第1話 予兆
「走れ!止まるなよ!」
「はい!」
「勘弁してくれ~」
「情けない声を出さないでくれないか!?」
閑静な住宅街を3人の男と1人の少女が駆け抜けていく。
だだの住宅街とは言え、今のところ誰ともすれ違っていない。
それが今の現状。日本の状態。世界の状態。
いや、日本人は弱すぎた。
生き残るために他者を排除するという、絶対的な意志に欠如した民族に成り下がっていたんだ。
他者と協調し、自らを殺す。大を生かし小を殺す。
聞こえは良い。
「そんなものに意味はない!」
後ろから二体の黒い人物が走ってきている。
全員が俺の前を走り去ったことを確認して、急制動をかけてその場で立ち止まる。
「柊さん!」
「兄貴!」
「柊君!?」
3人は俺が立ち止ってしまったため釣られて止まってしまった。
後ろを見ずに指示を出す。生き残る最善手だ。
「俺が殺る!心配するな!」
言葉と同時に黒い人物に対して駆けだす。
黒い人物は何の反応を示さず、不気味なまでに一定のスピードで移動している。
生物的嫌悪を覚えるがそんな事をしていれば死ぬのは俺だ。
約束もある。死ねない。
丹田に気を溜め、最後の1歩を踏み出し敵が間合いに入る。
生き残るために――――――殺せ!!!
【柊流古武術『波風』】!
「ハァ!」
加速された右足が二体の黒い人物を打ち抜き戦闘不能に追い込む。
黒い人物は数m吹き飛ばされ、黒い液体となり消えてしまった。
「やった!!」
「さすが兄貴!」
「流石ですね」
技を撃ち終わった後の余韻に浸り、後ろを振り向く。
「さっさと逃げるぞ、メイ、堂本、新藤」
この現状を説明するためには、時間を巻き戻さなければならない。
西暦はすでに2050年を突破し、テクノロジーは昔をはるかに超えている。
しかし、技術は豊かになれど人の心は満たされないようだ。
所詮は技術なんて要らない物だったのだ。食料に水。これがあれば十分。
「……本当に欲しい」
俺こと柊 照光は21歳の無職だ。
少し前まで自衛隊に所属していたが、仕事に疑問を感じて脱退した。
調子の良い事を言ったが、今の世界事情は芳しくない。
自衛する軍隊といえど、海外に派兵され現地で戦闘活動を行う事はもはや当たり前になってしまった。
「……そんなんどうでもいいわ」
昔やっていた柊流古武術の道場でも開こうと思ったが、このご時世に金払ってまで武術を習うやつなんていないことに気付き、ハローワークにも行ったがあえなく撃沈。
「……これからどうしよっか?」
15歳で自衛隊に入隊し、それ以来地元の友達とも会わず、すでに顔も名前も忘れてしまった。
捨て子の身であり、頼る存在が居ない。
「……終わったな」
なけなしの金を使って買った食料を持って、木造平屋1階建てと言う本当に2050年なのかと疑うような我が家へと帰還する。
部屋の中は自衛隊時代に買った色々なショットガンを置いてある。
もちろん許可は通ってある。国民の権利だ。
日本ではこれがギリギリだ。
狩猟経験が10年以上だかでライフルを持てるらしいが、21歳の俺には関係ない。
あとはボウガンとか日本刀とかを持っている。俺の宝物だ。
「……こいつらともお別れかもしれん」
買った食料を冷蔵庫にぶち込んで、料理の準備をする。
日はすでに落ちていて、お腹もすき始めている。
料理とは言ったが肉ともやしを炒めるだけだ。これ以外できない。
仕上げに焼き肉のたれを入れて完成だ。
ちゃぶ台に完成したもやし炒めを持って席に着く。
米なんて高級品はない。つーか金持ちしか買えない。それくらい高いんだ。
「最後の晩餐だな」
いただきますをしてから丁重に慎重に口に運んだ。
「いつぶりの肉なんだ、……うまい!」
ガツガツと口の中に掻き込んで、あっという間に皿の上からもやしがなくなった。
「……ああ」
食欲は満足に満たせず、胡乱な声が出てしまうだけ。
「……日本は豊かじゃなかったのかよ」
そのまま横になって天井を見上げる。
シミだらけの汚い天井だ。貧富の差が激しい。
誰だ、人間はみな平等なんて言った奴は。
そんなやついねーか。
その後、あれは建前で勉強しねーと落ちこぼれになるよって言ってるらしいな。
ちゃんと伝えろ。くそが。
