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覚醒

 今【ポメラニアン】にはデジルの他、ポー姉弟、カーター夫妻が搭乗している。

 突然の濃霧に見舞われ、目視でも船外カメラでも視界は五メートルと確保できない状況となった。それと同時に外部との連絡が途絶えたことにより、異常気象ではなく人為的な攻撃である可能性を彼らに確信させるには十分な状況だった。

 全クルーはそれぞれ手に武器を持って未知の敵からの襲撃に備え、緊張の時を過ごしている。

 スービィが今回の依頼を持ってきた時点では、【クワッシュ・スーツ】の信頼性が低いことを挙げて難色を示したデジルではあるが、実際には何度となく運用テストを実施してきた。

 それにより、スーツの連続稼働時間は約一時間が限界であることが判った。一度使用すると、酸素ボンベ型キャリングケースへのチャージに約二時間を要する。ポー姉弟もカナもほぼ同じ数値を記録しており、誤差は数分以内に収まっている。

 ただし、防御力や攻撃力の限界に関しては不明なままだ。デジルたちは有効なデータをとるための知識も装備も持ち合わせていない。

 それでも、ミリィとカナの二人には実績がある。半年前、スレッジがしてみせたのと同様にミサイルの爆発を防いでみせたのだ。今回のような未知の非常事態に際しては、皮肉にも信頼性の低い【クワッシュ・スーツ】こそが手持ちの中で最も心強い装備と言わざるを得ない。

 ポー姉弟とカナの三人は、いざとなれば交替でスーツを装着することを確認し合い、すぐ手の届く場所へキャリングケースを用意した。

 濃霧のせいで【ポメラニアン】の周囲は暗灰色の壁に閉ざされたかのようだが、雷光のような輝きが時折透けて見える。

 そんな中、ひときわ強烈な光が瞬いた。

 クルーの中で逸早く気付いたのはマークだ。全員に聞こえるように声を張り上げる。

「五時の方向、仰角五度。何かが爆発したような光です。距離は目測……二十メートル」

 遠雷ほどの小さな音が距離感を狂わせるが、マークは見たままの印象を極力客観的に報告した。

 開けっぱなしにしている格納庫の扉から外を見張っていたゲイリーは、突然鋭い制止の声を張り上げて光線銃を構えた。

 全員の視線が格納庫の出入り口に集まる。

 視界を遮る暗灰色の壁を背に、ふたり乗りのエアバイクのシルエットが浮かび上がっていた。運転者の少年がゲイリーに呼び掛けてくる。

「戦闘の意思はない。投降する。できれば、怪我人の治療をお願いしたい」

 ゲイリーが構えた光線銃の先、わずか四メートルの距離で、ジャックがエアバイクをホバリングさせている。彼は両手を、タンデムのクレアは左手をそれぞれ頭の後ろに置いていた。

