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依頼

 日没後。

 ネオジップの西の外れには、大きな廃工場が佇んでいる。震災後のかなり早い段階に建てられたもので、一度は煙突から黒煙を吐き、多くの労働者が交替で昼も夜もなく稼働していた。『復興の象徴』と讃えられた時期もある。だが、工場の黄金時代はごくわずかな年数で終わってしまった。スレッジが生まれる頃には工場の閉鎖が決まり、今となっては放置されたまま誰にも見向きもされず、すっかり寂れてしまったのだ。

 そんなわけで、現在この工場に好んで足を踏み入れるのはネズミと、ネズミを追う野良猫くらいのものだった。

 しかし、今夜は様子が違った。工場の内側が、灯りで煌々と照らされているのだ。工場の窓という窓は暗幕で目隠しされ、外に灯りを漏らさぬよう配慮した上で、十人の男女がきちんと整列していた。

 彼らは皆黒い瞳と、長さこそまちまちだが黒い髪の持ち主である。共通点はもうひとつあった。全員が引き締まった体型をしており動作が機敏なのだ。

 二十代から三十代と思しき人物が三人、他は十代後半の若者たちである。もし第三者が彼らの様子を見たならば、士官学校の学生が訓練を受けているという印象を持ったことだろう。この場所が廃工場でさえなかったならば。




「賞金首リストからマニー・バロウの名前が消えていない」

 この中で一番歳上と思しき三十代の男が、工場の床に無造作に置いた端末を操作しながら言った。彼を含む三人が私服、残り七人が十代後半の若者で、制服を着ている。その制服は、軍服などではなくハイスクールか専門学校のものに似た雰囲気があるが、ネオジップに存在するどの学校のものとも一致しない。

「少尉。貴様の考えはどうか」

「はい、大尉」

 答えたのはベリーショートの二十代前半の女性。制服ではなくジーンズを穿いている。百六十センチ台半ばにして五十キロに届かぬ体型は、軍人にしては細すぎる。細く尖った顎と吊り上がり気味の目のせいか鋭角的な印象だ。ただし洞察力のある者が見れば、猫科の動物に似たしなやかさを併せ持つ女性であることに気付くだろう。

「マニー・バロウがいまだに逃げ続けているとは考えにくいです。賞金稼ぎがマニー・バロウを匿っている可能性が高いかと」

「自分もそう思います。逃げるなんてありえません!」

 少尉が話し終えるタイミングを待ち、身長百七十センチの少年が声を張り上げた。

「あの賞金稼ぎ、普通じゃありません。地上二十階の高さでエアバイクから飛び降りた後、バロウのバイクを支えたんです」

 そう発言した少年に対し、大尉は不快そうな目を向ける。

「ジャック。発言は私の許可を得てからだ」

「はっ、大尉。申し訳ありません」

 ジャックは黙ったものの、閉ざした口の角度が控え目に不満を表明していた。

「覚えておけ、ジャック。賞金稼ぎという連中は、賞金首をビビらせるためなら色んなハッタリを使う。まだ実用化されてはいないが反重量グライダーなどという代物が開発されているご時世だ、きっと何か仕掛けを隠し持っていたのだろう。他に意見はあるかね」

 大尉に意見を求められたと見るや、ジャックは間髪を容れずに答えた。

「奴らの仲間にサイボーグがいます。そいつがバロウをエアバイクに乗せて連れて行きました。とても逃げられるとは思えません」

「ひとつ聞いていいかな、ジャック。賞金稼ぎの仲間がサイボーグだという根拠は何かね」

 穏やかな口調だったが、大尉のこめかみがふるえている。それには気付かず、ジャックは得意げに答えた。

「自分の射撃が腕に命中したのに平然としていました」

 大尉は眼を細め、今までで一番低い声でジャックに尋ねた。

「平然と、だと。おいジャック。致死モードで撃ったのか」

「はっ。マニー・バロウの身柄が警察に引き渡されるくらいなら――」

「命令違反だ」

 大尉の言葉にジャックは絶句し、顔色は見る見る蒼白になっていく。しばらく呼吸することも忘れていたのか、数回口をぱくぱくさせてから浅く早い呼吸を繰り返す。

「貴様への命令は、監視のみだったはずだぞ。それと、今回は確かに報告書不要と言っておいたが、不測の事態が起きたのなら真っ先に報告をせんか! 賞金稼ぎの仲間にサイボーグがいたのなら、万一の敵対に備えて相応の装備が必要になる可能性もあるのだぞ」