「勉強の何が偉いんだ……」
自身の人生を顧みても素直にお勉強した覚えなど存在しない。
テスト前だろうが何もせず、テスト中だろうが何もしなかった。
「もっと他に大切な物ってあるんじゃないのか?」
起き上がってテレビとパソコンを点ける。
適当なバラエティを点ければ賑やかな声が聞こえ、暗い気分も発散される。
パソコンで適当に彷徨い、バイト情報を探し応募する。
「……自衛隊に戻った方がいいかな?」
やめると言った時には多くの上司から引き留められた。
それなりに評価されていたのにも驚きだったが、前線の兵士が減るのは痛いだろう。
そこまでドンパチやっている場所でもなかったが、それなりの戦闘はした。
「……どうしよっかな」
ため息をついて自分の未来を模索していると、部屋の中で変化が起きた。
ジジジ、と全ての電化製品が音を立て挙動がおかしくなっている。
部屋の明かりも明滅して怪しい雰囲気になっている。
「うそ、何これ、そういうの得意じゃないよ?」
必死に精神を立て直そうと図っていた時にあらゆる映像機器の画面が勝手に切り替わった。
これを機に部屋の明かりも元に戻り、精神衛生上は元通りである。
そして自分の持っているテレビ、パソコン、携帯、ラジオから音声が流れ始めた。
「皆さん、初めまして!おはようございます、こんにちは、そしてこんばんは。
この映像及び音声は全世界同時に流れています」
テレビ画面を見ると仕立ての良いスーツを着た体つきが甚く中性な人物が現れた。
口から下しか映っておらず性別は不詳。ボイスチェンジャーを使っているのか声は変えられている。
背景に移る部屋は豪華絢爛と言って差し支えなく、この人物が相応の地位に居る事を示していた。
「私は各国首脳の同意の元、この放送を行っています。
不法行為で無い事はあらかじめ明言しておきます」
淡々とそして活き活きと話を進めていく。
「皆さん皆さん。今の世界ってマズイと思いません?」
「……そうかもな」
テレビを見て勝手に受け答えしてしまった。
「そうでしょう。そうでしょう。やはり皆さんもそう思いますよね」
どこぞの幼児向け番組で出てくるお兄さんのように耳をこちらに向け、すこしムカつく話の聞き方をしている。
別にこいつのいう事が本当なら全世界で流れているんだろ?
俺に言ったんじゃない。
「人口はすでに100億人に迫り、第3次世界大戦がいつ起きてもおかしくないほど各国は緊張状態です」
その通りだ。
「その他にも地球温暖化とかその辺もあれですよね。ヤバいっすよね。
あ……え~と、そうそう!食糧事情もですね!これは深刻です!!」
以外に適当な進行に辟易していると一瞬で雰囲気が切り替わった。
目の前に居る訳じゃないのに、背筋が凍ったような感覚に襲われる。
「人類は増えすぎました。100億もポコポコ生んだと思えば、次は食料が無いから戦争で他国から奪う。
……死んだ方がいいと思いませんか?」
正真正銘悲鳴を上げて逃げ出したくなるような声音だ。
自衛隊時代でもこんな奴はいなかった。
「果てはアフリカですよ。2010年代辺りから爆発的に人口が増えたせいで、今あの地域は人でごった返し、食糧を手に入れるため毎日殺しがあります。人の理性はどこに行った?」
そこで画面の人物は一旦口元を緩め、俺も自然と肩の力を抜くことができた。
「そこで我々国連は秘密裏に各国首脳にコンタクトをとり、同意を求めて回っていたんです」
「国連なのか?」
簡単に自分の身元をバラし、何がしたいのか未だ視えない。
「各国も切羽詰っていたんですね。皆さん簡単に了承しましたよ……。
これが各国の代表だっていうんだから笑いものです」
口元に嘲笑を浮かべるが、それも一瞬の事だった。
「それではこれから全世界同時のゲームを行います。目的は全人口を12.5%まで減らすこと」
「へっ?何言って……」
「ルールを説明します。メモの用意を」
状況が理解できないが、慌てて紙とペンを用意してちゃぶ台で書く準備をする。
「では、行きます」
一つ呼吸を入れると宣言し始めた。
「一つ、以後、このゲームは『選別』と呼称し、鏡面世界で行う。」
あ、えーと。い、ご……
「二つ」
早い!ちょっと待って!