「血が出てるじゃない! ゲイリー、早く乗せてあげて」

 カナのひとことで、彼らは【ポメラニアン】に招き入れられた。

 扉際に張り付いていた仲間たちと入れ替わるように、デジルが機外を警戒する。クレアたちを機内に乗せ終えたゲイリーも警戒にあたった。

 マークは機敏に動き回り、クレアのホルスターから光線銃を抜き取るとジャックの正面に立つ。彼は油断無くジャックのホルスターからも光線銃を抜き取ってから話しかけた。

「やあ、また会ったね。

 別に恨んじゃいないけど、また撃たれちゃかなわないからな」

 ジャックは無言のまま抵抗する素振りこそ見せないものの、強気に睨みつけてくる。

 対峙する少年たちを横目に、ミリィとカナは協力してクレアの応急手当にとりかかった。当のクレアは、心配そうに少年たちの様子を見守っている。

 彼女には一瞥もくれず、マークは話し続けた。

「ひとつ教えておこう。僕はペイジ孤児院の出身なんだ。きみたち以外の五人と同じ」

 その言葉にジャックは絶句し、クレアを見た。彼女も驚いた顔をしていた。

 やがてジャックはひとつ首を振り、自虐的に話し始めた。

「ああ、俺とクレアは仲間はずれなんだ。どの孤児院にも引き取られずに生きてきた。研究所に拾われてほっとしてた時期もあったが、今じゃ後悔しか感じない」

「きみたちに抵抗の意思はなさそうだ。手を下ろしてくれていい。……いいですよね、デジル」

 突然マークから話を振られたが、デジルはすぐに応じた。

「ああ、構わんぜ。ところで、そっちのお嬢さんは誰にやられたんだ」

「わかりませんが、不気味な黒いロボットでした。あなた方のお仲間の——目付きの鋭い方に助けていただいたので、投降を決意しました」

 クレアが答えると、彼女の腕に包帯を巻き終えるところだった女性陣の手が止まる。

 ミリィが勢いよく顔を上げた。

「え! スレッジ来てるの」

 ほとんど叫ぶような言葉に対してジャックがうなずいた。

「ひとりで黒ロボット三体を相手にしてる。エアバイクの爆発を防いでた。あんなの初めて見たよ。ベイリーからはあんたたちを消すように命令を受けてきたんだが、次元が違う。俺たちじゃ全く足下にも及ばない」

 韜晦する口調は次第に熱を帯びてくる。

「俺は見たんだ。バロウを捕まえる時、賞金稼ぎ——スレッジさん、だっけ。彼が地上二十階の高さに浮かんでバロウのバイクを止めたところを。あれはやっぱりフィールド能力だったんだ。ベイリーの野郎はハッタリだの仕掛けだのと言ってとりあわなかったけど」

「待てよ、ミリィ」

 キャリングケースのレバーを引こうとするミリィに気付き、マークが止めた。

「離してマーク。僕、行かなきゃ。スレッジを助けたいんだ」

「姉貴、落ち着け! 透視能力のない俺たちが出て行ってもスレッジの足手纏いにしかならない」

「…………!」

 初めて“姉貴”と呼ばれたミリィはまじまじとマークを見つめ、こくんとうなずくと格納庫入り口から外を覗いた。

「スレッジ――」

 その時、船内の照明が一瞬揺らいだ。

「きゃああああ」

 激振が【ポメラニアン】を襲う。

 破裂音が聞こえる。船内のあちこちで火花が飛び散った。


     *     *     *


「ミリィ?」

 目が覚めた。

「うわお!」

 目の前に【パペット】がいる。口が光っていた。

 スレッジは反射的に、相手の口に拳を叩き込んだ。

 閃光とともに周囲が乳白色に染まる。

 雷鳴さながらの轟音とともに、【パペット】が爆発四散する。

 耳が莫迦になっているのか、あまり轟音が気にならない。

 爆煙の渦から真上に飛び出すと、二体の【パペット】がスレッジの左右に回り込んできた。

「てめえら、俺のエアバイク壊しやがったな。ということは、やっぱりこいつらのビームはフィールド能力では防ぎきれないってことか」

 独り言を呟くうちに、左の奴がビームを撃ってきた。

 加速して避けたスレッジは、右の奴の背後に回り込む。

「…………っ!」

 背筋がぞっとした。減速せず、そのまま通過する。

 ビームの熱線が空間を薙ぐ。熱線は、右の奴の背に突き刺さった。

 爆発炎上。

「ちっ。同士討ちはいいが、新手かよ」

 振り向いたスレッジはうんざりし、泣き言を漏らした。

「かんべんしてくれ。新手五体だと」

 これで六対一。敵を倒すたび、逆に数が増えてくる。

(いったい何体いやがるんだ)

 【ポメラニアン】は無事だろうか——

 いつの間にか随分離れてしまったようだ。スレッジの位置から【ポメラニアン】を確認することができない。

 スレッジを取り囲むべく、六体同時に加速してくる。【パペット】どもに狙いを絞らせないよう、螺旋状に高速移動した。

「右か! 上も? くっ、左もかっ」

 動きのパターンを解析されているのか。スレッジが避けるところに敵のビームが集まるようになってきた。

 身体を掠る熱線に肝を冷やしつつ飛び続けると、再び【ポメラニアン】が見えてきた。

 スレッジは目を見開いた。

 【ポメラニアン】の船体から黒煙が上がっている。やはり【パペット】はこの六体だけではなかったのだ。

「無事か、ミリィ――」

 六本の光条がスレッジに迫る。

 回避運動を計算に入れた、避け場所のない完璧な攻撃。

「くそっ」

 二本やりすごしたが、それが限界。残り四本の光条が、スレッジの身体に突き刺さった。


     *     *     *


(マスターが危ない!)