 汗を滴らせつつも、ジャックは前傾ぎみの姿勢をとり何かを告げようと口を開く。しかし、大尉はそれを制して言葉を継いだ。

「貴様がバロウを撃ったことで、連中は警戒しているはずだ。それに、貴様の顔も覚えられたことだろう。

 私の説明と貴様の理解力のいずれか、もしくは両方が不足していたのかも知れないが、この作戦に貴様等を起用した理由はただ一つ。できるだけ隠密に処理するためだ」

 姿勢を正して謝罪するジャックに一瞥をくれると、大尉は少尉の方へ体を向けた。

「賞金稼ぎという連中は少尉が考えるよりもずっと貪欲だ。いっそ、意地汚いと表現すべきだろう」

 その言葉に、少尉はわずかに片眉を上げる反応を見せただけで黙って聞いている。

「しかしまあ、貴様たちが言う通りだろう。私としても、マニー・バロウが逃げ続けているとは考えていない。奴の身柄は賞金稼ぎどもが確保していると見るべきだな。

 すぐに警察へ突き出さない理由は不明だが、我々にとっては好都合だ。現段階ではあまり派手に動きたくない。ここはひとつ、賞金稼ぎどもに交渉を持ちかけてみようじゃないか」

 応じてくれれば良いのだがな、と呟いた上で口を閉ざす。

 工場内を照らす灯りが逆光となり、大尉の顔に濃い陰影を与えている。あまり彫りが深くない、のっぺりした印象の顔だ。その顔は今、能面の無表情を保っている。


     *     *     *


 ゲイリーは【ポメラニアン】の格納庫に収容したバロウのエアバイクをチェックしていた。首を傾げ、しゃがみ込んであちこちチェックしている。

 その様子を見るともなく眺めながら、スレッジはマークに聞いた。

「腕の故障、痛むか」

「いいえ、すぐ治まりました。撃たれた瞬間は神経連接を刺激されたのでそこそこ痛かったんですけどね。せっかくの報酬を使って治してもらった腕なのに、粗末にしてすみませんでした」

 陸軍情報部中佐による【アースシェイカー】事件を解決したのは半年前のことである。その際、スレッジが受け取るはずだった報酬のほぼ全額をマークの『修理』に充てることになった。そのことに彼は負い目を感じているのだ。

「何言ってやがる。賞金首を守ったんだ。堂々としてろ」

「はい」

 はにかむマークに微笑んで見せると、スレッジは別のことを聞いた。

「ところでマーク、どうして俺たちを尾けてきてたんだ。デジルの指示か」

「いえ、そうではありませんが――」

 マークの声を、野太い声が遮った。

「スレッジ! おまえさん、このバイクをどうやって止めたんだ」

 声の主はゲイリーだ。バロウのバイクの横にしゃがんだまま、大声を張り上げている。ゲイリーに呼ばれたスレッジは格納庫へと入っていった。

「ああ? 普通にブレーキをかけただけだぜ」

「壊れてるのにか」

 しゃがんだ姿勢のまま、ブレーキパーツを示すゲイリー。

「見てみろよこれ。ユニットがこの状態なのに普通に運転できたっていうのか」

「いいじゃねえか、止まれたんだから。ユニットがいかれるぎりぎりのタイミングで帰り着いたってことなんじゃねえの」

「交換時期をとっくに超えた摩耗ぶりだぞ」

「あ、あの!」

 そこに新たな声が割って入った。

「あなたに追われたのが怖くて逃げたのはいいんですが、急にブレーキが利かなくなって。私はとっくに逃げる気力を失っていたんです。止まらなかったんじゃなくて、止まれなかったんです」

