててください、準備してきます!」
そう言って部屋を出て1時間くらい経った時に、こっちに来て欲しいとの事で風呂場まで行った。
そして冒頭へ戻る。
「……薪で焚くなんて今時やんねーぞ。しかも五右衛門風呂……」
と言うわけでメイは入浴中である。
電気でもないので、風呂は完成した。
水は井戸があるそうで、何回も往復して水を溜めたらしい。
命かけすぎ。
「いいぞ~、堂本っち。そのままだ~」
「ウッス!」
当初一人で入る事に反対した。
勘違いするなよ、一緒に入りたいという事じゃない。
メイも同じ反応をした。メンドクサイ。分かってるくせに。
入浴中に黒が現れたら全裸死体が出来てしまう。
メイがサンダル履くから!と言って蹴りをかまして威力を確認したので、『耳』で監視しながら護衛体制を取っている。
隣で一生懸命火を起こしている堂本は、助けられた事にとても感謝していたみたいで、即効懐かれた。
特にメイには凄い。
奉公ぶりが主従関係みたいになってる。
目の前で自分が苦戦していた黒を蹴り一発で吹き飛ばしたのが効いたみたいだ。
風呂場から鼻歌が聞こえ、とても命懸けのゲームをしているような雰囲気ではなかった。
俺と堂本も風呂に入り、時刻は午後6時くらい。
あの女、一人で1時間以上入ってやがった。
2時間位かかったがほとんどメイの時間。
ずっとメイのターン。エンドフェイズは全然来なかった。
気分さっぱりしたメイがご飯を作りながら今後を話した。
「堂本っちも一緒に来る?学校に行くんだけど?」
「お供します!」
何だこれ。
ごついお兄さんが小学生のような女の子に良いようにされている。
「お前ヤクザだよな。それで良いのか?」
大きめの長方形の机の対面にメイと堂本がいる。
最初は堂本も手伝おうとしていたが、メイが自分がやりたいと言うと喜んで引き下がった。
もう訳分からん。
「大丈夫っすよ。組長からも恩義は返せって言われてるんで」
「普通に良い人だな」
「そうっすよ。それにめっちゃ強かったんすけど……」
「……殺られてたか」
「……ッス」
コクンと頷く。数の暴力にやられていたらしい。
違う部屋にその惨状があるそうだが、見る必要もない。
「さぁさぁ、暗い話は終わりだぜ!飯の時間だ!」
メイは台所から乾麺と家庭菜園から野菜を取ってきて、トマトスパゲッティを作ってくれた。
普通に生えてれば腐る訳無いか。思いつかんかった。
全員席に着いていただきますの号令で有難く頂いた。
「……『選別』始まってからの方がまともなもん食ってるな」
「……悲しすぎる」
思わずメイの手が止まってしまった。
「ほっとけ」
午後7時。外は雨の事もあってほとんど闇だ。
ご飯を食べ終えて今からの事や明日の事を話そうとした時に、居間に着信音が鳴り響いた。
「……やはりか」
「おお!堂本っち、やるね!」
「あれ?何で?」
堂本は鳴るはずのないスマホが鳴っているのに驚いている。
慌てて取り出して机に置いた。
「取り敢えず、スピーカーにして電話に出ろ」
「分かりました」
画面をタッチして会話が始まった。
「この音声は自動応答となっています。『黒い人物』を3体以上撃破した方のみにコンタクトを取っています」
「え?何すかこれ」
「堂本っち、しー」
口に人差し指を当てて、静かにするように促した。
堂本も口を閉じて、静かになる。
「ヤクザさんはお名前を」
なんでさん付けなんだよ。
堂本は自分に指をさして、どうすればいいのか分かっていない。
首をスマホに振って促した。
「堂本耀っす」
「堂本耀様ですね?よろしければ返答を」
「うっす」
「柊照光様のスマートフォンをご覧ください」
また俺か。
ポケットからスマホを取り出して、堂本の前に置いた。
「画面の内の一つのみを選べます。制限時間は30秒」
「え?どうすれば……」
かなり困惑している。冷静になっていない。
「ルールは覚えているか?」
「……?何の話ですか?」
本当に何を言っているのか分かっていない様子だ。
「……『選別』のルールだ。分かるよな?」
「ちょっと何言ってるのか……」
「マジか……」
「あはははははは!!」
『選別』の事を知らずにここまで生き残ったのか。
黒の事は何とも思わなかったのか。
「……マズイな。どれにする?」
「堂本っちは『刃』が良いんじゃない?」
「……待て、考える」
力は本人が得意な事にした方が良いよな。
でも『靴』は捨てがたい。
が、仮に『靴』に対し天敵のような奴が出てきた時、対応できなくなる。
恐らく攻撃力の高い『刃』は堂本に合っている。
本人も組長に剣道を教えて貰っていたと言っていた。
「……『刃』で良いかもな」
「それじゃあ、堂本っち、スマホに『刃』って言って」
困惑しながらも堂本はメイのいう事を聞いて、スマホに言葉を向ける。