「『選別』中はあらゆる法・倫理の適用外となる。」
えっと、てきようがい、っと。え?マジで?
「三つ、『選別』中は一部を除きあらゆる電気製品の使用が不可能となる。ただし、電気の使用は禁じない。」
えー、機械使えないのー
「四つ、『選別』中はあらゆる銃火器の使用が不可能となる。ただし、火薬の使用は禁じない。」
ショットガンなしか。使い道無かったなこいつら。
何やるかしらねーけど。
「五つ、『選別』中は『選別』前に説明されたルールに従わなければならない。」
はいはい。
「六つ、『選別』中は『選別』中に手に入れた力を使用することができる。」
……何のことだ?
「七つ、ルール満了後は現実世界へと帰還する。」
訳わからん。
「以上です。まとめます。画面がある方は画面を見てください」
そういうと画面が切り替わって、ルールが表示された。
慌ててメモする事無かった。
ルール
1.以後、このゲームは『選別』と呼称し、鏡面世界で行う。
2.『選別』中はあらゆる法・倫理の適用外となる。
3.『選別』中は一部を除きあらゆる電気製品の使用が不可能となる。ただし、電気の使用は禁じない。
4.『選別』中はあらゆる銃火器の使用が不可能となる。ただし、火薬の使用は禁じない。
5.『選別』中は『選別』前に説明されたルールに従わなければならない。
6.『選別』中は『選別』中に手に入れた力を使用することができる。
7.ルール満了後は現実世界へと帰還する。
「では、ルール説明に移ります」
30秒ほどで画面が切り替わり、さっきまでの人物が姿をあらわす。
「ゲーム名、『黒い人物』。皆さんはこいつから身を守ってください。
ルール満了条件は人口が半分になるか『黒い人物』が全滅するかです」
この辺りで俺はこいつの言葉を完全に無視し始めた。
「荒唐無稽にも程がある。馬鹿なのか?」
さっきから何言ってるんだ。アホ。馬鹿。間抜け。
何が『黒い人物』だ。
あれだ。ジャン○立ち読みしに行こ。
今週の分読んでなかったな。金のない俺にとっては数少ない娯楽の一つ。
「アホらし、アホらし、さっさと行くか」
スマホと金の入っていない財布をもってコンビニに行く準備をして玄関から出た。
季節は夏。
蒸し暑い空気が肌を刺激する。
不快指数高ぇ。イラつく。
木造平屋の真ん中の部屋から出て、いつものコンビニへフラフラと吸い込まれるように移動した。
しかし部屋の中の家電製品は動き続ける。
暗くなった部屋の中で点くテレビは異様な存在感を放っていた。
テレビの中でうつる人物は声高に宣言する。
「では、これより60秒後に『選別』を開始します。皆さん準備してください」
画面に60という数字が表れ、刻一刻と数字が減っていく。
凄まじいスピードで減っていく数字は、自己の寿命を示していると言っても過言では無いのかもしれない。
ついに画面数字が0になる。
「それでは『選別』開始!!」
人類史上最悪のゲームが始まる。