 一心不乱に端末を操作していたバロウは、束の間手を止めて頭を振った。

 肩を叩かれて振り向くと、デイビッドがコーヒーを淹れてくれたようだ。カップを手渡してきた。

「ありがとう、デイビッド。ところで今、何か聞こえなかったか?」

「おいおいハンス、またかよ。午後からのきみは凄いハイペースだったからね、疲れるのも無理はない。お陰で明日の期限が守れそうだし、少し休憩とれよ」

 ああそうだな、と呟いてコーヒーに口をつけると、デイビッドは自分の仕事をするために立ち去った。

(必要な作業は全てあたしがやります。最初だけ手伝ってください、マニー・バロウ)

 はっきりと聞こえる。疲労による幻覚とは思えない。バロウは壁にずらりと並ぶクローンを見回し――その中の一体と目が合った。

 八十六番のクローンが目を開けている。スレッジのメモにも書かれていたことではあるが、バロウはこの異常事態に際して自分がひどく冷静なことを不思議に思った。あまり自覚はないが、やはり疲労が蓄積しているのだろうか。疲れているせいで感情が麻痺し、見た物をありのまま受け入れてしまっている状態なのだろうか。

「そうか、きみは既に目覚めているのか。マスターというのはスレッジのことだな。彼に何かあったのか」

 立ち去ったデイビッドが振り向いた。

「何か用かい、ハンス」

「すまん、デイビッド。大きめの独り言だ」

 肩をすくめて再び背を向けるデイビッドを見送ると、バロウは八十六番のクローンの前に立った。

「それにしても、きみはフィールド能力を持たない私にどうやって話しかけているんだ」

(フィールド能力を受け入れるキャパシティの全くない人間などほとんどいません。あなたは能力者でこそありませんが、ほんの少しだけ他の人間よりキャパシティが高いのです)

「それで、スレッジさんは今どういう状態なんだ」

 詳しく説明するのが面倒なのか、八十六番は焦燥感とごく微かな物理的な痛みをイメージとして伝えてきた。どうやら怪我をしている可能性が高く、救援を必要としている状態なのであろう。

「わかった、今は詳しく聞かない」

(マスターの救援にはあの人に行っていただきます)

「あの人?」

 バロウの質問を無視し、八十六番は一方的にメッセージを伝え続ける。

(あの人のコントローラを無効化します。この部屋の端末からあなたのIDでアクセスしてください)

「しかし、この部屋の端末はスタンドアローンだ」

(この星の人間には感知できないネットワークで繋がっています)

 この星の人間。彼女はバロウにそう伝えてきた。その言葉を訝りつつ、バロウは端末を操作した。

(準備は整いました。もう、ナノマシンはあなたに何も強制することはありません。今すぐマスターを助けに行ってください、ユキ!)


     *     *     *


 昨日と同じ病室で、ユキが寝ている。他には誰もいない。

 時折眉間に皺を寄せ、首を軽く左右に動かす。

「う……」

 ベリーショートの髪は多少寝乱れた程度でぼさぼさにはならないが、寝汗で前髪が額に張り付いている。

 寝返りをうつユキが時折半目を開く。眠りが浅くなっているようだ。

 不思議なことに、瞼の隙間から覗くはずの黒目は、白銀に光っている。

 ユキが完全に目を開く。

 猫族を思わせる吊り上がった瞳は、ユキの顔に濃い陰影を与えるほど強烈な輝きを放った後、普段の漆黒へと戻った。

 窓も扉も閉めたままの病室内に風が巻き起こり、ベッド横に立ち上がったユキの病衣の裾を巻き上げる。

「言われるまでもない。力を貸してもらえるなら、私はスレッジを助けに行く。彼は半年前にネオジップを救った英雄だ」

 ユキはこの場にいない誰かと会話しているようだ。

「な……に。奴が?」

 険しくしていた表情に、驚愕の色が混じる。見えない会話の相手に別のことを伝えられたようだ。

「よくわかった。スレッジに伝える」

 ユキはベッド横の脇机を見た。そこには丁寧に折り畳まれた制服が置かれている。どうやら寝ている間に用意されていたらしい。

 ほっとした表情と共に制服を手に取ったユキは……、固まってしまった。

 両手で広げてみると、以前の軍服を模したものとは大きくデザインが違っている。

 トップスは通信兵など内勤の者に多いブレザータイプだ。それはいい。だがその軽さから言って、防弾・防じん繊維が編み込まれているとは到底思えない。尤も、防御に関してはフィールド能力で補完できるから問題ない。