スマホから「了解」の声が聞こえて、通話が終了した。
「何が起こったんすか?」
一人取り残されている堂本に、最初から最後まで説明した。
「……という事だ。分かったか?」
「何となく」
分かってる顔をしてない。
というより途中から変な所を見てた。聞いてないな。まぁいいけど。
「……この日本刀振ってみろ」
横に置いていた刀を手渡す。
「あれ?こんなに軽かったっけ?」
「軽く感じるのか?」
「たぶん。日本刀って結構重いじゃないすか。さっきまでは振り回されてた感じだったんすけど。
今だったら余裕で振れそうです」
「具体的には?」
「竹刀と変わらないんじゃ?」
「結構良いな」
堂本は剣道ができるみたいだし、竹刀の感覚で真剣が降れるならかなり有利だ。
攻撃力が劇的に上がった。
……でもこれだけか?もっと何か有っても良いと思うけど。
「……まぁいい。明日こそ学校に行くぞ」
結局2日かけてもダメだった。
目的は生きる事なんだから別に良いけどさ。
「今日どれくらい移動したんだろ?500m?」
泣ける距離だ。違うと言えないのが悲しい。
「二人とも1日かけてそれだけしか動いてないんすか?」
堂本が疑問を挟む。
「勘違いするなよ、堂本。外は今日戦った奴らがウジャウジャいる。
お前が今生きてるのは運が良かっただけだ。お前のアニキ達がお前を生かした事を忘れるな」
堂本はゴクリと喉を鳴らして、肝に銘じると誓った。
「そうだぜ、堂本っち。舐めてたら死ぬぜ?」
主からの死亡宣言で顔つきが変わった。
認識を改めたな。それで良い。
「……もう寝るか。早いが」
「やる事無いし、しょうがないか~」
座ったまま背中を伸ばす。
「うっす」
堂本に向き直って概要を説明した。
「交代制だ。12時までは堂本が見張りだ。その後は俺。時間になったら起こせ」
「了解っす」
理解を示し、短刀と日本刀をそばに持ってくる。
「私はいいの?」
何も仕事が無いメイが気まずげに質問した。
メイを見て一言。
「寝てろ」
「うい」
真夜中。
悲劇は突然来る。
「ごはぁ!!!」
「―――!」
腹!黒、膝。
「兄貴!?」
堂本が短刀を持って突っ込んで来ようとしているのか?
見えない。暗い。明かりはあるが、小さいものだ。
「明かりだ!!―――がぁ!」
「う、ウッス!」
一瞬の後部屋が明るくなり、突然光量が変わって目が痛い。
隣にいるメイもようやく目を開けていようとしている。
黒は俺の上で馬乗りになって、殴り掛かっている。
湧いたのか。しかもこの部屋で。くそ。想定はしていたが、堂本も気付かなかったか。
『耳』!
「ぐぁ!」
「―――!」
また、クソ。痛ぇ。
それより。
「堂本!外だ!もう1匹いる。殺して来い!―――ごぁは!」
「り、了解!!」
堂本が扉を吹っ飛ばして、外に出たのを確認。
『刃』が有れば何とかなる。
それより上に居るコイツだ。
「ゴリラ!さっさと起きろ!」
「誰がゴリラだ!!」
メイが立ち上がって無防備になっている黒に蹴りだす。
「ハァ!!」
「―――!」
当たる前に腕を交差、さらに後方に跳んで威力を軽減してる。
『靴』の攻撃を受けても大丈夫か。
「メイ」
「うん」
俺も立ち上がりナイフを持って、メイも装填済みのボウガンを構える。
外では堂本が大立ち回りを演じている。
かなり強い黒達だ。
時間が経つにつれ個体差が強い方向に偏っている。
明日にはもっと強いのか?
それはいけない。寝る事すらままならない。
いや、それが狙いだ。そうに違いない。
「―――!」
突っ込んで来た!
後ろから射撃音がしたが、黒は当たりを付けて回避している。
「え!?」
「次だ!!」
動揺するメイを一喝して、俺も攻撃だ。
「シッ!!」
右手に持つナイフを胸のど真ん中に突き込むと同時に、黒も右拳を突きだす。
「―――!」
「ぐぅ!」
一撃必殺の威力を秘めたナイフは黒の手で俺の腕を掴まれ攻撃停止。
黒の拳も俺の左手が受け止めた。
両者全く離す気配がない。
「―――!」
「らぁあ!!」
俺の蹴りと黒の蹴りが同時に脇腹にめり込む。
勢い殺せず吹き飛び、障子を破壊しながら外に出た。
黒は押入れに飛び込み、扉を破壊している。
メイも一人で居るはあれだから、外に出てきた。
後ろを見れば堂本は攻撃を食らいながらも、ちゃんと日本刀を当てている。
「メイは堂本の援護だ」
「了解」
堂本っち!、と言いながら向こうに行った。
これで遠からずあの黒は倒せる。
黒がゆっくりとこっちに歩いてくる。
外はすでに雨はやみ、雲はまばらになっている。
雲間から月明かりが黒を照らし、妖しさが体中に走り抜ける
「お前の相手は―――」
一歩前へ。
「―――!」
黒が気合を入れ、声なき声を上げる。
「俺だ」
勝負。