 スレッジが振り向くと、そこに賞金首のマニー・バロウが立っていた。

 彼は振り向いたスレッジの視線に怯え、喉の奥で「ひっ」というか細い音を立てた。

「じゃ、逃げなきゃ良かっただろうが。てめえが逃げなきゃビルの窓も割らずに済んだ――」

「まあまあ、スレッジ。その目が怖いんだってば」

 ここのところミリィは野球帽をかぶらなくなったが、今日の彼女はいつものたぶだぶTシャツとジーンズだった。ミリィがスレッジの胸に手を添えてなだめると、まず間違いなく彼の気分をクールダウンさせることに成功する。

「ロリコンがうまく操縦される、の図だな。将来の主従関係は決まったようなもんだぜ」

 独り言にしては大きいデジルのつぶやきに反応し、スレッジは例の視線を飛ばした。しかしデジルには通用せず、「おー、怖っ」とおどけるだけだった。

 バロウに視線を戻すと、彼はゲイリーに頭を下げているところだった。

「整備不良のマシンに乗り回すなど、エアバイク乗りの風上にも置けねえな」

 半目で呟くゲイリーに対し、逃げ回る生活だったのでゆっくり整備していられなかったと告げている。

「で、なんで賞金首のあんたが命を狙われてるんだ。業務上横領の後で雲隠れ。懸賞額もわずか九十ローエン。標的にされる理由に心当たりでもあるのか」

 気を取り直したスレッジは、幾分穏やかな口調でバロウに質問した。

 それに対する答えは、スレッジの背から聞こえて来た。

「そいつは俺が説明しよう。そのかわり、俺からの二件目の依頼を受けてもらうことになるが、な」

 声を掛けたのは、普段デジル以外は滅多に入らないはずの操縦室から出てきた人物だ。そちらに視線を投げたスレッジは露骨に嫌そうな顔をした。

「またあんたか、スービィ」

「ご挨拶だな、スレッジ」

 芝居じみた仕草で手を広げ、苦笑しつつ言ったのはスベラルニー・パーマー。スリムながらも百七十二センチの身長はネオジップの成人男性としては平均的だ。ただし、上等なスーツに身を包み、短く刈った褐色の髪に加え、薄い唇と切れ長の目が酷薄な雰囲気を醸し出しており、見る者にスジ者のような印象を与えてしまう。そのことは本人も自覚しており、普段から「情報屋なんてカタギの商売じゃない」と言っている。

「悪い話じゃないと思うぜ。ビルの弁償代はこっちで持つし、もちろん報酬も出す。今回はマークの義手と義足代に消えることもないから、スレッジの取り分だけでも一万ローエンは確保できるぜ」

 スレッジの背筋がぴんと伸びた。

「詳しく聞かせていただこうか、スービィさん」

 懲りていない。バロウ以外の一同による無言の視線は雄弁だったが、スレッジは柳に風と受け流してみせた。


     *     *     *


 翌朝の早朝。

 廃工場内の端末がメールの着信を知らせる音を鳴らした。

 その場には昨夜の少年少女たちの姿はなく、大尉と呼ばれていた男と少尉と呼ばれていた女のふたりきりだった。

 メールの文面に目を走らせた少尉がメールの発信者を告げる。

「ベイリー大尉。バロウを捕まえた賞金稼ぎからです」

「ふたりきりの時はトムでいいぞ、ユキ」

「仕事とプライベートはきっちりと分ける主義ですので」

「ふん。よかろう、コーエン少尉」

 ベイリー大尉はメールの文面を声に出して読み始めた。

『大きな果物に見えないリンゴを九十個買った客が居座った。詩も書かず一週間も考え続けてきたそうだ。変な奴だ。卵でも隠し持っているのかと、母親に密告せず、割れないようにポケットに手を突っ込んでみたが何もない。客に身寄りがあり、一宿一飯の礼とともに客を引き取るとのことなのでそうしてもらう』