 問題はボトムスだ。

「……」

 ユキは吊り上がった目をすっと細める。ズボンではなく前スリットのタイトミニだ。しかも、丈が極端に短い。

 それだけではない。制服だというのにストッキングが用意されていないのだ。

 おそらくはベイリー大尉の差し金だろう。彼はランディの能力である催眠暗示を使ってまで自分を慰みものにしようとした男だ。

 唇を噛み、握った拳を震わせる。

 ユキは病衣のままの方がいいかどうか、たっぷり一分間悩んだ。結局着替えることにしたが、スカートを穿くのと同時に吐き捨てるように呟いた。

「あのエロオヤジめ」

 だがひとまずは、これを着て会いに行く相手はベイリー大尉ではない。

「スカートなど、プライベートでも穿いたことがない。こんな服装、何を言われるか……。いや、むしろ言って欲しいような」

 ユキの頬がわずかに朱に染まる。だが、すぐにはっとして表情を引き締めた。彼女はスレッジが半年前に見せた英雄的な行動を尊敬してはいるが、これまでに彼を恋愛対象として意識したことなど一度もない。

「くそ、私としたことが。エロオヤジのせいでペースを乱されるところだった。今行くぞ、スレッジ」

 彼女の腹のあたりで強烈な白銀の光が輝くと、一陣のつむじ風が病室内を吹き荒れた。

 光と風が治まったとき、彼女の姿はそこになかった。


     *     *     *


 ベイリー大尉にとっては完全に想定外としか言いようのない事態だった。

 ここは八人乗りワゴン車程度の大きさの多目的装甲車の中。“被験体”のランディとボブが端末にかじりついており、ランディが報告の声を出す。

「ジャックとクレアの信号、ロストしました」

 彼が操作しているのはジャックとクレアに埋め込まれたナノマシンから送られてくる位置情報をトレースする端末だが、二人の信号が途絶えてしまったのだ。

「あのふたりは確かに捨て駒だが、賞金稼ぎごときに返り討ちに遭うはずがない。故障じゃないのかね」

「この車に三つ、研究所に三つ。我々五名とヘルマン中尉・・の反応はトレースできてます。故障ではありません」

 ベイリー大尉は一度にふたりものフィールド能力者の信号が消えたことでパニックを起こしかけていた。そのせいか、ランディの発したジム・ヘルマンに対する階級名が意識をすり抜けた。

「救援に向かいますか、ヘルマン中尉」

 ボブが問う。今度はベイリー大尉の意識に引っかかった。

「中尉だと?」

「救援に向かいますか、と」

「その後だ!」

 大声を出すベイリー大尉を、ヘルマン中尉は憐れむような目で見ながら言った。

「おや、大尉はバレリー所長から聞いてらっしゃらないのですね。私、ジム・ヘルマンは中尉を拝命いたしました。本日付の特例人事であります」

 ベイリー大尉は束の間絶句したが、すぐに気を取り直した。彼らの立場は世間からはバレリー私設軍隊と揶揄されているが、登記上の社名は「グレートザップ警備会社」であり民間の警備会社に過ぎない。階級は便宜上のものであるが、そこには軍隊並みの厳しい上下関係が存在し、昇進したとは言えヘルマンの階級はベイリー大尉よりも下なのだ。

「所長に逆らうつもりはないが、順番から言えばユキ――、コーエン少尉がいるだろう」

「少尉は体調がすぐれないので、しばらく休んでいただくことになりました。言うまでもないことですが、彼女自身の部屋で、ね」

 ヘルマン中尉の態度に明らかな変化が見られる。慇懃な言葉遣いながらも包み隠さぬ棘がベイリー大尉に突き刺さる。ヘルマン中尉はだめ押しのように言葉を続けた。

「大尉、あなたはエサを食べ損ねたのですよ」

「き、貴様っ」

「残念ですね。我々はあなたの尻ぬぐいをするつもりはない。捨て駒については、今ここで切り捨てても特に惜しくありません」

「何を言っている。その判断を下すのは私だ」

 そうだ、自分は大尉なのだ。任を解かれたわけではない以上、中尉は自分の命令に従わなければならないはずだ。ベイリー大尉は胸中にそう言い聞かせつつ、言いしれぬ不安に苛まれていた。精一杯の虚勢を張るつもりだったが、つい声が上擦ってしまい、唇を噛んだ。