 モニターを見つめ、目を点にしたベイリー大尉に対し、横からユキが「おそらくは」と前置きをして口を挟んだ。

『大した重罪にも思えない九十ローエン程度の賞金首が自首もせず一週間近くも逃げ回るのは不自然に感じ、金になる情報でも持っているのかと思って警察に突き出さず調べていたがわからなかった。あなたが賞金額以上のお金を出して賞金首の身柄を引き取るというのならこちらに異存はない』

 九十ローエン程度の賞金首が一週間も逃げ回ることができた理由は、賞金額が低すぎるために何日も探し回れば賞金稼ぎにとってコスト割れしてしまうから、どの賞金稼ぎも真剣に探さなかったからなのだ。つまり、業界で一、二を争う情報屋とコネのある賞金稼ぎが出てくるまでの間、バロウは大した努力もなく逃げ続けることができただけというのが実情だ。だが、ユキはそのことをベイリー大尉に伝えるつもりはない。

「ふむ。交渉成立か。それにしてもよくわかるな、少尉」

 ベイリー大尉は感心したようにユキを見た。彼女はにこりともせずに答える。

「昨年八月まではペイジ中佐のもとで陸軍情報部に配属されておりました。暗号や符牒の類なら多少は想像がつきます。しかし、ここに書かれているのはわずかな知識があれば想像できる程度の符牒ですので」

「わかっている。この端末はこの場で分解処分、だな」

 ベイリー大尉はどうやら情報部出身ではないらしく、新品の端末を名残惜しげに見つめながら言った。

「バロウの引き取りは貴様に任せる。必要なら“被験体”二体までの同伴を認める。一〇:〇〇時に接触の予定で賞金稼ぎに連絡を取れ」

「了解」

 ユキはベイリー大尉に敬礼をした。


     *     *     *


 昨夜のこと。バロウを連れ帰った【ポメラニアン】の機体後部格納庫で、ゲイリーは相変わらずバイクの整備を続けていた。彼は、傍らに寄り添うカナにときどき何事か話しかけている。

 そのふたりを残し、スレッジたちは機体中央部にあたる居住区域でスービィの話を聞いていた。

「遊撃……」

「……調査班?」

 遊撃調査班。スービィの口から飛び出した単語をおうむ返しに呟いて、スレッジとデジルは思わず顔を見合わせた。スレッジはミリィとマイクの姉弟にも視線を向けたが、姉は掌を上にして腕を横に広げ、弟は腕組みして首を傾げただけだった。

「そーそ。中央情報局も人手不足でね。手に余る案件の調査を優秀な外部スタッフに委ねようというわけ。なにせ、このデジルチームには輝かしい実績があるからな」

「汚ねえぞ、パーマー」

 デジルが苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

「どうしたの、デジル」

 無邪気に聞くミリィの声が聞こえているのかいないのか、デジルはスービィを睨み続けている。仕方がないのでスレッジが説明した。

「デジルがこの輸送機を購入した時、手違いで荷電粒子砲が装着されたままだったのさ。それをいいことに、デジルは違法を承知で荷電粒子砲を使えるように整備しちまった。半年前、そいつをぶっ放したろ。その意味でこの依頼、初めっから断ることなんてできないって話みたいだぜ」

 もちろん、デジルは中央情報局長官に許可をとった上で荷電粒子砲を使用した。だがそれはあくまで非公式な許可である。たとえいかなる理由があろうと、荷電粒子砲は民間人による運用が許される性格の兵器ではないのだ。つまり、中央情報局から後出しでどんな条件を出されても、デジルとしては断るのが難しいだろう。

 スレッジはミリィに説明しながら、スービィと中央情報局とのつながりに興味を持った。彼とデジルの間で睨み合いの均衡が続いているのを見て、質問してみた。

「トップクラスの情報屋としては中央情報局とそれなりに持ちつ持たれつの関係を築いているのでな。ま、今はそれだけしか言えん。

 一応言っておくが、この世界で長くやっていく気があるならあまり詮索はしないことだ」

 明日の天気を占うような気軽な口調なのに、スービィが纏う空気の質量が増したような錯覚が場を支配した。相対するスレッジの額に汗が浮いている。

 場をとりなすかのように、ミリィの明るい声が割り込んだ。

「いいじゃん、デジル。報酬もらえるんだし」

 気楽に言う彼女に一瞥もくれず、デジルはようやく言葉を紡いだ。その相手はスービィだった。

「これ一回きりってわけにはいかねえのか」

「俺に聞かれても答えられんな。これっきりかも知れないし、そうじゃないかも知れない。もしこれっきりじゃないとしても、雨後のタケノコのように湧いて出る賞金首に較べりゃ遊撃調査班の仕事は大した頻度にはならないだろ。とは言え、ただ一件でそこらの賞金首数十人、下手すりゃ百人なみの報酬額に相当するわけだが」

 そこまで言ってからスービィは視線をスレッジに向け、次いでデジルを見据えてたっぷり十秒間値踏みするかのように凝視しつづけた。

「参考までに、デジルチームの先月の実績は十四人だったな。ここ半年の平均は、ひと月あたり約七人。お前さんたちがこの半年で捕まえた約四十人の賞金首の中で、いわゆる高額賞金首にあたる千ローエン超えの懸賞金をかけられてた奴はたったのひとり」

 とくに抑揚をつけず無表情に言うスービィの言葉の途中から、デジルは苛々と貧乏揺すりをはじめていた。だが今のところ黙って聞いている。

「別に俺は他当たってもいいんだぜ。中央情報局としては、どうしてもデジルチームでなきゃならん理由はないんだし。しかしビルからの請求額、高いねえ。ここのスタッフひとりにおっかぶせる気なら、半年はただ働きさせねえと辛いだろ」

 デジルは貧乏揺すりを止めず、低い声で言う。

「だからなんだ。遊撃調査班の仕事内容は、賞金首を相手にするのとは較べ物にならんリスクがつきまとうんだろうが」

 ふと横を見たデジルは、スレッジと目が合った。彼は貧乏揺すりをやめ、サングラスの奥の目を光らせてスービィを睨んだ。

「パーマー、余計なことは言うな」

「デジル、かっこいい! 自分も三か月ただ働きするつもりだったんだあ」

 素早くデジルの背後に回り、彼の肩を揉み始めるミリィ。デジルの雰囲気が穏やかになるのを見て取ったスレッジはミリィのムードメーカーぶりに感心した。

 せっかくのミリィの行動を無駄にしないよう、スレッジはデジルに提案した。

「詳しく聞こうぜ、デジル。今の俺たちなら大抵のリスクはどうってことないって」

「スレッジ。お前まさか天狗になってるんじゃねえだろうな」

 腰を浮かしたデジルは、今にも掴み掛かろうとする勢いだ。提案は逆効果だったかと内心で慌てていると、彼は幾分落ち着きつつも説得口調となった。

「中央情報局ってのは、ろくに訓練も積んでいないお前やミリィを平然とフルメタルジャケットの銃弾の雨の中に送り込むような組織だぞ。頼みの【クワッシュ・スーツ】は未知の部分が多い。肝心な時に役に立たなかったらどうする。もっと慎重に考えやがれ」

 そこへ新たな女性の声が話に割り込んだ。カナだ。

「あら。スレッジは、キャリングケースなしで【クワッシュ・スーツ】を着てたわよ。あたしにも着せてくれた上に、身体の前後にフィールドを発生させてバイクまで受け止めてた。少し心配しすぎなんじゃないの、デジル」