 もはやヘルマン中尉は明らかにそれと判る侮蔑の表情をベイリー大尉に向けていた。

「私が使った“捨て駒”という言葉なんですがね、それにはあなたも含まれるのですよ。……ベイリー大尉」

 これを聞いたベイリー大尉の額に青筋が立った。

「黙れ! ここにいるランディとボブのコントローラは、この私の手にあるのだぞ」

 その言葉にランディとボブが振り向き、完璧な無表情でベイリー大尉を凝視する。ベイリー大尉はつい気圧されて言葉に詰まりながらも、数の優位を頼りに必死に気を落ち着かせようとした。

(そうだ。ヘルマンもフィールド能力者だが、こちらはランディとボブの二人なんだぞ)

 ヘルマン中尉が笑い出した。コメディアンの舞台を見た時のような愉快そうな笑い方ではなく、三文役者が舞台上で失敗したのを見た時のような見下した笑い方であった。

「つくづく憐れな。大尉のような使えない方に、まさかバレリー所長が本物のコントローラを渡すとでも?」

「な――」

 腰を浮かしたベイリー大尉は、しかしヘルマン中尉に掴みかかることなく大人しく座り直した。ランディに睨まれ、がっくりと項垂れてしまったのだ。ランディの催眠暗示にかかってしまったのである。

「ご安心ください、大尉。あなたにはまだ役割が残っておりますので。ただ、我々の言うことを聞く人形でいてくださればいいんです。真の意味での【バレリーズパペット】――それこそ、あなたに相応しい役割ではありませんか」

 再びヘルマン中尉が笑い声を立てる。今度こそ、コメディアンの舞台を見たときのような笑い方であった。

 端末のモニターの光がランディの顔面を半分だけ薄暗い車内に浮かび上がらせる。彼の顔の反対側に落ちた影はとても暗く、まるで闇に同化しようとしているかのようだった。


     *     *     *


「ぐああ!」

 激痛で目が覚めた。

 薄暗い場所だ。スレッジはコンクリートのような固く冷たい床の上で寝ていたようだ。

「俺は動けるのか」

 スレッジは自分の全身を慎重にチェックした。

 刺すような痛み。両肩と両脇腹の四箇所だ。だが、目覚めるきっかけとなった激痛は、この四箇所のいずれでもない。

 右足、大腿部。

 ゆっくり動かそうとして――

「——————っ!!」

 目覚めたときと同じ激痛。今度は声にならなかった。

 右足が動かない。

 患部と顔面が火照っているのがわかる。熱い息が漏れる。その一方で全身が寒気に見舞われている。

「そう……か、骨折熱。脚の骨が折れちまったか」

 スレッジは治癒能力により肩と脇腹の傷を回復させながら舌打ちした。この能力である程度の怪我を治すことはできるが、骨を接ぐことはできない。自然に骨が繋がるのを待つしかないのだ。

「いや、それでも幸運と言うべきか。まだ生きてるんだからな」

 【パペット】が発射してきたのは、たった一発でエアバイクを破壊するほどの威力を誇るビームである。それを四発も食らったのに生きている以上、暗闇で針の穴に糸を通すのにも似た、とても低い確率の幸運に恵まれたとしか言いようがない。空中で気絶し、気付いたらコンクリートの上で寝ていたというのに骨折ひとつで済んでいるのも途轍もない幸運だ。それに関してはどんな偶然が作用したものか、スレッジには想像がつかなかった。

「そうだ、【ポメラニアン】はどうなった。ミリィ」

 期待していたわけではないが、返事はない。【ポメラニアン】の舷側まで辿り着きながら、仲間を救えず終いだった。思わず拳を握り込む。

 上体を起こしたスレッジは床を殴った。

 気を落ち着かせ、周囲を見回す。あまりに薄暗いので、透視能力を使った。

 床の感触から考えて、どこかの建物の屋上にでも落ちて、そのまま半日くらい寝ていたのではないかと思ったのだが、どうやらここは部屋の中だ。広さは、ちょうどグレートザップ超心理学研究所の地下六階と同じくらいか。

「なんだよここ……。壁にシリンダー並んでやがるし、研究所の地下六階そっくりじゃねえか」

 悪い冗談のようだ。スレッジはシリンダーの中を透視してみた。

「【パペット】だと!?」

 冗談ではない。ここに百体もの【パペット】が格納されているというのか。

 目を見開くスレッジに、何者かが声をかけてきた。

「【ダークパペット】さ。正確には九十九体だ。久し振りだね、スレッジ」

「——————っ! お前は……っ!!」


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