 部屋の空気が変わった。まるで、ぴんと張った糸が立てる音が聞こえてくるかのようだ。時間にしたら僅かな間に過ぎないが、沈黙に堪えかねたカナは狼狽えつつも口を開いた。

「あ、あたし、何か変なこと言った?」

 スービィの口から鼻歌のような音が漏れ始めた。次第に大きくなっていき、笑い声であることがわかった。

「ふはははは! すげえぞ、スレッジ! やっぱりお前、本物だったんだ。第二世代のうち、ごく稀に発現するフィールド能力者。その頂点に立つのがお前だ。装置の助けを借りずにフィールド能力を発現できる、おそらくは唯一の――」

 スービィの芝居じみた動作がより大袈裟になっている。興奮しているのだ。話が脱線しそうな勢いだったので、スレッジは釘を刺すことにした。

「なんか長くなりそうだな、スービィ。その話も気になるが、今は依頼内容……おっと、その前にバロウが抱えてる問題を知りたいぜ。依頼を受けるかどうかの判断はその後でもいいだろ、デジル。スービィも」

「……ああ」

 デジルがぶっきらぼうに返事をすると、スービィも咳払いをして元の冷静さを取り戻した。

「いいだろう。正直に言うが、このヤマはスレッジでないと手に余るだろう。何と言っても相手は超能力者なんだからな」

 沈黙。

 弛緩した空気が流れる中、スレッジは頭を掻きながら言った。

「悪い、スービィ。俺、三か月ただ働きでいいからさ。他当たってくれや」

 再び沈黙。今度は少し長い間があった。

 その沈黙を、バロウが躊躇いがちに破った。

「あの、ええと。本当なんです。私はグレートザップ超心理学研究所の研究員でした。私があそこに勤め始めて最初のうちは、実現するかどうかもわからない“超能力開発”をゆるゆると研究していただけなんです。様子が変わったのは昨年の八月頃からでした」

「突然何を言い出すんだ、この賞金首は。まあいいや、それで」

 今やスレッジは椅子の背もたれに上体を斜めに預けて目を閉じ、完全に脱力した様子で投げやりに先を促した。

「以前から通ってもらっていた“被験体”のほとんどが入れ替わり、気がつくと十代の少年少女ばかりになったんです」

「ふーん」

「彼ら“被験体”はこれまでの“被験体”と違い、家に帰されることなく研究所に寝泊まりしていました。どこかのハイスクールか専門学校の生徒のような制服を着せられ、生活のほとんどを研究所に縛られていました。しかも軍隊の階級で呼ばれる教官が配属され、“被験体”には訓練という名の日課が課されました。武器、肉弾戦、それはまるで軍隊そのものです」

 彼の言葉に、スレッジの両眼が開く。だが、そのまま沈黙を続けているので、続けて話した。

「まるで、そう、まるで対テロ戦闘のスペシャリストか、さもなくばテロリスト集団そのものを育成しようとしているんじゃないかと思いました。私はあの頃毎日、自分はここに居続けてはいけないと思いつつ、なかなか行動に移せずにいました」

 バロウが話し出してからずっと黙って聞いていたスービィが口を開いた。

「表向き超能力研究所、でも実態は戦士養成学校に変わっちまったってわけさ」

 スービィに促され、バロウが再び説明を続ける。

「そんなある日、複数の“被験体”に超能力の兆候が見られるようになりました。偶然とは思えないほど唐突に、そして同時に」

「…………」

 半目で沈黙するスレッジを見て、マークが遠慮がちに口を挟んだ。

「スレッジ。グレートザップ超心理学研究所の所長は、ペイジ博士なんです」

「何っ。ペイジだと」

 スービィとバロウを除く全員がその名に反応し、マークの顔を見た。

「はい。バレリー・ペイジ。あのバート・ペイジ中佐の妻です。ペイジ孤児院にいる頃から、僕も週に何度か研究所に連れて行かれ、わけのわからない検査を受けてきました。今思えば、僕のフィールド能力を研究していたのでしょうね」

 四歳の頃、マークは何らかの事故で両手両脚を失った。彼を拾ったペイジ中佐は、瀕死のマークに極秘開発中である軍事用の義手と義足を取り付けたのだ。

「僕はペイジに騙され、“事故に遭い、手術を受けたのはいいが、後遺症により定期的に薬を服用しないと手足が動かなくなる”と告げられました。しかも、“そのかわりお前はフィールドを自在に操る能力を身に付けたのだ”と。実際にはあのころの僕の義手にフィールドが内蔵されていただけの話なのですが。……あ、これ脱線ですね、すみません」

 いつになく真剣な表情で弟の話を聞いていたミリィが言った。

「じゃーさ。バレリーって博士は、僕らのフィールド能力のこと知ってるのかな。それと、もしかして、その超能力者っていう子たち、僕らと同じ第二世代だとか」

 スービィが手を叩きつつ言った。

「さすがミリィ、ご明察だ。この中で一番早くからフィールド能力のことを知ってたのはお前だからな。そう、バレリーが集めたのは第二世代。超能力の正体はフィールド能力ってわけさ。ただ、バレリーはクワッシュ・ポー博士の研究の全てを知っていたわけではなく、スレッジとミリィのことも賞金稼ぎとその仲間程度の認識しかない。実はバレリーは、マークのことを監視していたのさ。彼女は今のマークが義手と義足を一般的な機械式のものに付け替えたことを知っていて、それによりマークがフィールド能力を失ったものと思っている」

「ちょっと待て。クワッシュ・ポー博士だと?」

 話を止めようとしたスレッジの脇から、ミリィが「うん。僕らの実の父親で、【クワッシュ・スーツ】の開発者だよ」と補足説明をした。

 腕組みをしながらマークが言った。

「時々監視されていることは感じていました。僕を監視するとしたらペイジ孤児院か研究所のいずれか――多分研究所だろうとも思っていました。ここのところ監視がなくなってほっとしていたのに、昨日スレッジとミリィを尾行していた連中がいると聞いて……。もしかして研究所は、まだ僕に用があるのかと思ってうんざりしていたところです」

「あれは単に、次にバロウを追う賞金稼ぎがスレッジだという情報をたまたま奴らが掴んだに過ぎん」

 そう答えるスービィのことをスレッジが横目で睨む。その視線に「てめえだな」と書かれているかのようだ。都合良く掴むことのできる情報のほとんどは、売り買いされるものだというのがこの世界の常識だ。

「奴らが情報を掴まなければ、バロウが撃たれることもなかったんじゃねえのか」

「お前は何か誤解しているようだ。俺は奴らに情報を売っちゃいないぜ。そんなことより、お前たちはバロウの身柄を無傷で確保したんだ。もう一端の賞金稼ぎじゃねえか。ええ、スレッジ」

 海千山千の情報屋に、駆け出し賞金稼ぎが口で敵うはずがない。スレッジはあっさり引き下がった。

「ちっ。ところで何だよその、第二世代って」

 スレッジはついさっきミリィが口にした単語を思い出し、彼女に聞いた。

「簡単に言うよ。四十三年前の大震災のその日に生まれた人たちが第一世代で、その子どもが第二世代。でも第一世代は震災のさなかの出産だから、死んじゃった人が多くて数が少ないのさ。当然、僕ら第二世代の数も少ないんだけど、フィールド能力を使える人には共通点があるんだ。必ず第二世代――しかもその中の一握り」

 スレッジが計算をしながら言った。

「となると……。俺は孤児だから親の顔も知らないが、俺の母親は十七で俺を生んだってことか」

「スレッジが第二世代って決まったわけじゃないし、お母さんじゃなくてお父さん、または両親とも第一世代って可能性もあるけどね。で、第二世代って、妙に孤児の割合が高いんだってさ。親のいる家族なら、ネオジップ中探しても第二世代の数なんて片手で足りるくらいしか集まんないんじゃないかな」

 バロウが控え目に話に割り込んだ。

「あのう。続き、話してもいいですか……、ひっ」

 スレッジは「ぐずぐずしてんじゃねえ」とでも言いたげに、視線でバロウを促した。

「私も数か月前にクワッシュ・ポー博士の研究の存在を知りました。ポー博士は故人で、まさに研究の最中に事故に遭われたので、あまりまとまった文献が残ってはいなかったのですが……。ペイジ博士との決定的な違いは、その人道面にあるんです。

 ポー博士は、人体にフィールドを纏う技術を開発しようとしました。だから彼の研究は、通称【クワッシュ・スーツ】と呼ばれています。それに対し、ペイジ博士は人の脳に直接ナノマシンを埋め込む技術を研究しているんです。私を含め、一部の研究者は陰で揶揄していますよ。【バレリーズ・パペット】と」

 スレッジはようやく座り直し、真っ直ぐにバロウを見据えて続きを待った。

「【バレリーズ・パペット】は第二世代の脳を直接刺激することで不安定なフィールド能力を無理矢理覚醒させる機能があります。普通にしていたら一生フィールド能力が発現しないはずの第二世代の子供の中から、一定の割合で能力を引き出すことさえできるようです。それだけじゃない。命令に従わない子供には苦痛を感じる信号を送りつけ、最悪の場合は死に追いやる機能まで組み込んでいます。集められた十代の子供たちを、ロボット並みの忠実な戦士に仕立て上げるつもりなんです。しかも、フィールド能力を持った強力な」

 ぎりっ。スレッジが噛んだ唇の端から血が流れる。

「夫婦そろってろくでもねえ奴らだぜ」

 その気迫に気圧され押し黙るバロウに代わり、スービィが説明を引き取った。曰く——。


 バロウはナノマシンの非人道性を広く世間に訴えるため、ナノマシンの設計図を持ち逃げした。それに気付いたバレリー・ペイジ博士は即座にバロウを賞金首に仕立て上げ、社会的抹殺を謀った。

 そんな彼が賞金稼ぎから追われているシチュエーションであれば、事故死でいくらでも片がつく。しかし、スレッジが彼の身柄を確保したことでバレリーの目論見は外れたことになる。


「だが、こちらはまだバロウを警察に引き渡していない。奴ら、きっと接触してくるぜ。警察より多く金を出すからバロウを寄越せ、ってな。そこで、バロウとしては奴らに再び恭順の意を示せば、またいち研究者に戻れる公算が高い。もちろん、名を変えるくらいのことはさせられるだろうがな」

 スレッジが低い声で言った。

「で、研究所のオーナーはそのバレリーって博士なのか」

「いや。孤児院も研究所も、オーナーはバート・ペイジだった。だが、孤児院の所有権はバレリーが相続できたものの、研究所は普通の不動産じゃなくてな。バレリーが相続するにはいくつか条件が足りないんだ」

「じゃ、研究所のオーナーは誰なんだ」

「危ない連中だ。というか、今は名乗りを上げている段階であって、暫定的に国がオーナーということになっている。名乗りを上げた団体が購入しなければ、研究所は正式に国のものとなり、たとえバレリーが所長を続けられたとしても好きな研究だけに没頭することはできなくなる」

 バロウがおずおずと言った。

「ペイジ博士は戦争の道具としてフィールド能力者戦隊を組織することを提案しようとしているんです。おおかた、その危ない連中から金をもらうことだけが目的なんでしょう。ただ、今のところその危ない連中は、研究段階の技術に過ぎないフィールド能力には興味を示していません」

 口を開きかけたスレッジを制し、デジルが言った。

「依頼内容を聞こうじゃないか、パーマー」

 スービィは一同を見回した。異を唱える者はいない。

「まず、バレリー・ペイジ博士の確保。罪状は国家反逆罪だ。次に、第二世代の身柄の確保、および【バレリーズ・パペット】たちからのナノマシン除去。除去がかなわぬ場合は殺害も厭わない」

「待てよスービィ。ガキどもは被害者だろうが」

「殺らなきゃ殺られる。相手は自由意志を制限された超能力者どもだ。そう思え」

 【ポメラニアン】の船内を沈黙が支配した。

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